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不幸少女。EXTRA CHPTER 魔王ミナトの縁談

新作開始記念に、エンディング後のショートストーリーを書き下ろしました。

楽しんでいただければさいわいです。


新作もよろしくお願いします。

『NO STRESS 24時間耐えられる男の転生譚』

https://ncode.syosetu.com/n8387fa/

 ホログラフィのゲーム画面で、私のカートが甲羅を食らって吹っ飛んだ。


「うわっ! またやられた!」


「逆転だね!」


 私とアルミィが共同スペースで有名なカートゲームをやってると、部屋のチャイムが鳴った。


「はい?」


『シズーだな』


 と答えたのは魔王城の管理システムであるエルミナーシュの端末だ。

 例の黒い八面体が、すぐ近くに浮いてる。


「シズーさん? 通してあげて?」


 私はゲームを中断してエルミナーシュに言う。

 なんだかエルミナーシュを便利なスマートスピーカー扱いしてる気がしなくもないけどもう慣れた。

 べつにエルミナーシュが嫌がってるわけでもないし。


 共同スペースのドアが自動で開く。


「こんにちは、両陛下」


「シズーさんこそ。珍しいですね、こんな時間に」


 といっても今は昼だ。

 シズーさんが非常識な時間にやってきたわけじゃない。

 ただ、シズーさんはいつもなら公務で忙しい時間のはずだ。


「あ、私お茶を淹れるね」


 アルミィもコントローラーを置いてキッチンに入る。


『お茶など私が淹れてもいいのだがな』


「こういうのは手で淹れるからいいんじゃない」


 エルミナーシュとアルミィがそんな会話をかわす。


 私はシズーさんに来客用のソファを勧め、その向かいに腰を下ろした。


「なにか私に用件かな?」


 シズーさんがこの時間帯にここに来た以上はそうなんだろう。

 でも、非常事態ってわけじゃないっぽい。

 非常事態だったらシズーさんが来る前にエルミナーシュが教えてくれてるはずだからだ。


「ええ、まあ、そうなんだけど……」


 シズーさんは、珍しく歯切れの悪い口調で言った。


 もともとは、ロフトの街近くにできたダンジョンの盗賊士ギルド出張所の代表を務めてたのがシズーさんだ。

 商家の出身で商売に明るく、盗賊士としてもいっぱしで、ギルドの有能な職員でもあった。

 おまけにかなりの美人である。つややかな黒髪とすらりとした長身。現代日本ならモデルで食っていけるだろう。


 現在は、私が引き抜いて魔王国の宰相をやってもらってる。

 えらく出世したものだけど、そのせいでいつまで経っても結婚する気配がない。

 もちろん、個人の選択として結婚しないという人だっていていいと思う。

 でも、シズーさんの場合は、立場に邪魔され恋人を見つける機会がないんじゃないかと、任命者としては心配になる。


「まさか、シズーさんが結婚するとか言いませんよね?」


「えっ、そうなんですか?」


 私の言葉に、お茶をテーブルに置きながらアルミィが驚いた。


「違うわよ。まったく出会いがないわけじゃないんだけどね……。あわよくば権力に近づこうって魂胆が見え見えの男が多くて辟易するわ。あんまりしつこいから背後を洗わせてみたら、どこぞの国のスパイだった、なんてことが何度もあったし。男性不信になりそうね」


「あー……。あんまり酷いようだったら、私から各国にガツンと言おうか?」


「それはやめて。大変な騒ぎになるから。そんなことになったら、数少ないまともな男までわたしに声をかけられなくなるじゃない」


 それもそうか。

 魔王にガツンとやられた諸国が命知らずなナンパ男をどう扱うか。

 しょうもないナンパ男とはいえ、さすがに気の毒ではあるだろう。


「でも、実は縁談の話でね。

 といっても、縁談が来てるのはわたしじゃないわ」


 シズーさんが、お茶をちびりと啜ってそう言った。


「えっ、じゃあ他の人に? 誰です?」


「あなたよ、あなた。魔王ミナト陛下に、縁談が押し寄せてるの」


「わたしに?」


「なに意外そうな顔してるのよ。いちいち報告しなかったけど、星の数ほど縁談の申し込みが来てるわ。ガーディアンギルドと使って身辺を改めさせて、国の息がかかってる相手をふるいにかけたら、ほとんど残らなかったわけだけど」


「ははぁ。政略結婚ってやつか」


「なかなかのイケメン揃いではあったけど……興味ある?」


「ないかなぁ。国の後押しを受けて求婚してくるような人はちょっと」


 結婚を申し込むなら、ひとりの個人として申し込んでほしい。

 ま、ひとりの個人として見た本当の私に、求婚したいと思う男性がそんなにいるとは思えないんだけど。

 魔王になったいま、半分ごろ寝のひきこもりみたいな生活を送ってるし。


「魔王の王配をどう扱うかも悩みどころではあるのよね。この世界はミナトの言うところの『男尊女卑』だから。ミナトと結婚した途端、自分が魔王になったようなつもりで威張り出すかもしれないじゃない」


「うっわ、イヤだなぁ」


「じゃあ、権力志向のない穏やかな男性ならいいのかっていうと、そういう人は魔王の夫になることに尻込みするでしょう?」


「そりゃそうだろうね」


 私が男だったとしても、女魔王の夫になりたいとは思わないだろう。

 前世だと、女の魔王もそれはそれで萌えポイントが高く、それなりの男性人気があった気もする。

 でも、


(私はちんちくりんで魔王っぽくないし。ああいう女の魔王って、大人の女性でばいんばいん、露出度の高いボンテージみたいな服を着てる相場が決まってる)


 魔王国の中でそのイメージにいちばん近いのは……グリュンブリンかな。


「ミナトって、結婚願望はないわけ?」


 と、シズーさんが自分のことを棚に放り上げて聞いてきた。

 そのあいだにアルミィも私の隣に座ってる。


「うーん……よくわかんないなぁ。私のいちばんよく知ってる夫婦って、私の両親になるわけなんだけど……」


 私の両親は不仲の極みだった。

 あげくの果てに、父親が母親を撲殺。その後、私まで殺された。


 そのせいで、私の中における「夫」「父親」のイメージは、目を血走らせ、ゴルフクラブを振りかぶって襲いかかってくる姿で固まってしまってる。

 これでは「夫」や「父親」というより、ゴブリンかオークみたいなもんである。


 もちろん、世の中DVを振るう男のほうが少数派だろうとは思うんだけど。


「虐待の連鎖ってあるじゃん? 親から虐待された人は、自分が子どもを持った時に親と同じように虐待してしまう。なぜかといえば、その人が知ってる親から子への関わり方が、虐待以外にないからだ……って話」


「救いがない話だね……」


 アルミィが悲しそうにつぶやいた。


「それが、ミナトにどう関わるのよ?」


「私が知ってる夫婦関係はそういうものだったから、私が夫を迎えた時に、夫婦の関係がそういう方向に向かってしまうんじゃないか。

 ううん、そもそも、私が夫を選ぼうとした時点で、DVを平気で振るうようなタイプを知らず知らずのうちに選んでしまうんじゃないか。

 そんな不安があるんだよね」


 いわゆる「ダメンズウォーカー」ってやつだ。

 よりにもよって、暴力的な男とばかり付き合ってしまい、常に身体中にアザがついてしまってるような女性がいるって話。


「ミナトがそこまで男性に流されやすいとは思えないんだけど。

 というより、いまのミナトに……えっと、ディーヴイ? 暴力を振るえる男性なんて、この世界にいないでしょうに」


「そんなことをしようものなら、一瞬後には魔王の杖で跡形もなく潰されてるよね」


 シズーさんの言葉に、アルミィが深くうなずいてる。


「ふたりとも、私のことをなんだと……」


「「魔王よね(だよね)」」


 ですよねー。


 私はかくんと肩を落とす。


「ま、そういうことだから、縁談はシズーさんのところでお断りいただくってことで」


「基本的にはそうしてるのだけれど……いくつか、私の一存では断りにくい縁談も持ち込まれてるのよ」


「たとえば?」


「海洋都市連盟をまとめるハリエット女史の甥御さんとか、エルヴァンスロウの生き残りを受け入れてもらったエルフの氏族の跡取りとか、エスカヴルムの出身部族の竜の貴公子とか」


「ち、ちょっと待って! ハリエットさんやエルフはまだしも、竜ってどういうこと!?」


「人化の術が使える以上、つがいとなるのに問題はあるまい、とエスカヴルムは言ってたわ」


「……それ、子どもはどうなるの?」


「魔王と竜の子どもがどうなるか楽しみだと言ってたわ」


「人の子どもで人体実験しないでくれないかな!?」


「まあ、それはさすがにどうかと思ったけれど。形ばかり竜と結婚しておくのもありっちゃありかなと……」


「ないでしょ!」


「ともあれ、わたしのレベルで断ってしまうと、相手国の面子を潰しかねない人もいるのよね。

 断るにしても、相手の顔を立てるために一度くらいは会っておかないと」


「会った上で断るほうが難易度高くないですか?」


「求婚者個人についてはそうでしょうけど、相手の国の面子を守るには、門前払いはまずいのよ」


「はぁ……わかったよ。要するに、会うだけ会って失礼にならない程度に気のないそぶりをして、最終的にはお断りすればいいんだね? 貴君の今後の活躍をお祈りしております(笑)(カッコワラ)的な感じで」


「そういうことよ。まあ、あっちもダメでもともとでしょうから、気軽におしゃべりだけしてくれればいいわ。情報交換にもなるでしょうしね」


「……そっちがシズーさんの目的なんじゃ」


 その「気軽におしゃべり」ってのが私にはハードル高いんだけど。


 シズーさんが、ぺろっと舌を出して言った。


「だってせっかくセッティングするんだもの。そのくらいの利益はないとね」


「わかったわかった。大げさになりすぎない程度によろしくね」


 というわけで、私は世界中からやってくる求婚者とお見合いをするはめになってしまった。






「はじめまして、魔王ミナト陛下。海洋都市連盟代表ハリエットの甥、ラムダン・ミハイでございます。

 この度は私に求婚の機会を与えてくださり恐悦至極にございます。

 陛下は叔母とは旧知の仲とか。いつも良くしてくださりまことにありがたく存じます。おかげさまで、海洋都市連盟もわが商会もますますの発展を見せております」


 かなーり堅苦しい文句から始まったのは、ハリエットさんの甥御さんだ。

 茶色い髪と青い瞳の、甘いマスクの青年で、年齢は二十代半ばくらいだろう。

 真面目な雰囲気の青年で、いまは叔母のもとで商会の仕事をしてるという。

 たしかに、挨拶や礼儀作法にはそつがない。


「よろしく、ラムダンさん」


 魔王城に造らせた和室に向かい合いになって、私はラムダンにそう返す。



 …………。



「……あっ、終わりか」


 ラムダンさん、挨拶が終わると言うことがなくなってしまった。

 平静を装ってるが、やっぱり緊張してるらしい。


「そ、そうですね……。

 では、僭越ながら、私の自己紹介をば……。

 いまは叔母の商会で仕事を学んでいる最中で……」


 ラムダンが、自分の仕事について語りだす。


 が、これがつまらない。

 海を越えての交易にはそれなりに面白いところもあるだろうに、ラムダンは真面目すぎて話を盛ったり盛り上がるように組み立てたりしないのだ。

 結果、淡々とした業務報告のようなものを延々と聞かされることになってしまった。

 

「私からの報告は以上です」


 なんかあきらかに違う感じのセリフで、ラムダンが自分の話を締めくくる。


「あー、ええと。いいお仕事ですね」


「はい! 商会での経験を生かし、御社でも必ずや利益に貢献できると確信しております!」


「……いや、わたしは会社じゃないんだけど」


 なんで就活みたいになってるのか。コレガワカラナイ。

 

 とりあえず、疑問に思ったことを聞いてみる。


「でも、万一私と結婚したら、商会の仕事はできなくなるよ? 魔王国も交易部門は人手不足だから、そっちの仕事はあるだろうけど」


「ぜひお任せください! 必ずや今以上の利益を上げてみせます!」


 自信たっぷりに、ラムダンが言った。


(うん、まあ、仕事はできそうだよね)


 ハリエットさんが自分の商会を任せてるくらいだから、まちがいなく有能なんだろう。


「ラムダンさん、休日は何をしてるんですか?」


「休日……ですか」


「うん。ないと思うけどもし結婚したら、休日は夫婦ですごすことになるよね。子どもができたら子どもと遊んだりもする……はず」


 私はあんまりそういう記憶がないんだけど、一般論としてはそうだろう。


「休日……うーん、休日、ですか。私はたいてい帳簿の付き合わせをしてますね」


「そ、そうなんだ」


 それ、休日になってないよね?


「趣味とかないの?」


「趣味、ですか……読書でしょうか」


「ふぅん。読書。どんな本を?」


「経営や投資の指南書です。商会から上がってくる各地の報告書も読みますね」


「そ、そぉなんだ」


 私はげんなりしてきた。


(こんな仕事と結婚してるような人とは結婚したくないな……)


 まあ、第一印象の時点で、なんとなくないなとは思ってたんだけど。

 それでもわずかな可能性を信じて会話を続けてみたというのに。


(この人、私が「ないな」と思ってることにも気づいてないよね。もし気づいたとしても、理由がさっぱりわからないんじゃないかな)


 なにせ、退屈をかみ殺す私を尻目に、杓子定規に仕事の報告のような話をえんえん続けてた人だし。


 私は、畳の上で立ち上がると、壁際に置いておいた、吊り下げ式の金管楽器に近づいた。

 公共放送ののど自慢で鳴らされるアレだ。

 端のフックにぶら下げられてたバチを取る。


 リン、ゴーン。


 私が楽器を鳴らすと、障子が空いて、シズーさんが現れた。


「ラムダン様、失格でございます。さ、ご退出を」


「えっ、なんでですか! 僕の有能さは証明できたはずだ!」


 抗議するラムダンの襟を、シズーさんが捕まえた。

 

「なぜだぁぁっ! 僕の経歴は必ずや魔王国の利益に……」


「……そういうとこやで、ラムダン」


 シズーさんに首根っこつかまれて退場するラムダンに、私はそうつぶやいた。





 その後も、エルフの鼻持ちならない御曹司やら、ザムザリアの大貴族の息子やらがやってきた。

 いずれも、数秒ののど自慢で終わってる。

 エルフは「人間風情が」と口走るし、貴族の息子は「女なんて」と馬鹿にする。


「はああ……やっぱやめときゃよかったかも」


 考えてみれば当然だ。

 会ったこともない魔王に求婚したいなんて言ってる時点で、途方もない自惚れ屋か、現実が見えないバカか、恥知らずの野心家か、頭のネジが飛んでるやつか、いずれにせよまともなやつのわけがなかった。


「のど自慢の鐘、用意しておいてよかったな」


 持ち時間中であっても私がダメと判断した時点でご退場いただく。

 この条件をつけておいて本当によかった。


「最後は、エスカヴルム紹介の竜の貴公子だっけ」


 人間の感覚がいまいちわかってないっぽいエスカヴルムの推薦だからなぁ。

 これも期待しないほうがよさそうか。


「失礼します、魔法陛下」


 しずしずと部屋に入ってきたのは、十代前半くらいに見える、金髪の美少年だった。


「えっと、君がエスカヴルムのとこの?」


「はい。オルトランゲといいます。オルトと呼んでください」


 美少年は、私の前に座って、礼儀正しくそう言った。


(おお、まともだ……)


 他の求婚者がみんな年上だったこともあって、年下(に見える)のオルトは新鮮だ。


(ショタ好きってわけじゃなかったと思うんだけど……)


 くりくりした、よく輝く翠の瞳がかわいらしい。

 いわゆる紅顔の美少年ってやつか。


「よろしくね、オルト。って、気安く言っちゃったけど、私より年上だったりするの?」


「いえ、僕はまだ15歳の若竜です」


「じゃあ私の二個下か」


「弟のように可愛がってもらえと、エスカヴルム様には言われました」


「でも、求婚者なんでしょ?」


「ええっと……ごめんなさい。僕、まだそういうことは考えられなくて。ただ、周りの大人たちが魔王とのつながりを作りたいからと」


「そういうことか。エスカヴルムを叱っておかなきゃだね」


 私は冗談のつもりでそう言ったのだが――


「ひいいいいっ! どうかお許しを! エスカヴルム様を殺さないでください! 竜族を根絶やしにしないでください!」


 がばっと、土下座みたいに頭を下げてオルトが言った。

 その肩が震え、頬からは血の気が引いている。


「いや、しないってば!?」


「ほ、本当ですか?」


「ほんとほんと」


 エスカヴルムは私のことを仲間になんと言ってるのか。

 一度会って問い詰めなくちゃいけないな。


「じゃあ、あれだね。ドラゴンの誤解を解く意味でも、オルトはしばらく魔王城を見てくといいよ。将来ドラゴンの有力者になるんなら、後学のためにもいいと思う」


 仲良くできるかと思ったんだけどな。

 こうも怯えられては、うかつに冗談も言えやしない。

 

 私はそっと息をつくと、立ち上がってのど自慢の鐘をリンゴンした。





 せっかくなので、集まった求婚者たちには立食パーティを用意している。

 それぞれがこの世界の要人であることに違いはない。

 全員初対面らしく、いろんな垣根を越えて会話が弾んでるようだった。


 なお、この会場はお見合いの時点で開けていた。

 エルミナーシュのホログラフィで、他人のお見合いを覗き見れるという趣向である。


 私にフラれた男性たちは、会場に戻るなり同志たちの温かい拍手に迎えられた。

 勧められるままに酒を煽って、つい数分前の黒歴史を忘れるってわけだ。


「やや。みなさんお揃いで」


 お見合いが終わり、私が会場に入っていくと、求婚者たちは私をブーイングで出迎えた。

 誰だ、こんな芸を仕込んだのは。


「見世物にして悪かったね。ま、当面私に結婚する気はないから。国元にはそう伝えておいてね」


 多くの求婚者は、苦笑しながらうなずいてくれた。

 この催し自体が壮大なドッキリみたいになってて、恥をかいたのはみんな同じってわけだね。

 同じ辱めを受けた者同士仲良くしようじゃないか――そんな雰囲気すら漂ってる。


 だが一人、納得してない男がいた。


「なぜですか! 魔王ともなれば、配偶者がいたほうが都合がいいではありませんか! 誰とも結婚なさらないならこの僕と結婚してください!」


 前に進み出て性懲りもなくそう言ってきたのは、最初にお見合いしたラムダンだった。

 かなり酒をきこしめしたようで、目の周りが赤黒く染まってる。


「結婚っていうのは、『都合がいいから』でするもんじゃないよ」


「僕にはわかりません。結婚とて、損得と無縁ではないはずだ! 僕と結婚するメリットが大きいのは明らかなのに、なぜ結婚を拒むのか! 納得のいく理由を示していただきたい!」


 据わった目で、私を睨んで言ってくるラムダン。


(うわ、厄介)


 私の顔に浮かんだ色を見て取ったのだろう、他の求婚者たちが低い声でささやきあう。


「やべえ、あいつ消されるぞ」

「セレスタの住人は明日(あす)の朝日を拝めまい……」

「海洋都市連盟も終わったな……」


 などと、失礼極まる密談を交わしてる。

 ひそひそ声のつもりのようだが、盗賊士をやってた私には余裕で聞き取れるからな。


 私は、ため息をついてラムダンを見た。


「ラムダンさん。結婚は、好き合った同士でするものだよ」


「それは、ロマンチシズムが過ぎるのではありませんか? 経済的利害によって結ばれる夫婦はいくらでもいます。そのほうが互いにとってのメリットも大きい。好きだの嫌いだのといったあやふやな感情で一生を拘束する契約を結ぶ気にはなれません」


「ふぅん? じゃあ、ラムダンさんの目当ては、私の持つ地位や権力だってことなんだね?」


「それの何が悪いのです? 僕が手を貸せば、あなたの持つ富を何倍にも殖やせることでしょう! いまの魔王国のやり方は手ぬるすぎる! これだけの軍事力、経済力、技術力があれば、世界中の富を我が物にできるはずだ!」


「そんなことを、私は望んでないんだよ。世界はみんなのもので、私の好き勝手にしていいものじゃない」


「あなたは若いから、権力というものを知らないんだ!

 どこの国の王が、そんな綺麗事を言うものか!

 あなたがどうやら本心から言ってるらしいことは察しがつく!

 だが、権力者であることの魅力と恐怖に取り憑かれた世俗の王たちが、あなたの言葉を本気に受け取ることはありえない!

 狡猾な蛇どもに食い物にされる前に、こちらから連中の権力を奪い取り、支配下に置くことでしか、あなたの理想は実現できないはずだ!」


「だんだん本音が出てきたね」


 お見合いの時の就活みたいな自己アピールよりは、まだしも見所があるかもしれない。


「ラムダン。あなたの言ってることは矛盾してる」


「どこがですか」


「あなたは利益のために結婚すると言った。

 それなのに、私の理想の心配もしてくれてる。

 少なからず、あなたは私の理想を信じたいと思ってくれてるみたいだ。どっちが本当のあなたなの?」


「そ、それは……」


「理想を共有してくれてるなら嬉しいよ。

 でも、それなら迷うことなく私の理想の実現を手伝いたいと言ってほしかった。

 あなたが利害で動く人だとしたら、わたしにつくことが自分の利益に反すると判断したときに、あなたはわたしを切り捨てる。それも、ほとんど躊躇なくね」


 帳簿を付き合わせた結果、自分の得られる利益がマイナスになるとわかった途端、ラムダンは態度を変えるだろう。

 頭が良くて共感性のない人は、論理や利害で他人を踏みつけにすることをいとわない。


 もっとも、ラムダンの場合、共感性が根っからないというよりは、人生の中で感情を育てる機会がなかっただけって感じがする。

 根っからのエゴイストだったクレティアスに比べれば、今後変わっていける可能性がなくもない。

 有能なのは間違いないので、人間的な度量や他者への共感性を身につければ、もうひと化けできる……のかもね。


(ハリエットさん、私にフラせるためにラムダンを送り込んできたんじゃないだろうな)


 ラムダンは、まずまず美青年で仕事もできる。

 普通に女性を口説く分には不自由はない。

 だから、若いうちに挫折を経験させようと、私のところに送り込んできたんじゃないか。

 

(迷惑な話だね)


 あとでシズーさんに言いつけて、セレスタや海洋都市連盟からがっつり譲歩を引き出させよう。

 もっとも、ハリエットさんも、ラムダンがここまで「やからす」とは思ってなかっただろうけど。


「くっ……だ、だが、それの何が悪いというのです! 結婚だって商売と同じ契約関係だ! 僕があなたを見捨てる可能性があるのと同様に、あなただって私を見限る権利がある! 互いの利害が一致しているあいだは手を組み、そうでなくなったら手を離す! 僕はそうして商売を回してきたんだ!」


 まだ食い下がるのか。


 私は露骨に呆れの表情を浮かべ、他の求婚者たちを見渡してみる。


 さすがに、他の求婚者たちも呆れてものがいえない様子だった。

 

 他の求婚者たちは、一応愛をささやこうとはしてきたからね。

 歯の浮くようなお世辞を言って、私の気持ちを動かそうとしてきた。求婚って普通はそういうものだ。

 

 理詰めだけで、「あなたは自分と結婚すべきだ、QED」なんてやってきた人は他にいない。


(もう、いいよね?)


 フラれたあげく、俺をフるなんておかしいと食い下がってくるやつなんて、まともに相手しててもラチがあかない。

 なまじ頭が回るから、どんなに理を説いても、なにかしらの反論をひねり出してくるだろう。


 ラムダンがさらに何かを口走ろうとした。


 その機先を制し、虚空から取り出した魔王の杖の石突きで、床をおもいっきりぶっ叩く。

 

 ドガン!と音がして、床に放射状のヒビが走る。


「えーーいっ! 私がイヤだと言ったらイヤなんだ!

 勝手に求婚してきて、相手がいないなら自分を断るのはおかしいと言って食い下がるなんて、常識がないにもほどがある!

 おまえはもうフラれたんだよ! こっちが丁重にお断りしてるのがわからないのか!

 あんまり無茶を言うようなら、セレスタは一夜にして灰燼に帰すと思え! 私は魔王なんだぞ!」


 私の一喝に、ラムダンがその場にすっ転ぶ。

 腰でも抜けたのか、尻餅をついたままで立ち上がれない。

 よく回る口も、ただ空気を求めて喘ぐばかり。


「自分に何が足りなかったのか、そのよく回る頭でよぉぉく考えてから出直してこい! そのときはハリエットさんも連れてくるように! 一緒に吊るし上げてやるからな! 返事は!?」


「う、ぐ、ぁ……」


 ラムダンがぱくぱくと口を動かす。


 状況を呑み込んだのか、しばらくしてようやく言葉らしい言葉を発した。


「ぐ、わ、わかりました……。差し出口、大変失礼いたしました」


「心のこもってない謝罪なんかいらないよ! どうせ悪いとは思ってないんでしょ。

 ハリエットさんには一部始終を知らせておくから。よく話し合って、心底から反省できたら謝りにくるんだね。

 それができないようなら、あなただけじゃなく、紹介人のハリエットさんやセレスタ、海洋都市連盟の評価も下がることを忘れるな。あなたの好きな利害ってやつだよ」


 それだけ言って、私はパーティ会場を後にした。






「あーもう……なんなんだよ」


 私はアルミィとの共同スペースで呑んだくれてた。

 といっても牛乳なんだけど。

 イライラしたときはカルシウムがいちばんだ。


「お疲れ様、ミナト」


 アルミィが言って、牛乳のお代わりを温めてくれる。

 キッチンには電子レンジもあるが、私やアルミィなら魔法で温めたほうが早い。

 アルミィは自分の分も温めて、私と一緒にホットミルクを飲む。


「ろくな男がいなくてイヤになるよ。いっそベアノフあたりと結婚しようか」


「ベアノフさん、もう奥さんいるじゃん」


「だよねー」


 あいつ、最近結婚したんだよな。

 魔王城に越してきた、他の大陸の獣人さんと。


 そこで、部屋のチャイムが鳴った。


『シズーだぞ』


「開けてあげて」


 エルミナーシュに答えると、部屋のドアがぷしゅーっと開いた。


「ミナト、大丈夫?」


 シズーさんが心配そうに聞いてくる。


「ああ、うん。私が悪いわけじゃないって百回くらい言い聞かせたら、なんとか心が落ち着いてきた」


 私は自尊心が低いので、何かもめごとが起こると、すぐに自分のせいだと思って、自分を責める癖がある。

 逆に自尊心の高いやつは、もめごとは全部他人のせいだと思って澄ましてるわけだけどさ。レイなんとかさんやクレなんとかさんみたいに。


「パーティはどうなった?」


「ええ。さすがにラムダンはつまみ出したけれど、それ以外の人たちはまだ呑んでるわ」


「えっ、まだやってるの?」


「『さすがは魔王陛下、勘違いした輩の言葉まで聞いてやり、話が通じないとわかればきちんと抑える。寛容にして豪胆。とても俺たちが妻にできるような相手ではなかった』なんて言い合って、仲よさそうに呑んでるわよ」


「それって、結婚したら尻に敷かれそうでヤダってだけなんじゃ……」


 なんで私がフったはずなのに私がフラれたみたいになってんだ。


「おかげさまで、各国の新世代のあいだに交流が生まれて、平和共栄の機運が高まったわ」


「それはようございましたね……」


 気持ちつやつやしてるシズーさんに、私はふてくされた声でそう言った。


「そうそう、ミストラディア樹国の女王からもメッセージが届いてるわよ。あなたの結婚について」


「そういえば、今回は樹国からの求婚者はいなかったね」


「ええ。女王陛下は『いつになったらミナト陛下とアルミラーシュ陛下の結婚式が見られるの?』と送ってきてるわ」


 私とアルミィが、口に含んでたミルクを吹き出した。


「そういえば、百合と薔薇の国だったっけ……」


「放っておいたら、今度は女王陛下自らが、私と結婚しないかって言ってきそうよね」


 ありうる。あの人ならありうる。


「もう、うっさい! 私は心に決めた人ができるまで結婚なんてしないから! 今後一切、重要人物とかそうじゃないとか関係なく、縁談はすべて断って! これは魔王命令だから!」


「……はい、かしこまりました、ミナト陛下」


 笑いながらシズーさんが言った。


 私に春が訪れるのは、まだまだ先のようだった。

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