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不幸少女は二度目の人生でイージーモードを望む。  作者: 天宮暁


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182 ザムザリア王国をどうしよう?

 めまいのような感覚のあと、私はがたがたに崩壊した広間に出た。

 様変わりしてるが、まちがいない。

 ザムザリア王国王都ザルバック、王城にある謁見の間だ。


「ミナト!」


 アルミィがいきなり抱きついてきた。


「わっ、びっくりした」


「無事!? 無事なんだよね!?」


「無事だよ。怪我ひとつしてない」


 戦いとしては、クレティアスのほうがよほどきつかった。


 エスカヴルムが聞いてくる。


「では、神との決着はついたのだな?」


「うん。倒した」


「倒した、か……とんでもない場面に立ち会っちゃったわね」


 アーネさんが呆れ顔で言った。


「あれ? 灰は?」


 アーネさんの周囲に限らず、あたりに立ち込めてた灰が消えている。


「ああ、クレティアスが死んだことで消えたみたいね」


「外の様子は?」


「まだ見てないわ。ミナトのことが心配で」


 アーネさんの言葉にあいまいに笑い、私は謁見の間から歩み出る。


 城内にあふれてた天使や金色兵は、いまはまったく見かけない。


 城内の扉を片っ端から開けて、石化してた人を探す。

 王家の生活空間らしい一部屋で、石になったままのお姫様を見つけた。

 いや、そういう身なりだってだけで、ここの王女かどうかはわからないけど。


「ダメ……なのかな?」


「待って、石化が薄れてくわ!」


 アーネさんの言葉通り、姫が徐々に色彩を取り戻していく。

 淡いピンクのドレスを着た金髪碧眼の美少女だ。まじめで大人しそうなタイプに見える。

 身体がもとに戻った姫は、私を見ていきなり叫ぶ。


「救世主さま!」


「えっ、状況を知ってるの?」


「はい。石に閉じ込められ、もはやこれまでと絶望していました。しかし神へ救いを求めた者たちは異形に変えられ、救いを拒んだ者たちは石のまま放置されていました」


「そうやってクレティアスは天使や金色兵を作ってたのか」


「そこに、あなたさまが現れました。あなたさまの放つ光に導かれ、わたしたちはあなたの杖に宿って、戦いのなりゆきを見届けたのです」


「全部見てたってこと?」


 ちょっと恥ずかしい気もするが、話は早いかもしれない。


「わたしだけではありません。他の石となっていた者たちも身体を取り戻しているはずです」


「なんか混乱しそうだね」


「救世主さまのお手を煩わせるようなことはいたしません。父も兄も死にました。わたしがみなをまとめましょう」


 どうやら本当に姫だったようだ。

 姫は、わたしたち一向に客室をあてがうと、城内や城下に兵を走らせる。

 こっちは連戦続きだったので助かった。

 うやうやしく運ばれてきた高級そうな料理を遠慮なくいただき、私たちは交代で仮眠をとる。


 姫が状況をなんとか把握できたのは、その夜のことだ。


「お疲れのところすみません」


 姫が私の部屋にやってきた。


「ううん。状況はどう?」


「さいわい、大きな問題は起きてません。なかには、石化しているあいだに精神を病んでしまったものや、錯乱状態に陥ったものもいましたが、街の治安は維持できています」


「たぶん、時間が経てば落ち着くと思うんだけどね。神に奪われてたものは、ちゃんと取り返して還元できたはずだから」


「救世主さまにそう言っていただけると安心です。

 できれば、救世主さまのお口からみなにお伝えしていただけると助かるのですが……」


「といっても、ザルバックだけで二十万人以上いるんでしょ?」


「閲兵広場に、市民たちが押し寄せてるんです。手に手に灯火を持って。『救世主さま万歳!』と唱えてます」


「……まぁ、さっきから聞こえてたんだけどね」


 いまいる客間は城の奥にあるが、城の入り口側のほうから大きな歓声が聞こえてた。盗賊士として鍛えた聴覚で、そんなことが言われてるのには気づいてた。


「一言でけっこうです。救世主さまからお言葉をいただければ、市民も安心できましょう」


「しかたないね」


 私は、アルミィとグリュンブリンを連れて、閲兵広場に向かう。

 アーネさんは疲れ切って眠ってる。エスカヴルムには念のためその護衛をしててもらう。


 閲兵広場は、はっきり言って廃墟だった。

 金色兵の軍団をまとめて吹っ飛ばしたときの余波で、広場もバルコニーも瓦礫と化してる。

 その閲兵広場に、無数の市民が押しかけてた。

 手に手に灯火を掲げ、『救世主さま万歳!』『魔王陛下万歳!』と唱えてる。


(うん、やめてほしい)


 できれば逃げ出したいくらいだったが、こうなってしまってはしかたない。

 姫の話によれば、石化してた人たちは事の顛末を知っている。

 私とクレティアスの汚い罵り合いなんかも見られてたってことだ。

 神の見苦しい命乞いなんかも見られてたようなので、「神って実は悪いやつなんですよ、奥さん」と説得する必要がないのはありがたいけどね。


「ミナト、行こう」


 アルミィがそう言って手を差し出す。

 私はその手を握って歩きだす。

 バルコニーは完全崩壊してるので、その手前の部分で足を止める。

 城の外壁がぶっ壊れ、バルコニー手前の空間が外に露出してる。


 私たちの姿に気づいた市民たちが声を上げた。


 私はなんとなく手を上げようとする。


 ……が、アルミィと握ってるほうの手を上げてしまった。


 まるで、アルミィと一緒に勝ちを宣言してるようなポーズになった。


 ――どおおおおっ!


 もはや、それは声ですらなかった。

 市民たちから爆発するような歓声が上がる。

 市民たちは手を叩き合い、飛び跳ね、わけもなく叫び、解放された喜びを全身全霊で表現してる。


『救世主さま! 救世主さま!』

『双魔王陛下! 双魔王陛下!』

『ミナトさまぁぁっ!』


 勘弁してほしい感じのコールが上がる。

 「U・S・A!」以外でこんなコールを見たことがない。いや、あれよりひどいか。


 歓声は鳴り止まず、私とアルミィは十分以上も棒立ちだ。


 ようやく市民たちが落ち着いたところで、騎士の人が声を上げる。


「諸君らも存じておろう! こちらにおられるおかたこそ、われらが救世主、双魔王ジョウレンジ・ミナト陛下とアルミラーシュ陛下である!」


 また歓声が上がった。


「静粛に! これより両陛下からお言葉をちょうだいする! 謹んで拝聴するように!」


 騎士の人の声量はかなりのものだ。市民たちも、ざわめきながら静かになっていく。


「では、どうぞ、陛下!」


 騎士の人が大きな声で私たちに言った。


(どうぞって言われてもな)


 結局あんまりいいコメントも浮かばなかったんだけど。


「えーっと。あはは。ザルバック市民のみなさん、こんばんは。ご紹介にあずかったミナトです」


 ……なんか威厳がない気がするけど、しかたがない。

 戦闘とはちがったプレッシャーに、悪い癖の緊張笑いまで出てしまった。


「正直言って、今回のことは大変でした。でも、みなさんのほうが大変だったと思います。心身の不調はありませんか? これから私たちでも調べる予定でいますが、もし気になる症状があったら教えてください」


 って、窓口のこととか考えずに言っちゃったけど大丈夫かな。


「私はいろんな偶然からこの世界の秘密を知るに至りました。

 そして、これはまちがってると思いました。

 それが、私とアルミィが双魔王になったきっかけです」


 ちらりと見ると、アルミィが何かを言いたそうにしてた。

 アルミィに譲る。


「この場をお借りして、まずは謝罪を。

 魔族たちは神によって虐げられてきました。その怨みは非常に強いものでした。ですが、彼らの一部が安易な復讐に走ってしまったのは、私にとって痛恨の極みでした」


 うつむいて言うアルミィに、私はフォローの言葉を入れる。


「私はもともと、魔族たちと敵対してたんだけどね。世界の真実を知って、なんとかしようと思ったんだ。そのためには、アルミィの力が必要だった。それからずっと、私たちは魔族を説得してきたんだ。どうしても説得に応じない魔族は、やむをえず倒すことになってしまったけど」


「それと同時に、神の作ったグランドマスターシステム――いわゆる冒険者という仕組みに代わる新しい仕組みを作りました。それが、ガーディアンシステム。人々を守る守護者に力を与える仕組みです。ザムザリアではまだですが、魔王国の周辺ではギルドをすこしずつ増やしてます」


「今回神を倒したことで、これまで冒険者に力を与えてたグランドマスターシステムは遠からず崩壊します。

 といっても、冒険者がすでに持ってる力がなくなるわけじゃないから安心して。

 ただ、これから先、冒険者がグランドマスターから力を授かることはできなくなるんだ。力の源泉だった神を倒しちゃったからね。手前味噌で悪いけど、冒険者の人たちには守護者になってもらいたい。

 ダンジョンを攻める冒険者に対して、守護者は人々を守ることに特化してます。現在世界中にあるダンジョンは、魔王国が残らず攻略し、世界から根絶する予定です」


「その分、経済に影響が出ると思います。それを補う方法は、私たちで考えています。

 だけど、基本的には、モンスターの害がなくなるから、みんなの暮らしが安全になるはずです」


「これまで神によって『モンスター』とされてた一部の魔獣や獣人たちは、神による枷を外され、自由になるよ。といっても、みんなまだ怖いだろうから、なるべく魔王国に移り住んでもらう予定になってる」


「これまで信じてた神がいなくなって、みんな不安だと思います。

 でも、私たちは世界をよくするためにここにいます。ミナトと私はもちろん、他の国にも協力してくれる人たちがいます」


「はじめは混乱も大きいと思う。こんなこといきなり聞かされてもどうしたらいいかわからないかもね。

 でも、私たちのいる限り、おかしなことにはさせないから。みんなの希望を託されて戦ったものとして、それだけは誓っておくよ」


『ミナト陛下! ミナト陛下!』

『アルミラーシュ陛下! アルミラーシュ陛下!』

『双魔王陛下に栄光あれ!』


 私たちは歓声に答えながら、城内に戻る。


「ご立派でした」


 姫が私たちに言った。


「いやぁ、どうかな。私にはやっぱり向いてないよ」


「そんなことはありません。両陛下のお優しさの伝わる、歴史に残る名演説でした」


「歴史に残るのか……」


 残っちゃうんだろうな。


「両陛下。この国のことはどうなさるのでしょうか?」


 姫が出し抜けに聞いてきた。


「どうって?」


「やはり、魔王国に併合されるという形で?」


「え? いや、考えてなかったな」


 ボロネールやエルミナーシュあたりは当然考えてるんだろうけど。


「この国の人たちで考えればいいんじゃないかな。私は神を排除できただけで十分だから」


「い、いえ、わたしとしては、むしろ魔王国に併合されてしまったほうがよいのですが……」


「そうなの?」


「叛逆騎士クレティアスによって王族はわたしを除いて皆殺しにされました。わたしも、本来王位継承権を持たない女子ですし、女子としても末子に近いのです。

 わたしがクレティアスに殺されずに済んだのは、単にあの男がわたしの存在を忘れていただけでしょう」


 そういう事情か。


「なにが幸いするかわからないもんだね」


「宮廷で目立たぬよう目立たぬようにと振る舞ってきたことが、こんな形で役に立つとは皮肉なものですね。野心家のあの男は、適齢期の王族の女には見境なく声をかけていましたが、いつも壁の花のわたしが王族とは思ってもみなかったのでしょう。

 ともあれ、わたしには本来この国を統べていくだけの資格がありません。まったくないわけでもないのですが、周りは納得できないでしょう」


 ああ、そんな問題が。


「それは困ったね。時間が経てば周辺国の態度も変わるんだろうしなぁ」


 せっかくクレティアスを倒したのに、その後ザムザリアが内戦や混乱状態に陥ったのでは救いがない。


「私たちがお墨付きを与える、みたいなのはダメかな?」


 アルミィが聞いてくる。


 私は首を振った。


「それをやってしまうと、ザムザリアの王を決めるのは魔王ってことになっちゃうんじゃないかな」


「その通りです。もしそうなさるなら、双魔王陛下が直接ザムザリアを支配してしまったほうが、国民の支持を得られましょう。周辺国も、魔王陛下の領土には手を出せないでしょうし」


「姫はそれでいいの?」


「わたしはもともと王になるような人間ではありません。正直、なりたいとも思いません。いまはこういう状態ですから臨時の執権を務めていますが、こんな重責をいつまでも負える気がしないのです」


 姫がすこし疲れた顔を見せる。


(そりゃそうか)


 一族を失って後ろ盾もいない中、史上類を見ない事態への対処に追われてる。

 姫の感覚はまともだろう。


「わかった。なにか魔王国でも考えてみる」


「ありがとうございます」


 姫が私たちに頭を下げる。


 私とアルミィは、視線をそっと交わし、揃ってこっそりため息をついた。






『ザムザリアは併合すればいいだろう』


 いともあっさり、エルミナーシュがそう言った。


「だな。事件のせいで混乱があるとはいえ、北大陸では最大の国家だ」


 ボロネールも賛成らしい。


「だけど、魔王国がザムザリアを取ったりしたら周辺国と軋轢が生じないかな?」


『北の港と航路があるだけのセレスタは陸地には興味がない。交易さえできればそれでいいはずだ。西の山脈に棲むドラゴンたちは、エスカヴルムのおかげで魔王国には友好的だ。懸念があるとすれば南のミストラディア樹国だが、女王とミナトたちの関係はいいのだろう?』


 エルミナーシュの言葉を、ボロネールが補足する。


「実は、樹国にはこっそり感触を確かめた。ザムザリアの王家の生き残りが無理に引き継ぐより、魔王国に押さえてもらったほうがいいというのが、女王陛下の考えらしい」


「魔王国の支配するザムザリアが攻めてくるとは思わないのかな」


「どうせ魔王国に攻められたら白旗を上げるしかないんだから、魔王国がザムザリアを支配しても同じこと、だそうだ」


「まぁ、そうかもだけど」


『それに、だな。冒険者という存在がなくなり、守護者に置き換わることになれば、そのプラットフォームであるガーディアンシステムを管理する魔王国は、実質的に世界の武力の過半をコントロールすることになる。魔王国に逆らえる国などこの世界に存在しなくなるということだ』


「各国の軍隊は?」


『常日頃からダンジョンに潜っている冒険者たちのほうが、実力的には優れていることが多いからな。モンスターという外敵も遠からずいなくなる。そうなれば、治安維持を請け負う守護者は、各国の軍事組織を不要の長物に変えていくことだろう』


「守護者で治安が守れるなら、国同士の戦争の道具である軍隊はいらないもんね」


『それどころか、国によっては、国家の存在意義自体が問われよう。都市ごとに独立したほうが経済的に有利となる国もあるはずだ。所帯が小さくなっても戦争が起こる心配がないならなおさらだ』


「最終的には魔王が世界を支配する、か。うーん、魔王だね。まちがいなく魔王だ」


『支配するといっても、守護者に力を与えるシステムを通じて関与する程度だ。それ以上はその土地に住む者たちで決めること。守護者は人々を守るために戦うが、組織立って他国に攻め込むことはできない』


「既存の国家も、戦争を始めたら魔王が飛んでくぞと脅せば動けないしね」


 神すら倒した魔王が、竜の翼に乗って飛んでくる。

 いや、魔王城には鋼の翼があるらしい。

 いやいや、魔王城そのものが空を飛び、世界のどこにでも現れるっていうぞ。

 そんな噂が広まってるという。

 噂っていうか事実だけど。


「そうだ。ザムザリアを併合するにしても、王政にこだわる必要はないよね」


「どういうこと?」


 アルミィが聞いてくる。


「ザムザリアで民主制の実験をしよう。ザムザリア自由国とでも名づけて、議会を作る。大統領を選挙で選ぶ」


『ふむ。よい案かもしれんな。ザムザリアは諸領邦のバランスが取れているから、多数派の専制となるおそれもなかろう』


「よし。姫さまにはそれまで執権を務めてもらうってことで」


 あの姫さまは、なんとなく私やアルミィと同じ匂いがする。

 権力志向は全然ないけど、与えられた責務は果たさないではいられないタイプ。

 クレティアスは逆だ。与えられた仕事は他人にやらせて成果を横取り、権力だけは持ってきたいってタイプだね。

 往々にして、クレティアスみたいなののほうが権力闘争には強かったりするんだけど。


 あとでその案を投げられた姫さまは、


「が、がんばります」


 と引きつった顔で引き受けてくれた。

次話、最終回。

今日の18:00に投稿します。

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