素人と素人の銃撃戦
さきほど殺したばかりの見張りを漁っていく。やはり拳銃が隠されていた。パーツの微妙な歪み具合からして東南アジアで密造されたマカロフだろう。
となると麻薬も東南アジアが原産かもしれない。事件の裏ではチャイニーズマフィアが絡んでいるかもしれないから、十分に注意しなければ。
見張りの死体を発見されないようにゴミ箱の裏側に隠してしまうと、路地の曲がり角から、あらためて雑居ビルを観察した。
ありふれた三階建てだ。玄関は清掃が行き届いていないので枯葉と風で飛んできたゴミが散乱している。各階の踊り場だけが、ぼぅと光っているが、あれは非常灯だろう。まるで襲撃を予知しているかのように、すべての部屋の蛍光灯を消してあるから、遠くからでは内部の様子がわからなかった。
なら、あとは出たとこ勝負だ。
楢崎は懐から大型自動拳銃――ピエトロベレッタを取り出し、スライドをわずかに引いた。薬室には9mmが装填されていたし、ゴミも詰まっていない。予備の弾倉は三本。素人が使うなら、ちょうどいい弾数だ。
じりじりと足音を立てないように雑居ビルの入り口へ近づいていく。玄関ホールへ入った瞬間――パッと灯りがついた。あわてて拳銃を構えた。だが動体検知センサーで動くオートライトだと気づいて、ほっと胸をなでおろす。
しかし声が聞こえた。
「おーいツヨシ。酒買ってきてくれよ、酒」
どうやらオートライトが点灯したことをきっかけに、上層階にいる敵が買い物を頼みたくなったようだ。
手にした拳銃を強く意識した。じっとり汗をかいていた。今すぐ感情の赴くままに二階へ駆け上がって乱射するか? いや、それでは犬死にだろう。かといって返事をしないでいると怪しまれてしまうので、声をガラガラにして答えた。
「ビール? ワイン?」
「お前なんだそのヘンな声」
「寒くて寒くて風邪ひいちまって」
「なんだよ情けねぇ。見張りはもういいから上きて暖まれよ」
藪から蛇だった。余計なことをしたせいで上にいかないと怪しまれてしまう。だが階段の上がどんな状態か把握できない。敵の人数と武装がわからないのは恐ろしい。待ち伏せでもされたら一瞬で殺されるだろう。
「立ちションしたら行くわ」
「おう」
適当な嘘をついてやりすごすと、どうにかして誰にも発見されないように二階へ上る方法を考える。非常階段を考えたが、老朽化していて床板が崩れ落ちてしまいそうだった。
そうやって、ほんの数秒だけ悩んでいたのだが、カツカツと階段を下りる足音が聞こえてきた。
「おいツヨシ、立ちション長くねぇか?」
まずい、完全に怪しまれている。おまけに非常灯が人影をユラりと映し出したのだが、二階から下りてくる敵の手には銃らしき筒が握られていた。
銃撃戦の予感。心臓が破裂しそうなほど高鳴る。こうなったらこちらが待ち伏せだ。うまくおびき寄せなければ。
「寒くて手がかじかむんだよ。ちょいとホッカイロでも貸してくれないか」
「ところでお前、ずいぶんと標準語うまくなったじゃねぇか。いつもの関西弁はどこいった?」
しまった。さきほど殺した見張りは大阪出身で訛っていたのか。
後悔後先に立たず――カカカっと派手な足音で敵が二階から駆け下りてきた。
パンチパーマの中年男性。いかにもヤクザ風。そいつが密造銃を構えて玄関ホールへ躍り出る。
だが誰もいない――楢崎は錆びた郵便ポストの下にしゃがんでいた。
銃口をパンチパーマの脇腹に向けると、三連続で引き金を引く。花火が爆ぜたような轟音で弾丸が吐き出され、パンチパーマがどさりと倒れた。だがまだ死んでいない。この距離で三発も撃ったのに、一発しか当たっていないのだ。素人の銃撃なんてこんなものである。
パンチパーマが口をパクパクさせてなにか言おうとしたが、そこへ銃口を突っこんで無造作に撃った。
乾いた銃声に合わせたように、雑居ビル全体が火のついたような大騒ぎとなる。次はこちらが待ち伏せされる番というわけだ。




