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GUN・ACT!(ガン・アクト)‐武装アイドル神岡陽子の活動記録‐  作者: 鳥羽輝人
第十七話

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「終幕の銃声」(1)

「――アクション!」


 正通の叫びと共に、二発の銃声が轟いた。


 ――消えた……?


 なつきの視界に陽子の姿はなく、M9から発射された二発の九ミリ弾が真紅のブレザーを撃ち抜いていた。

 ブレザーが落ちるまでの時間が、異常に長く感じられる。

 防弾ライナーが内貼りされた重いブレザーは、大きな音を立ててコンクリートの床に落ちた。


「…………ッ!」


 背後に殺気を感じ、瞬時に振り返ったなつきの瞳が、M9の照準が、陽子の姿を捉える。

 トカレフの銃口はなつきの胴体を狙っていた。

 互いの全神経が指先に集中する。なつきの指が引鉄を引き切るよりも早く、陽子の指が引鉄を引き切った。

 トカレフの銃口が火を噴き、なつきのM9を弾き飛ばす。衝撃で薬室の銃弾が発火し、飛び出した弾丸が天井に突き刺さった。

 それから数秒後、破損したM9が床に落下した。


「私の……勝ちね」


 なつきに銃口を向けたまま、陽子が静かに言った。

 正通は階下の光景に全く反応できず、ただ呆然としていた。


「あなたを殺すつもりはない。江原くんを返してもらいましょうか」


 なつきは諦めたような顔で大きくため息をついてから、深く息を吸い込んだ。

 それを見た香苗が、咄嗟に正通の両耳を手で塞ぐ。

 陽子は異変を感じてトリガーを引こうとしたが、それは叶わなかった。

 なつきが口を開くと同時に、鼓膜が張り詰めるような耳鳴りと急激に脳が揺さぶられるような感覚に襲われ、身体の力が失われていった。

 工場の窓ガラスが一斉に割れ、電灯の光を反射しながら耳障りな音を立てて床に散乱した。

 陽子が仰向けに倒れながら見たものは、なつきの冷たい笑みだった。


「……危ない、危ない」


 香苗が正通の耳から手を離しながら言った。


「神岡さん……一体、何が……」


 激しい耳鳴りと頭痛に苦しみながら、唸るように正通が呟く。

 陽子は目を開いたまま仰向けに倒れ、びくびくと身体を震わせていた。


「君が聴いたのと同じ歌だよ」


 香苗は頭を押さえながら答えた。


「歌……?」

「そう。通常は人間の聴覚で捉えられない、高周波の歌だよ。ボイストレーニングを続けるうちに、なつきが身に着けた技でね。僕も昔の香港映画で、そっくりな技を見たことがある」


 正通は青ざめた顔で階下を見下ろした。叫びたくなるのを必死でこらえ、陽子が立ち上がることをひたすら願った。


「……今度は立てまい。私の勝ちだ、マリュートカ」


 なつきは激しく肩で息をしながら、スカートの内側からコンバットナイフを取り出した。刃渡り十五センチほどの艶消し処理されたナイフを逆手に構えると、ゆっくりと陽子のもとへ近づいて行った。

 陽子の視界に、なつきの姿が映り込む。


 ――このままだと、やられる。江原くんの為と思って立ち上がったのに――!


 立ち上がろうとしても、身体に力が入らない。視界は霞み、激しい耳鳴りが続いている。

 近づいて来るなつきの姿を認めながら、陽子は忘れかけていたことを思い出した。


 ――私は、死ぬわけにはいかない。明日はみんなと勉強会をする約束があるんだから。この戦いに勝って絶対、みんなに会わなきゃ……!


 なつきが目の前で立ち止まり、ナイフを上段に構えた。


 ――身体の全てを動かすことができないのなら、身体の一部だけでも。


 トカレフを握ったままの右手に全ての力と意識を集中する。


「今度こそ終わりだ、マリュートカ!」


 なつきの言葉の直後、工場内にトカレフの甲高い銃声が木霊した。

 陽子となつきは数秒間、ぴくりとも動かなかった。

 やがてナイフを手に陽子を見下ろしていたなつきは大きく深呼吸をすると、ゆっくりとナイフを下ろした。そして――声もなく膝から崩れ落ちた。

 陽子は倒れたまま銃口をなつきに向けていたが、なつきが崩れ落ちるのを認めると、自らもゆっくりと銃口を下ろした。


「……そこまで! マリュートカ、君の勝ちだ!」


 香苗は大きな声で陽子の勝利を伝え、正通の縄をほどいて素早く階下へ駆け降りていった。




 建物の外で行われていた戦闘も、その勝敗が決していた。


「はぁい、ゲームセット。ここまでよぉ」


 耳をくすぐる甘ったるい囁きに、ブランカは戦慄を覚えた。喉元には冷たい感触があった。


「武器を捨てて、手を上げなさい!」


 アンドレの声が辺りに木霊した。

 徐々に薄れゆく煙の中、銃口を向けながら近江がゆっくりと進み出る。


「……分かりました、降伏します。アズリ……ヴァーグナーさん」


 首筋に刃を当てられながら、呻くような声でブランカが言った。

 ブランカが狙撃銃を地面に置くのを見て、アズリがG36をそっと地面に置いた。そして――。


「……ハハッ……」

「……ふふん……」


 長坂とヴァーグナーは動きを止め、小さく笑った。

 長坂の刃はヴァーグナーの喉元で、ヴァーグナーの刃は長坂の鎖骨に触れんばかりの位置で止まっていた。


「やれやれ……引き分けだな」


 長坂は静かに言うと、ヴァーグナーの喉元からゆっくりと刃を離した。


「……いずれ、あなたとは決着を」


 ヴァーグナーも同様に、長坂の肩からゆっくりと刃を遠ざけた。

 そして、互いに刀を正眼(せいがん)に構え直して一歩退き、納刀して一礼した。


「何やってんだァ、あいつら」

「ヒデちゃん、楽しそうねぇ」


 呆れたように言うと、ユミはナイフをブランカの首筋から離した。

 ユミから解放されたブランカは、後ろに横たわるベアトリスを心配そうに見やった。


「戦闘正面を限定して迎撃するっていうのは悪くない考えだけどぉ、その状況が崩れた場合のことを……もっと考えるべきだったわねぇ。コンクリート塀の周りのトラップはうまく仕掛けられていたけれど、少し詰めが甘かったわねぇ」


 ユミの手厳しい指摘にアズリとブランカは顔を見合わせ、共に頭を垂れた。


「ところで、お前達には建物の中へ案内してもらうぜ。お前、ブランカって言ったな。仲間の手当てをしてやれ」

「……ありがとうございます」


 ブランカが発した素直な感謝の言葉に、近江は頬を赤らめながら「ふん」と鼻を鳴らした。


「……ん?」


 異変に気づいたのはアンドレだった。


「どうしたの、アンドレ君?」

「車の音が…………」


 音のした方向を振り返ると、草原を二台の大型トレーラーが猛スピードで直進して来るのが見えた。


「まさか……!」


 アズリはただでさえ大きい目を、更に大きく見開いた。




「なつき! なつきぃッ!」


 香苗は涙声になりながらなつきの身体を揺さぶった。

 陽子は上体を起こしてそれを見ていたが、正通が近くにやって来た。


「神岡さん……」


 陽子は無言で頷いただけで、再び香苗の後ろ姿に目を移した。

 正通は陽子の肩に手をかけて慎重に抱き起こした。

 この状況をどう考えればいいのか分からなかった。憧れのアイドルであるなつきを、パートナーである陽子が、殺してしまった――。


「疾風……さん」


 彼女の真の姿を知ってショックを受けた今でもなお、正通のなつきに対する想いは変わらなかった。

 陽子が勝ったことに安心はしている。だが、嬉しいなどという感情は微塵も湧いてこない。

 陽子は自分を救う為に命がけで戦ったというのに、礼も、労いの言葉さえもかけられなかった。陽子もまた、そんな言葉は望んでいないように思えた。


「なつき! 息をしてよ、なつきぃ!」


 いたたまれなくなり、正通と陽子は二人から目を背けた。

 正通は必死で涙をこらえていた。泣くことは陽子を責めることと同じだと思っていた。


「待ってて、今……」


 香苗はなつきの胸部を強く圧迫した後で、自らの唇をなつきのそれに近づけた。

 二人の唇と唇が触れようとしたその時、香苗は自分の顔に息が当たっていることに気づいた。そして、ぼんやりと目を開けるなつきと目が合った。


「かな、え……何、して……」


 なつきが意識を取り戻し、ゆっくりとその身体を起こした。呼吸の停止は一時的なものだった。


「なつきっ! よかった!」


 香苗は思わず、なつきの身体を抱き締めると、なつきは香苗の腕をそっと握った。

 何気なく視線を上げたなつきの目に映ったのは、香苗の後ろで安堵の表情を浮かべる正通と陽子だった。


「…………!」


 なつきが傍らに落ちているコンバットナイフに手を伸ばしたのを陽子は見逃さなかった。

 素早く立ち上がって駆け寄り、ナイフを取り上げる。なつきが何をしようとしたのか、考えるまでもなかった。


「何をする!」


 なつきは悔しさと怒りを露わにして叫んだ。

 陽子はなつきの顔に平手打ちを見舞った。


「あなたは処刑人であると同時にアイドルでしょう。助かった命を捨てることはファン達に対する裏切りだよ。もうこれ以上……ファンを裏切らないで!」


 陽子を見上げるなつきの目は未だ敵意に燃え、殺気を放っていた。

やがて、正通がなつきの前に跪いた。


「何のつもりだ、江原君。私は敗北した己自身を処断しなければならない。アイドルとしてではなく……闇に生きる者として。邪魔をするならば君とて容赦はしない」


 なつきは目に戸惑いの色を浮かべながら、正通を威嚇した。


「闇に生きる者……確かにそうかも知れません。ですが、あなたはただ殺し、喰らうだけの存在じゃないはずです。あなたの歌は多くの人々に笑顔と希望を与えている……! それなのに……どうして自ら滅びの道を選ぼうとするんですか?」

「何故、そんなことを言う……君は私が憎くないのか? 私は君を裏切ったんだぞ。私は君が思っているような人間じゃないということが……これでよく分かっただろう!」


 なつきは自らにすがりつく香苗の腕を振り払い、立ち上がった。

 薄暗がりで光る、赤い月のようなその目。しかしその眼光を前にしても、正通は逃げなかった。


「疾風さん……あなたの正体が処刑人だとしても、僕にとってあなたは憧れのアイドルです」


 なつきはその瞳に不気味な光を宿したまま正通を見下ろしていたが、やがて目を閉じ、思い出したように呟いた。


「君は……強いな」


 再び開いたその目からは、殺気が消えていた。


「なつきっ……死なないでぇ……お願い、だからっ……僕を……!」


 香苗が泣きながらなつきの背中に抱きついた。


「……香苗……」


 なつきはゆっくりと振り返り、香苗の肩を抱いた。


「香苗……すまない。江原君、神岡君。本当に、すまない……!」


 香苗の肩になつきの涙が落ちる。正通はその光景にもらい泣きした。

 陽子はそれぞれの泣き顔を見て、安心したように微笑んだ。


「……ごめん。恥ずかしいところを見せちゃったな。僕のクールなイメージが台無しだ」


 やがて香苗は立ち上がり、携帯無線機を取り出した。


「外のみんなに戦闘停止を伝えよう。廃墟の舞踏会はもうお開きだ」


 香苗の言葉に正通は近江達のことを思い出し、不安の表情を浮かべた。


「大丈夫。近江さん達はやられたりしないよ」


 陽子は穴の空いたブレザーに袖を通しながら言った。


「そう……だね」


 ようやく落ち着きを取り戻したなつきが、香苗の表情が曇ったことに気づく。


「どうした? 香苗」

「応答が……」


 香苗がそう言いかけた時、正通は床に散乱したガラスが何かに反射して光ったのを見た。


「伏せて!」


 正通は突然、陽子を地面に押し倒した。


「ちょっと、何……」


 陽子の抗議をかき消すように、銃声と窓ガラスが割れるけたたましい音が鳴り響いた。

 サブマシンガンによる猛烈な射撃。侵入者は窓と建物の入り口から射撃を仕掛けてきた。

 突然のことに陽子は反撃を試みるも、射すくめられて動きが取れない。


「神岡君、私に銃を!」


 そう叫んだのはなつきだった。

 陽子は一瞬の迷いの後、武井のトカレフをなつきに投げ渡した。

 なつきが最初に姿を見せた敵を撃つと、香苗が懐から中型拳銃シグP230を抜いてそれに続く。

 そして窮地を脱した陽子もが射撃に加わり、建物への侵入を図った八人の敵は瞬く間に倒れた。


「……ありがとう」


 陽子は入口に銃口を向けたまま言った。


「礼を言うのはまだ早い」


 なつきが緊張した様子で返す。


「お集まりの諸君! 舞踏会はもう終わりだ!」


 突然、大きな声が響き渡った。

 潤いがありながらも貫禄のある、男の声だった。

 声のした方向――建物の入口。男は完全武装した私兵を引き連れ、ゆっくりと建物の中へ入って来た。

 その男の声。その男の顔。正通と陽子は確かに覚えがあった。


「クオーレ代表……真鍋公次」


 陽子が敵意を込めてその名を呼んだ。

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