019_オーストラリアの夜
「よお、おとなしくしてたか?」
まずヤオに向けてエディは声をかける。
昨日はちょっと微妙な場面もあったが、遺跡に入る前に声をかけてきてから、彼がおおむね役に立とうと積極的に動いていたのを見ている。信用出来る子だとエディは評価していた。
もし、彼が望むなら同行するのに口添えをしよう、と考えるほどで、そんなお節介はヤオ以外にするつもりは無い。
(付いてこれねえだろうしな……)
フナ=バシでは虐げられているとはいえ、生き延びていくならば難しくは無い。もちろん、大人になって一角の人物になれるかどうかは本人次第ではあるが、少なくとも大人にはなれる。
だが、一旦荒野に出てしまえば大人だろうと子供だろうと不意に命を落とす可能性がある。だからあれほどの見習い、モドキがいても探索戦士が飽和することは無いし、まだ近場の遺跡も掘り尽くされたとはいえないのだ。
「あ、はい……探索戦士の皆さんが優しくしてくれたので……」
意外なことだが、外からフナ=バシに立ち寄る正規の探索戦士でも、町に上がらずオーストラリアに好んで立ち寄る者も多いそうだ。
安全、娯楽、快適さはスズキやデス=リバーの宿に比べるべくもないが、その分向こうはもめ事も多く、滞在費用もバカにならない。
安全は都市直下の時点で荒野よりマシだし、娯楽もフナ=バシのネットワークに無線で接続可能、荒野では望めない寝床やシャワーも最低限は存在するこの場所は、滞在費用が安いこともあってのんびりするのにちょうど良いそうだ。
「普段僕たちじゃ見れないフナ=バシの娯楽映像も見せてもらったり、食べ物を貰ったりしました。それで、僕を含めて興味がある面々で探索の話を聞かせてもらったりしていました」
「他の子はみんな貸してもらった端末で動画見てたわ。たぶん……遺跡はこりごりって子も多いみたいでほとんどはこっちだった」
「ああ……それは、しょうがないか……」
聞いてみると、ヤオの方が3人、アデルの方が6人だったらしい。エディが認識している限りではミリィやダンは後者に入っている。ミリィは元々暴力は苦手だったし、ダンは体格も小さくグループでも皆に守られていたのでエディには納得できた。
「エディさん」
「何だ?」
「あのドールで悪い奴らやっつけてくれないんですか?」
「あー、それってみんなも……そうして欲しいって思ってる?」
「直接聞いてはいないです。でも、やっぱり仲良い子が殺されたんで、恨みは強いと思います」
エディはずっと黙っているミリィに目を向ける。
彼女は、いきなり注目を浴びてビクッとし、答えた。
「私……私はいままでの生活に戻れたらそれでいいと思ってます。暴力なんて一生かかわりたくないし……でも……それが出来るのかって心配してます」
「ありがとう、参考になる」
子供にしてはおとなしくしている。だからといって割り切れている訳じゃ無い。本音では仕返しをしたいという気持ちもあるのだろう。
ただ、立場が弱い。そのことが一番の問題だ。
他ならぬエディ自身も、その日の稼ぎをチンピラに脅し取られたことは一度や二度では無い。だからといってやり返す、という気にはなれない。それによってさらなる暴力を呼んだり、立場が危険になったらこちらの命を失いかねない。
社会弱者のスラム孤児はあらゆるところで我慢を強いられる。それは今の時代、しょうがないことなのかもしれない。
「だけど、このままにしてたら危険なだよね?」
アデルが指摘することは正しい。
遺跡から帰ってきた子供がいる、と知られれば当然あのドールの事を詮索される。仮に持ち主がフナ=バシを離れたと告げたとしてもしつこく疑われるだろう。
それに、本人も問題だ。モドキが子供を攫って遺跡で使い捨てにするのは、噂されてはいるものの、「アイツらならやりかねない」という推測の段階でもある。
実際に被害にあった子供が戻ってきて、モドキが本当に誘拐に関わっていると広まるのはまずい。買い取り所の買い取り拒否、他の探索戦士から攻められる、組合の正規登録に拒否されるなど、今後フナ=バシでやっていけなくなる恐れがある。
「確かに、見かけられたらまた攫われて今度は始末される、というのはありそうだな……なんか外、騒がしくないか?」
人々の叫ぶ声、それと――この重苦しいモーター音に混じってパチパチはぜる音はファン・ドールの起動音だ。エディはそれを認識して立ち上がる。
「タマさん、起きろ」
いつの間にか伏せていびきをかいている酔っ払いコボルトを揺する。
「あ、私が起こします」
なかなか起きないタマサブロウをミリィに任せ、エディはテントの入り口を飛び出す。
外では今まさにドールが立ち上がっているところだ。
エディは、駐機している自分のドールに走る。
何が起きているにせよ、消極的な態度を見せる訳にはいかない。
戦力になるドールを持ち込んでいること、非常時には防衛に参加すること、この二つを守れるからこそ、彼らはテントを無料で借りられているのだ。ゆえに、襲撃の際には全力で協力することを、エディはタマサブロウから言い含められていた。
「狼タイプ10体以上だ、間を抜かれるな!」
響く大声はコンテナの方から聞こえる。見張り担当が視認したのだろう。
狼といって侮るわけにはいかない。中央荒野をさまようそれらは、大型の犬どころか大型の虎、あるいは熊にも匹敵する大きさだ。また、凶暴性も増している。
この巨大化・凶暴化の原因として異世界の近縁種との混血、バイオテクノロジーの暴走・漏洩などが噂されているものの、どの説も証拠がない。わかっているのは巨大で、群れを作り、狩りを行う。人だろうと関係なく襲ってくる猛獣だということだ。
誰かが叫んでいる。
「角度に注意しろ! 打ちおろしのみ許可だ。他に被害が行ったら弁償だからな!」
何もない荒野ではない。堅牢なフナ=バシの躯体がファン・ドールのレールガンごときで傷付くはずもないが、その他の設備の強度はそれほどでもない。地下水くみ上げ施設が損傷したらフナ=バシ全体に被害がもたらされるのだ。
そのため、探索戦士の仮宿であるオーストラリア周辺では、30度打ちおろしより上の角度で遠距離武器を発射することがフナ=バシとの協定で禁止されている。
エディはドールに取り付き、コックピットに入る。実際にはコックピットは歯車がぎっしり詰まった『棺』に占拠されているのだが、エディがここで庭への移動を試みた場合、庭ではなく仮想のコックピットに移動してしまう仕様は確認済みだ。
――なんというか、ずいぶん都合良い感じだな……偶然最新モビルスーツが操作マニュアル付きで横たわってるような感じだ……
過去の男のつぶやき。エディにはモビルスーツがなんなのかわからないが、多分どこかの超兵器なんだろう。
(たしかに、俺にとって都合が良い。いつか足をすくわれてもおかしくねえな……まあ、だからといって使わねえ選択肢はないな)
エディは、座席に座りドールを起動する。
〈 ... S.P.R.G.N. Genuine Drive Mode started 〉
何度か起動・操作を繰り返していたことで、エディはこの機体の特異性についてある程度のことがわかってきた。
まず、動力は今のところ無限であると考えられている。とはいえ、ファン・ドールに搭載されている量子確率機構も、一度起動しさえすれば理論上は無限にエネルギーを生み出すことができる。しかもそちらの方が生み出すエネルギーの桁が1つか2つ大きい為、動きも素早くレールガンなどの武装を運用することができる。
とはいえ、それはあくまで一般的なプロト・ドールに当てはまる事で、真なる駆動を実現したこの機体ではファン・ドールと遜色ない動きが実現出来る。背面部の『棺』が無いことも合わせて、ファン・ドールを装うのに不足は無いのだ。
そして、各部の動作だが、実は中を見ることは出来ていない。プロト・ドールの問題の一つに『修理不能』というものがあるが、その機体は外装を取り外し、内部にアクセスする前提の構造ではない。
十分な設備と腕の良い整備士がいれば可能なのだが、現状はそのどちらも望めない。センゴクは腕の良い整備士だがプロト・ドールを扱った経験が無い。もっとも、そんな整備士は何百年も前に全員死に絶えているのだが……
外装は取り外せずとも、エディはその内部がどう動いているか操縦席で感じることが出来た。これが不思議な事に、歯車なのだ。腕や脚、各部に歯の刻まれたロッドが存在し、それに噛み合う歯車が多数並んでいる。歯車が回ればそれによってロッドが押したり引いたりされ、腕や脚が動く。
問題は、その歯車がどうやって動いているのかなのだが、それはモーターでもエンジンでもない。動力がどこにもつながっていないのに歯車が自分で動き、力を発生させるのだ。この仕組みが解明できなかったことで、プロト・ドールの改良が断念された歴史がある。
「まあ、実際にはつながってるんだけどな……」
真の操縦者であるエディは、棺の中の歯車と機体の各部の歯車が実際につながっているのを感じとる事が出来ている。それは物理的には離れていても、『裏』ではつながっている。『裏』は『庭』と同じような異空間だが、それら同士は別個の異空間だ。実は、今エディがいる操縦席も『庭』ではなく『裏』なのだ。
エディは手を操縦桿に、足をペダルにしっかりと固定し、ドールを立ち上がらせる。操縦桿もペダルもわずかしか動かない。が、体を支える役には立つし、力の入れ具合を直感的に伝える事ができる。
ドン――衝撃を感じる。
操縦席は別空間。直接衝撃が来るはずはない。
となれば機体からのフィードバックだ。
エディは、背後からのそれに対して、前方に飛び退くことで距離を取る。
立ち上がったドールの半分ほどもない体高だが、それは確かに今まで見たこともない大型の狼だった。
大きな口を開け、鋭い牙がのぞき、よだれがスポットライトに光っている狼が、エディのドールを敵と見定め、飛びかかろうとしている。
「甘い!」
はたして生身で同じ動きが出来るだろうか?
逃げ足には自身があるエディは、それ故に格闘の経験はあまりない。
だが、思念で動くドール、そしてプロト・ドールとは思えないほどの動力と機構を持つ乗機が、飛びかかってきた狼の頭を中段回し蹴りで迎え撃った。
ギャン……
鳴き声が聞こえて吹き飛んでいく大狼が、しかし数度地面を転がり、すぐに立ち上がろうとする。
「来るか……?」
だが、そこに突然横から光線が狼の横腹に突き刺さり、内蔵や筋肉をまき散らして貫いた。
これにはたまらず、狼はその衝撃で吹き飛ばされて倒れ込んだ。起き上がってくる様子はない。
そちらの方角に視線を向けると、一機のドールが右腕の長銃を発射した姿勢で立っていた。
光線? いや、そんあ非効率な代物を使う訳がない。暗い夜だから光線に見えたが、あれはレールガンだった。
発電能力、特に瞬間発電能力が必要な兵器だが、これはファン・ドールの動力に相性が良い。大型のバッテリーを積む必要も無く、単に動力から専用の配線を銃につなげれば簡単に使う事ができる。
まさに、ファン・ドールの主力武器として広く使われているものだった。
エディは、助けてもらったと思ったので、手を上げて(ドールに上げさせて)挨拶をする。
相手も手を上げて、そのまま去って行く。
辺りを見渡してみると、もうほとんどの狼は倒されているか逃げ去っていた。
「まあ、一応働いたってことに……なるのかな?」
エディは、ようやくテントから姿を現したタマサブロウを視覚に入れて、ひとまず警戒を解くのだった。




