災い
「ミゲルは私を殺すつもりだったのかしら?」
ミーガンは不意に、心に浮かんだ言葉が口をついて出た。
「……どちらかというと、ちょっと脅かそうと思った気持ちの方が強いのだと思います。お嬢様が次期伯爵に指名され、命の危険にさらされたなら、諦めてくれるだろうと。ランディ様やリッチ様に手が伸びないのは何らかの理由があると思ったので、だからこそ、私もお嬢様に囮になってくれないかと話をしたのです。大丈夫だろうと踏んでいたのですが、やはりヒヤヒヤしました――そして、カンニガム伯爵を逆に直接殺害しなかったのは、やはりそうしてしまうと、当主はすぐにランディ様になるでしょうから時期尚早だと。ミゲル様としては、今はまだ力をつける時だと考えていたのでしょう」
「じゃあ、次に殺害されたアレシア様は?」
「先の理由の通り、殺害する人物の選定にはカンニガム伯爵と、伯爵家の血筋を引く者は除外して選定したのが彼女でした。その理由は、こればかりは、アレシア様、強いては女性特有の勘の鋭さが関係していると思います」
「女の勘ですか?」
ケナードは頷きながら、話を続ける。
「おそらく。アレシア様はエイブリルとミゲル様の二人の秘密の関係に、何かのタイミングで気がついていたのでしょう。彼女は貴族としての鋭い視線を使用人にも向けていましたから、二人がもしかして、ユーラ様を殺害し、その罪を自分自身に擦りつけようとしていたのではないかと考えられていたのだと思います」
「アレシア様がそんなことを?」
「私は直接聞いた話ではないのですが、アレシア様についていた侍女がこぼしていたのを耳にしまして。そもそもその侍女は確かにエイブリルがミゲル様に対して他の方とは違う気持ちを抱いていることには気がついてはいたようですが、まさかミゲル様が彼女を相手にするとは思っていなかった。だから特に気に留めていなかったようなのです」
「アレシア様が抱いた疑いは真実だった。でもエイブリルはどうやって?」
さすがに、エイブリルはアレシアの担当はしていなかったはずだとうまく働かない頭の中で思い出す。
「マリヤックが話していた通り、彼女の言葉に逆らう使用人はいませんでしたからね。上手いこと言いくるめて、やったのでしょう」
ケナードの言葉はもっともだと、かすかに頷く。
「ミゲル様は、危機感を抱き口封じのために彼女を殺害した」
アレシアが確か、伯爵たちが北部の戦線から戻った時のパーティーでつぶやいていた不思議な言葉を思い出す。彼女がミーガンに伝えようとしていたことは、ミゲルとエイブリルの事だったのだろうか。それならもっと、早くにアレシアの意図を汲み取っていたならばと、思うと僅かに瞳が潤む。
「お嬢様は、自責の念を感じる必要はありません。本来であれば、私がそうしなければならなかったのですから」
まるでミーガンの心を読んだように、ケナードが目を伏せた。
「お祖母様も、アレシア様と同じようにその事に気がついていらっしゃったのかしら」
「リベカ様は――アレシア様とは異なる視点で気づいていらっしゃったのだと思います。あの方は、犯人とおぼしき人物の目星は付けられているようでしたが、犯行方法がわからないと話されていましたので、エイブリルと結託していたところまでは見抜けていなかったのではないかと。ただ、ミゲル様の人としての道の外れてしまうような仄暗い感情、自身こそがカンニガム家の次期当主であるという、並々ならぬ強い意志を持ち合わせていることは気が付かれていたのでしょう――もしかしたら、ミゲル様はリベカ様にはそのことを話していたと思われます」
「あ」
そういえば、屋敷に帰ってくる度にリベカとミゲルが何か言い争っているのを聞いていた。もしかしたら、それだったのかもしれない。
「リベカ様はミゲル様の本質を見抜き、その野心がいつかよくない方向に動くかもしれないと危機感を抱いておりました。実は、私もリベカ様から内密にそのことについて相談を受けておりまして、ミゲル様の行動を見ていたつもりだったのですが、今回のことは防ぐことができませんで……」
「ミゲルは自分を認めてほしかったのね、きっと」
「ミゲル様は私の目から見ても、将来を嘱望される、光るものをたくさんお持ちでした。そして、ご自身の容姿の面でも、ランディ様やリッチ様と比べても残された血族の中で、高い能力を有していたかもしれません。しかし、カンニガム伯爵の称号に求められるのは、それだけではありません。その方の人格も求められます。リベカ様がミゲル様に指摘していたのはそういった点で、諭さなければとリベカ様なりに何度か話をしていたのだと思います。しかし、それが実を結ぶことはなく、むしろ、お二人の中は険悪になる一方でした。それが、今回の結果を生んだのかもしれません」
「じゃあ、お祖母様は最初からミゲルを……」
わかっていて、あえて自分がその手にかかることを受け入れていたのかもしれない。
「もしかしたら、リベカ様が生きていらっしゃれば、当主となる道は十分に残されていたかもしれません。しかし、そうはならず、ミゲル様は影華の君の力に魅入られ、殺人鬼と化していった。自身の秘密を知り得ていた、エイブリルを最後に口封じのために殺害し、そして……」
ケナードは言葉を飲んだ。
「これが、災いなのかしら」
ミーガンは精一杯そう言葉にするのだが、まだ体力が戻らないため、急に瞼が重くなるのを感じた。
「お嬢様」
体の力が抜け、手がするりと布団に戻ってくる。
「ごめんなさい。なんだか眠たくなってしまって」
「ゆっくりおやすみください」
ケナードのその言葉だけは聞き取れた。その後も耳元で何かを囁かれている様な気がしたが、覚えていない。次に目を覚ました時、屋敷からケナードと影華の君は姿を消していた。




