三人娘と、最初の内緒事
死んだ…
振り下ろされるトロールのこん棒を前に、私はそう確信した。
…その時だった。
《感覚二倍―》
脳内に響く、冷徹な声。
――命令のような。
次の瞬間、私の世界は一変した。
◇◇◇◇◇
「あれ…?どうして、トロールは倒れてるの?」
私は、こうして立っている事が出来ている。
目の前には、巨体を横たえたトロールが、ピクリとも動かずに倒れていた。
「ちょっと、どういうことよ!アンジュちゃん、いつからそんなに強くなったの!?」
「す、凄い……!アンジュの動き、めちゃくちゃ速かったぞ!」
背後から慌てて駆けて来たのは、ユミエルとエタルナ。
二人とも、信じられないものを見る目をしている。
まぁ、一番信じられないのは、私自身なんだけど。
手に握った剣が、急にずしりと重く感じられた。
さっきまで、羽のように軽かったはずなのに。
「こんな町の近くの森に、大型トロールが出るなんてねー。いやぁ、びっくりだったね。」
「……う、うん。びっくり、ね。」
ユミエルの軽い調子に合わせて頷きながらも、頭の中は混乱したまま。
返答もどこか上の空となる。
トロールが出たことよりも…
私が、トロールを倒したことの方が、よほど信じられなかった。
「それにしても…どうしたんだ?いつもとは、まるで別人みたいだったぞ。」
エタルナの問いかけに、答えようとした、その時。
肩に…ほのかな温かさを感じた。
…あ。
思い出す。
戦闘の最中、トロールの肩に乗っていた、あの“光る球体”。
いつの間にか、それが私の方へ移動してきて…
そこから、急に体が軽くなった。
「…なんとなく、だけど。」
私は言葉を選びながら口を開いた。
「この光る球体のおかげ、かな。体がすごく軽くなった感じがしたの。」
「は?」
「え?」
二人は揃って首を傾げた。
「アンジュちゃん……何言ってるの?どこか、頭でも打った?」
ユミエルは冗談っぽく笑う。
「光る球体なんて、どこにも無いぞ?」
エタルナは真顔で、心配そうに私を覗き込んできた。
…え?
私には、確かに見えている。
最初はトロールの肩にあったそれが、今は私のすぐそばに浮かんでいる。
――私自身、何が起きたのか、まだ整理できていなかった。
戦闘の記憶が、脳裏によみがえる。
《感覚二倍―》
その声は、どこか冷たく…
ただ、私を“道具”のように扱っている気がした。
そこからだった。
トロールの動きが、信じられないほど遅く感じた。
剣を振る速度も、踏み込みも、すべてが研ぎ澄まされていた。
そうか…
「…ねぇ、ユミエル。私に、強化魔法かけた?」
このパーティで、魔法を使えるのはユミエルだけ。
「え?何言ってるの、私じゃないわよ」
即答だった。
「じゃあ……エタルナ?」
「違う違う。もしそう感じたなら……アンジュ自身がかけたんじゃないか?」
「……え?」
私が?
「強化魔法?そんなの、知らないんだけど。」
言葉にした瞬間、場が静まり返る。
「それにしても……吹き飛ばされた時は、もうダメかと思った。」
「そうそう!なのに急に人が変わったみたいに動き出して、バッサリよ、バッサリ!」
ユミエルが杖を振り回しながら、私の剣さばきを再現してみせる。
「だから……やっぱり、この球体のおかげだと思うの。」
エタルナとユミエルは、顔を見合わせた。
「……前から思ってたけどさ。」
「アンジュちゃん、大丈夫?」
……うん。
やっぱり、信じてもらえないよね。
私の目には、はっきりと見えている。
静かに浮かび、寄り添うように存在する、謎の球体。
「頭なんて打ってないわよ。失礼しちゃう」
ため息を一つ、つき終わると話題を切り替えた。
「それより、このトロール…売れないかしら?」
「素材かぁ…分かんないわねぇ。」
「町も近い。とりあえず、持って行ってみよう。」
エタルナが車輪付きテントを使い、巨体を引きずり始める。
「助かるわ〜。さすがエタルナ、力持ちね。」
「いや……こういう道具の使い方をだな……」
エタルナは、ちょっぴり臆病だけど…仲間思いの盾使い。
おっちょこちょいだけど、実は優秀な魔法使いのユミエル。
そして――
「よしっ!じゃあ、ハンターギルドに行こー!」
……訳の分からない力を持ってしまった、私。
ただ…
この時の私はまだ知らなかった。
この三人の中で——
一番「普通」なのは、誰なのか。
「アンジュちゃん、本当に治療院行かなくていい?」
「大丈夫、大丈夫。」
この球体のことは…そっと胸の奥にしまい込む。
「ねぇ、キミ……一体、何なの?」
球体は、答えない。
ただ——
ほんの一瞬、私の呼吸に合わせるように、小さく震えた。
言えば、きっと変わってしまう。
三人の距離も、私の立ち位置も。
だから…
この秘密は…誰にも言わない。
これは…トレジャーハンター三人娘、最初の内緒事。
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新連載、始まりました!
100話以上になるお話の予定です。
今のところ、三部構成を考えていますので、お付き合いよろしくお願いします。
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