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マージ―の悩み事  作者: しんた☆
9/11

9 揺れる想い

「ミハエル君とマージョリーの婚約が成立したんだよ。おめでとう」

「え?」


 こみ上げてくる嬉しさを、ブリジットとのやり取りが抑え込む。素直に喜びたいのに、そうできない自分がもどかしい。でも、目の前の両親たちの笑顔を見ると、戸惑いを押し隠すしかなかった。両家のささやかな宴は夜遅くまで続いた。


 翌朝、二人で馬車に乗って学校の到着すると、ミハエルはいつも通りテントウムシになって教室に向い、マージョリーは正門から入っていった。しかし、どういうわけか今日はギャラリーがおとなしい。そんな中、サラが駆け寄って、問いただす。


「マージ―! 聞いたわよ。昨日、ミハエル様と手に手を取って帰ったんでしょ? その辺り、詳しくお聞きしたいですわ」


 周りにいた女子もみな同じことを考えている様で、視線が集中する。マージョリーはどうしたものかと考えたが、ミハエルの姿はまだ見えない。


「ええ。そうですわね…」

「すまない、マージョリー嬢はいるかい?」


 突然教室に飛び込んできたのは、アランだった。マージョリーを見つけると、飛びつくように駆け寄った。


「妹が、オリビアが倒れた。僕は、もう数日で出立しなければならないし、せめてもう一度屋敷に来てやってもらえないだろうか。僕は出向直前でゆっくり見てやれないんだ」

「オリビア様が? でも…」


 マージョリーの視線はミハエルを探すが、教室の端でブリジットと楽しそうに話している姿が目に入り、胸がきゅっとくるしくなった。イヤリングの通信も相変わらず不通のままだ。


「頼むよ。馬車なら裏門に用意させている。僕は、まだ打ち合わせがあるから同行できないが、執事には伝えてあるから」

「シャリエール殿、会合が始まります」


 遠くでアランを呼ぶ事務員の声がした。アランは、頼むっと言い残して慌てて声のする方へと駆けて行った。


「なんだか大変そうね。気を付けてね」


 空気を呼んでサラが声を掛けた。そうなると、もう出かけるしかない。マージョリーはもう一度ミハエルの様子を見たが、彼らの話は続いている様だ。そのまま席を立って、裏門へと進んだ。見覚えのある御者が、丁寧に頭を下げる。


「オリビア様の具合は、いかがですの?」

「今日は、主治医の方がお見えになられていると思われます。マージョリー様、どうかお嬢様を励ましてあげてください」


 さすがは公爵家だ、仕えている者も、みな状況をよく理解している。今は、自分のことより、オリビアの事に集中しよう。マージョリーは腹を括った。オリビアの部屋の前まで案内されると、侍女と医者が出てくるところだった。軽く会釈してすれ違った後、そっと部屋へと進む。しかし、室内はしんと静まったままだ。オリビアは眠っている様だった。あのキラキラしたアメジスト色の瞳も、今は見ることができない。

 こんな状態になっても、両親は傍についてもやらないのか。大人には大人の事情があるとは思いつつ、やりきれない想いでいた。銀色の髪はゆるく肩のあたりで結ばれ、細い腕が出たままの状態だ。

 少しだけ子ども、だけど案外大人の事情も理解している。この中途半端な心と体には、マージョリーも覚えがあった。


「そういえば、ミシャたちが引っ越したのも、私がオリビア様ぐらいの時だったかしら。」


 ミハエルたちが引っ越すことを知っても、行かないでほしいと涙するには大人びていた。だけど、まだまだ幼い心は、見捨てられたような気持ちでいたのだ。誰にも見つからない中庭の大きな木の陰で、膝を抱えて涙を隠していた。

 そう思うと、愛おしさすら覚える。


「オリビア様、早く元気になってくださいね」


 細い腕をそっとケットの中にしまって、気づかないうちにそんな言葉がこぼれた。そこに、遠征の準備を終えたアランとイワンがやってきた。ちらっと振り返って会釈すると、マージョリーはすぐにそのエメラルドの瞳をオリビアへと向ける。


「マージョリー嬢、感謝する。先ほど、イワンから君の婚約の事を聞いた。君たちに不快な思いをさせていたようだ。それなのに、また、誤解を招くようなことを頼んでしまって…」

「いいえ。オリビア様は、大切はお友だちですもの。早く元気になってもらいたい気持ちにウソはございませんわ」

「やはりオリビアには、君の存在が必要なようだ。もう一度考えなおして…」

「マージョリー嬢、私からも礼を言うよ。だが、これ以上ここに居たら、弟がうるさいだろう。うちの馬車で送るよ」


 イワンは、アランの言葉を遮って、マージョリーをエスコートすると、自分の馬車に連れ出した。アランのもの言いたげな表情を、完全無視の状態で連れ出せたのは、イワンがアランの親友だからこそだろう。馬車に揺られながら、何を話したらいい物かと思い悩むマージョリーに、イワンがそっと頭を下げた。


「この度は、私の親友が余計なことをして申し訳なかった。遊び慣れたご夫人を相手にするのなら、問題なかったのだが、純粋な若い女性にちょっかいを出すとは、まったく。オリビア嬢のことは、弟には話してあるのかい?」

「お話したかったのですが、急なことでしたし、その…」


 俯くマージョリーの耳に魔法付与されたイヤリングを見つけたイワンは、その状態に気が付いてため息をついた。


「まったく。普段はすぐに行動する癖に、肝心なところでヘタレだな」

「え?」


 マージョリーは驚いて顔を上げたが、イワンは慌てて首を振っていた。


「君の事じゃない。弟のことだ。とりあえず、帰ったらしっかり話をしておくよ。さぁ、君の家に着いたようだ」


 イワンはさっと馬車を降り、マージョリーをエスコートする。イワンから誤解を解いてもらえることは有り難いが、自分の中のモヤモヤした気持ちは早くなんとかしなくては。マージョリーがそんなことを考えていると、自宅から速足でやって来る足音がした。


「おい、マージ―! どこに行ってたんだ! もうアラン先生のところには行くなって言っただろ!」


 畳みかけるように責めるミハエルの前にイワンが立ちはだかった。


「ミハエル、そんなに攻め立てるものじゃない。まずは事情を聞いたらどうだ」

「事情? どういうことだ?」


 きっと睨みつけるその瞳には、怒りよりも悔しさがにじんでいる。マージョリーは、オリビアが倒れたこと、アランに会うために出かけたのではないことを懸命に説明するが、聞く耳を持たない。


「それで、彼女が身に着けているあのイヤリングは通信ができていないようだが、どうしてだ? どんなに周りに人がいても、これが動いていたらおまえに連絡できたはずだろ?」


 兄の指摘に、ぷいっと顔をそむけるミハエルは、まるで子供の様だ。二人で話をすると周りが騒ぐからと、自分からプレゼントしてくれたイヤリングだったのに。「通信魔法を練りこんだから、これでいつでも通信できる。」まぶしい笑顔でそんな風に語っていたミハエルは、ここにはいない。唇を噛みしめていたマージョリーは、全身の力が抜けていくような絶望感に襲われた。


「失礼しますわ」


 不意にそう言い残して、外に飛び出してしまった。驚く周囲をよそに、素直になれないミハエルは追いかけることができなかった。


「いつも冷静なマージョリー嬢が、ここまで心を乱す意味をちゃんと理解しろ。俺は先に帰る」

「ま、待てよ。俺だって…」

「俺だってなんだ? 彼女がどんどん実力をつけていくのが憎らしかったか? それとも、想像以上にきれいになっていた彼女に想いを寄せる男が増えて、拗ねてしまったのか?」

「ぐっ…」


 言い返せない弟に呆れたイワンは、さっさと馬車に乗って帰ってしまった。その場に立ち尽くすミハエルを叱咤したのは、侍女のアンナだ。


「ミハエル様、こんなところでじっとしている場合ではありません! すぐにお嬢様を追いかけてください! あのイヤリングをお嬢様がどれほど大切にしていたか…。お傍にいた私は知っています。どうか、自信を持ってください」


 その言葉にハッとしたミハエルは、すぐさまマージョリーの後を追いかけた。


 一方、飛び出したマージョリーは、気が付くと学校近くの湖のほとりにまできてしまっていた。湖を渡る風がマージョリーの頬をなで、さっきまでのぐちゃぐちゃな気持ちが、ゆっくりと落ち着き始めるのを感じることが出来た。木蔭のベンチに腰を下ろして今までの事を思い返す。この湖は、公園の中央に設置され、水辺を渡る風を楽しむカップルが、やってくることで有名だ。いつかここを二人で歩きたいと、マージョリーもこっそり考えていた場所だ。


「随分歩いたね。足は痛くない?」

「ええ、大丈夫ですわ」


 どこかのカップルが、仲睦まじく公園のバラ園からやってきた。


「それにしても驚きました。ガブリエル様は、ミハエル様と同郷だったのですね」

「ああ、アイツは学生時代の間だけ領地に戻っていたからね。だけど、こんな風に人を取り持ってくれるような奴じゃなかったんだよ」

「じゃあ、ブリジット様のお陰ですね。あのお二人も付き合ってらっしゃるのかしら」


 カップルの何気ない会話に、聞き覚えのある名前が聞こえ、マージョリーは俯いてしまう。やっぱり、あの二人は付き合っているの? それならこのイヤリングが通信できなくなっているのも分かる。マージョリーは、そっと自分の耳に揺れるハートのイヤリングに手を添えた。


「いや、違うよ。あいつには昔から心に決めた女性がいるって噂だ。なんでも幼いころに王都にいたときの幼馴染なんだとかで、学生時代も随分モテてたけど、彼女は作っていなかったな。学校で一番美人だって言われてた女の子を振った時は、みんな信じられないって言ってたんだ」

「そうなんですか。一途なんですね」

「エリオノーラ、僕だって、一途だよ。会えない時も、ずっと君の事を考えていた。騎士団の試験に必ず合格して、君を安心させたかったんだ」


 カップルの会話は続いていたが、居心地が悪くなったマージョリーは、二人に気付かれないようにそっとベンチを離れた。湖のふちをゆっくりと歩く。少しずつ日が傾いて夕陽が公園をオレンジに染め始めた。ふいに足音がして振り向くと、アランが駆け寄ってきた。



つづく

読んでくださってありがとうございます。


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