10 強い気持ち
「マージョリー嬢。どうしたんだ?今、馬車で通りかかって君の姿が見えたから来てみたんだが」
「いえ、なんでもありません」
「なんでもない風には見えないよ。随分気落ちしているように見える。ミハエル君とケンカでもした?」
図星すぎて言葉がでないマージョリーに、アランは一歩近づいてその手を取った。
「俺は、悪い大人だと自覚している。イワンから忠告されてもやはり君を手放すことが出来そうにないんだ」
そっと添えていた手を、いきなりぐっと握り締め、自分の方に引き寄せると、アランはあっという間にマージョリーを自分の胸に抱きとめた。しかし、驚くより早く、マージョリーはその体を突き放した。なおも捕まえようとする手を払ったのは、息を切らして走ってきたミハエルだった。
「ミハエル君、君は公爵家に歯向かうとどうなるか分からないのか?」
「こんな時だけ公爵家を引っ張り出すんですか? 俺は爵位なんていらない! マージョリーさえいてくれたら、他には何もいらない!」
嘘偽りのない言葉に、聞かされた二人の反応は両極端だった。マージョリーは涙をあふれさせ、アランは拍子抜けしたように笑い出した。
「ああ、分かったよ。すまない。冗談だ。ああ、またイワンに怒られるな。だが、オリビアが彼女を慕っていることだけは本当だ。ミハエル君が彼女を想う気持ちは分かるが、他にも彼女の優しさに支えられている者はいる。それだけは分かってやってくれ。では、馬車を待たしているので、失礼するよ」
呆気に取られて見送った二人は、ふと顔を見合わせ照れ臭くなった。
「先生の妹の事が本当だってことは、分かったよ。勝手にヤキモチ焼いて、暴走して、悪かった。マージー、いや、マージョリー嬢。親たちが勝手に決めたからではなく、俺と、結婚してほしい」
ミハエルは、さっと膝をついてマージョリーに手を差し伸べた。
「さっきは、先生を突き飛ばしてくれて、嬉しかった。マージ―は昔から魔力は強かったし、久しぶりに会ったらすごくきれいになってるし、しかも、格上の公爵家嫡男に気に入られたとなると、不安で仕方なかった。このイヤリングを再生させて、つれない返事をされるのが怖かったんだ」
「ミシャ…」
ミハエルの手にそっと自分の手を預けたその時、けたたましいサイレンが鳴り響いた。長らくなかった魔獣の出現だ。二人はすぐさま学校に向かった。
「ミシャ、見て! 校舎の上を魔獣が飛びまわっているわ」
「校舎から煙が出ている。どうやら奴らは火の玉を吐くみたいだ。翼竜のエルディモンか」
「戦闘科の子たちが応戦しているみたいだけど、全然届いていないわね。まったく…」
そういいつつ、詠唱を始めると、すぐさま氷の矢が翼竜の一体に命中した。二人は応戦しながらも学校へと進み続けた。
「もう、一体どのぐらいいるのかしら」
夢中で矢を放つマージョリーの横で、ふとミハエルはつぶやいた。
「どうして学校だけが狙われるんだ?」
「え? どういうことですの? きゃっ!」
「どうした?」
ミハエルの言葉に振り向いた途端、誰かの放った流れ弾がマージョリーの肩を掠って血がにじんでいる。
「マージ―! うわっ!」
駆け寄ろうとしたミハエルの目の前で、飛竜たちが一斉にマージョリーの血の匂いに集まってきた。ミハエルは、マージョリーに当たらない様に注意しながらも、魔剣を使って応戦するが、数が多すぎる。マージョリーの姿がすっかり見えなくなったところで、キーンっと強い魔法が放たれた音がしたかと思うと、マージョリーを取り囲んでいた飛竜たちが地響きと共に吹き飛ばされ焼け焦げて飛び散った。近くにいたミハエルも、当然風圧に耐え切れず飛ばされる。
「大丈夫ですか? あら、ミハエル様!」
「俺は大丈夫だが、マージ―が怪我をした。助けてやってくれ。って、あれは…」
マージョリーが肩を抑えながら起き上がろうとするその周りには、消し炭が多量に転がっている。
「まぁ、あの人ったら、またやらかしましたわね。ふぅ。分かりましたわ。ここはお任せを」
「助かる」
やってきたのは、ブリジットだった。ブリジットは肩を抑えて立ち上がろうとするマージョリーに駆け寄り、治癒魔法を掛ける。
「ブリジット様…」
「無理に起き上がらないで。これ以上私の推しに心配を掛けないでくださる?」
「推し?」
「ええ、そうですわ。私の友人のエリオノーラが婚約者の事で悩んでいるところを助けてくださったのがミハエル様ですの。だけど、あの方は、いつだって貴方の事を嬉しそうに話されるのです。もう悔しいを通り越して、優秀なのに不器用なミハエル様の恋を応援する側に回りましたのよ」
「そ、そうなのね。 とりあえず、治癒魔法をありがとう」
「あら、貴方には珍しく殊勝ですわね。それにしても、この騒動、ただの魔獣の出現ではなさそうですわね。犯人はどなたですの?」
「これは、私の推測だけど、以前騒動を起こしたベイカー先生じゃないかしら。あら、馬車が今頃? どちらの馬車かしら」
マージョリーが治癒魔法を受けるのを見届けると、ミハエルはすぐさま走り出した。気が付けば、飛竜たちは校長室の上空あたりを飛び回っている。
「そういうことか」
ミハエルが校長室のある校舎に向かっていると、なじみ深い魔力の軌道が見えた。イワンだ。そのまま校長室に行くと、校長とアランが飛竜たちと応戦中だった。
「ミハエル君、ここはいいからイワンに続け! もう犯人の目星はついているだろう」
「了解」
イワンの魔法の軌跡を辿っていくと、北の森へと続いている。北の森は深い樹海を広げた危険な場所だ。
一方、やっと意識を取り戻したオリビアは、兄が戦闘に向かったと聞いて、眉を寄せた。どうか、無事でいてほしい。強い気持ちでそっと通信用のペンダントを握り締める。
「お兄様…」
しかし、戦闘中かもしれない兄に、不用意に通信するのは危険だ。オリビアはペンダントをぎゅっと握りしめ、その無事を一心に祈った。すると、不意にアラン側の音が流れ出し、爆発音や何かが空を切る音が聞こえて来た。―北の森だ。イワンを追ってベイカーを止めろー聞きなれた兄の声がして、すぐにバシッといきなり通信が途絶えてしまった。
「お兄様! お兄様!」
「どうかなさいましたか?」
悲痛な声に、侍女が飛び込んできたが、オリビアはぐっと我慢して、怖い夢を見たと言ってごまかした。そして、今日は気分がいいから服を着替えて散歩をしたいと願い出たのだ。侍女が誘ってもあまり外に出たがらないオリビアが、そんなことを言い出したのには、侍女たちも嬉しくなり、さっそく服を着替えて馬車の準備をした。
「お嬢様、今からでしたら公園近くの小川でホタルが見られるそうですよ。でも、少しの時間にいたしましょうね」
「そう、それは楽しみだわ。だけど…」
そう言いながらオリビアはすっと両手を胸の前で組むと、その手に力を込めた。
―お願い、私はお兄様のところに行きたいの。連れて言ってちょうだいー
侍女たちは黙って手配を整え、御者に学校へ向かう様に指示して見送った。馬車はすぐに学校に向かったが、近づくにつれ、何やら騒々しい状況になり、御者は思わずたじろいでしまう。
―お兄様にどうしても会いたいの。そのまま進んでちょうだいー
またしてもオリビアが手を組んで祈ると、御者はすぐさま速度を落としていた馬車を速めた。校門に近くまで来ると、大好きなマージョリーが治療を受けているのを見かけ、この騒動の犯人がベイカーだということを突き止めた。
「ベイカー様…」
オリビアは思わず唇を噛んだ。まだ幼かった頃、アランは学生仲間のイワンやベイカー達をよく家に連れてきたのだ。しかし、そんな中でも、ベイカーはあまり学生仲間に馴染めていないようで、自分の遊び相手になってくれていたのだ。信じられない気持ちのまま、通信が切れる直前にアランが発した言葉を思い出し、オリビアは北の森を目指した。
「北の森に行ってちょうだい」
「承知しました」
無表情な御者はそのまま馬車を走らせる。そこに戦闘科の学生が飛び出した。
「どこに行く気だ。ここは危険だから、入っちゃだめだ!」
「あら、そんなに危険なのですか?」
学生は、馬車から出てきた華奢な少女にギョッとした。
「でしたら、御者には馬車を持って帰ってもらいましょう。馬を一頭外していただけますか?」
「え? 何を言ってるん…。分かりました。では、道案内をいたします。お嬢様はこちらにどうぞ」
学生は朦朧としたまま馬車から1頭の馬を放し、馬車は1頭だけの状態で邸宅に向かった。カラカラと乾いた音を立てて、馬車は邸宅に到着し、そこで御者はハッと我に返ると、どうして馬車を出していたのかと首をひねった。
馬車を見送ったオリビアは、学生と馬に乗って一緒に北の森へと進んでいった。
つづく
読んでくださってありがとうございます・
評価、感想など頂けると嬉しいです。




