11 乗り越えた先に
最終話です。
「どう? 痛みは治まったかしら」
「ええ、ありがとう。もう、どこにも痛みはないわ。では、悪いけど、私は北の森を目指すわ。さっきミハエルは学校の中に入らずに、そちらに向かったのが見えたの。彼も気になるけど、さっきの馬車の様子がおかしかったのが気になって…」
「私は私がするべきことをしたまでよ。あなたも自分のするべきことをしてらっしゃい」
ブリジットに見送られ、マージェリーは、北の森を目指した。深い森の入り口まで来ると、マージョリーは一旦大きく深呼吸をする。今までに感じたことがないような嫌な空気が森全体を覆っていたのだ。そして一歩踏み出すと、ふいにイヤリングからミハエルの声が聞こえてきた。
「マージ―、聞こえるか? ケガの具合はどうだ?」
「ミシャ! 私は大丈夫よ。あなたは大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ」
この声を聴いただけで、俄然勇気が湧いてくる。マージョリーは足を速めた。
「今、ベイカーが隠れているのを見つけた。これから…、えっ! どうしてこんなところに!」
「え? どうしたの?」
返事を待っていられず、マージョリーはどんどん先に進んでいき、小さく開けた場所に出くわした。よく見ると、そこにベイカーの姿があり、誰かを人質にしているようだった。
「マージ―! こんなところに女の子が…」
「オリビアちゃん! ミシャ、あの子はアラン先生の妹さんなの。体調はあまり優れないはずなのに」
「そうみたいだな。ここまで来るのに随分魔力を使ったらしい。早くなんとかしないと、まずいかもしれないな」
二人の目の前では、ベイカーに捕まったオリビアがぐったりとしている。。
「おまえたち、俺に手出ししたらこいつの命はないぞ」
「お願い、その子を離してあげて。体調がすぐれないのよ」
「そう何回もおれをだませると思っていたら大間違いだぞ」
背後で人の気配がして振り返ると、アランがやって来ていた。
「ベイカー、もうやめないか。学校にいる魔獣はすべて撃退してきたぞ。こんなことをしてもなんにもならないだろ」
「ははは。おまえはいつもそうだ。いつだって正しい。いつだって正解を叩きだす。だがな、誰もがそうできるとは限らないんだ。努力してもできないヤツだっている」
「努力もしないで出来ないと嘆いても仕方がないだろう。とにかく妹を離せ。オリビアは、体調が優れないんだ」
「生まれながらにして膨大な魔力をもち、何もしなくても公爵令息としてぬくぬくと暮らし、小さいときからレベルの高い家庭教師に教わって、そりゃあ、成績も魔術も思いのままだろう。だがお前は自分の妹をちゃんと気に掛けたことがあるか? 家に金がなくて、学校に通えない奴の気持ちが分かるか? もういいよ。俺はどうせお前たちには到底敵わないだろう。それなら、いっそこの子と一緒に…」
「待て!」
周りが必死でとめる中、誰かの歌声が聞こえて来た。オリビアだ。それは、昔よくベイカーが歌ってくれた子守歌だ。その歌に、一瞬隙が出来たベイカーにオリビアが術を掛けた。
「ベイカーさん、ごめんなさい」
両手を組んで力を籠めると、ベイカーは手にしていたナイフを落とし、がっくりと座り込んでしまった。それでもまだ攻撃を仕掛けよとするアランとイワンを止め、オリビアは静かに声を掛けた。
「ベイカーさん、一緒に魔法を学び直しましょう」
「オ、オリビアちゃん…。君はこんな俺にも優しい言葉を掛けてくれるのか」
ベイカーはがっくりと膝をつき、その瞬間、森の怪しい空気も消え、魔獣も姿を見なくなった。
「オリビア! 大丈夫か? それ以上魔法を使っちゃダメだ」
「お兄様、お願い。ベイカーさんをいじめないで」
アランは素早くオリビアを抱き上げると、その背後でベイカーがイワンに寄って取り押さえられるところを見せないようにした。腕に抱かれたままのオリビアは、それでも懸命にベイカーを気遣った。
「お兄様、私に護衛をつけると言う話、ベイカーさんにお願いしたいです」
「何を言い出すんだ。護衛にはマージョリー嬢がいるだろう」
その言葉にキッと眉を上げてオリビアはきっぱりと言い放つ。
「マージョリー様は私の大切なお友だちです。彼女の恋を邪魔することは許しません!マージョリー様のまっすぐな気持ちを伺うたびに、私もそんな恋をしてみたいとずっとあこがれているのです。魅了の魔法だって、そのためにずっと練習していたんだから! 婚約者がいるのに遊び歩いて他人を傷つけているお兄様はカッコ悪いです!」
それを聞いたイワンが突然笑い出した。
「アラン、おまえもそろそろ年貢の納め時だな。それにしても、大の大人がみんなあの子の魅了魔法に操られていたとは」
「ゴホン。帰るぞ」
見ると、オリビアに魅了魔法を掛けられた学生はどうしてこんなところにいるのかと周りをきょろきょろ見回していた。ミハエルは、照れ臭そうにマージョリーに手を差し伸べた。
「俺たちも帰ろうか」
「そうね」
学校まで戻ると、土木専科の生徒がすでに校舎の修復を行っていた。明日にはいつも通り授業が行えるという。二人が湖のある公園の近くまで帰ってくると、ヒルシュベルガー家の馬車が待機していた。
「送るよ」
そっと手を差し出すミハエルに、マージョリーは素直に答えた。馬車が動きだすと、窓の外を眺めていたミハエルが小さなため息をついた。
「ふぅ。一世一代のプロポーズだったのにな」
そうして隣に座るマージョリーを見ると、疲れたのか小さな寝息を立てている。ミハエルはそっとその肩に腕を回して自分の方に引き寄せた。
「まぁいいか。もう一回やり直すのもアリだな」
そう言いながら、彼女の耳元で揺れるエメラルドのハートをそっとなでて見た。あの時、どうしても彼女が心配になって、やっと通信魔法を復活させることが出来た自分がいた。
「俺って、まだまだ小さいな」
アランとのことで、マージョリーの自分への気持ちに自信が持てなかったことが今となっては恥ずかしかった。
翌朝登校すると、学校はすっかり元通りになっていた。生徒たちは、同じ馬車で変化もせず歩く二人を驚いたように見つめ、道を開けてゆく。
「マージ―! 聞いたわよ。婚約おめでとう!」
笑顔で駆け寄ってきたのはサラとエイミーだ。その言葉に、一気に周りの生徒の悲鳴が響き渡った。
「おまえたち、さっさと講堂に行かないか。昨日の事で校長先生から説明があるぞ」
やってきたのは、アランではなく、他の科の教師だった。それを合図に生徒たちはぞろぞろと講堂に集合した。
「今回の君たちの活躍は、王家からも大変評価いただいている。よくやってくれた。この講堂も半壊状態だったが、見ての通りだ。皆、自分の強みを生かし、よくがんばった」
シュバルツ校長の話は続いている。そう、本当に今回の事は自分たちの力を存分に発揮できたと思う。マージョリーは周りの生徒たちを眺めながら、頷いていた。
「今回、特に活躍した生徒に王家から勲章が授与される。報償は1週間の休暇だ」
それを聞いた生徒たちは一斉に歓声を上げた。教頭に寄って名前が読み上げられると、その度に拍手が起こる。今回は、自分の知らないところでも多くの生徒ががんばったんだなぁっと、素直に感動するマージョリーだ。
「デニス・ハイツマン 君は授業中はどちらかというと臆病で心配だったのだが、今回は校長を守る素晴らしい活躍だった。何か感想は?」
「は、はい。身に余る光栄です。あの…、同じクラスにすごい力を持っているのに、なんにでも誠実で優しい人がいて、自分もあんな風になりたいって、思えるようになったんです」
「そうか、そうやって、刺激し合って切磋琢磨していくのですよ」
照れ臭そうに答えるデニスは、まだまだいつもの控えめな青年のままのようだ。続いて名前を呼ばれたのは、マージョリーだ。
「マージョリー・ウェリントン 相変わらずの活躍だな」
「いいえ。今回の件では、これと言った活躍もなく…」
「おや、おかしいね。多くの魔物を引き付けて黒焦げにしたと聞いているが。謙遜することはない。君は普段から模範的な生徒だ。これからも多くの仲間に良い刺激を与えてくれ」
「ありがとうございます」
一体誰が、あのやけくそ気味の魔法を報告したんだろう。ちらっとミハエルに目をやるが、軽く首を振っている。
「そして、ミハエル・ヒルシュベルガー、君の判断力には感服するよ。兄上と共に素晴らしい活躍だった」
「先生。一番の功労者は、アラン・シャリエール先生と、その妹君です。彼女はまだ病床の身だと聞いていますが、兄であるアラン先生のことだけでなく、ベイカーの今後も慮っていて、驚きました」
「ああ、そうだな。オリビア・シャリエール嬢の素晴らしい魅了魔法には驚いたよ。ここに入学してくれる日が待ち遠しい」
放課後になって、ブリジットがマージョリーの元にやってきた。
「マージョリー様、私、今回の事ではあなたにお礼を言わなくてはいけないわ」
「え? 私こそ、貴重な治癒魔法をしてもらって、感謝していますわ」
驚くマージョリーにふっと肩の力を抜いたブリジットが小声で言う。
「デニスが活躍できたのは、貴方のお陰なの。彼は、私の許嫁なんですの。優しくて誠実で、彼といるとほっとするの。でも、幼いころから気の弱さが心配で、なかなか素直に、彼の気持ちに答えられなかったわ。今回のことで、私も彼とのことを真剣に考えることができましたのよ」
恥ずかし気なブリジットに、マージョリーは思わず抱きついた。
「おめでとう!」
二人が思わず笑い合っていると、後ろでコホンっと咳払いが聞こえた。
「えっと、彼女を返してもらっても?」
「ふふ。仕方がありませんわね」
ブリジットはちらっと声の主を見て、いたずらっ子の様に笑った。
「マージ―、これからうちに来てくれないか? その…もう一度やり直したいんだ」
「え? 何をですの?」
「な、何って、その…。とにかく来いよ!」
「随分横暴ですのね?」
「ばっ!だ、だってだな」
そのままマージョリーの手をしっかりと繋ぐと、声の主はヒルシュベルガー家の馬車へと乗り込んでいった。
おしまい
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