第12話 王宮の使者と覚悟の朝
その日、クラリスは森の奥にあるカフェで、朝の仕込みを終えていた。
スコーンの甘い香りと、淹れたてのハーブティーの湯気が漂う店内。猫たちは窓辺で丸くなり、いつものように穏やかな時間が流れている――はずだった。
けれど、クラリスの胸には、どこかざわつく感覚があった。
「……今日、来る気がする」
独り言のような声に、黒猫のセドが尻尾を揺らしながら応える。
「風の音が変わってる。もうすぐ、動きがあるな」
クラリスは小さく微笑みながらも、どこか遠くを見るような目をしていた。
◆
森の小川では、レオンが釣り道具を片付けていた。
「今日も沢山釣れたな。クラリス、喜んでくれるといいな。」
釣り籠の中で跳ねる魚を見て満足げに微笑む。
そのとき、草をかき分けて複数の足音が近づく。レオンは反射的に身構えた。
現れたのは、ヴァルゼン王宮の正装に身を包んだ騎士たちだった。
「……レオン殿下!」
一人の騎士が目に涙を浮かべて駆け寄ってくる。
「ご無事だったのですね……!」
次々と騎士たちが集まり、ひざをついて頭を下げた。彼らは、かつてレオンに忠義を誓い、行方不明となった彼をずっと探し続けていた者たちだった。
「……お前たちも兄と繋がっていると思っていた。。」
「いいえ。我らは殿下の無事を信じ、独自に捜索しておりました。王もついに、殿下の捜索を許可なさいました」
レオンはわずかに表情を曇らせた。
兄・パウルに命を狙われ、信じていた騎士たちに裏切られた記憶が、まだ胸を痛めていた。
「なぜ、ここに来た?」
問いかけに、騎士団長が答える。
「聖獣をお迎えに上がるためです。この森に、“人の姿をした癒し手”がいると、神託に示されました」
その言葉に、レオンの表情が動いた。
銀の髪。紫の瞳。猫たちに囲まれて、優しく笑うあの人。
「……まさか」
心臓が早鐘を打ち始める。
やはり、クラリスが聖獣なのか?
「俺が、傍にいなければ……!」
レオンは深く息を吸い、顔を上げた。
「案内してくれ。王宮に戻る。……クラリスを守るために」
騎士たちは顔を見合わせ、深くうなずいた。
「はい。殿下と聖なる癒し手、お二人を、王宮へ」
◆
そのころ、クラリスはカフェの扉を開けて朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。
風は穏やかで、猫たちは彼女の足元に集まってくる。
だけど、心は静かに揺れていた。
「逃げても、意味はない。だったら……私にできることを、しよう」
クラリスは目を閉じ、そっと頬を撫でる風に身を任せる。
この森で過ごした日々を忘れない。
だけど、もう一歩、前へ進む時が来たのだと、自分に言い聞かせる。
「さあ、来なさい。運命なんて、きっと怖くない」
彼女の紫の瞳が、朝の光を受けて静かにきらめいた。




