第八話
老婆の後を追うように入った屋敷の中は、外からの光を十分に取り入れる構造をしているらしく意外と明るく、入り口からは太い廊下が1本奥の間へとつながっているのが見えた。
半ば無意識に剣の柄に手を触れさせながら、一度セシリアの方を見る。
「.......」
奇しくも同じタイミングでこちらを見ていたらしいセシリアは、一度瞳を揺らし、やがて決意を固めたらしく前を向いた。
磨かれた木の板は足音を吸収するような不思議な感触をしており、まるで夢の中で歩いているような奇妙な感覚を覚える。
廊下を渡りきった先には広い空間があり、その最奥に老婆は腰を据えていた。
先ほどからかすかに鼻をくすぐっていた甘い香りは、どうやら老婆の持つ煙管から発せられていたものらしく、広間に入った瞬間香りが強くなった。
老婆は肘掛けに煙管を持った手をのせながら、手振りで目の前に2つ用意された四角い布のようなものを示す。
よく見ると相手もこれに座っているので、これは椅子の代わりということらしかった。
俺は場にのまれているように見られぬよう、どっかりとその上にあぐらをかいて座った。どうやら中に詰め物がしてあったらしいそれは、俺の体重がかかると自然と凹み、ちょうどよく尻を支えてなかなかに具合が良い。
セシリアはそんな俺の様子を見て少し迷っていたようだが、服の裾が広がらないよう注意しながら膝をたたんで座ることにしたらしい。
詰め物が凹む感覚に少し驚いていたようだったが、もぞもぞと動きながらやがてちょうどよい座り場所を見つけたのか満足気に前を向いた。
と、その間じっとセシリアの様子を見ていた老婆と目が合い、顔を羞恥に染める。
「さて、それじゃあ何から話そうかね」
そんな彼女から目線を外した老婆はそういって煙管を一吸いすると、ゆっくりと視線を彷徨わせながら視線を中へ泳がせる。
「あんたの母親は元々この里を出たがっていたし、あの男も十分な贈り物なんかをしてくれたからね。別にあの子が里を去り、あの男と子供をもうけたと風の噂に聞いたときはそれなりにうれしかったよ。ま、華奢に見えて意外に強情なところもあった子だったからね、なんとなくうまくやっているんだろうと思いつつ、そんなに心配もしていなかったさ。力の方は―――」
と、セシリアの方をちらりと見、また視線を中空へ戻すとそのまま言葉を続ける。
「あの子はあまり強いほうじゃなかったからね。正直子供の方には伝わってすらいないんじゃないかと思っていたんだ。元々里の外、特に聖教が力を持っているような世の中じゃ、危険を呼びこそすれど良いことなんか何一つないからね」
聖教、と口にしたところで苦々しい表情を浮かべた老婆は、カンと受け皿煙管を軽く叩きつけて灰を落とした。
「あんた自身は、力についてどこまで聞いているんだい?」
と、ここで話を振られたセシリアはややたどたどしくありつつも、以前俺にしてくれたのと大方同じ話を老婆にした。
話を聞いている間、大方無表情だった老婆は、小鳥を治したことを母親に言ってから、力については使うことも口にすることもなかったという話になると、眉をピクリと動かした。その後老婆が何かを思案する間、沈黙と甘ったるい匂いの煙のみがその場を支配する。
「あの子が教えたそのおまじないってのはどういうものだったんだい?」
思案から戻った様子の老婆はふとそう尋ねる。
「えっと――――」
と、セシリアが自分の手のひらを合わせ、まじないの言葉を唱え始めて数秒後、老婆の額には大粒の汗が浮かんでいた。
「ちょ、ちょっとお待ち、もう十分だからやめとくれ....」
そう懇願するような様子で言うと、老婆は額の汗を拭い、気を落ち着けるように煙を深々と吸う。
「ふぅ.....あんた、私の短い老い先をもっと縮める気かい?まったく...」
そうぼやきながら何度か煙を吸った老婆はやっと気が落ち着いたのか、セシリアの方をまっすぐと見つめる。
「どういう因果か、あんたの力は強いよ。間違いなく私が見てきた中では一番強いし、ひょっとするとこの長い里の歴史で一番強いかもしれない」
でも、とそこで老婆は言葉を区切る。
「でもね、あんたはその力の使い方を一切教わることなくここまで来てしまった。ま、これはあんたの母親ばかりのせいじゃない。というかむしろ、あの子の判断は正しかったんだろうよ。まさか力の初歩の初歩、名乗りで生き物をどうこう出来るほど強い力があるなんて想像できるはずもない。領主と結婚した手前私のところに相談をすることも出来なかったんだろう、二度と使わないよう、口外しないように伝えることであんたのことを守ろうとしたんだろうが....馬鹿な子だよ」
ぷはぁと煙を吐くと、老婆はしばらく上を向いたまま動かなかった。
「悪いね、歳のせいか...」
そういったまましばらく動かなかった老婆は、再度セシリアの方に向き直る。
「その、子供の頃小鳥に使ってから後は、力は使っていないんだったね?」
と、老婆としては軽い確認のような口ぶりで発した言葉だったが、それに対するセシリアの決まり悪そうな表情を見て目を見開く。
「つ、使ったのかい!?いつ、何に!?」
そう勢い込んで尋ねる老婆の視線から逃げるように、セシリアは俺の方を向いた。
「......」
じとっとした表情の老婆と、完全な事情が飲み込めない身でありながらも冷や汗を流すセシリア。
「で、どこなんだい?見せてみな」
息の詰まるような沈黙をはさんだ後、はぁっと諦めたように息をつくと老婆はぞんざいにこちらに向かって煙管を振った。
その視線に急かされるようにしながら俺は上着と肌着を脱いでいく。
そういえば傷が消えたのは早くに確認していたが、最近は全く違和感がないので確認をすることも無かったなと脱ぎつつ思う。
「......!」
と、脱ぎ終わって脇腹を二人に見えるように腕を上げると横でセシリアが鋭く息を呑んだのが聞こえてきた。
「あ?」
何だってんだ、と思いつつ自分でも確認するために目線を落とすと、傷口があった辺りに何やら妙な痣のようなものが見え、思わず困惑の声を上げてしまう。
傷が治った後に肉が盛り上がることはよくあるのだが、手でなぞってみた感じ表面は他の部分と全く感触は変わらず、つついてもつねっても何の痛みもないことから後遺症でもなさそうに思える。
元々の短剣の傷はちょうど肋骨の間を通るようにつけられたものだったのだが、今ではもともとの一本線のような傷跡はどこにも見当たらず、まるで蜘蛛の巣のようにあちこちに伸びた赤黒い線が奇妙な模様を描いていた。どこか悪霊の顔に見えなくもないその痣に不気味さを感じながらも、実害は今のところ全くないので果たして悪いものなのかさえ判断がつかなかった。
と、一通り痣を弄り回していた俺は、横にいた二人の存在を思い出し、そちらの方を見る。
「ご、ごめんなさい――――」
そんな細い声を漏らしたセシリアは、つくりの良い顔をぐしゃぐしゃにゆがめ、手が真っ白くなるほどの力を込めてこぶしを握り泣いていた。
「いや、別に俺は痛くもなんともないんだが...」
そう声をかけるも、とてもこちらの言葉が届いているようには見えない様子で泣きじゃくるセシリア。
どうしようもないので助けを求めるように老婆のほうを見ると、その視線は脇腹の痣に向けられ、真剣そのものの顔で何やら考え込んでいる様子だった。
「おい、おい婆さん。あんたちっとは力とやらに詳しいんだろ?これが何なのか分かったりしないのか?」
しびれを切らしてそう聞くと、はっと我に返ったような様子で老婆は煙管をまた一吸いし、カンと灰を落とした。
「いや、悪いがこんなものは見たことも聞いたこともないね」
その言葉に当てが外れた俺は、再び自分の脇に目をやる。
「しかしその痣、どうも皮膚よりずっと奥まで入り込んでいくように広がっているように見えるね。その分だと多分、心の臓まで届いてるかもね」
と、そうつぶやかれた言葉に、心臓が蜘蛛の巣のような痣にからめとられる様子を想像した俺は思わず身震いする。
「おい、そうしたらどうなっちまうんだ?俺は死ぬのか?」
慌ててそう聞くも、老婆はなかなか次の言葉を口にしない。
俺が答えを催促しようと口を開きかけたとき、ようやく老婆は口を開いた。
「あんたが傷を負ったのは何日前だい?この子が力を使ったのはその日のことだったのかい?」
「あれは確か...十日ほど前のことだ。その日のうちに刺され、セシリアが力を使った」
「で、傷の治りはどうだった?」
「刺されてから数刻しか経っていなかったとは思うが、傷口はもうふさがっていたな。多少引きつりはしていたが、そういえば翌朝からは気にならないくらいだった」
矢継ぎ早に投げかけられる質問に答えていく俺だったが、老婆の顔はそれにつれてだんだんと険しくなっていく。何かまずいことでもしたのだろうかと振り返ってみるも、自分のような人間の理解の範疇を越えた力の話なのだ、何かわかるはずもない。
「解せないね、あの子があんたに力を使ったのは本当に一回だけだったのかい?その痣を見る限り、あんたの体にこの子が及ぼしている影響はとても深い。それこそ心の臓、魂にまで届いているんじゃないかってくらいにね」
そう眉根を寄せたまま言った老婆は、そこで最初の方と比べて幾分か落ち着き、時折しゃっくりのようなものを漏らしているセシリアのほうを見る。
「別にこの子が嘘をついているとも思えないんだが、あんたたち、本当に何も心当たりはないのかい?」
そう問われ、俺も再度自分の記憶を探ってみる。
セシリアが襲われている場面に遭遇し、何の因果か助けることになり、夕方には死を覚悟して目を閉じた。その後猟師小屋で目が覚め、セシリアとその力のことを知って、何を思ったか差し出された手を取り旅をすることにした。その後はいろいろ話した後早めに寝ることにして――――――
「あ?」
と、そこで自分が先ほどまで見落としていたことを思い出す。
「そういえば小屋の中で話した時、俺の怪我を治したまじないってやつが何なのか見せてもらったな」
言いながらセシリアのほうを見ると、まだ嗚咽を漏らしながらもこくんとうなずきが返ってくる。
「見せてもらった?どういう意味だいそりゃあ」
と、怪訝そうな表情を浮かべた老婆に、俺はそれにこたえるようにあの時のことを再現してやる。
「どうってこうやって、手を合わせてまじないの言葉ってやつを繰り返して―――――」
ポト、と小さな物音が聞こえてきた方を見やると、老婆が煙管を床に取り落とし、あんぐりと口を開けていた。
「あんた、それをそのままそっくり繰り返したのかい!」
「お、おう」
心底信じられないほどの馬鹿をみた、という風に目を大きく見開き、叫ぶように言う老婆に俺は圧倒されつつもうなずく。
その後、あきれた、とか、馬鹿、とかいった言葉を何度かぶつぶつと口にしていた老婆はやがてぐしゃぐしゃと髪をかき回すと、どっかりと肘を足につけこちらをにらみつけるようにしてこう言った。
「簡単に言うよ。あんたら二人はつながっちまった」
と、今や泣くことも忘れ、老婆の様子を心配そうな目で見ていたセシリアはその言葉を聞くとしばらく頭をひねっていたが、やがて顔を真っ赤にして口を開く。
「つ、つながっていませんわ!!わたくしは嫁入り前の淑女としての貞操を――――」
先ほどまでのしおらしい様子はどこへやら、すさまじい剣幕で何かを否定し始めたセシリアに老婆はめんどくさそうに手を振り、黙らせる。
「あんたが勘違いしているような意味じゃないよ。あんたら二人は身体じゃなく、魂の深さでつながっちまったって言ってるんだよ」
と、そこで疲れたような様子の老婆は木箱から追加の葉を取り出して煙管に詰めると、また深々と一服して口を開いた。
「まず大前提として、人間っていうものは名前を二つ持っている。一つは人の世で、誰かに呼ばれたりする時の名さ。これはあんたでいえばセシリアで、そっちのは――――」
「カイエンだ」
と、そういえばここまで名乗るタイミングを逸していたことに気が付いて一応自分の名を伝える。
老婆はめんどくさそうに一つうなずくと、話を続ける。
「そう、ただこれらは名前ではなく、人の世を生きるためのいわば単なる記号。誰かと誰かを区別しやすくするためだけの、都合のいい道具なのさ。ここまでが、世間一般で知られている人の名前の話」
と、ここでまたカンと灰を落とす。
「人にはそれぞれ魂っていうものがあってね、本当の名―――里では真名と呼んでいるが――――は、魂に刻まれる。それはこの世に残っているどんな部族、どんな国で話されている言葉とも違う、もっと古い言葉でしか表されない。私たち里長の家系で子供が生まれるとね、その母親は必ずその子の真名が分かるんだ。頭にふっと浮かんでくるみたいな感覚でね。もちろんそれとは別に人の世で使うための、普通の名前も生まれたときに付けて育てる。ある程度の年齢に達するとその子に祝詞を教え、その中にその子の真名を入れて自分の口から言わせるんだ。これを私らは名乗りの儀と呼んでいる。里の者は一応形式的に皆やってはいるが、本当に儀式をやって意味があるのは里長の家系だけ、それも力を持って生まれた子どもだけ」
ま、そこまで詳しくは里の皆は知らないがね、と老婆はつぶやき、煙を天井に向けてゆっくりと吐いた。
「おい、ちょっと待てよ、じゃあまじないの言葉だって思って口にしてたのはセシリアの名前だったってわけか?」
「その子の真名はその一部。祝詞自体は私たち一族がずっと口伝で伝えてきたもので、もう誰も真名以外の言葉の意味なんか知りはしないよ。新しい子が生まれれば、その子の真名を入れて繰り返すだけ。私の婆さんも、そのまた婆さんも、そのずっとずっと前からそうやってきたのさ」
もしその言葉が本当だとしたら、確かに祝詞の本当の意味が忘れられているということは理解できる。きっと気が遠くなるほどの昔の言葉で、誰も日常で話さなくなって久しい言葉なのだろう。
「待てよ、でもその儀式とやらを俺がやったところで何が問題なんだ?そもそも俺自身真名なんて知らないし、効果はないんじゃないのか?」
俺に二つ目の名前があるなんて誰にも教えてもらったことはないし、俺の先祖はさかのぼれる限りはずっと俺の故郷の寂れた村出身だったはずだ。
そう疑問を口にした俺に、老婆は困ったように眉根を寄せる。
「まあ何分こんなこと聞いたことも見たこともないし、里の長い歴史の中でも起きたことがないから推測の域は出ないんだけれどねぇ...」
と、ここでちらりとセシリアの方に目を向ける。
「その子は何故かはわからないが、ずいぶんと力を強く受け継いでいる。血が濃いといってもいい。そんなあの子が何の制限もなく使った力であんたの傷をふさいだ、この時にあの子とあんたの魂は一時的に混ざったような状態になったんだろうね。で、極めつけが名乗りの儀式だ。本来一人一人違うはずの真名なんだが、あんたら二人が繰り返し同じ真名を入れた祝詞を唱えたことで、一時的だった魂のつながりが、より深いものになった結果――――」
と、そこで老婆は煙管の先で俺の脇腹に浮き出ている痣を指す。
「それはいうなれば、あんたとあの子が魂でつながれているという証なんだろうね」
「........!」
と、それを聞き何やら横で動きがあったようだが、俺としては気が気ではない。
「おいおい、じゃあ俺はどうしたらいいんだよ、どうやったらまた二つの魂を切り離せる?」
「.......!!?」
今度はより大きな動きがあったような気がしないでもなかったが、俺はそんなものにかまう余裕はなく、老婆に詰め寄る形でそう聞いていた。
ぶはあっと思いっきり顔面に紫煙を吹きかけられ、むせる俺に老婆はあきれた顔でこういった。
「あんた魂を餅かなんかと勘違いしてるんじゃないかい?いいかい、魂なんてものはそもそもが不確かで、手に触れたりできないようなものなんだ。それを何とか認識できるようにしているのが真名の役割だ。それが中途半端な形とはいえ混ざり合っちまったんだよ、二つに分けるなんてことはそもそもできないんだ。あんた、牛の乳と水を混ぜ合わせた後、元通り分けることが出来んのかい?」
まるで子供に言い聞かせるようにそういう老婆に、俺は返す言葉もなかった。
「じゃあ、魂が共有されているとして、それで何か不都合とかが起きることは...?」
予想もしていなかった事態に完全に頭が追い付かないまでも、疑問は湧いてくる。
「さっきも言った通りこんなことは初めてだからね...」
と、わしゃわしゃと髪をかくと、老婆は口を開く。
「ま、その痣を見る限り、その子の身に何かがあれば、当然あんたも無事では済まないだろうね」
「......」
文字通り一蓮托生、というわけだ。仮にどちらかが死にでもしたら、もう片方も死ぬかもしれないという事実に愕然とする。
「あ、あのう...」
と、そこで今まで比較的静かだったセシリアが口を開く。
「わたくしたちの真名と魂が共有されてしまったのは、もう分かりましたわ。ただ、まだ一つ気になることがありますの」
と、そこでいったん言葉を途切るセシリア。
俺はまだ衝撃から完全に立ち直っていないまでも、ぼんやりと頭の片隅で、いったいこれ以上何が気になるのかと思っていた。
「おばあさまはわたくしが”おまじない”としか呼んでいなかったものを、先ほどから”名乗りの儀”と呼んでいましたわよね...?でも、そもそも誰に名乗っていますの?」
それを聞いた俺は反射的にいや、それは母親だろうと答えようとして、何かがおかしいことに気が付く。
真名というものはそもそも母親が子供を産んだ時、自然と知るものなのだと老婆は言っていた。そして子がある程度の年齢に達して初めて祝詞に真名を混ぜ、それを本人に繰り返させる―――――
おかしい。子供がただ自分の母親に名を名乗っているにしては、妙な感じがする。
そもそも老婆はまじないの言葉を祝詞という言葉でもって表現していた。
祝詞とは、そもそも人が人に向けておくるものもあるが、たいていの場合は違う。
祝詞とは、自分たちより大きい、自然や....それこそ神に向かって贈るもののはず――――――
「.......!」
と、そこまで考えがまわった俺は、目の前の老婆がそれまでのひょうひょうとした、ざっくばらんな態度から一転、感情の一切読み取れぬ目でもって俺たちの方を見つめていることに気が付いた。
「賢い子だね。あの子に似て、本当に無駄に賢い子さ――――」
そういいながら懐に手を伸ばす老婆の動きに、考えるよりも早く体が反応していた。
セシリアと老婆の間に割りこむように跳び、剣をいつでも抜けるように半身になって構える。
「そう早まるもんじゃないよ」
苦笑しながら老婆は懐から奇妙な形の金属を取り出し、俺たちに背を向ける。
困惑しつつも警戒を解ききれない俺の前で、老婆は床板を覆っていた敷物の一部をめくり、手に持ったものをそこに差し込むと、手を捻るような動きをした。
ガコン、と硬質な振動が床板を通して伝わってきたかと思うと、一番奥に位置する床板が少し持ち上がっていた。
「そこに突っ立ってないで板を持ち上げとくれ。この年になって中腰が辛くなってきてね」
と、ぼうっと一連の動きを見ていた俺に向かってそう冗談めかしてかけられた言葉に、俺はしばし逡巡した後、素直に床板を持ち上げることにした。
「この下に、あんたらが知りたい答え―――――少なくともその一部がある」
そういった老婆の声は、床板が持ち上げられたことでぽっかりと口を開けた空間に反響し、やがて飲み込まれるようにして消えていった。
荒削りの石が階段代わりになっているようだが、視界の届く範囲ではずっと同じような石段が続いており、その先に何が待ち受けているのかは杳として知れない
「進むのかどうなのか、はっきりしな」
そういった老婆の手にはいつの間にか蝋燭が二本握られていた。
「あ」
いまだに迷いの捨てきれない俺がゆらゆらと揺れる炎を見ていると、ひゅっと横から伸びた細い手がそのうちの一本をつかんでいってしまう。
「遅いですわよ」
どこか得意げにそういったセシリアは、くるりと穴のほうに向きなおり、慎重に足元を確かめつつ石段を下って行ってしまう。
「...ちっ」
こちらを馬鹿にするような笑みを浮かべている老婆の手から残りの蝋燭をひったくると、俺はまだどこか頼りなさの残る背中を追いかけたのだった。