道中追い剥ぎが出たり詐欺師に遭ったり
追い剥ぎに出会った時だ
我が道を歩いていると、突然数名の男達が我の前に出てきて行く手を阻んだ
「おいお前、命が惜しくば身ぐるみ脱いで置いていけ」
リーダーと思しき体格の良い男がドスの効いた声で言ってくる。我は随分前から彼らが潜伏していることは判っていたのだが、何をするのか興味があったので放置していた。脅し文句はどの場所でも、どの時代でも変わらぬのは何故だろう。これは古より続く最古の言葉の一つやも知れぬ
「なぜだ」
我が問うと、その男は腰にあった剣を抜き我に向ける
「何故だと?金目の物を頂くに決まってるじゃないか。お前、そんなに死にたいのか」
周囲の子分どもは笑っている
「なるほど。それはもう何度か体験したから必要ないな。大体、命は消滅しないが」
またネシの事を思い出してしまった。早く忘れたいのに
「ふざけたこと言いやがって。そんなにお望みなら消してやるわ」
男達は一斉に我に飛び掛かる
「なるほど、その手があるな」
我は鞄から素早くマントを取り出し羽織る
「野郎、どこに消えやがった。出てこい」
これは認識を阻害するマントだ。彼らには急に消えたように見えたに違いない。目の前の我を見付けられず、きょろきょろ探している。ふむ、これは使えるかも知れぬ。我は男達に誰からも認識されない札を貼り付け、そこを後にした
それから暫く放置して四、五日程過ぎた頃、風にどうなったか聞くと、男達は誰からも認識されず(もちろんお互いも)、神に泣いて赦しを乞うているそうだ。姿が見えないならば、彼らの望む盗みはやりたい放題の筈だが、お気に召さなかったか。それならば本当は何がしたいのだろう。
まあ、望みが変わったならば良いか。我はその札を回収する。魔法具を外つ国に残すと、バレた時に姫君に叱られるからな。これに懲りて無意味な事を辞めると良いが、どうなることやら。後は人族に任せよう
詐欺師にも出会った
飯屋で一人ご飯食べていると
「ここ、よろしいですか」
声をかける者がいた。顔を上げると、人当たり良さそうな顔をした壮年男性が我を見ていた。丁度夕飯時で店内は混んでおり、我の座っていたテーブルは我以外いなかった
「ああ、構わぬよ」
男は礼を言って我の横に座る
「ここは何か美味いものがありますか」
「さあ、我もここは初めてで、良く知らんのだ」
「すると旅のお方?」
「まあ、そんなとこだ」
「どこへ行かれるのですか」
「王都だ」
「奇遇ですね。私もです」
飯屋を出る時に我が自分の分の支払いをしようとすると、男はそれを止め、驕ると言い出す
だが我はそれを断って、自分の分を支払った。
「謙虚なお方ですね。貴方の様な方は信頼できます。どうです、しばらくご一緒させていただいても良いでしょうか、話し相手が居た方が退屈しませんし」
「勿論、構わぬよ」
我は当然の事ながら聴き分けていた。この男の言葉は、耳に聞こえる声と心の発する音の質が違う。だから下心があるのはわかっていたが、何をしようとするのか興味があったので、そのまま同行してみる事にした
街から郊外へ向かう道を歩いている最中男は話を切り出す
「ところで、私は正直な貴方が気に入りました。とっておきの秘密を教えましょう」
「ふむ、何かね」
男はもったいぶった動作で、荷から包みを取り出す。これまたもったいぶった仕草でそれを開けると我に差し出す
「これは特別な品物なのです、まるで魔法です」
我は興味を惹かれて男に尋ねた
「魔法?人の世にもそのような物があるのかね」
「善行を積むとお金が湧いてくる財布なのです。大変惜しいのですが、善人の貴方にこそ相応しい。お譲りしようかと思いますがいかがです」
男は我に大層な秘密を漏らすが如く、耳打ちした
「それこそが秘密の財布なのです…。
金が無尽蔵に湧いて来るのですよ、凄いと思いませんか」
男が我に手渡した物を繁々と見る。その財布はなるほど、皮の表面に細工が施されて高級そうだ。だがただの財布に過ぎない。何の力も感じない
「これが?ただの財布だな。何の力も無いだろう。我には間に合っている」
すると男は的が外れたという顔をした
そして突然道端に尻餅を突き、我を指差して大声で叫び出した
「泥棒!泥棒!」
我がぽかんとその男を見詰める。何を言っているのだろう。理解ができん
男の声を聞いて、数人の男達が我らの元に走り寄って来た
「どうしたんだ」
「ああ、良かった。こいつが私の財布を奪ったのです!どうか助けてください」
我を取り囲んだ男達は我に向かって言う
「悪い奴め、奪った物を返しやがれ」
我は若干戸惑いながら、手渡された財布を男達に差し出す
「これか?これはだがおそらく彼の商売道具で、見せられただけだが…」
すると男は叫ぶ
「違う、もう一つの方だ。金貨が沢山詰まっているんだ」
「ほら、早く出せ」
「そうだ、そうすれば訴えずに許してやる」
彼らの催促に我はため息をついて己の財布を懐から取り出した
「そうだ、それそれ!私のだ」
ああ、もしやこれが世間で言う詐欺というものか?こうやって働くのか。だが、我を囲む彼らは何が得なのだ?焦点をずらして彼らの周囲の生命場を観ると、共通する色があり、我の財布を自分の物だと主張する男とグルらしい。
「さあ、早く渡せ」
我はため息をついて、己の財布を彼らに差し出した。旅を同行したいと言っていた柔和な男は、欲を剥き出しにした顔で我の財布を奪い取った
「そんなにそれが欲しいならばくれてやる」
男は財布を手にし妙な顔をした。それもそのはず、財布は軽かった。我がくれてやったと宣言したので、その財布の所有権はその男に移った
「それが望みなのだろう。その財布が欲しいのだろう?では我はもう行って構わぬかな」
「ああ、良いとも。さっさと行ってしまえ。二度と面を見せるな」
我はため息をついて、その場から立ち去った。我を囲んだ男達も興味は財布の中身に移ったので、だれも我を止めない
奪ったその財布を開いて男は首を捻る
さっきの彼が店で払う時に覗いた時にはもっと中身が入っていたように見えたのに。だがこの茶葉劇に加わった皆がエールを飲むに充分な金は手に入れた。
彼らは全員でそれを実行する事にする
あっという間に財布は空っぽになった。思っていたよりしけてたな、豚一頭は買えると思ったのに。と詐欺を主導した男は思う
だが一晩眠り、再び財布を検めると、また中身が入っていた。豚一頭買えるくらいの。まさか,これは夢か。本当にあるのか、金が湧いて出る魔法の財布が。男はもう誰にもそれを秘密にした。どうして毎日まちまちの金額が湧いて来るのかわからなかった。本当に善行を積むと入って来るのかと思い人助けをしてみたが、関係は無いようだ
しばらく試行錯誤してみた結果、自分がその前日までに欲しいと願った金額だと思い当たった。あの旅の男に詐欺を働く前には、仲間皆とエールを飲めたら良いなと思っていた。それから彼は欲しい物を次々と願い、翌日にはそれを購入することを繰り返す
男は何て幸運なんだろうと思った。今では定住する家があり、調度品も揃い、毎日美味しいものが食べ放題。宝石も衣装も手に入るから、贈り物をすれば女も直ぐなびく。男は豪遊し、好きなだけお金を使った
だが数年経つと男は年寄りになった。白髪になり、顔には皺が寄り、腰が曲がった。年齢よりもはるかに早く歳を取った。その姿を見て、奇妙に思い、女達は一人またひとりと去って行った。遂に彼の周りには誰も居なくなった時、男は自分には罰が降ったと嘆き、神に祈った
ところで、我は倉庫での社長業に明け暮れ数年、忘れて居た詐欺の男を思い出した
その後どうなったのかを風に尋ねた。その後の男の様子を聴き,このまま死んでしまっても後味悪い。
我は飛んで行き年寄りになった男の前に姿を現した
男は我を見て茫然としたが、やがて我の前にひれ伏して必死で謝り始めた
「申し訳ございません。あの時に貴方から財布を奪った罰が降りたのでしょう」
「いや、これは罰でも何でもない。お前の願い通りに運ばれたに過ぎないが…と言ってもわからんだろう。その財布を返して貰っても構わんかね」
「はい、どうぞお持ちください」
我が男が差し出した財布を受け取ると男は怪訝な顔をした。財布はまた急に膨らんで重そうに見えた。この頃財布にはあまり金が入っていなかった。それというのも男は金を持つ事に罪悪感を感じる様になっていたからだ
男は恐る恐る尋ねる
「それは呪いの品ですか」
「いや、違う。強いて言えば、お前の使い方が悪かっただけだろうな」
「私の容姿はどうすれば戻るでしょうか。これから一体どうやって生きて行けば良いのでしょう」
我はため息をついた
「魔王軍の駐屯所に行くと仕事を斡旋してくれるらしい。元に戻る保証は無いが、そこで自分に合った仕事を紹介して貰ってはどうかね。喜びを持って働ければ、また若くなるかも知れんが、まあ言ってもわからんだろう。とりあえず、王都に行けば一番大きな駐屯地がある。後は自分でやってくれ。人族の面倒を見るのは我の仕事では無いので」
「ありがとうございます」
男が深く頭を下げ、また面を上げた時には、もう財布をくれた男の姿は消えていた
財布の所有権が元の持ち主に移ると、また魔王である我に必要な分だけお金が湧いてくるようになる
この財布は,魔法という訳でも無い。お金の理を目に見える形に顕現するだけだ。元々命が願いを周囲に反映させるので現実に現象が起こる。そしてその体験を受け止め、喜ぶ事で器が広がるのだ。彼の使い方では命の力を使うがそれを喜び深く受け取らないので、自分の命の力をただ使い込んでしまい、早くに老け込んだに過ぎない。なぜ自分の本当の喜びでは無い物を購入するのか、また彼が自分で口にして居た通りの財布が手に入ったので使い方をわかるのかと思ったが、おかしな使い方をしたのかも疑問だった
我はため息をつく
人の願いとはおかしなものだ。言った通りにならないと他者や世の中を恨み、願った通りになっても一向に喜ぼうとしない
我は天を仰ぎ、風を見る
愛はこの人々をどう思うのだろうか
愛はただ笑んで、何も答えなかった
我はため息しか出なかった