おめぇはちんこ付いてねぇのか
男ならって言うとそれ差別じゃんってなるけど男ならやろうよって思うことも多いよね。
ツイッター➡︎飯倉九郎@E_cla_ss
気分が高揚したとはいえ、何をしていいかわからなかった七海はとりあえず近くにあった飲食店へと入った。
観音開きの扉を中に進むと、そこでも老若男女様々な人たちが浮かれ調子で騒いでいた。その間を縫って進み、カウンター席へとたどり着く。
「あの」
七海の声は、周囲の音に掻き消されて届かない。
「あの!」
大声でバーテンらしきを呼ぶ。
「はい! いらっしゃい!」
すらっと背の高いバーテンも大声で尋ね返してくれる。よく見ればそのバーテンも人間ではなく、なにやら目の形が変わっていて亜人種らしかった。どうやらこの国では亜人種が店のスタッフを任されていることが多いようだ。
「お兄さん、外国の人かな?」
「あれ。皆どうしてわかるんですか?」
「そりゃわかるよ。肌が黄色いからね」
「実は今日来たところで」
「そりゃあ良いときに来たね! 今週は年に一度のファリガーウィークだ!」
「なんですかそれ?」
「母なる海に感謝する日さ! ソーラスの人たちの祖先は北の海から船で流されて来たと言われているからね!」
「へえ」
「そんなことより、何を飲む? 今日は祭だから一杯目はタダだよ!」
「まじですか! じゃあ、お茶を」
ぴた。
店内を暴れまわっていた騒音が止んだ。おそろしいくらいピッタリと。
「え」
あまりの変化に驚きを隠せず、七海は目をきょろきょろと動かして周囲を見た。するとなんてことだろう。店の中にいる全員が七海を睨み付けているではないか。
カウンターの隣に座る大男も険しい顔で七海を見下ろしている。
「ああん!?」
そして威圧される。
「お茶だあ? てめえはチンコついてねえのか?」
「え、えっと……じゃあ、皆さんと同じもの、を」
殺される。そう思い恐る恐るそう言った。
するとその大男がにっこりと笑い、店内も先程のざわつきに戻った。
バーテンも機嫌良さそうにどでかいジョッキに注いだ炭酸飲料らしきを七海の前にどかりと置いた。
「かんぱい!」
大男に誘われ、恐怖に顔を固めてジョッキを打ち鳴らす。
そして飲むんだろ? 早く飲めよ、と言いたげににこやかな顔で見つめてくる。
逃げられなどしない。と七海は観念してその炭酸飲料を一気に喉の奥へ流し込んだ。
「ぷはー!」
悪くない。さっきいかがわしい店で飲んだものよりも濃厚で甘みがある。
「兄ちゃんどこから来たんだ?」
七海の飲みっぷりに気をよくした大男が尋ねてくる。
「えーっと、何て言えばいいんでしょうか。そうですね……ミァンってところから」
「なんだって!? お前さん魔人の国から来たのかいな!?」
「はあ」
「ついこの間内乱があったところだろう? 逃げてきたのか?」
「いや、僕がついた時にはもう滅んでて……」
「あんなところになにしに行ったんだ? 魔人に会わなかったのか?」
「会いましたよ。魔人さん」
そう言うと、大男は驚愕したように目を剥いた。
その後周りを見渡して声を落とし、
「兄ちゃん度胸あんな。ただあんまり大きな声で言わねえ方がいい。この国には魔人の名前を聞くだけでも発狂して襲いかかってくるやつがいるからな」
「もう経験済みです。おじさんは大丈夫なんですか?」
「俺は、傭兵だからな。この国の生まれじゃねえし、そもそも神なんてものは信じちゃいねぇ。ただどこの生まれだろうが、魔人ってのは災厄を呼ぶと教えられて育てられるからな。好きな人間はいねえだろうよ」
「幽霊みたいなものかな」
そう聞こえない声で呟き一人納得する。
「魔人さん、いい人ですよ」
「そうなのか? 俺は一日に人間を十人は食し、酒の代わりに地獄で沸かした血を飲んで、寝起きに一つの国を滅ぼすと聞いているぞ」
「それいくつ国があっても足りないですよね」
「む……確かに」
「僕の知る魔人さんは、もう十日も飲まず食わずで、玉座から一歩も動かないニートで、冷たいように振る舞ってるけど困ってる人を放っておけず、つい助言してしまう優しい人です」
それを聞いた大男はほんとかよと言いたげに肩をすくめた。
「でもよ、この国の中心にぽっかり空いた巨大な穴があるだろ?」
「ああ、あのナイアガラの滝みたいな」
「それはよくわかんねぇが、あれもはるか昔に魔神が暴れて抉れた大地だって言うしな。確かに自然にできたにしては不自然だ」
「どんだけでかいんですか、魔神さん」
「俺も知らねぇよ。ただ世界にはあちこち、似たような傷跡が残されてる。光の騎士と魔神たちとの戦争で、三度、世界は無に返っていて、今俺たちが生きる時代は第3サイクルとも言われてる」
「第3サイクル?」
「そうだ。元々は世界は一つの大陸でできていて、全て繋がっていたんだが、第1サイクルの戦争で大地が歪んで曲がり丸くなった。第2サイクルの戦争で大陸は無数に割れてその隙間に海が流れ込んで、今の世界ができあがったと、そう言い伝えられてる」
「大陸創造説……もはや宗教ですね……いや、宗教なのか」
「魔神の登場は、その時代の終わりを意味してる」
「でも今まで世界を滅ぼしてきたっていう魔神と、とミァンの魔人さんは関係ないですよね」
「魔人は魔人だろ」
汚く散らした髭が憎たらしく、むしりたくなる。
だがおそらくこれが、この世界の人たちの基本的な価値観なのだろう。
十人十色。なんて綺麗ごとが通じない。
七海の世界でも、宗教や肌の色で区別――差別しているのだから、全く相いれない価値観ではない。
この世界の住人にとって魔人とは、いつ爆発するとも限らない核爆弾なのだろう。
災厄であり、最悪の存在。
災厄の擬人化と言ってもいいのかもしれない。
「魔人さんの家族はどこにいるんですかね」
「家族? 魔人に家族はいねぇだろ」
「そうなんですか?」
「ああ。魔人ってのは現象らしい。『産まれる』んじゃなくて『起こる』。普通の生物みたいに交尾して繁殖するんじゃなくて、突然変異的に現れるらしい」
大男は指で作った輪の中に、もう片方の人差し指を出し入れしゲヘヘと卑しく笑った。
「家族……いないんだ」
「つーかよ、こんな楽しい日に魔人の話なんてやめようぜ」
言って大男は新しく出されたジョッキを掲げて見せる。
七海も一回り小さなジョッキを持ち、こつんと打った。
ぐいっと飲みすと、頭の中が暖かくなったような感覚に陥り、気分が高揚してくる。
「あの、この世界についていろいろ聞きたいんですけど」
勢いに任せて言い、大男を見ると、彼は反対方向の入り口へと顔を向けていた。
待ち合わせをしていたらしい。入口から現れた馬面の男に駆け寄っていき、にこやかに談笑している。
「あの」
仕方がないとバーテンに声をかけようとすると、バーテンも忙しそうに動き回っており話しかけられるような状況ではなかった。
周囲を見渡す。だがそこに七海とこの世界について語ってくれそうな酔狂な存在は一人として見当たらなかった。
まるで学校での昼休みのように。
「……行こ」
七海は静かに席を立ち上がり、その店を後にした。




