17.掃除終了
「ヨツバ、もういいだろ?ケージに帰るぞ」
と声を掛けてみたが、相変わらずヨツバは俺の台詞をスルーし続けた。
そうして後足で立ち上がるような恰好で人間であれば掌に当たるであろう前足の裏の、ふさふさした毛の部分をペロペロと舐めている。それからその前足でおもむろに頬から鼻先まで丁寧に擦り始めた。まるで顔を洗うかのように、クイクイっと何度も撫でてはまたペロペロと前足を舐めて顔を熱心に擦り続ける。
やっとその作業が終わったかと思うと、今度は垂れた耳を両前足でしごくように撫で始めた。首を傾け精一杯短い両前足を伸ばす。左耳をスッスッと何度も撫で、次に右耳を……それからまた左耳。おい、それ根本に届いてないけど良いのか?……と思っていたら今度は女性が髪の毛を洗うような仕草で両前足を頭の後ろに回し、そのまま耳の根元から鼻先までツルリツルリと頭全体を撫で始めた。
ふーん、上手いこと毛繕いするもんだ。と感心しつつもその作業の長さに、再び前髪の形を整えるのに余念がない新人を重ねてしまう。
ああ、やっと終わった。
―――と、思ったら今度は両前足の間に頭を埋めて、お腹の毛をペロペロ舐め始めた……!
「もう、待てん」
俺はスクッと立ち上がった。するとそれまで俺の言葉を悉く無視し続けたヨツバの動きがピタリと止まった。垂れた耳の根元を持ち上げて、まるで俺の出方を探っているかのようにジッとしている。
「おい、ヨツバ。いい加減に……」
ピュッ!
俺が一歩足を踏み出すその一瞬前に、ヨツバは別人のような俊敏な動きでダッシュした。いや、別人じゃなくて別兎か?……と言うかまさにこれが『脱兎のごとく』と言うのだろう。
そうしてアッと言う間にソファの下に潜り込んでしまった。
「えぇえ、何でだよ……」
何故逃げる。
俺は今、ヨツバの為に不快な作業を終え、快適な環境を整えたと言うのに。
ヨツバの部屋を掃除して、餌を変え、下の世話までして尽くしていると言うのに、何故逃げるんだ……!理不尽過ぎるだろ!!
心の中では猛然と抗議の声を上げていたが、これ以上驚かせてしまっては更に逃げられてしまう。俺は内心のドロドロした気持ちを抑えて、なるべく優し気な声を出すよう心掛けた。
「ヨツバ、餌食べたいだろ?新しい牧草もあるぞ?」
そこでポン!と思いついた。ああ、そうだ。何で今まで思いつかなかったんだろう。
牧草で釣ってみるか?
俺は密封容器から数本、牧草を取り出しソファの手前で振ってみる事にした。これで出てくればケージまで誘導できるか?それか出て来た所を捕獲しても良い。
フリフリフリ……フリフリフリ……
来ないな。おかしい、腹が減っている筈なのに。
念のためソファの反対側に回ってみた。
フリフリフリ……フリフリフリ……
駄目か。
はいつくばってソファの下を覗き込むと、ヨツバらしき影がちょうどソファの真ん中あたりに丸まっているのが分かった。
「おい、出て来いよ」
下手に出てるから駄目なのかもしれない、そう思った。
動物相手に優しい猫撫で声で対応するのではなく、もっと威厳を持って接した方が良いのじゃないか?と、そんな考えが閃いたのだ。
ソファの後ろから脅かせば、慌ててケージに逃げ帰るかもしれない。俺は改めてしっかりとはいつくばり、ソファの下にグッと右手を伸ばしたのだ。
ガリっ!
「いってぇ!!」
俺を鋭い爪らしきもので引っ掻いたヨツバは、その瞬間ピュッと俺の思い描く通りにソファから飛び出した!
そして―――寝室へと飛び込み、ベッドの下に隠れてしまう。
その後宥めても脅しても……そこから出て来なくなってしまったのだった。




