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10.ばったり

 俺だって背は高い方だ。なのにコイツは更に上から冷たい瞳で俺を見下ろして来る。


「君は……」


 そのビシッと真っすぐな眉が僅かに上がった。

 思いも寄らぬ再会に、メデューサに睨まれたかのように石化していた俺は、その僅かな表情の変化で我に返った。


「どうぞ」


 ペコリと頭を下げて一歩下がると、俺は顔をそむけた。どうか数多存在する、部下のそのまた部下である俺一個人の事なんて覚えていませんように、と切に願いながら。ただでさえ顔を合わせたくない人物なのに、更に弱みを握られるなんて、本当に勘弁していただきたい。


「……」


 のそりと大きな体が小さな店舗へ再び踏み込んで行き、俺の後ろで立ち竦んでいた小柄な店員に声を掛けた。


「……パパイヤが切れていたのを思い出しまして」

「あ!はい!パパイヤですね、ええと……こちらのサプリもありますが、オリジナルのドライパパイヤだと同じ値段で百グラム入ってます。どちらにされますか?」

「じゃあドライパパイヤの方をお願いします」

「では先ほどの物と一緒にお包みしてもしてもよろしいですか?」

「はい」


 その隙に俺は足音を忍ばせて扉をすり抜けた。

 とにかくその場所を逃げ出したい一心だったのだ。本来なら上司にばったり出会ったのなら、挨拶の一つでもするのがスジなんだろう……けどそんな当たり前の事もポッカリ頭から抜け落ちるぐらい、俺は疲れていたのだと、後から思った。







 その日、家に戻ると部屋の中は静かだった。


「やっぱ帰って来てない……か」


 スマホにも連絡は無い。


「まさかこのまま帰って来ない気じゃないだろうな……」


 ソファにドカッと腰を下ろして、放置したままの手紙に視線を送る。




『出て行きます。落ち着いたらヨツバを引き取りに戻りますので、それまでよろしくお願いします。 みのり』




 一夜明けた朝、この文章を俺はポジティブに『落ち着いたら』『戻る』と解釈しようとしていた。だからうさぎの世話の仕方を積極的に知ろうと、専門店まで足を延ばしたんだ。……なのに結果は無残。情報を得るどころか苦手な上司と鉢合わせしちまった。


 ズドンと疲れが肩にのしかかる。コンビニの袋からサンドイッチと珈琲を取り出してモソモソと食べ始めるが、何だか味気ない。


 『出て行きます』って書いてあるんだ。『ヨツバを引き取りに戻る』って言うのはそのままの意味で、別にここにみのりが『帰って来る』と言っている訳じゃ無い。返って来るつもりなら―――一言面と向かってそう言うだろう。逃げるように立ち去るなんて、やり直すつもりの無い人間のやり方だ。


「はー……何だよ。情けねぇな……」


 サンドイッチを食べ終わり珈琲を一口すする。俺は立ち上がり、俺と同じように取り残された存在、ヨツバのもとへ歩み寄った。コンビニ珈琲の紙コップを手にしたまましゃがみ込み、ケージの中を覗き込む。


 するとケージの片隅で大人しく丸くなっていた毛糸玉から片耳だけが少し持ち上がった。ヨツバ自体はジッとしているのに、耳だけが反射的に動くなんて、まるでレーダーみたいだな。そう思った。


「お前も置いてきぼりだな」

「……」

「男二人……いや、一人と一匹か。『男同士』ってむさくるしい響きだな?お前もどうせ一緒に暮らすなら雌が良いだろ?」

「……」

「今日お前の為に出掛けたんだけどなー。やーな奴に会っちまって……ん?」


 思いも寄らぬ所でばったり遭遇したから、逃げ出す事ばかり考えてしまったが―――亀田部長……アイツ、そう言えば……あんな所に来るぐらいだから『うさぎ』飼ってんだよな?


 毛糸玉のようなうさぎに囲まれる男を想像する。

 けれども俺の頭の中の亀田部長は―――相変わらず凶悪な渋面だ。




「……」




 に、似合わねー!!

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