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2-2-1(回想)

回想シーンの多いマンガはつまらないって2ちゃんねるのまとめに書いてあった。

2-2-1(回想)

 夏休み、僕は沙夜と一緒に田舎に遊びに来ていた。母方の実家だ。

「ねえ、お兄ちゃん、沙夜、もう疲れたよぅ」

 そして今僕たちの目に見えるのは見渡す限りの緑。といっても決して絶景というものではなく。

「何言ってんだい、まだてっぺんまでは全然だぞ?」

「うん、でも足が痛くて」

 そしてその場でうずくまってしまう。明らかに疲弊している。

「やっぱり、お母さんの言う事を聞かないで出てきたの、よくなかったんじゃないかなあ」

 僕と沙夜は田舎の家の近くにあった山を登っていたのだ。

 子供だけだと危ないから家で大人しくしていなさいと言った母さんだったけれど、僕は冒険をしたかった。

 山賊王、とか目指していたわけではなかったけど。

 けどなんとなく、その山のてっぺんにまでは行って見たかった。

 そうする事でその山を攻略した気になれそうだった。

「何言ってんだい。大丈夫だよ!」

 ここで引き返すのは自分が過ちを犯したと認めるようで嫌だった。

「で、でも足が痛くて」

 沙夜は泣きそうな顔をして痛みを訴える。

「お兄ちゃんがおぶってやるよ!」

「ほ、ほんと!? ありがとう、お兄ちゃん!」

 別に妹の事を考えてではなく、自分の非を認めたくなかっただけなのに、何故か妹は大仰に喜んでくれた。

 繁みの中を過ぎると、石の階段が見えてきた。

 一番上が見えないくらいには長い階段だった。

 頂上まではまだ距離があったが、一度ここで休憩を取れるといいか、と僕は考えた。

「沙夜、沙夜! これ見てみろよ!」

 階段の上には、寺があった。

 建物が全部で三つほどあり、僕達はその中で蔵のような建物の中に入った。そしてそこには……大仏があった。

「うわぁ、おっきぃ大仏……ってお兄ちゃん、何やってるの?」

「ん、悟りを開いた大仏のまね」

「ん、私もやる!」

 隣に並んで同じポーズを取る我が妹。

 なんかはずい。家に置いてあったダルマ人形よりは格好良い気もしたけど。

 床の木は腐っていなかった。

 扉を開けると陽光が差し込んでくる。

 そして寺の住職がやってくる。

「お前さんがた、何をやっとるんじゃ?」

「あー、これは、そのー」

 驚いた。この寺は荒れ果てて誰も住んでいないと思っていたのに。

 住職は年の頃は六十を過ぎているように見えた。

 髪の毛は剃っているのか禿げあがっているのかわからないが、とにかく、なかった。

「何をやっとるんじゃ?」

 住職は再度ご丁寧に疑問文を繰り返してくれた。

 しかし考えてみるとこの人物が住職でよいのかどうかはわからない。僕は寺とか神社とかに詳しいわけではなかったので。坊主と住職の違いも分からないくらいだ。

 まあ、でも、とにかく、いた。人がいた。

「あーっと、えーっと、山登りをしてて、途中で疲れちゃって、それで……」

 事の成り行きを説明する僕。

 僕の事を観察するような瞳で見ている住職(仮)。

 沙夜はその様子を心配そうに見ている。

 住居不法侵入罪の事を心配しているのか日陰の休憩場所を奪われるのを心配しているのか住職を不審者と勘違いし僕達の身の安全を心配しているのかわからない。

 恐らく二つ目くらいな気がする。

 と、唐突に質問が来た。

「お前さんがた、仏は信じているかね?」

「え?」

「仏様は信じているかと聞いたんじゃ!」

「あ、いえ、ごめんなさいあんまり……」

 というかそもそもその時僕は神様だとか仏様だとか、両親とかからもちゃんと教えてもらってなかったわけで。

 ちゃんとってよくわかんないけど。

「ふうむ、本来は仏を信じていないものはこの寺には入れてはいけんのじゃが」

 しわの目立つ住職はもったいぶっていたが、

「特別に、いさせてあげよう。ゆっくり休みなさい」

 仏具にいたずらしてはいけないよと言い、蔵の戸を閉める。

 陽光が、光が、遮断される。

「良かったね、お兄ちゃん」

「うん」

 僕は小さく首肯すると、沙夜と一緒に床に横になった。

 先程の住職が掃除をしているのだろうか、ホコリ一つ無かった。

 この寺は結構大きかったので、一人で掃除するのは難しいように思える。

 他にも人がいるのか?

 よくわからない。

 ……僕は自分が思った以上に疲れていた。

 あっというまにドロのような睡魔に飲み込まれていく。

 目が覚めると夜だった。

「音菜?」

 だけど返事は無かった。蔵の中にはいないようだ。

 外に出ると月の光が僕の事を出迎えてくれたが、僕の欲しい出迎えではなかった。

 僕の欲しい出迎えは、沙夜の「お兄ちゃん」という言葉だけだ。

「音菜! どこにいるんだよ、音菜!」

 だけど返事は無かった。ただ虫の音だけが聞こえている。

 山を降りる必要はなかった。

 僕のいた場所は既に山の麓で、家の近くにある納屋で僕は寝ていたらしい。一体どうしてなのか、わからない。

 僕は確かにあの名前も知らない山を登っていたはずなのに。

 家に帰る。

 新しい父さんには、思ったより怒られなかった。

 母さんも取り乱していたけど僕を怒るよりも音菜を探すために手を尽くすのに忙しくて、それどころじゃないみたいだった。

「ええ、ええ、そうなんです。子供二人で山に入ったらしくて、すみません、目を放した隙に……しっかり見ておくべきでした……」

 母さんが誰かに謝っている声がふすま越しに聞こえてくる。

 僕が勝手にやったことで、母さんが謝っている。不思議な気持ちだった。

 同時に、自分がもっとしっかりしていれば、いや、そもそも母さんの言う通りに家から出なければ……という猛烈な後悔が押し寄せてきていた。

 僕とはぐれた音菜は、その日の夜遅くまで帰ってこなかった。

 田舎は土地が安いので部屋数が多い。

 僕が一人で寝ていると、「お兄ちゃん」と僕を呼ぶ声が何度も聞こえる。

 声を頼りに家から出ると、沙夜が立っていた。

 黒く塗りつぶされた田舎の緑と砂利道を背景にして、沙夜は立っていた。光の足りない蛍光灯が地面を沙夜を薄く照らしている。

「お兄ちゃん、わたし、ね? 今日、こわい人にあったの」

 その時の沙夜の様子は、なんて表現したらいいのかわからない。

 なんていうか、行方不明になっていたにしてはあまりにも落ち着き過ぎているんじゃないか。そんな気がした。

「誰だい?」

 とりあえず質問に答える僕。

「夕哉お兄ちゃんのお父さんだって言ってた」

「父さん?」

 僕の父さんは、既に母さんと離婚している。今さらなんの用だっていうんだろう? ものごころつく前の事で、父さんの顔も知らないくらいだった。

「私の事が必要になるかもしれないんだって。来てくれないかって言われたの」

 僕の本当の父さんが、会った事もないはずの沙夜を?

 どういうことだろう?

「どうしよう私、行きたくないよ」

「大丈夫、どこにも行かせるもんか」

 そうだ。僕の父さんと沙夜には血のつながりはない。

 だから僕の父さんが沙夜を連れて行ってしまう事は許されないはずだった。

「沙夜は僕と、ずっと一緒だ」

 それを聞くと沙夜は安心したようで、

「絶対、絶対、守って。ね」

 そうして両腕でぎゅっと僕の腕をつかむような絡めるようにする。

「あ、当たり前だろ! 沙夜は、俺が守る!」

「ありがと。夕哉お兄ちゃん」

 僕はその笑顔を、心底守りたいと思った。

子供の時に道に迷って帰り道、崖を登る事になった。

友達何人かと。

崖登りをしようと言ったのは私です。

珍しくリーダーシップみたいのを発揮してね。

あの時もし誰かが崖から落ちてたら……。

多分罪の意識で押しつぶされていたと思う。

思い出すだけで怖い事。

足元の石がぱらぱら落ちて、本当に怖かった。

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