#9
校門前では、絆三は未だ冴子から抜け出せずにいた。
「え? ナンバ歩き?」
絆三を抱いた冴子は首を傾げる。
『そうだ。彪太郎は、昔の日本人の歩き方をしているんだ』
「そういえば、私も幼稚園の頃、手と足を一緒出して笑われた事があるわ。体育の授業で行進の練習をした時に先生から注意されて自然と直ったけど・・・・・・」
冴子の隣で美嬉も過去を振り返る。
『普通はそうだろう。周りと一緒の方が安心するもんな。彪太郎も必死にそうなろうとした』
美嬉と冴子が顔を見合わせる。遠くを見据える絆三。
彼の脳裏には彪太郎との裏山の記憶が思い返される。
彪太郎は擦り傷や泥で汚れてながらも必死に歯を食い縛り走っていた。
『人も動物と同じで、群れからはぐれたくないはずさ』
美嬉は絆三の言葉に俯く。
「そうだね・・・・・・」
『大丈夫、今の彪太郎は誰にも負けない』
すると冴子は絆三の言葉にピクリと反応して、
「だからって、金光君には敵わないわよ」
絆三をむぎゅっと締め付けた。
『ヌオオオオ~~~~~‼』
あまりの力強さに、目が飛び出そうになる絆三。
「あ、来た!」
美嬉の声に、絆三と冴子がコースの先に注目した。
金光がコーナーを曲がってやって来る。彼の表情に、いつもの余裕は感じられなかった。
冴子はパアッと表情が明るくなって、彼にエールを送るように名前を叫ぶ。
「きゃ~~~金光君‼ ・・・・・・え!?」
しかし金光のすぐ後を彪太郎が追いかけて来ていた。これには冴子も驚き、絆三と美嬉の表情が明るくなる。グッと力が入る眼差しの彪太郎に、
「夏輝君!」
美嬉が彪太郎の名前を呼ぶ。絆三も冴子の胸から飛び降り、着地と同時に叫んだ。
『彪太郎! 行けーッ!!』
彪太郎は絆三から合図を受け取り、
「・・・・・・絆三」
グッと拳に力を込めた。
「はい!」
肘を引いて更に加速した。彪太郎はついに金光と肩を並べる。
金光は焦る表情で彪太郎を見た。
(なっ!? どこにそんな力が残ってやがる・・・・・・コイツ!)
彪太郎が金光を僅かに抜かす。
「おおおぉぉぉ・・・・・・!!」
絆三と美嬉、冴子が彼らのデッドヒートに注目する。いつも彪太郎を馬鹿にするクラスの女の子達も息を呑んで見つめる。
絆三は胸が躍るように身体を震わせていた。
(旦那・・・・・・あれが、夏輝彪太郎だ。旦那に、そっくりだろ?)
首に巻いた黄色いスカーフをそっと握る絆三。
金光は横に並ぶ彪太郎を見て唇を噛む。
(冗談じゃねぇ……誰がこんなヤツに負けるか。こんなヤツに!)
「・・・・・・!?」
彪太郎がハッとした刹那、勢いよく迫る金光がショルダータックルをして彪太郎の肩に体当たりしたのだ。彪太郎がその衝撃で転倒してしまう。
冴子は目の前の光景に、目を疑うように驚愕する。絆三と美嬉も彼の行動に驚愕していた。
「あっ!?」
金光は倒れた彪太郎を置いて、そのまま走って行く。彪太郎は金光の背中を見上げた。しかし、唇を震わせて俯く彪太郎。
(アクシデントは付き物だ、彪太郎)
金光は険しい表情で俯いている冴子の前を走って通り過ぎた。
そんな冴子は声を震わせる。
「信じていたのに・・・・・・!」
すれ違い様に聞こえた彼女の悲痛の声に、金光はハッと我に返る。金光は泣いている冴子を目で追うも、そのまま走り過ぎていった。