21話 シロの決意
時間がまだあったので、俺は村を少し歩いて周っていた。
獣人の村と言っても、ごく普通の家屋が目立つ。
全部が全部、破壊されているわけじゃない。
村人の近くを通りすぎるたびに、怯えた目で見られるのは、あまりいい気分ではない。
俺ごときに、なにをそんなに怯えているのやら。
剣聖がいったい何をやったら、こんな風になるんだよ。
村の途中で足が止まった。
墓地だろうか。
土を盛っただけの簡易な墓地。まだ盛った土が新しいのもある。
その前に、シロが立っている。
真っ白な装束に着替えたシロの姿は、まるで死装束を着ているように見えた。
「……なに?」
いつから気配に気づいていたのか。
振り向くことなく、俺に話しかけてきた。
「いや、その……えーと……何をしてるのかな〜って……」
急に声かけられて、なんて答えたらいいのか。
月並みな言葉しか出てこない。
「……みんなと話していた……」
「あ……ああ〜。そ、そうか……邪魔したな……」
みんなって……死んだ人たちとか?
えっと、犬神の眷属さんとやらは、そんな事もできるのか?
「それで……何て言ってるんだ?」
「……何も言わない。皆、土の中だから。だからウチの言葉を一方的に伝えただけ……犬神は、ウチが討つと」
ああ、なるほど。でもそれは話してるとは言わんのでは……って、いうのは野暮か。
それにしてもだ。
シロは感情の起伏が無いから、淡々と喋っているが……冷静ということもないのか。
その思いは、シロの本心なんだろうか。
俺には分からないが……親子が本気で殺しあう姿は、みたくない。
自分勝手な思いだけど……もしそうなったら、俺が全力でそれを止めてやる。
「じゃ、俺はそろそろ行くわ。また後でな」
「待って……おまえは、あまり村を彷徨くな。皆が怯える」
またそれか。
俺が何をしたっていうのか。最初にシロに会った時の反応もそうだったな。
「そ、それそれ! それが知りたかったんだ! 皆が剣聖を怖がる理由を教えてくれないか?」
「そう……分かった。犬人族と剣聖とに何があったのか、教えてあげる」
二十年ほど前の話。
樹海には、犬人族の村は全部で五つあった。
そこに一人の剣士が現れ、村を襲ったそうだ。
村を一つ全滅させた剣士と戦うために、残りの村の戦士たちが集まった。そこには若き日のシロの父親もいた。
戦士たちは、剣士に傷一つつけることも出来ずに、敗退した。
それどころか剣士の怒りを買い、二つ目の村も壊滅。
他の村も甚大な被害を受けることになる。
だが、剣士は村を全て滅ぼしはせずに、立ち去った。
最後に剣士は自分を『剣聖』と名乗り、立ち去ったそうだ。
それから剣聖は、犬人族にとって畏怖の存在となった。
「だから、おまえは皆に恐れられているの。こんな状況じゃなければ……賢者の弟子でなければ、村には入れていない」
シロは苦渋の表情を浮かべていた。
犬人族を壊滅させた剣聖に、力を借りないといけないとは言え、そんな危険な人物かもしれない剣聖を村に入れたく無いだろうな。
それにしても迷惑な話だ。
そいつのせいで、俺の評価はがた落ちなんだからな。
いつかそいつに出会ったら、ぶん殴ってやろう。
迷惑料の代わりにだ。
「あ! いたいた、カケルくん!」
俺を見つけたエミリアが、ちょこちょこと走ってくる。
ぱあっと、顔が嬉しそうになったのを俺は見逃さなかった。
「エミリア? なんだ一人で待ってるのが、寂しくなったんだろ?」
「ちちち違うよ!? ボクも暇になっちゃったから! 決してカケルくんを探しに来たんじゃないよ!?」
相変わらず嘘が下手なエミリアだ。
目が泳ぎまくっている。
「うん? シロくんも一緒だったのかい?」
「まあ……ここで偶然な」
「ふぅん……ボクを放っておいて、キミはシロくんと一緒にね……ふぅん」
なんだ。
放っておいたわけでもないんだが……なんか拗ねてるよ、このエルフは。
「まあ、いいや。それより、さっきから気になってたんけどさ。シロくんのその鉄甲……もしかして、オリハルコン製かい?」
シロの手にしている防具みたいなのが、オリハルコン!?
オリハルコンって……ゲームや漫画アニメで題材になるくらい有名な、あの希少金属の!?
「……そう。これは神代から一族に伝わる、大事な武具……」
シロは武具を大事そうに触っている。
ただ武具を見ている目が、どことなく寂しげに見えた。
何か思入れがあるんだろう。
「ところで、エミリア。寂しいから俺を探しに来たんだよな?」
「だ〜か〜ら〜……寂しかったんじゃないって言ってるよ!? まあ……正直ぃ……それは……少しあったかもだけど……って、そうじゃないよ!」
怒って誤魔化すのが、ますます怪しい。一人でボケツッコミまで入れてるしな。
まあ本当に何かあるから、探していたんだろう。
何か思いついたのかも知れないしな。
「分かった分かった。で、どうしたって言うんだ?」
「うん。連れ去られた人たちを救う計画……って言うと大袈裟だけど。
少数かつ効果的な作戦を思いついたから、キミたちに話そうと思ってね」
救出作戦か。
得意そうな顔をしているってことは、よほど作戦に自信があるんだろう。
早速、作戦会議ってところだな。




