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おじさんの旅立ち


「それでは行きましょう主」


あれよあれよという間に旅支度が整えられていき、出発する日となった。ここ数日で一番驚いたことは大神の屋敷に風呂がないことだった。


なんと基本的には布で拭くか舐めているらしい、でも納得するところもある。あの香り袋等の匂い対策は風呂に入らないがゆえだった。


「うん、でもそんな大荷物で大丈夫?」


「はは、なんのこれしき」


人間状態の小さな体躯には不釣り合いな大きさの箱のようなものを背負っている。行李っていうんだったかな。


「まずは近場の鎮守の大森林に向かうがそれでも一日や二日ではない、備えるにこしたことはないのだ」


「自分の分だけなら半分で済むのに」


ホロちゃんは俺の分まで荷物を背負っているために大荷物になっている、気が引けるからやめてほしいんだけどなあ。


「主に荷物を持たせたとなれば大神の名折れ、気にしないでくれ」


「そ、そう?」


「大丈夫だ、主の負担となるものは極力排除していくつもりだ」


やっぱりこの子にはダメ男をつくる素質があるよ。


「たのもしいなあ……」


「大船にのったつもりでいてくれ」


良い笑顔だなあ、眩しいや。


「それに早く行かなければ姉者が……」


「お姉さんがどうかしたの?」


「いや……姉者が絡むとややこしくなるのが常なのだ」


影が濃い……今まで散々な目に会ってきたと見える。


「心外だわ、そんな風に思われていたなんて」


「……姉者」


「あらあら、可愛い可愛い愚昧が恨めしそうに見てくるわ。可愛いから食べちゃおうかしら、そっちのほうを」


「ひっ……!?」


膝が震える、捕食者の目に晒されるのは初めてじゃないけど慣れるとかそういうものじゃない、生存のために逃げたくても身体が竦んでしまう。


「姉者……これ以上はたとえ姉者でも許さん」


視線を遮るようにホロちゃんが出てきてくれた、情けないが心底安堵する。我ながら単純だと思うけど、それでも今まで助けてくれたこの子の存在は心の安定だ。


「あら?私に一度でも勝ったことがあったかしら?」


両者の身体が膨らみ始めた、大神が戦うときは本来の姿(?)である獣状態になるのか……?


「今の我は前までの我ではない」


「へぇ……いい顔するようになったじゃない」


お姉さんが人間体に戻った、良かったやり合う気はないようだ。


「冗談よ、そんなに身構えなくてもいいわ。私はこれを渡しにきたの」


お姉さんが何かを投げ渡す。ぱっと見では袋にしか見えない。


「我慢できなくなったら使いなさい、誘惑が多いだろうから」


「……できれば使いたくはないが」


「お守りみたいなものよ、大丈夫あなたは愚かだけど強い子よきっと大丈夫だわ」


「ありがとう姉者」


姉妹の熱い抱擁、良いなあ。じーんと来ちゃうなあ。


「(食欲じゃない方の欲で食べるなら問題ないから)」


「ぶばっ!?ななななな何を言っているのだ姉者!!」


「うふふ~、姪と甥はいくらいてもいいわよ~」


姪?甥?他に兄弟でもいるのかな。


「そんなことしない!!」


「いつまでもそんなこと言ってるからいつまでも行き遅れるのよ」


「うるさい!!姉者だって独り身ではないか!!」


「私は土地神様に操を立てた身ですもの」


「ああ言えばこう言う……!!」


「あの……それくらいで」


俺も独身だから耳が痛い……異世界でもこういう会話はあるのか。


「っ!?見苦しいものを見せた……」


「もう少しやっても良いのだけれど、本当に遅れちゃいそうだからこれくらいにしてあげましょう」


「だから姉者が来ると碌なことがないのだ……」


「何か言ったぁ?」


「行って参ります!!」


力関係が分かるなあ。


「主、くれぐれも我から離れぬように」


「分かってます」


なんとか屋敷を出ることができた。お姉さんが出てくるとややこしくなるのは本当だったなぁ。


「この道をまっすぐ進めば鎮守の大森林にはつく、退屈かもしれないが……」


大きめの道に出た、それでも足元の草が刈ってあるくらいか。


「俺のためにやってもらっているんだから文句なんてないよ」


「主……そんな言葉をいただけるとは思ってもみなかった……」


おおう、尻尾がブンブン。そんなに嬉しかったのか……


「ん?あれはなに?」


なにか黒いもやもやしたものが見える。


「主、少しだけ下がっていてくれ。巻き込んでしまう」


「え?」


言われた通り下がったけど……どうしてあんなに険しい顔を……


「あれは我らの言葉では穢れ、ほかの言葉ではもんすたあとか言われる存在だ。極めて危険な存在だがこの大きさなら我の敵ではない」


モンスターって……お約束だけどあんなにぼやっとしたものがそんなに脅威なのかな、あれに触ると死ぬとか言うんじゃないだろうな……


「今は実体を持っていないが、あれが育つと異形の化け物となる。そこまでいくと限られた力ある者しか対処できなくなるのだ」


「そうなんだ……これから気をつけるようにする」


「いや、逆だ。気付かないでいたほうが良い。気づいてしまうとこやつらに形を与えてしまうことになる」


「そういうものなのか……」


「姉者の受け売りになってしまうが、穢れはそれ自体では大した力はないらしい。それに形を与えて初めて暴威を振るうそうだ、だから」


あ、腕を振ったら黒いもやもやが消えた、文字通り霧散っていった感じ


「形のない今ならばこうやって散らしてやるだけでいい、とは言ってもこの状態でも弱い生物には害になるというどうしようもない存在なのだ」


「こっちも色々と大変なんだね」


「慣れたものだ、それに実体を持つ者など十年に一度いるかどうかという程度だからな気にするほどでもない」


本当に気にもしていない風だ、当たり前ということなのだろう。


「さて、無言で歩き続けるというものなんだ。こっちのことについて何か聞きたいことはあるだろうか?我が知ってる限りで答えよう」


「聞きたいこと……か」


何から何まで聞きたいけど……


「まずはここが何処かを知りたいかな」


なんとなく居るけどここは一体どういう場所なんだろう、俺がいた世界ではないのは確かだけど迷い込むってことは関係があるってことだろうし


「ここはまほろばと呼ばれている。呼ぶ者によって名前が変わるから全体をさしているわけではないが」


「他にはどんな呼び方があるの?」


「そうだな……確か……しゃんぐりらとかえでんとか呼んでいるのを聞いたことがある。奴らは自分を天使とか言っていた」


シャングリラにエデンかあ、めでたい名前だ。それにしてもここは天使がいるらしいけど別に死後の世界ってわけではなさそうなんだけど


「俺のところでもその名前は聞いたことがあるんだけど……こっちは俺のいたところと関係がある?」


「ここは失われた場所だ、かつて主がいた世界にあったものが流れ着いた果てだ。だから主のいた世界とここは繋がっている。いや、ズレていると言った方がいい」


ズレている、繋がっているではなくズレているのか……よく分からないな


「重なっているでもいい、主のいた世界の規律には弾かれてしまった者たちは少しズレた場所に逃げ込んだ。そう伝わっている」


今度は重なってるときたか、ダメださっぱり分からない。もっと若い頃なら目を輝かせて食いついたんだろうけど今はそういうものとして受け入れるしかない。人生で自分を納得させる方法を学んだから別に苦じゃない。


「そうだったのか……ありがとう教えてくれて」


「礼などいい、それよりも今日はこの辺りで野営をする。二、三肉を取ってくるゆえ待っていてくれ」


返事をする前に獣状態で走って行ってしまった、しかしいきなり置き去りにされてしまったが大丈夫だろうか。今襲われたら俺はただ食われて終わるのでは?


「まあ……そんな都合わるく誰かが通りかかったりしないよな」


真後ろでぐぎゅるるるるという音がした。腹の虫に相当する音であるように思う。


全身から汗が噴き出した。




















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