蒼星歴九四二年/七月/二三日
蒼星歴九四二年/七月/二三日
バロータ湖で味方と合流し、ドヴェルグ軍と戦い始めてから六日目を迎えた。
同じ部隊だった奴の何人かは銃弾に撃たれて死ぬか、あるいは戦車の流れ弾に当たって死んだ。
運が良いのか悪いのか、腰が抜けた俺はニコライのおかげで助かった。
ただ──あのまま死んだ方が、楽だったんじゃないか?と思ってしまうのは何でだろう?
「突撃!!突撃ぃぃぃぃぃ!!」
「ドワーフ共の侵入をこれ以上許すな!!」
蒼星歴九四二年の七月二三日。
フヴォーストでの戦いでは、既にバロータ湖では収まりきらなくなっていた。
ヤシリツァ緑軍、そしてドヴェルグ軍はこの戦いで優勢や劣勢となる状況を幾度となく繰り返しており、お互いに一歩も引かないまま数日が経過していた。
ドワーフは普通の人間よりも背が高い代わりに、少しずつ前進しながら射撃を行う突撃射撃の戦法で、一歩一歩進む度に敵を仕留める戦い方でリザードマンを仕留めていた。
その一方、リザードマンは同時多層攻撃という戦法を繰り返しており、これによってドワーフ達を殲滅していた。
この攻撃は、敵に対しての射撃などの攻撃の手を一切緩めず、第二・第三の攻撃の時間を稼ぐ意味合いもあったため、ドワーフ達はこの攻撃を厄介に思っていた。
また、リザードマン自身は尻尾を射撃する際の固定台としての役割も果たしていたのに加え、俗に言う第三の目と呼ばれる器官により、敵軍の姿を捉えることが可能であった。
そのためか──厳密に言えば、ドヴェルグ軍は徐々に押されていく一方であった。
この状況の中、ザクセン・カニンヒェンは首相指令第45号を発動し、本格的なフヴォーストの攻略に加え、ヤシリツァ国の油田の奪取をドヴェルグ軍に命じた。
これにより、戦いの舞台は湿地帯であるバロータ湖だけではなく、フヴォースト全域に広がりつつあったのだった。
「ハァ─ハァ──」
フヴォーストという戦場にヤシリツァ緑軍、それからドヴェルグ軍が集まり始めていた頃、イワンは荒く息を整えながら、バロータ湖での戦いに一人の兵士として参加していた。
彼と共にバロータ湖へと到着した兵士たちの何人かは命を落とすか、あるいは負傷をして救護所へと運ばれていき、自分もいずれそうなることを拒否する間もなく受け入れざるを得なかった。
バロータ湖のような湿地帯には塹壕を掘ることは出来ないものの、その代わりに土嚢などで防御陣地を作り上げていた。
そして、イワンを含めた兵士達はその土嚢などでで作ったバリケードの中で手に持っていた小銃を、SVT-40と呼ばれる武器に弾丸に詰めると、ドワーフ達に攻撃を繰り返す──ということを繰り返していた。
撃って、撃って、そしてドワーフを殺す。
休みなどまともに取れなかった行軍が終わったかと思えば、バロータ湖での激しい戦いに身を投じ、バロータ湖の各所に設置された防御陣地にて、ドワーフに向けての攻撃を繰り返す。
そんなことを繰り返していたからか、イワンの心は知らず知らずのうちに悲鳴を上げていたが、当の本人はそのことを自覚する暇もないまま、ひたすらに攻撃を続けていた。
その敵兵の中には、ナーロ大陸におけるドヴェルグ国の同盟国であり、コボルトと呼ばれる亜人達の国家であるコベルの兵士達。
すなわち、コボルト達がドワーフ達の軍勢に混ざる形にて、リザードマン達と戦っていた。
戦いの中で、イワンは防御陣地へと向かうコボルトの兵士とも戦闘を繰り返しており、何とか敵軍に対して攻撃を続けていた。
ただ、その脳裏にはバロータ湖へと向かった時に見た死体のことを思い出していたのか、血の香りによって時折吐きそうになりつつも、何とかSVT-40の引き金を引く形で応戦していたのだった。
「撃て!!撃って撃って、撃ちまくって奴らを食い止めろ!!」
そんな上官の声が防御陣地内に響き渡る中、必死になって戦いを続けていたイワンは、さっきまで自分達の居る場所へと突撃していたドヴェルグ軍の数が少なくなったことに対し、少しだけ違和感を持っていた。
ちょうどその時、その違和感は音となって現れたようで──その場に居たリザードマン達は、ふと何かの振動を感じ取っていた。
と言うのも、リザードマン達は他の種族よりも振動には敏感な種族柄なのか、そういった異変には誰よりも気付きやすかった。
ただし、彼らが気が付いた頃にはもう既に遅かったようのか──激しい振動と共にその場に姿を現したのは、ドヴェルグ軍がこの戦争の際に主戦力として利用している兵器、もといDW型IV号戦車を筆頭にした第四装甲部隊であった。
そして、ドヴェルグ軍が誇る第四装甲部隊の登場により、ヤシリツァ緑軍のリザードマン達は思わず固まってしまっていた。
その隙に、DW型IV号戦車から砲弾が放たれた瞬間、戦場と化していたバロータ湖に混乱の渦が生まれ始めていた。
「イワン!!」
「に、ニコライ──」
戦車から放たれた重厚な音に対し、思わず腰が抜けてしまった様子で地面に尻を付いてしまったイワンに対し、そう声を掛けながらも彼を支える形で立ち上がらせるニコライ。
その時、二人の耳元に撤退ではなく後退せよという指示が聞こえ始めていたため、イワンとニコライは戦車に踏み潰されてなるものかとばかりにその場を離れた。
二人は運が良かったのか、彼らの居た防御陣地に戦車が乗り上げた頃には誰一人として居なかった。
しかし、他の防御陣地に居たリザードマン達はDW型IV号戦車の砲撃に巻き添えになったり、背を見せた途端に格好の的としてドワーフ達に撃たれたりと、この後退をキッカケにヤシリツァ緑軍の犠牲者が増えていった。
けれども、彼らに地の利が無いわけではなかった。
何故ならば、少しずつではあるがバロータ湖は干潮から満潮へと変化しつつあったからである。
バロータ湖と呼ばれる湿地帯は、この世界では珍しく内陸に存在する塩湿地であった。
そのため、海と同じように干潮や満潮が交互にやってくる性質があったため、それらを見越した上で後退していたのである。
その結果、ヤシリツァ緑軍がバロータ湖から後退する頃には、そこはもう水が戻った末に湖となっていた。
更に言えば、ヤシリツァ緑軍の軍靴は湿地帯でも歩けやすい特別仕様だったのもあって、彼らは素早く後退していたのだった。
一方、当然ながらそのことを知らないドヴェルグ軍は、突如として湿地帯に水が流れ込んできたことに対し、動揺とパニックが広がりつつあった。
何しろ、DW型IV号戦車は多少の水は耐えられるものの、それはあくまで岩肌が多いドヴェルグ国の話。
つまり、ヤシリツァ国では全くもって別の話であったため、ドヴェルグ軍がバロータ湖から撤退する頃には、何両かの戦車が水没するという結末を辿っていた。
しかも、その水没した戦車の中にドワーフが居た──と言うこともあってか、星歴一〇二四年にバロータ湖の調査が行われた際には、その戦車の中に取り残されたドワーフの死体が発見されたのだが、それはまた遠い未来の話である。
とにかく、フヴォースト攻防戦における最初の戦地であったバロータ湖から後退したことにより、ヤシリツァ緑軍は他の部隊と合流するという形にて、戦力を整えることに成功していた。
──少なくとも、兵士の心に深い傷を残す形で。
高評価・観察等よろしくお願いします!!




