蒼星歴九四二年/七月/一六日
蒼星歴九四二年/七月/一六日
今日も今日とて、いつものように不味い軍用食を食べた後に見回りをした。
いくら戦争中で国境近くとは言え、このチュシュヤ川周辺を守ったところで何もないと思うけど、それを言ったら言ったで上官に怒られるから心の中にしまっておいた。
あぁ、早く母さんのシチューが食べたいな。
蒼星歴九四二年の七月。
西の地ことナーロ大陸に住まう亜人達が、正確にはエルフ・ゴブリン・ドワーフ・リザードマン等を筆頭にした戦い──第二次亜人戦争が始まってから、既に三年が経過していた。
この命を消費すると言っても過言ではない戦いにより、ナーロ大陸は三年もの歳月の中で大きく傷つき、その戦いによって多くの亜人や人間達が命を落としていった。
もちろん、この時代においては剣と魔法は時代遅れの代物と化しており、剣の代わりに銃が主力の武器となった今では、戦争は既に名誉を重んじる戦いでは無くなっていた。
故に、九四二年現在のナーロの地にあるのは、銃弾によって倒れた亜人達の血と硝煙の香りだけ。
ただ、それだけの話なのである。
この戦いの始まりは、ドワーフの国であるドヴェルグ国がエルフの国であるアルヴ国に対し、侵略行為を仕掛けたことから始まった。
そして、その行為に対して各亜人国家が不満を示した末に宣戦布告を行なって以降、このナーロ大陸では二度目の亜人達による戦争が続いていたのだった。
そんな中、蒼星歴九四二年の七月に入る頃──今回の発端となったドヴェルグ国は劣勢と言わざるを得ない状況に立たされていた。
むしろ、その状況が状況なだけに自らの首を絞めていると言っても過言ではなかった。
何故ならば、ドヴェルグ国はかつての同盟相手であった国に、リザードマンの国であるヤシリツァ国の猛攻によって、追い込まれていたからである。
「──まっずいなぁ」
蒼星歴九四二年の七月一六日。
リザードマンが主に使用する言語──リザード語にて尻尾を意味する街、フヴォーストの近くに設置された野営地にて、一人のリザードマンの不満が空気と共に漏れていた。
不味い軍用食を食べながら、そんな呟きをしていたリザードマンの名はイワン・ヴァイナー。
この第二次亜人戦争にて、ヤシリツァ緑軍に参加していたリザードマンの青年であった。
彼は、元々はヤシリツァ国北部の辺りに存在する農村部に暮らす農夫の息子だった。
どこにでも居るような母親想いなリザードマンだった上に、一人息子であったイワンが徴兵された際の母親の悲しみは尋常ではなかった。
そんな母親を尻目に、彼は尾を引かれるような感情を抱きながらも兵士として召集された後、夏にしては涼しい気候の中、初めてヤシリツァ国の軍人として派遣された場所こそ、フヴォーストであった。
この地は、ヤシリツァ国とドヴェルグ国の国境の近くに存在するがために、ヤシリツァ緑軍はドワーフ達の侵攻を警戒したのか、そこに多くのリザードマンの兵士を送った。
そして、その中にイワンも居たのである。
第二次亜人戦争の前線で壮絶な戦いを送っていることは噂経由でしか知らない彼は、その野営地で何が起こるのか分からないまま、ただ普通に不味い軍用食を食べていた。
──この地が、歴史に残る戦いの舞台になることなど知らずに。
「いつ食べても不味いモノを普通に食べれるなんて──やっぱり、軍人さんは凄いなぁ」
不満混じりにそう呟くイワンの顔には、少しだけ不安も浮かんでいたものの、それ以上に楽観視しているかのような感情の方が強かった。
何しろ、まだ彼は戦場に立っていなかったからか、そこまで想像することが出来ていなかったのだ。
彼はまだ、数時間後に起こるフヴォーストで起こる戦いなど知る由もなく、自身と同じように徴兵された軍人と共に暖かな火を囲む形にて、食事を楽しんでいた。
「不味い不味いって言ってたら、そのうち上官に引っ叩かれるぞ」
「そういうお前だって、告げ口するなよ」
「へいへい、分かりましたよ」
軍に入って以降、同じ部隊だったがためにそれなりに仲良くなった友人こと、ニコライと不味い軍用食と軽い言葉を交わしたイワンは、そのままフヴォーストの地の空を見上げていた。
フヴォーストの地も、自身の故郷も、同じように綺麗な星が浮かぶ星を見ることが出来た。
ただ、イワンはフヴォーストの星を見た時──何とも言えない不安感を抱いていた。
もしも、ここにドヴェルグ軍が攻めてきたら?
もしも、ここで敵の攻撃を受けて死んでしまったら?
そんなことが脳裏に浮かんだものの、軍用食を口の放り込む形でそのことを忘れようとしたのか、彼は不味いはずの軍用食を口の中にかき込んでいた。
「お前──よくこれが食えるな」
「そんなことを言ってるお前もだろ」
いつものように軍用食を食べ、いつものように交代制で周囲の見回りをして、そして寝心地の良くないベッドの上で寝る。
これが、この日までのイワン達の日常であった。
正確に言えば──それはあくまで、使い捨ての駒として扱われていた一般兵の話であった。
何故なら、この時点でのドヴェルグ軍は既にヤシリツァ国に侵攻していただけではなく、イワン達の野営地のあるチェシュヤ川の下流の方向に向け、進軍していたからである。
当たり前だが、そんなことを知らないイワン達は自分達の運命を受け入れるどころか、その事実すら知らずに眠りに着くのだった。
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