第14話 ベヒーモスのステーキ
「よし! 三号車のキッチンを展開したぞ! 良太! あとはまかせた!」
俺は神様から買った『ランクル・オーバーランド仕様』の側面ハッチを豪快に跳ね上げる。
油圧でパネルが跳ね上がると、その下からステンレス製のカウンターが機械音を響かせながら、変形ロボットのようにせり出してくる。
「……え?」
良太はピカピカのステンレス製カウンターを見つめたまま首を傾げた。
「何をです?」
「何って、お前ベヒーモスの肉でローストビーフを作るんだろう?」
「ええ……」
良太は困ったように笑う。
「あれは車の説明書に『調理可能』って書いてあっただけで、僕は作り方なんて知りませんよ」
「は?」
俺は目を丸くした。
「お前、ローストビーフも作れないのか?」
「いやいや……先輩はローストビーフが何か知ってます? 試しに説明してみてください」
腕を組んだまま、俺は言葉に詰まった。
しばらく視線を泳がせたあと、すやすや眠るバハへ助けを求めて目を向ける。
「ん……味をつけて、オーブンとかで、こう……焼くんだろ?(小声)」
「ほら!」
良太はすかさず指を差した。
「先輩だって知らないじゃないですか!」
「ぐっ……」
「だいたい、『来々飯店』か『ひまわり食堂』の二択しか行かない僕たちが、そんなオシャンティな料理を知ってるわけないでしょう!」
「なんてこった……! 俺の口はもう、とっくにローストビーフになってんだぞ……」
がっくりと肩を落として、そのままスライド式のテーブルに突っ伏す。
そんな俺を見て、良太が深いため息をつく。
「知らないくせに何を言ってるんですか、もう。……ほら、せっかくの初キッチンなんですから。最初はシンプルにフライパンでジューッと焼いて、塩コショウで食べてみませんか? そのほうが肉の味も分かりますよ」
「それもそうだな。良太みたいな素人が、最初から背伸びしてもろくなことにならん。よし、フライパンと油を買ってくれ!」
「もう、先輩だって焼くか切るか、缶のスープを温めるくらいじゃないですか」
良太はそこで腕を組み、首を傾げた。
「……おかしいなぁ」
「何がだ?」
「異世界ものの『お決まり』なら、こういうときって誰か一人くらい料理が得意な人がいるじゃないですか」
「……それは知らんが」
「なのに僕も先輩も料理できない……」
そこで良太が顔を上げる。
「はっ! これはもしや……今後、料理上手の美少女が仲間になる伏線なのでは……っ!?」
そんなことを言いながら、良太は【ネットショッピング】を発動する。
「えーっと……」
画面をスワイプしながら、フライパン、サラダ油、塩、コショウ、それに平皿を買い物かごへ入れていく。
「これでよし、と」
まとめて購入ボタンを押すと、必要な調理器具と調味料が次々と目の前に現れた。
「いったん、シンプルに焼いて塩コショウで食べてみましょう」
良太はフライパンを手に取りながら笑う。
「それにしても、この世界で最初に調理する食材がベヒーモスの肉って、なんだかすごいですね」
「確かにな」
俺は苦笑する。
「普通ならウサギとかから始まりそうなもんだ」
「いきなりSランク魔物ですからね」
「贅沢にもほどがあるな」
そう言うと、良太が【ネットショッピング】の【買い物加護】から、一時保存していた一キログラムほどのベヒーモスの肉を取り出す。
「じゃあ、焼いていきますよ」
良太はキッチンカーのコンロに、新調したばかりのフライパンを載せる。
サラダ油を薄く引き、点火スイッチを押す。
カチリ。
次の瞬間――
ゴォォォッ!!
コンロから勢いよく青白い火柱が立ち上る。
精霊サラマンダーの力で生み出された青白い炎が、フライパン全体を一気に熱していく。
「うわっ!?」
思わず良太が一歩後ずさる。
「説明書に『超高火力』って書いてありましたけど……これは想像以上ですね」
フライパンから立ち上る陽炎だけで、そのすさまじい熱量が伝わってくる。
「中華料理屋でも、ここまでじゃないんじゃないか?」
俺も思わず目を丸くした。
「でも、火は暴れてないですね」
「ああ」
炎は高く噴き上がっているにもかかわらず、不思議なことにフライパンから一切はみ出さない。
見えない壁でもあるかのように、熱だけがフライパンに集中している。
良太が身構えたのもつかの間、火力はすぐに落ち着く。
さっきまで激しく噴き上がっていた炎も、今はフライパンの底を静かにあぶっていた。
パチパチと油の弾ける音だけが心地よく響く。
「さすが神様から買ったキッチンカーだな。サラマンダーが勝手に火加減を調整してくれてるみたいだ」
「至れり尽くせりですね! じゃあ、さっそくベヒーモスの肉、いきます!」
良太が肉の塊を持ち上げた、そのときだった。
「きゅ〜?」
「うおっ?! びっくりした……バハちゃん、いつの間に起きてたんだ?」
すぐ隣には、いつの間にか目を覚ましたバハがふわりと浮かんでいた。
この場所は結界のおかげで、調理の音や匂いが外へ漏れることはない。
それでも、俺たちが楽しそうに準備を始めていれば気にもなるか。
バハは眠そうな目をこすりながら、フライパンをのぞき込んでいる。
「バハちゃん、油が跳ねたら危ないからそこから見ていてね。……よし、投入!」
良太が意を決して、一キログラムほどあるベヒーモスの生肉をフライパンの真ん中に滑らせた。
――ジューーーーーッ!!!
肉の爆ぜるすさまじい音が響き渡る。
良太はすかさず、塩と粗びきコショウをたっぷりと振りかける。
肉汁と塩、粗びきコショウが高温の油と混ざり合った瞬間、濃厚な肉の香りが一気に立ち上った。
そこへ香辛料の刺激的な香りが重なり、調理スペースいっぱいに広がる。
フライパンの上では、赤身の表面にみるみる焼き色がついていく。
「うおっ、おい良太?! なんだこの匂い! 肉の匂いとコショウが合わさって、めちゃくちゃ暴力的ないい匂いがしてきたぞ! ダメだ! 白飯だ! 白飯を持ってこい!」
「きゅ~!」
「先輩もバハちゃんも、落ち着いてください! まだひっくり返してもいないですから! うわ、でも本当にすごい匂い……よだれが止まらない……っ」
ふわふわと浮くバハの腹が、ぐぅ、と鳴る。
俺も今すぐ肉へかぶりつきたい衝動を必死に堪えた。
良太もゴクリと喉を鳴らし、フライ返しを握り直す。
重たい肉の塊をひっくり返すと、さらに激しいジューッという音が鼓膜を震わせる。
こんがりと焼き目のついた面からは、肉汁がふつふつと湧き出していた。
良太は裏面にも素早く塩コショウを振る。
やがて炎が再び弱まり、肉の表面がこんがりと美しい褐色に変わっていく。
頃合いを見て、良太がコンロの火を止める。
焼き上がった肉にナイフを入れると、鮮やかな赤みを残した断面から、肉汁がじわりとあふれ出す。
「おお……ちゃんと焼けてるぞ」
「本当だ。中までいい感じに焼けてますね」
そのまま厚めにスライスし、皿に盛り付けていく。
「よし! 先輩、できました! ベヒーモスのシンプルステーキです!」
「うおおおおお! 待ってました!」
俺は思わず身を乗り出し、良太から皿を受け取った。
「……バハ。なんたって、お前が狩ってきた大物だからな。今日は遠慮せず、たくさん食えよ!」
「きゅ~っ!」
良太はバハの器にも、切り分けた肉をたっぷりと盛り付ける。
「じゃあ、いただきまーす!」
俺と良太は同時に、焼きたてのベヒーモス肉を口に運ぶ。
「――っ?!」
噛んだ瞬間、思わず目を見開いた。
見た目は脂の少ない赤身肉。
しかし、その歯ごたえは想像とはまるで違った。
表面は香ばしく焼き上げられているのに、中は驚くほどしっとりとして柔らかい。
噛むたびに濃厚な肉汁とうま味があふれ出し、これまで食べたどんな牛肉よりも力強い風味が口いっぱいに広がっていく。
「なんじゃこりゃあ……っ! 柔らけぇ……! 噛むたびに肉汁があふれてくる!」
「これ、塩コショウだけで大正解でしたね! 肉そのものの味が濃くて、めちゃくちゃジューシーです!」
「きゅむ、きゅむ……きゅ~~っ!」
バハも大きな口で肉にかぶりつく。
夢中で頬張りながら尻尾をぶんぶんと振り、そのまま体がふわりと宙に浮き上がった。
くるり。
嬉しそうに空中で一回転すると、
「きゅ~♪」
目を輝かせながら、もう一口とかぶりつく。
「まだまだ肉はありますから、どんどん焼きますよ!」
神様から買ったキッチンカーの初仕事。
そして、この世界で初めて味わう食材――ベヒーモス。
その第一皿は、文句なしの最高の一皿だった。
◇ ◇ ◇
「はあ……美味しかったですね……」
「きゅ~」
良太は膨らんだお腹をさすりながら、幸せそうにキャンピングチェアに背中を預けた。
俺の足元では、バハも満足そうに目を細めている。
神様から買い受けたキッチンカーの初仕事は、大成功だった。
フライパンの上で豪快に焼いたベヒーモスのステーキは、噛むたびに肉汁がこれでもかとあふれ出す。
あの味を思い返すだけで、また腹が減ってきそうだ。
「ベヒーモスの肉はやばかった……このキッチンカーの火力も申し分ない」
俺は使い終わったフライパンを片付けながら、白飯のことを思い浮かべる。
「……でもさ、良太。さっきも話したけど、やっぱりコメが食いたいよな」
「わかります、先輩。この極上の肉汁を前にして、ご飯がないのは確かにちょっと物足りないですよね」
「だろ? 次はステーキ用のタレも出してくれ。それをツヤツヤに炊き上がった白飯にワンバウンドさせて食べる。想像しただけでたまらない」
「きゅ〜、きゅ〜!」
良太の声に釣られるように、バハも嬉しそうに翼をぱたぱたさせた。
「はは、バハも食べてみたいか。じゃあ次は、ご飯を炊くことにしよう。このランクルにはサラマンダーとウンディーネが宿ってるらしいからな。あいつらの力を使えば、火加減も完璧だし、美味しい水も使い放題だ。ふっくらした美味いご飯が炊けるぞ」
「うわ、精霊たちのフル活用ですか。先輩、それなら間違いなく美味しいご飯が炊けちゃいますね」
「きゅ〜、きゅ〜!」
「あ、でも先輩! もし最高のお水と最高の火加減でご飯が炊けるなら、僕、あのメニューもこのキッチンカーで食べてみたいです!」
「メニュー? なんだ?」
「カレーですよ、カレー! ウンディーネの水とサラマンダーの熱でベヒーモスのスジ肉をトロトロになるまで煮込んで、スパイスの香りをガツンと引き立たせた特製カレーです!」
「ベヒーモスカレーか。それは美味そうだな。バハも食べられそうか?」
俺が屈んで頭をなでてやると、バハは嬉しそうに目を細めた。
「きゅ〜!」
「よし、決まりだな。次はご飯を炊いて、特製のベヒーモスカレーに挑戦しよう」
「あとで神様にバハちゃんの食べられないものを聞いておきますよ。タマネギとか、犬や猫みたいに食べちゃダメなものがあるかもしれませんし」
「そのほうが安心だな」
「きゅ〜?」
「このサラマンダーの高火力があれば、冷凍チャーハンでも美味しく作れそうです」
「チャーハンもいいな。今夜にでも作ってみようぜ。……あと、バハにイチゴか何か買ってやってくれ」
「わかりました。なにがいいかな」
良太は【ネットショッピング】のタブレットを空中に呼び出し、果物のページを開く。
どれにしようかと画面をスクロールしていると、バハも横から顔を寄せ、タブレットをのぞき込む。
「きゅ~?」
俺は良太とバハの姿に頬を緩めながら、青空に浮かぶ白い雲へ目を向ける。
次はツヤツヤに炊き上げた白飯。
そして、ベヒーモスカレーに冷凍チャーハン。
このキッチンカーなら、きっとどれも最高の一皿になるだろう。
そう考えているだけで、次の食事が楽しみになってきた。
あとがき
焼く前に肉を切り分けたり、塩コショウをなじませたりはしていませんが、サラマンダーの完璧な熱管理のおかげで、美味しく焼き上がりました。もしかしたら、熱を逃がさないようにシルフもこっそり協力してくれていたのかもしれません。
今回、味付けを塩コショウだけにして、ステーキソースを買わなかったのは、良太がタマネギを気にしていたからですね。バハムートにも安全だと分かれば、次からは普通に買うと思います。
「それなら塩やコショウも気にしろよ」という話ですが、良太はペットを飼った経験がなく、知識もネットで見聞きした程度なので、少し抜けています。
一方の拓海は、「あれだけ強いバハムートなら、塩やタマネギくらい平気だろう」と考えているので、そこまでは気にしていません。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
もしよかったら、★★★★★で応援していただけると嬉しいです。




