小さな輝き
騒騒と建物の中から様子を窺いに出た人々は、皆同じ方向を眺めたり指差したりしながらそれぞれに何かが起きていると感じているようだった。
中には理由も解らずに逃げようとする者、この機会を利用しようと高い場所に登り政府に対する不満を叫び演説をうつ者の姿もある。魔犬の進入も阻んでいる防衛線の近くで起きている異様な事態に民衆は軽いパニックを起こしているように見えた。
空気は異様な臭いを纏って流れてくる。熱気を帯びていることが紅蓮の仕業であると全に確信させた。
「まったく、とんでもない奴らだぜ」
小さく呟くと全は中心であろう教会に向かって速度を上げた。
「怖いよ、舞ちゃん」
心細さを現すように花矢は舞の首にしがみつく、雪と月は後方を気にしながらも確りと舞の後ろについて歩いた。アスファルトの剥げた道は砂利にまみれて歩きにくかったが漸く寂れた広場に出ると一息ついた。
舞はすでに裏手の窓から子供たちを連れて教会を離れていた。
だが、離れ際に遠くで聞こえた叫び声が生理的、且つ心理的拒絶を子供達に与えていた。今はいつもと違う不安定な精神状態の三人を落ち着かせることに終始している。
こんな時だというのに、否、だからだろうか、体の奥が熱を帯びて逆に思考を鮮明にさせている。己がまるで別の人間のように冷静に且つ穏やかな精神状態を保つのを感じて舞は自分自身に恐れさえ覚えていた。
「ねぇ護は? 護来てないよ。まもる、ねぇまもる」
しきりに護の名を繰り返す月矢の頭に触れて「直ぐに来るから大丈夫」と微笑む。月矢が一番護になついているのだ。本当に? と何度も繰り返すが、その視線は落ち着きなく辺りを見回す。
笑顔のまま、大丈夫なものかと心中に呟く。
護と景の二人は命の危険に晒されている筈なのだ。
先の悲鳴が誰のものであるのかは知らないけれど、あれは断末魔の声だった。心の奥に眠る何かがそうだと確信している。
身体の芯に響くような緊張感を孕んだ声、物理的には空気の振動でしかない音に何故、こんな生々しい感情が伝播するのか舞には解らない。もしかしたら質量を持つ魂は死の間際に拡散して伝わっていく物なのかも知れないとも思う。
波紋のように拡がって別の人間の中に流れ込み、死す者の情報を伝え残そうとするシステムが人間の中にあるのだとすれば、人とは個で生きるものではなく全体として一つの生命であり、我々はその細胞の一つという役割で存在するのかもしれない。
ならば何故、我々は殺し合いの歴史を歩むのだろう。他を殺すことは巨大な生命を蝕み、結果的に己自身を殺すこと、いずれ滅びを迎える。それを知っていて行うのであればそれは既にプログラムされた必然。
人は自壊するように創られた生物なのだろうか?
いや、もしかすると最終的に情報を一つに凝縮させることこそが真の目的なのか。
繰り返すことで完璧な一人の人間、いや神を生み出す壮大な計画であるのか?
ならばその一つである私は何故生まれ存在するのだろう。
情報を伝えるため? 受けるため? 私は一体何なのだろう。
そもそも記憶を失っている私は本当に私であるのかも解らない、記憶を取戻した時、私は私であるのだろうか、私は誰だと言うのだろうか。
――何でもいいんじゃネェの?
心の奥底に眠っていた声が胡乱として漂っていた思考を目覚めさせる。
その声はぶっきらぼうにそれでいて優しく暖かく舞の心を包んだ。
子供たちは暗く不安に満ちた表情のまま俯いている。
気を取り直して笑顔で三人の顔を持ち上げる。
「雪月花! 大丈夫よ! ほらほら、元気出して歩く! そんな顔していたら後で全に笑われるわよ。おやつ取られちゃうんだから」
突然発せられた明るい声に、三人は呆気に取られてきょとんとしていたが顔を見合わせると一斉に叫んだ。
「そんなのやだ!」
舞は子供達に微笑む。馬鹿にされているのか慕われているのか、それでも彼らの支えなのだ。そして虚空に浮かぶ何かに語りかけるように呟く。
「あなたはいつも私達の手を引いてくれるのね、そんなあなたが羨ましい。それに引き替え私は駄目ね」
舞は何となく教会のある方向に気配を感じて振り返る。そして小さく呟いた。
「大丈夫よね…」




