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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
浅野真奈美

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13/54

死と戦慄と

 物心がついた時にはジェイがいた。舞がいた。そして全がいた。

 そのうち雪矢が、月矢が、花矢が加わって僕達は一つの家族になった。

 それが当たり前だったしそのことに疑問も感じなかった。多分皆そんなものだろう。そしてそれは変わることのない、永遠のものだと考えるのが普通だと思う。実際に僕は皆と一緒にずーっと、ずーっと一緒にいられるものだと信じていた。

 でも、ジェイは居なくなってしまった。

 どこに行ったのか全に聞いても、舞に聞いてもハッキリとした答えは返ってこなかった。星になったとか、ずっと遠くに行ったとか、死んでしまったとまで言われても、そんな言葉には何の実感もなくてあいまいなものとしてしか感じられなかった。死ぬというのがどういうことなのかが分からないからモヤモヤとした感じがずっと続いた。ジェイがいなくなって何日かして舞が言った。


「私も、全も、そして護も、いつかは死んでしまうのよ」

「死ぬって何? よく分からないよ、いつかっていつ? あした? あさって?」

「そうね、私もよく分からない。でもね一つだけ分かっているのは死んでしまえばこうして触れ合うことが二度と出来なくなってしまうということ」


 そう言って舞は僕をぎゅっと抱きしめた。

 抱きしめてくれた舞はいい匂いがしたけれど、ほんの少しだけ震えていて、そのほんの少しの震えが僕の体の奥の方に届いてじんわりと何かが染み出してくるみたいに思えた。その(にじ)んでくる何かが怖くて、怖くて、僕は必死で舞にしがみついて泣いた。


「大丈夫、大丈夫」


 繰り返される言葉にはどこか落ち着くような響きがあって安心もするのだけど、溢れ出す感情に振り回された僕は疲れてそのまま舞の腕の中で眠った。

 あれから二年の時間が経って、僕は死ぬっていうことがほんの少しだけ分かった。

 どうして死ぬのかとか何の為に死ぬのかとか、そんな難しいことは分からないけど、死ぬっていうことが寂しくて悲しくて、もう二度とその人には会えないんだって、辛いんだって分かった。

 だからもうそういうのは考えたくもないし見たくもない。

 でも、僕は今その大嫌いな――

『死』を見ている。



 人であった四つの炎の塊が不規則に転がっている。

 焦げ臭さは臭気として辺りに漂い、吐き気さえも覚えるほどに充満すると、その場に生まれた戦慄と衝撃を禍々(まがまが)しく装飾する。

 圧倒的。格の違い。歴然。段違い。赤子の手を捻る。数多くその力の差を現す言葉はあるのだが、これがそういうことなのだ、とその場にいた誰もが痛感した。彼女は人形のように美しく、また無感情にその場を支配した。その双眸(そうぼう)には揺らめく炎が映り込み紅く輝かせる。


「言う通りにするから、もうやめて!」


 その場で真っ直ぐ浅野を睨みつける少女の目からは無力の涙が零れていた。その隣にへたり込み、護は冷たく見下ろす女から視線を外すことが出来なくなっている。その紅い唇は氷のように冷たく言葉を紡ぐ。


「貴女がいけないのですよ、景様。私から逃げたりして手間をかけさせるから無駄な血が流れる。最初からそうしていれば此の者達とて死なずに済んだのです」


 浅野と呼ばれた女はそう言い放つと控えている黒岩に対して奴隷を見下(みお)ろすように視線を向ける。


「私を待っていれば良いものを、勝手をするからこの程度のことで部下を三人も潰されるのだ。紅蓮が旧人程度にやられるとは恥を知れ。功名心が悪いとは言わないが私の命に背くのは愚の骨頂、次は無い」


 浅野の言葉に黒岩は申し訳ございませんと頭を下げたまま叫ぶ。その態度には先刻とは打って変わった従順さが見える。今すぐに五つ目の篝火(かがりび)にされかねない恐怖が彼を支配しているようだった。

 ほんの数分前、圧倒的に苦戦を強いられていた景に救いの手が差し伸べられた。

 それは見知らぬ四人の男達だったが味方であるとだけ告げ形勢は変わりつつあった。

 幾度か見かけたことのある人もいたから、護は彼らが梁山泊の人間であることに気がついた。

 男達は紋章付きでこそ無かったが、それぞれに手練で三人の黒岩の部下を撹乱、圧倒し、黒岩は一転窮地に立った。

 景は何が起きているのか分からずに戸惑っていたが負傷した足を水のギプスで覆い、徐々に落ち着きを取戻しつつあった。だが、それも浅野が現われるまでの僅かな時間のことである。

 浅野は遅れて現われたヒーローさながらに天空から一直線に舞台の中心へと降り立ったのだ。

 砂煙を吹き飛ばし、その場の空気に似つかわしく無い凛とした姿で景と対峙した。

 その右手がピアスを弄んでいた。


「さぁ帰りましょう景様」


 そう言って差し伸べた手の向こう側の瞳に浮かんでいたのは言葉とは裏腹な威圧。その身にそぐわぬ覇気を漲らせる彼女に危険を感じた男達は、彼女の動きを阻止すべく襲い掛かった。

 攻撃は激しいものだったが彼女はまるでそよ風に揺られるようにそのすべてを避けた。

 (ほとばし)る殺気を感じた男達は彼女から一斉に離れたが、その時既に一人は炎に呑まれていた。


「これだから東京の外は好きじゃない。汚らわしい蝿が多すぎる」


 怒りを覚えた三人は態勢を整え再び浅野へと襲い掛かるが、それよりも早く彼女は一人の懐へ飛び込んだ。護にはその姿が消えたようにしか見えなかった。

 彼も同じだったろう。突然目の前に現われた女が胸にそっと手を触れるのを見ると、次の瞬間には大きな炎に呑まれ絶命した。

 残った男たちは動揺を隠すことが出来なかったが、それでも浅野の背中に飛び掛る。

 しかし刃は空を切る。背後で断末魔の声が響いた。

 彼が振り返った空中では炎塊となったもう一人を踊るように蹴り飛ばす女の姿があった。

 軽やかに着地すると、彼女は乱れた頭髪をサラリと整えた。

 呆然としていた景が悲鳴のように叫んだ。

 浅野は景と目を合わせるとそのまま人形のように微笑み、生み出した掌大の火球を残る男に撃ち出した。

 彼は火球を辛うじてかわしたが、後方で弾ける筈の爆炎の気配はなく振り返ったその目には迫る火の玉が見えた。

 それが彼の最後の映像となった。



 その間の時間は僅かなものであったろう。しかし護の目には永く、僅かな希望も入り込む余地など無い絶望的な一瞬のようにも感じられた。そして、目の当たりにした人間の死は自分が思っていたようなドラマチックな悲しみや、それぞれの想いなどはまったくと言っていいほどに介在せず、淡々と自然に、まるでそうなるのが当たり前のようにその場に降り注いだ。


「次はあなたかしら?」


 いきなり目前に現れた死神に護の思考は恐怖を飛び越え停止した。

 僅かに顔を上げると護の顔を撫でるように触れた浅野と目が合う。

 ほんの一瞬で四人の人間を殺し、また今自分をも殺そうとしている化物であるにも拘らず、ただ護は浅野を見上げてその顔を綺麗だと感じた。

 そして白色に染まっていく意識の中で護は脱力していく体の重さを感じていた。




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