歴史に残る英雄 残らない英雄
「ここがグテートスですか」
「ええ。商業の中心地。この地を通して色々な街に品物が運ばれていきます」
「北のフォリオス、東のミルデ、西に王都カルバリン。成程栄えるのも当然か」
「少し馬を走らせれば、五大景観の一つ、リベル湖もあります。時間があれば見に行ってみますか?」
「はっはっは。観光する余裕があればいいですな」
行商人たちがグテートスの街を歩きながらそんな談話をしていた。
彼らの目に移るのは、魔族の侵攻に怯えている街ではない。街の外に毒霧が立ち込める街でもない。
南方には地平線が見え、住みあわたる空がどこまで美しいこの世界。そんなグテートスの街だった。
「観光と言えば、この街には英雄像があるそうで」
「ええ。イリーネ・ゲブハルト……結婚後はイリーネ・チェリオスでしたか? 当時はあの青螺旋騎士団の騎士長でしたな」
「グテートスの街を包む毒霧をユニコーンに乗って浄化したというあれですか」
「ええ。魔族の一軍がこの街を襲ったときは、ペガサスに乗り八面六臂の闘いをしたとか」
「レーナルト領の浄化を始めとして、大陸の七割を浄化したそうですな。いやはや、稀代の英雄とはまさに彼女の事を言うのでしょう」
かつて魔族がこの世界を蹂躙していた時代があった。
毒霧を放ち、人間の生息圏を奪う卑劣な戦法。それにより追い詰められた人類を救ったのは、三騎のユニコーンを駆る青螺旋騎士団だった。
若くして騎士長に任命されたイリーネ・ゲブハルトにはさまざまな伝承が付いてまわった。
――曰く、単騎で魔族と相対し威圧するだけで撤退させた。
――曰く、その槍使いで数多の魔族を追いはらった。
――曰く、王都と戦場の二ヶ所に同時に存在した。
――曰く、勇猛果敢にして有智高才。美麗衆目にして戒驕戒躁。
歴史家の見解から、イリーネ・ゲブハルトの人間性は真っ二つに分かれる。
ある歴史家の意見は無双の槍使い。生涯傷一つ追うことなく戦場で舞い続けた戦乙女。
ある歴史家の意見は慎重な軍師。部下を上手く起用し、後に歴史に残る人材を輩出した教育者。
時には『イリーネ・ゲブハルトと呼ばれる人物は、複数人いたのではないか?』という意見も出るが、珍説として流されるだけであった。
八年の間青螺旋騎士団で団長を務めていたイリーネ・ゲブハルトの跡を継いだのは、シャーロット・ナイゼルだった。
当時は『金で爵位を買った者が騎士団長など!』と反感があったが、イリーネの強い推薦と、何よりもシャーロットが積み上げた様々な功績がその意見を押し退ける形となった。
元々貴族ではない彼女だが、その後の功績も目まぐるしいものがあった。イリーネ・ゲブハルトの後を継いで大陸全浄化を果たす。その後も魔族残党の殲滅に精を出し、地上から魔族の脅威を打ち払った英傑の一人として歴史に残ることになる。
彼女が王から金蓮勲章を与えられたことをきっかけとして、貴族とそうでない人間の垣根が崩れ始める。それが身分制度改編の兆しとなるのだが、それが花咲くのはそれから二十四年後の話である。
ノエミ・ベイロンは一線を引いたハンナ・レーナルトの後を継ぐように青螺旋騎士団の副官となる。元々持っていた貴族とのつながりを基点とし、青螺旋騎士団の活動が活発化していく。
彼女の活動は青螺旋騎士団内よりも、多くの街の復興を行ったことが大きい。毒霧を浄化した街に残り、街の経済活動の復興に力を注いでいた。貴族や平民に関わらずやる気のある者を登用し、彼らに復興の基礎を教育。教育が終われば別の任務の為に移動する、という手法を行っていた。
「強さなど個人が持つ『個性』の一つでしかありません。弱くともやれることはあるのです」
「魔族に対抗できる強さは確かに魅力です。万の兵を動かす将軍は素晴らしいでしょう。ですが強くなくとも、貴方に価値がないという事ではありません」
彼女のこの言葉は、妙な説得力を持っていた。まるで『弱いのに何かを成し得た誰か』を見ていたかのような。歴史書にあるノエミ・ベイロンの周囲には、英雄ばかりなのだが。
ともあれこの言葉に胸打たれ、多くの人材を教育してきたノエミ。彼女とその弟子たちにより復興は進み、その教えはこの大陸全土に広がっていくのであった。
ハンナ・レーナルトは、かつて魔族に奪われたレーナルト領を解放後に青螺旋騎士団から除名される。それが当時の騎士長であるイリーネの温情であることは明白だった。
ハンナは流民となっていたレーナルト領の人間を呼び寄せ、領の復興に努める。蹂躙された魔族の爪痕は深く容易な作業でなかったが、その甲斐もあって領の復興は順調に進んでいた。
復興の傍らでハンナは通信魔法を精錬していき、国家間遠距離通信の基礎である術式を開発。この大陸の通信技術を発展させた『通信の母』として語り継がれることになる。
またかつての縁故かイリーネ・ゲブハルトとの交遊も深く、レーナルト領内でもその姿を見かけることがあったという。始終抱き着くようにしていたという二人の関係を危ぶむ者もいたが、イリーネ・ゲブハルトは出産していることもあり下種の感ぐりと一蹴される。
「うふふー。そっちは女子用ですよ。テオ君入っちゃだめですよー」
などと意味不明な事を言いイリーネの行動を諫めることがあったが、イリーネに関する行動を除けばハンナ・レーナルトは国の復興と発展を支えた四大魔術師の一人である。
テオフィル・ゲブハルトは歴史に名前を残すことはなかった。
だが彼の行動は、この大陸に大きく影響している。
その功績は記されることはなくとも、その恩恵の元に歴史は動いていた。
打ち切りエンドです。
すみません、作者の生活環境が変わる為、長編を書き続けられるかが分からなくなりました。
更新できずに放置するよりは、と思いこういう形でENDマークをつけさせていただきます。
毎回時間を割いてみていただいてくれる皆様には申し訳ないとは思っています。ご容赦ください。




