ゲブハルト家のそれぞれ
時系列は、テオがイリーネの代わりにグテートスに向かった後まで巻き戻る。
カミル・ゲブハルトは一人になった後で、錬金術で作った人造人間と連絡を取っていた。
「イリーネの様子に変化はないか」
『はい。異常ありません』
よし。カミルは頷き、安堵する。イリーネの様子は、常に監視しなければならない。
イリーネ・ゲブハルトは現在、兄のカミルのより軟禁状態にあった。兄の用意した別荘に身柄を拘束し、彼女の伴侶と共に生活させていたのだ。
と書くと兄が非道な様に思えるが、これには致し方ない事情がある。
イリーネ懐妊の方を聞き、カミルが真っ先に心配したのは『ユニコーン騎士団の維持』だ。イリーネがユニコーンに乗れなくなれば、それは大きく揺れる。それはゲブハルト家の名誉という問題もあるが、魔族からの人類生息圏解放にも関わるのだ。
だからこそのテオフィルの性転換であり、だからこその奇策。その為には本物のイリーネは誰にも見られてはいけないのだ。代役を立てたことがばれれば、計画は破綻する。危ない橋を渡っているのは、実の所ゲブハルト家全体なのだ。
「あのじゃじゃ馬が……。しかもどこの馬の骨ともわからぬ輩と……」
と、カミルが陰口をたたくのも、無理らしからぬことであった。むしろそれを隠す為に尽力しているのだから、これぐらいは当然の権利だ。
カミルがこの偽装工作の為に使ったお金は、かなりの額だ。
まずテオフィルの性転換の薬や教育のための費用。イリーネとその伴侶が住む館の貸し出しや、周囲の人払い。さらには世話&監視役として作成した人造人間数体。生活の為のお金を入れれば、城と兵士四百人近くを三か月は維持できるほどだ。
割に合わん、と思いながらも出資せざるを得なかった。下手をすればユニコーン騎士団は壊滅し、人類そのものが消失しかねないからだ。
兎に角、今はテオがうまく青螺旋騎士団をまとめ上げて、次の騎士団長が決まるまで耐えるのみ。それまで、本物のイリーネの身柄は確保せねばならない。当たり前だ。折角代役を立てているのに、本物が出てくれば全てご破算になる。
当のイリーネにもそう強く釘を刺した。事の重要性は理解しているはずだ。暴れん坊ではあるが、イリーネは聡明だ。そうでなければ騎士団長にはなれない。監視は念のためでしかない。
やるべきことは他にもある。グテートスへの物資補給。青螺旋騎士団の戦果の広報。可能であれば、他騎士団への協力要請。後方支援の為に、カミルは奔走するのであった。
※ ※ ※
「――ってカミル兄さんは言うけどさー」
場所は変わって、カミルが所有する館の一つ。
そこに軟禁状態のイリーネ・ゲブハルトがつまらなそうに言った。軟禁と言ってもある程度の自由はあり、館から出ない限りは衣食住何不自由ない生活だ。周囲に人はなく、秘密が漏れないように徹底している。
「まるでテオを犠牲にしたみたいで、凄く申し訳ないのよね」
「仕方ないよ。結果として、イリーネがユニコーンに乗れなくなったのは事実だし」
イリーネの言葉に応えるのは、白髪を背中まで伸ばした青年だ。病魔に侵されているのか、少し顔が青い。
「むぅ。それはそうなんだけどー」
「僕もイリーネがそういう立場だと知ったら、躊躇したかもしれないし」
「したの?」
「……我慢できるかどうかは別として」
青年は近づいてきたイリーネに顔を赤らめながら意見を訂正する。愛おしげに抱き寄せた。
その行為を受け、脱力するイリーネ。戦場での彼女の猛威を知る者が見れば、驚愕しただろう。それほどまでに彼女は女の顔をしていた。
戦場で出会い、背中を合わせて戦うようになった男女。そう言った関係が進み、一夜を共にする仲になるまで時間はかからなかった。
「でも! こんな状態でも私にできることがあると思うの!」
「例えば?」
「グテートスの街に行って、こっそりテオをサポートするとか!」
「やめた方がいいよ。バレると大事だし」
「サイモンの魔法を使っても無理だと思う?」
「僕の能力はこの世界の大地から発生する力を利用した魔法じゃなくて、『ヌィルバウフ空間』のバグを利用した超能力なんだけど……まあいいや。それを使えばグテートスの街まで瞬間移動させることはできるよ」
「じゃあ!」
「いや、駄目だから。妊婦にそんなことさせられないし」
「けちー!」
ぽかぽかと銀髪の男――サイモンの胸を叩くイリーネ。痛いよー、と笑うサイモン。
それを見て、人造人間は『異常なし』と答えるのであった。
※ ※ ※
……とまあ、ここで終わっていれば本当に幕間だったのだが。
「ふーん。カミル兄さんもサイモンも意地悪しちゃって! 少し様子を見に行くぐらいいいじゃない!
いくわよ。先ずは騎士団の権力使って天馬騎士団からペガサスを拝借するわよ!」
テオフィル・ゲブハルトが敬い恐れる姉が、動き出したのであった。




