作戦終了。テオフィル・ゲブハルトが得た報酬
なんとか魔族を退けた――というよりはどうにかこうにか戦いを回避したテオだが、頭を悩ませる事はもう一つ残っていた。ハンナの件である。
ハンナは馬を失い、移動手段は徒歩しかない。しかしここから徒歩でグテートスの街まで移動するのは危険すぎる。ヒデキの脅威は去ったが、憑依型魔族に襲われる可能性は皆無ではない。
毒霧の危険も含めてユニコーンと同伴させるべきなのだが、そうなれば自然『アイン』の移動速度は徒歩に合わせることになる。それは効率が悪い
そこをどうにかすべく、テオはハンナに聞こえないように『アイン』と会話をしていた。
「鐙を間に挟んで『直接』触れないとか……」
『あかんあかん! そんなん触れてるのと変わらんわ!』
「……じゃあ、そりとかで引っ張るとか」
『無理無理。こっちの足がいかれてまうわ。地面ボコボコやで? その度にこっちの足に来るんや』
「仕方ない、ハンナの速度に合わせて移動するか」
『それも辛いなぁ……。せや、こういうのはどうや? テオぼんが頑張ればできるんちゃうか?』
「…………それは……まあ、女同士だし……」
※ ※ ※
魔族が撤退してから一時間半ほどして、
「これでリベル湖の浄化はほぼ終了ですわ」
「一時はどうなる事かと思ったけど、上手くいったわね」
ノエミとシャーロットは浄化が終わった湖の姿を見て、感慨にふけっていた。つい数時間前までは魔族の毒に侵されて濁っていた水は、透き通るような水本来の色を取り戻していた。そこにはまだ憑依型の魔族が生息しているのだろうが、それの駆逐はまた後日だ。浄化された水に耐えきれず、逃げる可能性もある。
最初は反対していた作戦だったが、結果的には被害なく成功に終わった。強いて言えば、
「魔族があんな感じで逃げるなら、武器を持ってきてもよかったかも」
「そうですわね。そうすれば一太刀入れることができたでしょうに」
自滅に近い形で退却した魔族に対し、拳を握って女騎士二人が口を開く。
勿論、それが『かも』という事は二人ともわかっている。初めから重武装で浄化作戦に挑めば、別の結果になっていたかもしれない。機動性を生かしたユニコーンを捕らえる為に、魔族は放水作戦に出たのだ。その機動性が無ければ、真正面から戦いを挑んできただろう。
「それにしても……団長の動きが遅いわね。半分以上私達だけで浄化終了したけど」
「おそらくレーナルト騎士と行動しているからだと思われますわ。馬を失ったみたいですし」
シャーロットはリベル湖の湖畔を移動しながら、そんな不満を言う。だが続いたノエミの言葉にああそうか、と納得した。
リベル湖は馬で周れるぐらいに小さな湖だが、それでも徒歩で踏破するにはそれなりに時間がかかる。馬を失ったハンナを連れて移動すれば、当然その速度は遅くなる。流石に放置するわけにもいかず、一緒に行動するならその遅れは仕方のないことだ。
そこまで思って、シャーロットはある疑問に気付く。
「それにしては、逆に速すぎない? 団長からの報告を聞く限りでは、徒歩よりは早い速度で進んでいるみたいだけど?」
「そうですわね……? レーナルト騎士は『倍速』系の肉体強化を習得しているのでしょうか?」
もし徒歩のハンナに合わせて移動しているのなら、その速度は徒歩程度になるのが当然である。なのに、通信魔法を通じてわかる情報から、イリーネはそれなりの速度で移動している。ユニコーンで普通に歩く程度の速度だ。
ハンナが言う『倍速』系の肉体強化は、移動速度を二倍にする魔法だ。後方支援のレーナルト騎士が覚えていても不思議ではないが……。
等と思っていると、遠くにユニコーンの姿を発見する。イリーナの『アイン』だ。だが随伴しているハンナがいない。まさか置いてきたのか……と怪訝に思っていたのだが、近づくにつれて疑問が氷解する。
「もう少ししっかり抱えないと、落ちてしまいますよ」
「あ、はい」
そこには、ユニコーンに乗ったイリーネが、ハンナを横抱きにして抱えている姿があった。
イリーネの首に両手を回してしっかり抱きついたハンナ。ハンナの膝を抱きしめるようにしっかり抱える イリーネ。もう片方の手で手綱を引いてユニコーンに乗っていた。体はしっかりと密着し、顔の距離は互いが少しでも近づければ触れえあいそうなほど近かった。
「……何やってるんですか、団長?」
「戯曲に出てくる姫様抱きですか?」
疑問が氷解すると同時に、冷え切った声で問いかけるシャーロットとノエミ。
「こ、これはユニコーンの体にレーナルト騎士の体を密着させずに運ぶために仕方ののない態勢でして。決してやましい事とかはなにも。まさかレーナルト騎士をあの場に放置するわけにもいかず」
「あ、少し力が弱まってます。もう少し抱え上げてください」
「あ、こうかな? 最初はユニコーンにそりを引かせることも考えましたが、そりに適した板もなく、湖畔とはいえ土の起伏が大きいためにユニコーンに負担がかかるという事でこの形に」
「そうですよ。こうしてしっかり首に抱き着いているのは、騎士長が手綱を引くため仕方のない態勢なのです」
言って首に抱き着く力を強くするハンナ。
ユニコーンは『純潔』以外の物に触れられると、猛毒を浴びたかのように死に至る。それは鐙のような間に何かがあっても同じことだ。
だが、『純潔』なテオが抱えて直接触れることで問題ないという。これは当の『アイン』の言葉だ。
かくしてテオは肉体強化の魔法を使って腕力を強化し、ハンナをお姫様抱っこしてユニコーンに乗っていた。これでも一歩間違えればハンナの体が『アイン』に触れてしまいそうなのだが、これも当の『アイン』が推奨したのだ。
『(少し危険やけど、ヒロイン救ったテオぼんに対する報酬や。気張っていくで)』
とのことである。
熱に浮かれた様になっているハンナを見ながら、冷めた瞳でシャーロットとノエミは報告を行う。
「リベル湖の浄化作戦、完了しました。……お二人が湖畔を回っている間に」
「これより青螺旋騎士団は帰還します。……確認ですが、レーナルト騎士はそのままで?」
「う……。安全な場所に戻るまでは」
「これも騎士長の作戦の結果です。責任もってくださいね」
片方で下がる温度。片方で上がる温度。テオは言い知れぬ感覚に、なぜか戦慄していた。
――こうして、青螺旋騎士団の『リベル湖浄化作戦』は終了する。
魔族を退けたうえでの短期間の湖浄化成功は、イリーネ・ゲブハルトの偉業の一つとして歴史に残ることになる。またこの浄化作戦を下地として、新たな戦術が生まれるのだが、どちらともテオフィル・ゲブハルトには関りのない話である。
テオが得た報酬は、手の中の温もりとその事を揶揄し続ける仲間達。その命と絆。
雨も上がり、帰路につく青螺旋騎士団。それ自体がテオの報酬だった。




