09. 長野避難開始 ~家族の決断~
翌朝、鳥のさえずりで目を覚ました篤志は、思わず「絵に描いたような田舎だな…」と呟いた。
おじいちゃん家の窓から見える景色は、東京とはまるで違う。
山、緑、朝靄。
今までは夏休みの1週間だけを過ごす家だったのが、これからは、ここで“暮らす”ことになるのだ。
そう思うと、なんとなく今までとは違って見えるから不思議だ。
でも、スマホの電波は1本立つか立たないか……どうにも心許ない。
スマホを高く掲げて、電波を探す篤志
「うん。これは……文明の終焉って感じだな」
―――――
朝食後、村の集会所に大人も子供も全員が集められた。
川沿いに点在する家屋と、周囲の田畑、山林が記された手描きの地図が、ホワイトボードに貼られていた。
その前に立ったのは、祖父と村長を兼ねる老人だった。
「これからの生活は“共同体”でやっていく。個人主義じゃ立ち行かんぞ」
その言葉にうなずく者もいれば、やや不安そうに見つめる者もいた。
「まず、食糧確保班。畑の整備と、家畜の世話を分担する。
食糧は、畑と山が頼りじゃ。
春植えのジャガイモはもうすぐ収穫できる。
秋に向けては、豆、サツマイモ、とうもろこし、それに自家製の米を育てる。
牛と鶏と山羊もいるから卵と乳は出せる。
保存食は味噌と干物、漬物、缶詰にして備えるつもりだ。」
「次に、防犯・外部監視班。
物騒な話だが、移動難民や盗難の危険がないとは言えん。
ふもとの街では食料を求めて人が動き始めとる。
こっちに流れてくる可能性もある。
今はまだ大きな混乱は来とらんが、外部からの人間をどう防ぐか。」
一瞬、場が緊張する。
「山の入り口に見張りを置く。
交代で二十四時間の見回りと声かけ。
話し合いで対応できればええが、最悪、身を守る覚悟も要る。」
「そしてインフラ班。水源の確保、井戸ポンプの点検、発電装置の設置とメンテナンスが主な任務だ」
雅彦は、真っ先にインフラ班を志願した。
自家発電の知識もあるし、何より“動いていないと落ち着かない”タイプだ。
陽子は、食糧班に。
他では役に立てそうにないし、なにより「篤志にはちゃんとしたごはんを食べさせたい」という思いが強かった。
中学生以上は、大人として役割を分担されることになった。
一方、小学生の子どもたちにも“役割”があった。
それは「生活班」という名の“お手伝いオールラウンド部隊”。
洗濯、野菜の水洗い、薪の運搬、食器の片付け。
まるで戦時中のような総力戦。
地味な作業ばかりだが、篤志はどこか燃えていた。
「じゃあ、小学生組で役割を決めよう!俺がリーダーで」
いとこの春真が「はいはい」と手を上げる。
「じゃあ俺、副リーダーやる!」
結局、兄弟のように仲が良い従兄弟2人が率いるチームが、今日から村の生活を影で支えることになった。
小学生メンバーは、今のところ5人。
夏休みに、一緒に遊んだことがある顔見知りばかりだ。
いつも“お兄ちゃん!お兄ちゃん!”と言って篤志の後をついてくる。
そんな年下から頼られてる身としては、“みんなを守らなければ”と言う思いが強かった。
―――――
夕方。篤志たちは空き家の使っていない倉庫を“作業基地”として整備していた。
不要になった机や棚を使って、作業台を作り、ペットボトルで浄水装置の試作まで始めた。
「これが“濾過”ってやつな。
最初に布だろ、次に小石、じゃり、活性炭。
活性炭は冷蔵庫の臭い取りに使われてるヤツな。
あと洗った砂。
最後に布を被せれば完成。
こうやって泥水を上から入れると、ほら!下からキレイな水が出てきた。
結構すごいだろ?」
そう自慢げに語る篤志に、同年代の子たちは「おお〜!」と素直に感心していた。
ゲームや漫画の知識ではなく、“科学”が役に立つ日がくるなんて思ってもみなかった。
―――――
その夜。
家の縁側で雅彦と篤志は並んで腰かけ、山の静寂に耳を傾けていた。
「今日、頑張ってたな。水の濾過装置、うまくできてたぞ」
「えへへ。まあ、塾の成果ってやつかな」
「……中学受験、せっかく頑張ってたのに、こんなのことになっちゃってな……」
「うーん。でも、勉強したこと、めっちゃ役立ってるよ!勉強してる時は、何でこんなこと!って思ってたけど」
「そうか」
親子の間に、短くも穏やかな時間が流れた。
月明かりに照らされた集落は、穏やかで、確かに生きていた。
家族は、生き残る。
そして、これからも“生き抜いていく”。




