03 静寂の潜入、迫る足音
モニターに映るのは、オリバー、タイラー、聡太の生体データ。
心拍数、酸素濃度、血圧――どれも正常値の範囲内で安定していた。
隣で数字を追うアランが、低く呟く。
「生体反応は問題なし。潜水、順調だ」
ジャックは腕を組んだまま、じっと画面を睨みつける。
賢人は、胸に手を当てながら小声で祈るように言った。
「……頼む、無事で」
やがて、深度計の数字が「650m」を示した瞬間、潜水艇の外部ライトが点灯した。
暗黒の深海を切り裂く光の筋が広がり、モニターにはゆらゆらと舞う微生物の群れが映し出される。
「視界、確保」アランの声に全員が固唾を飲む。
やがて、正確なGPSデータとソナーの誘導で、海底に横たわる巨大な影が姿を現した。
錆びついた鋼鉄の塊――潜水艦だった。
その存在は不気味な静けさを湛え、海底に眠る巨大な亡霊のようだった。
「潜水艦、発見」アランの指が操縦桿を滑らかに動かす。
潜水艇は慎重に機首を調整しながら近づき、やがて艦上のハッチ近くで着底した。
金属がわずかにきしむ音が通信に混じる。
「……よし、位置固定」アランが告げると同時に、管制室からスティーブの声が響く。
「スキャンデータ、受信。……よし、核弾頭の位置を特定した。
艦内図と照らし合わせて、最適ルートを送信する」
モニターには潜水艦内部の3Dマップが映し出され、赤く点滅する“目標地点”が示された。
そこに至るまでのルートも光のラインで描かれている。
「距離はおよそ50m。内部の隔壁は開閉可能のはずだが、腐食も進んでいる。慎重に進め」
艇内カメラに映るオリバーとタイラーは無言でうなずき、最後の装備――酸素タンクを背負う。
手順を確認しながら、聡太がベルトを締めるのを手伝い、接続をダブルチェックした。
「……頼んだぞ」
聡太が短く声をかける。
潜水艇の後部にある小さなエアロックに、オリバーとタイラーが身をかがめながら入り込む。
金属の扉が背後で閉まると、密閉を知らせる赤いランプが点灯し、低い警告音が短く響いた。
「水圧システム、作動開始」
アランの声が通信に流れる。
ごう、と音を立てて壁面のバルブから海水が流入してくる。
冷たい水が二人の足元を満たし、ゆっくりと腰、胸、肩へと迫り上がる。
ヘルメットの外殻に細かな気泡がまとわりつき、ライトの光に反射して銀色の粒子のように瞬いた。
オリバーは呼吸を整え、胸の奥で脈打つ鼓動を意識的にゆっくりと落ち着かせる。
「……水圧、上昇中。外部との差、残り0.3気圧」
タイラーの声は、ヘルメット越しに震えを帯びていた。
やがて赤いランプが緑に切り替わる。
「圧力均衡――開放可能」スティーブの冷静な声が届いた。
オリバーがハッチのレバーを握り、力を込めて回す。
ぎぎぎ、と金属が悲鳴を上げるような音を響かせ、ゆっくりと扉が外側へ押し開かれた。
その向こうに広がったのは、光を拒むような深海の闇。
二人はライトを点灯させ、艇とを結ぶハーネスを確認し合う。
「……行くぞ」
「了解」
ヘルメットに取り付けられたライトの光輪が暗黒を切り裂く。
二人の身体はゆっくりと水中に躍り出し、冷たい闇に溶け込むように進んでいった。
――海底700mという深海の潜水が、ついに始まった。
ーーーーー
二人のヘルメットに取り付けられたライトが、暗黒の水圧世界を切り裂く。
わずか数メートル先でさえ霞む濁流のような海の中、潜水艇の銀色の外殻だけが頼れる目印だった。
「……視界、確保。水温3度。異常なし」
オリバーの声が通信に響く。
「ハーネス、テンション維持。艇との接続、安定してる」
タイラーも確認を返す。
背後のモニターで数値を追うジャックが、低く唸った。
「……700mの水圧に耐えてるスーツ、すげぇな。」
賢人が小声で続ける。
「……でも、やっぱり訓練と違うな、見てるだけで息苦しい」
ライトの輪がゆっくりと移動し、錆びついた潜水艦の船体を照らす。
かつて艶やかだった鋼鉄は、長い年月で赤茶け、深海の苔のような付着物に覆われていた。
巨大な影は、まるで深海の墓標のように不気味さを漂わせている。
「あのハッチから内部へ」
スティーブの声が冷静に指示を飛ばす。
「腐食は進んでいるが、計測データによれば開閉可能だ。二人なら進入できる」
オリバーが頷き、タイラーと視線を交わす。
二人は潜水艦の外壁に備え付けられたハッチの前に立ち、両側の錆びたコックに手をかけた。
「同時に回すぞ」
「了解……せーの!」
ぎりぎり、と鈍い金属音が水中に響き渡る。
長い年月に固着したロックが抵抗するが、二人の力でようやく回転を始めた。
ロックが外れると、ハッチ全体がわずかに震え、深海の水圧に押されるように重々しく開いていく。
その瞬間、潜水艦の内部から沈殿していた小さな残骸がふわりと舞い上がり、ライトの光を反射して白濁の靄を作った。
モニター越しに見守る仲間たちは、画面が一時的に霞んだことで思わず息を呑む。
「……よし、入れる」
オリバーが短く告げ、先に身を滑り込ませ、二人は、ゆっくりと潜水艦の暗闇の奥へと姿を消していった。
ーーーーー
潜水艇から送られてくる映像がスクリーンいっぱいに映し出される。
カメラに映るのは、錆びついた鋼鉄の通路。
狭く圧迫感のある空間に、浮遊する古びた工具や破損した計器の欠片が漂っている。
わずかなライトの光が反射して、冷たい水中の静寂を際立たせた。
「心拍数、上がってるぞ。
オリバー、ゆっくり呼吸することを意識しろ」
アランが生体モニターを見ながら声をかける。
「……わかった」
オリバーは短く答えた。
タイラーも呼吸を落ち着かせながらうなずき、2人の前に立ちはだかる錆で固着した隔壁のハンドルを両手で掴む。
ぎしぎしと金属が悲鳴を上げ、やがて扉が軋みを立てて開いた。
舞い上がった濁った沈殿物がライトに照らされ、ふたたび視界を白く霞ませる。
「……見えた。弾薬庫だ」
カメラの映像に映ったのは、他の区画よりも広いスペースだった。
壁際には弾薬のラックが並び、その奥、一角だけが異様なほど厳重な格納容器に覆われている。
「スキャン結果と一致。核弾頭だ」
スティーブの声が冷静に響く。
オリバーとタイラーは容器に近づき、慎重に固定ベルトを外していく。
手元が震えているのがカメラ越しにもわかる。
「落ち着け、ゆっくりだ」ジャックが思わず口を挟む。
やがて2人は核弾頭を一つずつ抱え上げる。
重量は水中でもずしりと腕に食い込み、その存在の危うさを嫌でも意識させた。
「無理すんな、姿勢を崩すなよ……」
潜水艇内のモニターを確認する聡太が、祈るように呟く。
弾薬庫の細い通路を弾頭を抱えたまま通るのは至難の業だった。
壁や突起にぶつけないよう、ゆっくりと進む。
その時、エリオス側でスクリーンを監視していたスティーブが小声で告げた。
「……聞いてくれ。台風を避けた2隻が、迂回してそっちに向かっている。
まだ距離はあるが……時間の余裕はない」
深海の2人には届かない声。
だがモニター越しに見守る者たちの背筋は、一斉に強張った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
気に入っていただけましたら、評価&ブックマークをお願いします。
執筆の励みになります。




