表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君が降り立ったその場所が、僕たちの記憶とつながる  作者: 夢咲 言葉
第1章 分かたれた選択

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/61

24. 衝突当日 ~地球の終わり~(後編)

「あと五分か……」

賢人がモニターから目を離さずに、ぼそりとつぶやいた。


彼の部屋の空調は静かに稼働し、完全に管理された快適な室内には、どこか緊張感の漂う沈黙が流れていた。


賢人の右隣には、いつの間にか日常のようにここを訪れるようになった拓実が座り、正面の大型スクリーンを見つめている。

左には、ソファに身体を沈めながらも集中を切らさない聡太。

三人とも無言のまま、目の前に広がる映像に見入っていた。


スクリーンには、エリオスの衛星がリアルタイムで捉えた地球が映し出されている。


その視点は、かつての地球の宇宙ステーションに似ていたが、あまりにも滑らかで明瞭な画質と、角度自在の操作性は、技術の隔絶を物語っていた。


「あと二分……」

拓実が呟くように言った。


口元はぎゅっと引き結ばれていた。その瞳には不安というよりも、ある種の覚悟のようなものが浮かんでいた。


彼の両親は、エリオスのシステム化された生活にすっかり馴染み、与えられた居住空間と食事、整ったインフラに何の疑問も抱かずに暮らしている。

だが、拓実は違った。移住当初はその安定に安心していたが、次第に物足りなさ、そして薄ら寒い違和感を抱くようになった。

何かが“作られている”。

そう感じ始めていた。


だから、彼は自然と賢人の部屋に足を運ぶようになった。

この部屋だけが、今のエリオスで唯一、“問いかける空気”を持っていると感じられた。


「家でも見れるんだけどさ……」

拓実が小さく呟く。


「でも、ここで見る方が落ち着くんだろ」

聡太が微笑みながら、画面から目を離さずに応える。


賢人は無言でうなずき、リモコンの操作でズーム倍率を調整する。

映像の中心には、静かな太平洋が広がり、その中央に、赤い点のような軌跡を描きながら、巨大隕石が迫ってきていた。


エリオスの住民たちは、それぞれの場所でこの瞬間を迎えようとしていた。


広場に設けられたパブリックビューイングには、多国籍の移住者たちが集まり、手を握り合ったり、肩を寄せ合ったりしていた。

イスラム教徒のグループは、静かに礼拝用マットを敷き、ひざまずいていた。

そのすぐ隣では、十字を切るキリスト教徒たちが聖書を開き、低く力強い声で祈りの言葉を唱えていた。

数人の僧侶らしき人々は、仏教の経文を口ずさみながら合掌し、目を閉じていた。

ヒンドゥー教徒は、花びらや香を手に、静かに火を灯しながら、地球と家族の安寧を願っていた。

そして宗教を持たない者たちも、それぞれが“祈りのかたち”を捧げていた。


画面越しに訪れる、運命の瞬間。

誰かが泣き、誰かが微笑み、誰かがただ、黙って空を見上げていた。


各家庭では、静かにテレビの前に座る家族の姿があった。

子どもたちは不安げに親の袖を掴み、大人たちはその小さな手を、そっと包み込んでいた。

ほんのわずかな沈黙のなかで、誰もがそれぞれの言葉で、心の中で――地球に祈りを捧げていた。


今この瞬間、誰もが思いを馳せている――地球に、故郷に、大切な人に。


大気圏の上空に配置された衛星映像が、パブリックビューの巨大モニターにも、家庭のテレビにも映し出されていた。


そこには、どこまでも静かな地球――青く、美しく、壊れそうなほど繊細な球体が浮かんでいた。


やがて、映像の左端から、灼熱の尾を引いた小さな光が現れた。


「来る……」と、誰かがつぶやいた。


その光は瞬く間に加速し、海面へと突き進んでいく。

そして――


轟音はなかった。

音のない衛星映像の中、衝突の瞬間だけが、まるでスローモーションのように映し出された。


海が――裂けた。

まるで世界そのものが割れたかのように、濃い青が引きちぎられ、中心に巨大な白い柱が立ち上る。

その一撃が、大気を切り裂き、海をえぐり、時空さえも揺らしているかのようだった。


その直後だった。

海面に広がる白煙のような衝撃波が、光をまといながら円形に広がっていった。

それはやがて、衛星映像にも捉えきれないほどのスピードで、海上を駆け抜けていく。


暴風だった。

大気が歪むのが見えるほどの、巨大な風の奔流が、海をねじり、巻き上げ、何もかもを押し流す。


そしてその風の後を追うように――

津波が現れた。


最初は穏やかな膨らみのようだった。

だがすぐに、それが“壁”であることがわかる。


衛星の高度からでも分かるほどの巨大な波が、円を描くようにして世界を包み込んでいく。


それは、確実に、そして残酷なほど真っ直ぐに――日本列島に向かっていた。


賢人は、画面の中に浮かび上がる日本のシルエットを、言葉を失って見つめた。

隣で、翔太も黙ったまま指を組み、拓実は、祈るように目を閉じた。


「……頼む、長野だけは……」拓実が小さくつぶやいた。


だが――


巨大な波は、東の沿岸をなぎ倒すように襲いかかった。

次々と都市が白い波に呑み込まれ、山を、森を、街を、容赦なく削り取っていく。


「……くそっ……!」翔太が歯を食いしばった。


パブリックビューの広場には、嗚咽があふれていた。

泣き崩れる者、立ち尽くす者、膝をついて頭を抱える者。

誰もが、画面の中に、自分の祖国のどこかを探していた。


賢人は、画面から目をそらさなかった。

その全てを記憶に焼き付けるように、その瞬間を、ひとつも逃さないように。


翔太は、母親の顔を思い出していた。

しばらくぶりに見たあの優しい微笑みが、今も胸に残っていた。


拓実は、篤志の顔を思い浮かべていた。

篤志のいる山奥の村が、どうか無事であってほしい――そう祈るしかなかった。


だが同時に、三人の胸の奥には、確かに芽生えていたものがあった。


「……オレたちは、逃げたんだな……」


それは、言葉にできないほど重たい罪悪感。

生き残るためにここへ来たことを、誰も責めることはない。

だが、それでも――

あの場所に残した誰かを思うと、ただ「生きていてよかった」とは言えなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回で1章が完結となります。続く2章も同時間で連載していきますので、引き続きご愛顧ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ