10. エリオス:AIの都市への戸惑い(前編)
「おはようございます。室温22度、湿度45%。体調に問題はありません」
起床と同時に、天井から流れるAIの音声。
賢人は目をこすりながら、ベッドの隅で背伸びした。
窓の外には、整然と並ぶ高層住宅群。
夜間は空が完全に遮光されており、朝になると空が“点灯する”感覚があった。
「これって人工太陽か?」
賢人が空を見上げて不思議に思っていると、ノックも朝の挨拶もなく聡太が部屋に入ってきた。
「なあ……これ、めっちゃ健全で健康的な生活じゃね?」
洗面台の前には、タッチパネル式の鏡。
水は自動で出る。
歯ブラシにはナノコーティングがされ、食器は使ったそばから洗浄されていく。
朝食は、リクエストするとすぐに“バランス最適化食”が出てくる。
粥に見えるが、噛むたびに違う風味が感じられた。
だが――。
「飽きるな、これ」
賢人はつぶやいた。便利で快適だが、“生きている感じ”がしない。
―――――
居住棟から出ると、整然と整備された道、人工芝のように均等な緑、公園、無人の商業施設が並ぶ。
昨日、第2陣の移住者が到着した――が、静かだ。
1億人の受け入れに備えて建設された街、地球で言えば一つの国が成り立つ。
そこに、今はまだ10万人ほどしか居ないのだから。
「ねえ、これ……オープンワールドの序盤の街っぽくない?」
聡太の言葉に、賢人も頷く。
「最初にNPCと話すとこな。でも誰も話しかけてこねえ」
AIの案内によれば、現段階では知的生命体(=エリオスの本来の住人)との接触は制限されているという。
理由は明かされていない。
代わりに、各施設に配備されたロボットAIが、住民の生活をフルサポートしていた。
―――――
午後。二人は「配信者」として、生活レポートを撮影することにした。
地球を出てから、もう四日目になる。
配信の再生回数は好調。
エリオス生活のレポートを待ちわびていた視聴者たちは、歓喜のコメントを次々と寄せていた。
「今日は、エリオスの“スーパー”的な場所に行ってみます」
賢人がカメラを回し、聡太が補足する。
「ここ、デパートみたいになってて、衣服・家具・日用品なんでも揃ってるけど、全部“お金いらない”んです」
棚にある商品を手に取ると、その場でAI音声が説明する。
「このジャケットは、環境温度に応じて通気と保温を自動調整します。洗濯不要。5年間使用可能」
「え、これタダ? いや、でも……オレの趣味じゃないな……んー欲しいもんないなあ」
「贅沢って、選ぶからこそ成立すんだな」
食品売場にも行ってみたが
「これ、昨日晩めしに食ったやつじゃん」
と聡太が手に取ると、AI音声が自動再生される。
「こちらはタンパク質補充食です。
今までの偏った食生活を改善するために、ぜひ摂取してください」
「余計なお世話だよ!あー背脂ギトギトのラーメン食いたい!もしかして、一生食えないのか?」
「おい!俺たちがココにいる理由、忘れてないか?地球にいたって食えねえよ」
「あっ、そうだよな。地球、それどころじゃないもんな。やべー、なんか感覚狂う」
ひと通り見て回ったが、結局、どれも加工食品ばかりで、野菜や果物、肉や魚の生鮮食品は見つけられなかった。
―――――
夜。
二人は各国の移住者とオンラインで情報交換を始めた。
英語が共通言語として機能しており、学校や交流会でもすべて英語。
「そう言えば、あの迷惑系で有名なYouTuber、いないよな」
コンビニ菓子を絶賛して日本のメディアにも取り上げられた、旅行系インフルエンサーの青年が言った。
「たしかに。“エリオスでも暴れてくるぜ”って言ってたから、私、来るまでイヤだったのよね。」
魔女のような爪をカメラの前にヒラヒラさせながら、美容系インフルエンサーが言う。
彼女はネイリストのいないエリオスで、その爪をどうするつもりだろう?
賢人は、宙に浮かぶ球体にスキャンされた、日本のあの部屋を思い浮かべた。
あの数秒の光で、何をどこまで知られたのか。
移住者は、どんな条件で選ばれたのか。
知られて困ることはないが、なんだか幼い頃からの思い出や、その時の自分の気持ちまで。
そんな他人には価値のない自分だけの大切なものを、汚されたような気がした。