10.ジョハンナ 事実を知って愕然とする
部屋の前まで来て急いでドアをノックする。ロドルフ様の返事があったとほぼ同時に部屋の中に入ると、果たしてそこにはペトロッシさんもいた。彼の手に書類の束が握られているのが見える。そしてペトロッシさんはその束をロドルフ様に渡した。
「ありがとう、ペトロッシさん。ああ、ジョハンナさんでしたか。先ほどの会議はお疲れ様でした。何か私に用事ですか」
「い、いえ、その……」
私はロドルフ様に渡った書類のことが気になった。書類の表紙には見覚えがある。あれは先ほど、ロドルフ様抜きの会議第二部の資料として私がチアゴさんから受け取ったのと同じ物だ。
ということはペトロッシさんがロドルフ様に、モンスター討伐会議の第二部の資料を渡した、ということになるのだろうか。
「あの、先ほどの会議では私、ロドルフ様に失礼なことを言ってしまったかと思い、謝罪に参りましたの」
「えっ? 何か私言われましたっけ?」
「その、会議の方針を決めた方がいいのではないかと申し上げました件ですわ」
「えーと、そうでしたっけ。すみません。そう言われたことを忘れていました」
ロドルフ様の部屋に謝罪のために来たというのはたった今考えた方便だった。我ながら上手いことごまかせたものだと自分で感心したのだが、まさかロドルフ様がそのことも忘れていたとは予想外だった。
「とにかく、立場もわきまえず申し訳ございませんでした」
「私は気にしていませんよ」
実際には特にまずいことをしたとは思っていないのだが、行きがかり上、頭を下げる。向こうも覚えていないので当然許してくれる流れだった。
この際なので、ロドルフ様に渡った第二部の資料について聞いてみよう。
「あ、ありがとうございます。ところで伺いたいのですが、ロドルフ様のお手元のその資料は……」
「これですか。先ほど会議がありましたが、毎回その後でゴールディさん達がまだ細かなことを打合せしているのですよ。その資料も一応目を通しておくべきかと思いましてね」
『細かなこと』か……合点がいった。つまりは会議の第二部は、『ロドルフ様を交えた会議で決めなくてもいいような些末なことを打合せする会議』とロドルフ様には思わせているわけなのだ。だからロドルフ様はハブられているような形でも文句を言わないということなのね。
「なるほど、そうでしたか。それにしてもロドルフ様はそうした細かい資料にも目を通されておりますのね。さすがですわ」
「いえ、皆で決めてくれたことですし、私も領主として知っておかなければなりません」
ゴホン、ゴホン……
私がロドルフ様を褒めたところで、ペトロッシさんが突然咳をし始めた。何か私へのメッセージだろうかとピンときた。
「では私はこれで。失礼いたしました」
ロドルフ様の部屋を出て、廊下の曲がり角のところでしばらく待っているとペトロッシさんも部屋から出てきた。彼を呼び止める。
「あの、どういうつもりでしょう? 先ほどの咳は私に向けて合図をするものでしたわよね」
「不躾で申し訳ありません。ジョハンナさんが本当にロドルフ様に感心しておられるようなので、ちょっと複雑な気分になってしまって」
どういう感情なのか、彼は少し笑っているようにも見えた。
「何がおかしいんですの? 私はロドルフ様が自分が参加していない会議の資料も、しっかり読んで把握されようとしていることについてはとても感心しましたわよ」
「それは、実際にそのようにされてるのならば感心ですけれど。真面目な話、ロドルフ様がそのような事前準備をなさってると思いますか?」
そう言われて考えてみると、疑わしく思えてきた。しかし私に向けて「資料も一応目を通しておくべきかと思いまして」といった彼は、嘘をついているようには思えなかった。
いや、ロドルフ様自身には読む気があるのかもしれないが、読んでも何が書かれているのか内容が理解できない、ということもありうる。その場合は彼を責めるべきではなく、もっとわかりやすい資料にするなどのケアが必要なのだ。
そんなことを頭で考えているうちに、ペトロッシさんが続けて言う。
「雇い主のことをこのようにいうのははばかられますが、ジョハンナさんを信用して話しますね」
「は、はい」
「毎回このように、ロドルフ様へ会議の第二部の資料を私から渡すのですが、渡した資料はいつも読んでいらっしゃらないのですよ。いや、ご本人は読む気があるんだとは思いますよ。渡した当日には。さりながら、寝て起きて翌日になるとそんなことはすっかり忘れて、他の書類が上に置かれて、いつしか書類の山の一部と化して読まれることなくその役割を終えるのです」
一気に喋ってペトロッシさんはため息をつく。
明言はされないものの彼の言いたいことは伝わり、私も寂しい気分になった。もっと言うと仕事がうまくいかなかったときのように一杯飲みたくなってきた。前世ならともかく今は未成年なのに。
ただ、ペトロッシさんの言うことが真実なのかもしれないが、実際に確かめてからでないとこの件は結論づけられない。そう考えた。
◇ ◇ ◇
後日、私は朝からロドルフ様に決裁をいただくために渡した書類で一部訂正があるという名目で、彼の部屋を訪れた。
ロドルフ様はすでに多忙そうだったので、私が彼の机の脇にある書類の山から、その訂正がある書類を探す許可を得た。
「では失礼して、探させていただきますわ」
もちろん書類の訂正があるというのは嘘で、実際はロドルフ様が会議資料をどうしているのか、ペトロッシさんが言ったことは本当なのかを確かめるために書類の山を探りに来たのだった。
結果、やはりこの前の会議第二部の資料は書類の山の中に埋もれていた。
私がショックだったのは、山を掘って下の方の書類も次々と確認していくと、前回分の会議第二部の資料に加え、前々回、さらにその前の第二部の資料も、山の下の方に埋もれていたという事実だった。表紙が特徴的だったのでわかったのだ。
もちろん、ロドルフ様が読んだ上で書類の山の上に無造作に置いてしまい、後から来た書類が上に置かれていったという可能性もあるが、状況的には明らかに読んでいないと思われた。
少なくとも、討伐関係の書類として分類や整理をする気は全くないのがわかった。
「ふう……」
目眩がしそうになりながらも、とりあえず建前である書類の差し替えを行い、ロドルフ様にその旨を伝える。
彼の部屋を出たときには、私は強烈な疲労感に襲われていた。
薄々そんな気がしていたが、ペトロッシさんの言うとおりだった。
おそらくゴールディさんが言っていた『これまでの積み重ねがあってこうなっている』というのも、ロドルフ様が資料を読んでいないことを知っていての発言だろう。ロドルフ様抜きで重要なことが決められているのだ。
あらー、世の中にはいろんな人がいるものだわ。
私はこの件をどうすべきなのかをこれ以上考えるのが嫌になってきた。一晩寝て忘れようと思う。




