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八話 宵街の女達~7~

  俺が十八歳になったこの年、店内での客どうしの喧嘩というのは常に、日常茶飯事のように起きていたのだが、今度はスタッフ側でも熾烈な争いというには極めて粗末な女性スタッフどうしの陰険な足の引っ張り合いが頻発していたのである。

 それは、あまりにも勤務態度のよろしくないアルバイト従業員の村下志穂のくだらない一言が、天然系ではあるが、勤務態度は真面目な宮村真紀の感に触ったらしく、開店前の店のフロアでいきなりつかみ合いの大喧嘩を始めてしまった。

 俺は男どうしの殴り合いにおいて、相手に掴まれない限りは多少の身長差は問題ないと思っていたが、女の場合はそうわ行かないようで百六十有るか無いかの志穂に対して真紀の方はこの店一番の高身長で百七十センチを遥かに超える百七十五センチの長身の持ち主だったため、勝敗は一目瞭然にして真紀の圧勝だったのである。

 こういった開店前の騒動というのは、店の従業員全体の士気を下げると聞いたことがあった俺は、栄二さんに協力してもらい、とりあえず真紀と志穂の両者を引き離すことにするのだった。

 しかし、両者共に泣きじゃくるばかりで何の解決にも至らなかったのだが、一つはっきりとしたのは、亡くなった百合子さん同様俺をバカにした発言をした志穂が、真紀にしては自分の親兄弟をバカにされたくらい悔しかったらしく強行に出てしまったらしい。


「……志穂……これ以上一生懸命に頑張る人間の足引っ張るんなら辞めてくれねぇか?はっきり言って迷惑だ!」


 支離滅裂な言い訳をして泣く志穂に俺は、クビを宣告するのだった。


「ちょっと待ってよぅ何であたしがお店辞めなきゃなんないわけぇ?辞めさせるんなら真紀の方でしょ?あたしぃあいつに殴られたのよ。それでも辞めなきゃいけないのはあたしな訳ぇ?」


 自分の非を棚上げして尚も自分の言い分を主張しようとする志穂に、俺は正直うんざりして、皐月さんに意見を求めるのだった。


「あんたも前この店におったぁリカと一緒やなぁ……その子ぅにもゆうてんけどなぁこの店じゃあこの子にウチとおんなじ権限与えてんねん。この子がクビやゆうたらぁそりゃまぁしゃあないなぁ……かわいそうやけどクビやぁ」


 皐月さんも、今回のこの騒動。どちらに非があるかは解っていたのだろう。志穂をあっさりと切り捨てるのだった。


「えぇ?マジでぇ?何なのよぅおこのお店ぇどう考えても可笑しくない?じゃあ何?あたしは殴られ損って訳ぇ?鈍くさい彼女にちょっと意見してガキんちょのあんたがお店仕切るの気にくわないって言っただけなのにぃ……はぁ……やってらんないわぁこんなくだらないバイト!どうもお世話になりましたぁ!」


 この志穂という女、最後まで自分の非は認めず最終的にはこの店の経営者である皐月さんにまで暴言を吐く始末だった。


「ちぃっと待ちやぁ。こんなぁ誰に向かって物ゆうてんのか解ってんのんかぁ?あんなぁは確かにウチ等ぁよし年下じゃあ。じゃがよ、よぅ考えてみぃシフトに穴ばっかし開けよるこんなぁと鈍くさいとろくさい言われても頑張る子ぉそんなん頑張る方の子ぉとるんが当たり前じゃろがぁ!ほれにな、あんなぁの事これ以上コケにしよるんならウチ等ぁかて黙ってへんでぇ」


 志穂の最後の暴言は、店全部の従業員の感に触ったらしく、最後まで悪態をつく志穂にしびれを切らしたようにかみついたのはこの店の立ち上げメンバーで、この店最年長従業員の英美さんだった。


「……どうとらえようがあんたの勝手だけどよぅ俺の兄弟の言う事きけねぇ奴にゃあこの店に居る資格ねぇぜ……」


 普段からこういった女性従業員同士のもめ事には一切口をはさむことのなかった栄二さんの一言には、さしもの彼女もこたえたのだろう。泣きながら店を飛び出して行くのだった。

 しかし、この時から俺達を待ち受けていたのは、刻一刻と迫り来る終焉へのカウントダウンだった。店に来る客層も以前とは百八十度変わり岐阜にあまり馴染みの無いヤクザ者や、カタギの仮面をかぶった元ヤクザという人間が大多数を占めるようになり本当の一般人はほとんど寄りつかなくなっていたのである。この業界において元ヤクザというのは家屋を食い荒らすシロアリのようなもので、表の業界は勿論の事だが裏業界の関係者からは特に忌み嫌われていたのだった。

 そんな中、事件は起こるべくして起きてしまった。その男達はヒロさんの知り合いだと言い張り、散々飲み食いした代金を栄二さんに払わせようとしたのだった。


「俺も朝倉のおやっさんにゃあ随分と世話になってっけどよぅあんた等みてぇな行儀悪りぃ友達ってなぁ聞いたことがねぇよ……早々に退散しねぇと痛ぇ目に遭うのはそっちの方だぜ。元ヤクザのゴミ共がよぅ……これ以上騒ぎでかくするとあんた等の上部団体が黙っちゃいねぇぜ。関東炎龍会といやぁ内の上部団体関東國龍会と勢力を二分する大所帯だ……それでも俺にたかるかよ……?」


 さすがに普段は俺より冷静な対処をする栄二さんも、自分がオヤジと慕うヒロさんの名前を出されたのは我慢ならなかったのだろう。一瞬だけ凄味を帯びた視線を彼等に向けたが、すぐにまた、いつもの栄二さんになり普段の業務に戻ろうとした時だった。自分達の横暴な態度が上にバラされると踏んだ彼等は問答無用で栄二さんに殴りかかっていくのだった。


「おぅ兄ちゃん達ぃ悪巫山戯もその辺にしとけやぁ……わしゃあここの常連で鬼原清二郎ぅゆうモンやがよぉこの店のケツ持ちしよる朝倉寛之はちぃっとスジの通った漢よぅおまん等ぁみたいなハンパモン相手にするような奴とちゃうでぇ……ほれにやぁおまん等ぁ自分の身を案じた方がえぇんとちゃうかぁ?この店ん中で一番怒らせたらまずい奴がとっくに戦闘態勢やぁ……おまん等ぁ命賭ける覚悟あんのんかぁ?その覚悟無いんやったら早々にイネやぁ!」


 今までの全ての状況を鑑みるように、店のカウンターの隅で酒を呑む一人の初老の男性、鬼原清二郎組長の低く威圧感のある声が店のバックヤードに居る俺にもはっきりと聞こえた。


「あんたが噂の鬼原さんかい?悪いがこりゃあ俺等三人とこいつの問題だぁ外野は黙っててもらえんですかいねぇ……あんたも引退前に怪我したくねぇでしょう」


 この三人、無知なのかバカなのか、事もあろうか鬼原さんにまで暴言を吐く始末だった。


「姐さん、これ以上はもう我慢の限界だ……行かせてもらいます……」


 バックヤードからフロアの様子を見守っていた俺だったが、怒りは既に頂点に達しており、どうにも抑えが効かなくなっていた。


「相手がほんまのヤクザやったら意地にでもあんたを止めたやろうけど相手がエセヤクザやったら話しは別やぁ店少々壊してもかまへんからぁ存分に暴れたりぃや……」


 怒りを必死に堪える俺に、皐月さんは静かにそう言って俺に出撃指示を出してくれるのだった。


「……兄弟……俺なら大丈夫だ……これくれぇの拳兄弟にくらった拳に比べりゃへでもねぇや……兄弟は手ぇ出すな……こいつらぁ兄弟を挑発してやがんだ……」


 三人の男の蹴りと拳をこれでもかと浴びせられながらも、栄二さんは気丈に振る舞い俺の参入を拒むのだった。


「……挑発?……そりゃあ違うんじゃねぇか?兄弟……俺等に喧嘩売ってきてるの間違いだろ!」


 俺はそういうと参入を拒む栄二さんを殴ろうと拳を振り上げた男の一人を問答無用に殴り倒していた。


「てめぇ!カタギのガキがぁ!ヤクザ者の俺等ぁに手ぇ挙げてただで済むと思ってんのかぁ!」


 三人の男達の中でおそらく一番年下だろうチンピラそのままの男がジャケットの内ポケットから匕首を抜いて俺に向かってくるのだった。


「どっちがヤクザ者に手ぇ挙げてんだぁ?ぺえぺえはおとなしくそこでのびてろやぁ!」


 俺はそういって難なく匕首の一撃を躱すと隙だらけのその若い男の顔面に渾身の右ストレートを見舞ってやるのだった。


「あぁア……とうとうブチ切れちまったよ……俺だけ殴られて済ましてやろうと思ったのによぅ…。炎龍会の舎弟企業のチンピラ風情がぁこれ以上いきがんならマジにてめぇ等三人とも確実にくたばる事んなるぜぇ……俺の兄弟は現役の俺より極道してんからよぅ……けど、ここぁ俺と兄弟の神聖な仕事場だぁてめぇ等のこ汚ぇ血で汚す訳いかねぇからよぅ殺されねぇうちにとっととケツまくれやぁ……」


 さすがに栄二さんの最後の一言には、彼等もビビったのだろう。最後まで俺に殺意を込めた視線を向けていた中年男が店のフロアで右と左に気絶している二人を叩き起こして捨て台詞を吐き店を出て行くのだった。


「兄弟……ありがとな……あたぁ俺がきっちりケリぃ着けるからよぅ…。一様カタギの兄弟が出来んなぁここまでだ。あたぁ…現役ヤクザの俺の仕事だ……それより兄弟にゃあ店の従業員達のケアを頼みてぇ心のケアってやつをよぅ…。姐さん、褒めてたぜ……兄弟の心のケアは天下一品だってよぅ……兄弟…何年ぶりにか楽しい時間を過ごさせてもらったよ。ありがとな……」


 栄二さんはそういうと、寂しそうに笑って店を出て行こうとした。


「……おい……ちっと待てよ兄弟。おめぇまさか……さっきの連中の事務所カチ込んで玉砕するつもりじゃねぇだろうなぁ?んなのぁ俺ぜってぇ許さねぇぞ!元々はあいつら、俺を狙って喧嘩売ってきたんだ……そのカチ込み……俺も連れてけ!」


 栄二さんの別離を告げる言葉の後、俺の口から出たのは、紛れもない本音だった。


「兄弟……そりゃあ俺が朝倉のオヤジからの預かり者だからか?もしそう思ってんならそいつぁ大きな誤解だぜ。兄弟と本音で殴り合ったあの日……俺は朝倉のオヤジに盃を返してる。本心からあんたの舎弟になりてぇって……そう思ったからよぅ」


 栄二さんはそういうと、悲しみの色濃いめの視線で俺を見据えるのだった。


「……ばぁか……んなのぁとっくに知ってたよぅ……俺はただ、こんなロクでもねぇ俺を五分の義兄弟として認めてくれた。そんなおめぇをあんなくだらねぇ連中のために散らせたくねぇ……そう思っただけだ……」


 栄二さんの言葉の後、俺は戯けながらも、彼の目をしっかりと正面から見据えて言った。


「……ったくよぅ……何もかもお見通しってかぁ?結局俺ぁ兄弟にゃあ何一つとして叶わねぇって事かよ……朝倉のオヤジにゃあ俺から改めてナシぃ通しとくからよぅ……あたぁ兄弟の好きなように暴れてくれやぁ全てのケツは俺が持つ」


 栄二さんがそう言ったのは、当時はまだ珍しかった二四時間営業のコンビニの駐車場だった。


「兄弟……ありがとな……」


 俺は短くそういうと、運転席に座る栄二さんに静かに当て身を決めるのだった。


「……きょ……兄弟……」


 俺に淋しげな眼差しを向けながら、栄二さんは車の運転席で意識を失うのだった。


「真希、こいつぁ俺のでぇじな兄弟だ……あたぁよろしく頼んだぜ……」


 栄二さんの車の中、後部座席で二人の会話を黙って聞いていた真希に、義兄弟、日向栄二を託して彼の車を降りた俺の向かった先は、栄二さんの元兄貴分でこれまた俺とは五分義兄弟の朝倉寛之の組事務所だった。

 そしてヒロさんの組事務所に着いた俺は、事務所で電話番として詰めていたヒロさんとこの若い衆で平方銀次という男を説き伏せていった。


「銀次ぃ兄弟が店で襲われた……俺はこれからその兄弟襲いやがった連中んとこにカチ込みをかける……これまでは喧嘩に道具は使わねぇできたが今回はそうも言ってらんなくってよぅ白鞘を一振りお借りしますと朝倉の兄弟にお伝えくださいやし」


「裕司さん……お言伝確かに賜りました……もしもの時は自分の携帯に電話をくださいやし…。裕司さん……お気をつけて!」


 彼、平方銀次はまるで俺が来る事を予測していたかのように慌て不ためく訳でも無く、至極冷静にそう言って武器類を隠しているロッカーから白鞘の小太刀を一振り渡してくれるのだった。


「おやっさん……これで本当によかったんですかいねぇ……けど、栄二兄ぃは本当に幸せモンだぁ……」


 俺が事務所を出て数分後、彼からの電話で事務所に戻ったヒロさんに彼、平方銀次はポツリとそう言った。


「……よかったんだよ……これでなぁ……俺の義兄弟里中裕司ってぇ男はカタギなのに義侠心は現役ヤクザの俺等以上だ……止めて止まる男じゃねぇ……銀次ぃおめぇにゃあまた、務めに出てもらわねぇといけねぇかもしれねぇがそんときゃあまた頼んだぜ……」


 銀次の問いかけにヒロさんは問わず語らずにそう言ってタバコを燻らせた。


「そんなことは言われるまでもありませんやぁあの人は本当に凄い人っすよ……まだまだ半人前のぺえぺえの俺にまできっちりとスジを通してくれる。とても俺と同い年とは思えねぇ……」


 銀次もまた、問わず語らずにそう言ってタバコを燻らせ笑うのだった。


「……きょ……兄弟は?兄弟はどこ行っちまったんだよ真希ぃ?」


 ほんの数時間前まで自分の車の助手席に居たはずの俺の姿を探すかのように栄二さんは、真希の膝の上で意識を取り戻すのだった。


「裕司さんならあんたの敵討ちに行ったよ……けど、絶対あんたには後は追わせない!あの人あたしに言ってくれたんだ栄二は俺の大事な兄弟だから後は頼むって……」


 俺の動向を聞き出そうと目を覚ました彼女の膝の上から起き上がり自分よりも高身長の真希の肩を揺さぶる栄二さんに彼女はいつもの戯けた舌足らずな声音とは違う少し低めのハスキーボイスでそう言うと逆に彼を力いっぱい抱きしめるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] もう何度目でしょうか。 胸を打たれ心にしみてシビれます。
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