九話 宵街の女達~終焉~
宵街の女達~始まりと終焉~
終幕です
ヒロさんの事務所を出た俺は、とあるビルの前まで来ていた。[三笠興産]ただの運送会社にしてはかなり豪勢な自社ビルを構えていやがる。
そう、こここそがほんの数時間前、皐月さんの店で騒ぎを起こした三人が逃げ込んだ事務所だった。
「なんだてめぇはぁ?こかぁガキの来るとこじゃねぇぞ」
無言のまま、[三笠興産]の自社ビル正面玄関から突入した俺に、運送会社の社員にしてはいささか柄の悪い男が一人、俺に因縁をつけて来るのだった。
「この成りぃみてわかんねぇか?カチ込みだよ兄ちゃん!」
ここに来て俺は第一声を上げると着ていた上着の下に隠していた白鞘の小太刀を抜くと同時にその男を逆手下段からの平突きに仕留めたのを皮切りに次々と出て来るそのビル常駐のチンピラ達を片っ端から血祭りに上げると一気に正面玄関から二階にあるであろ事務所まで突き進むのだった。
そして、事務所前まで攻め登った俺は、その事務所の扉を勢
いよく蹴破るのだった。
「やっとみっけたぜ……クズ供がよぉてめぇ等だきゃあ生かしちゃおけねぇなぁ!とか言いてぇとこだけどよぅ悪いが全員穫らせもらう……」
俺はそう言うが早いか、ここまで攻め登るのも合わせるとこのビル内に居た人間を全て皆殺しに仕留めて、その返り血塗れの出で立ちのまま[三笠興産]の自社ビルを出て、宵闇にその姿を消すのだった。
しかしこの当時の岐阜市は、神戸山口組の4代目組長、竹中正久氏が、反竹中派の一和会のヒットマンの襲撃に倒れ、属に言う山一抗争真っ只中の煽りをもろに受けていたため、昼夜問わずに岐阜市内の至る所に警察官が配備され、厳戒態勢に近い状態だったため、宵闇に姿を消し、警官達の目を躱していた俺も、遂には警官に目を付けられ、あわや職質をされそうになったときだった。
「裕司ぃ何処行ってたの?こんな時間まで……今日はえらく帰りが遅いから心配して見にきちゃたよあたし」
そう言って、警官と俺の間に一人の大柄な女性が割って入って来たことにより、警官による職質は回避されるのだった。
「……真希……何でお前がこんなとこいんだよ?」
警官の去った跡俺は、彼女に助けられた事の礼も忘れて無意識にそう問いかけいた。
「何でって……あたしが栄二君と住んでるアパートこの近くなんですよね……最初栄二君が裕司さん探しに行くって言ったんですけどこの場合男の彼より女のあたしの方が怪しまれないかなぁって思ったんです……それにあたし…裕司さん達二人には簡単には返せない大恩があるから……せめてこんな時くらいはおバカなあたしですけど頼ってくれませんか?」
そう言って、俺の問いかけに逆に問い返してきた彼女はいつもの天然キャラではなく、伏し目がちなハスキーボイスだった。
「……ありがとうな真希…お前が来てくれなかったら今頃俺は警察の留置所か運が悪きゃあ問答無用でムショの中だったよ……」
俺はそう言うと、俺を庇いながら宵街を歩く彼女のその、大柄な体に自分の体を預けるのだった。
「あたしやっとわかった気がします……裕司さんて怖いだけの人じゃないんですね……あたしお店でブチ切れた時亡くなった百合子さんがあたしの体に降りたような感情になったんです。最後はあたしに裕司さんを頼むねって消えていきました……あたし、これからはこれまで以上に頑張るんでご指導の程よろしくお願いします!」
彼女はそう言うと、自分の体に身を任せる俺を痛いくらいに抱きしめてくれるのだった。
「……痛ぇよ真希ぃんなバカ力で抱きしめられたら俺の骨折れちまうだろ?」
道行く警官の目を躱すために俺の恋人役を演じる彼女が甲斐甲斐しく俺も彼女の手を取って戯けるのだった。
そして程なくした頃、俺と真希は無事に栄二さんのアパートに帰り着くのだった。
「兄ぃ…俺の不手際から御造作おかけして申し訳ありませんでしたぁ!」
アパートに着いた俺と真希に、この部屋の主でもある栄二さんが部屋の玄関口で、開口一番にそう言って俺に頭を下げるのだった。
「おいおい…んな事すんのはよせよ兄弟……俺はただ…仲間を守りたかっただけだ……明日…朝倉の兄弟に全てのナシぃ通してよぅ警察に出頭するつもりだ……逮捕ってなったらしばらくの間店の方を留守にしなきゃいけねぇ兄弟と真希の二人で姐さん頼んだぜ……」
熱く俺の生還を喜ぶ栄二さんに、俺は、彼の目を正面から見て諭すように言うのだった。
「それには及ばねぇよ兄弟…朝倉の叔父貴になら既にナシは通ってる……ただ…叔父貴が言うには…兄弟のカチ込んだ[三笠興産]斬った連中は大したことないらしんだがあそこのオヤジは奴等の上部団体関東炎龍会から盃受けてる現役らしくてよぅ…先方飛炎会本部に乗り込んで来たらしい……今…二代目と叔父貴がその対応に当たってくれてる……兄弟にゃあ何かと不自由をかけるだろうが事の決着が着くまではここの俺のヤサで温和しくしていてもらえねぇかと…以上が叔父貴から兄ぃへの伝言です……」
栄二さんはそこで一旦言葉を切るとジャケットの内ポケットから札束の入った封筒を俺に指し出して、さらに言葉を続けた。
「それからこれは…兄ぃと俺の当座の活動資金にしろと姐さんから預かって来たカネです……今回の事ぁ全て兄ぃの舎弟である俺の不手際…百万の内二十万はここの家賃に当てさせてもらいますが後の残り八十万は兄ぃが収めてやってください……これからは俺も事務所詰めになると思うんで兄ぃの身の回りの世話は真希に頼む事にします…これは姐さんからの言伝で店の方は心配ないからしばらくは骨休めのつもりでゆっくりしたらいいと……」
栄二さんはそう最後に付け足すと上下黒のストライプ柄のスーツに着替えると、俺がカチ込んだ時着ていたスーツ一式と白鞘の小太刀を紙袋に詰めてアパートを出て裏の駐車場に停めていた自分の車に乗り込みヒロさんの組事務所に向かうのだった。
「銀次ぃ身代わり…すまねぇな……俺が身代わりになれりゃあいいんだけどよぅ…兄ぃ一人にしといたらまた何やらかすかわかんねぇからよぉ……ったく…世話のやける兄ぃだぜ…俺の兄ぃはよぅ」
栄二さんはそう言うと、先ほどアパートを出る時に詰めた紙袋を事務所のデスクの上に置くのだった。
「栄二兄ぃ…あの人の事…そんなふうに言うなぁやめなせぇよ……そりゃあ贅沢ってもんだ…そうはいやしねぇですよ…カタギなのに俺等ぁヤクザ者にきっちりスジぃ通して落とし前まできっちり着けてくれる人は……」
銀次は軽く栄二さんをなだめると、彼がデスクに置いた紙袋に入った血塗れのスーツに着替えて事務所を出て行くのだった。
しかしこの時から、俺達には終わりの時が刻一刻と迫っていたのだった。
その日は[クラブ皐月]で働く俺達にとってある意味特別な日だった。それは今日が俺のカチ込み騒ぎの解決を終えた後、別件で逮捕、起訴、収監となっていた俺の義兄弟、朝倉寛之が俺達のカンパで集めた保釈金五十万の効力の甲斐あって無事釈放の流れとなった日で、店はもちろん彼の貸し切りでそこで彼の放免祝いが盛大に行われるはずだった。
「叔父貴ぃ…お務めご苦労様でした!例の件では大変ご迷惑をおかけした事…ここに深くお詫び申し上げます!」
彼の出所祝いの席の準備にと、店に残して来た英美さん達従業員を代表して俺と栄二さん、そして皐月さんの三人で彼の収監先の岐阜刑務所に迎えに行ったとき、俺のかけた声が悲劇の合図になろうとは全く予想していなかったのである。
その日は朝から雨で、彼の出所時刻はまさに土砂降りの雨で刑務所に彼を迎えに行く俺達の車をずっと尾行していた一台の車に気づく由もなく、俺の義兄弟朝倉寛之は刑務所を出た直後をその尾行して来た車に乗っていた八人程の男達によって奇襲攻撃を受け俺達の目の前でその巨体を血の海へと沈めるのだった。
「あんたぁ!」
男達の去った後、皐月さんはそう叫ぶと着物が雨に濡れるのも彼の体から流れ出る血に染まるのも構わずに血塗れの彼を抱きしめたまま号泣し続けていた。
―――――――――――――――――――――――
彼の死によって、[クラブ皐月]は閉店しました。この日以降皐月さんの行方は未だ不明のままです……
しかしこういった悲劇というものは連鎖反応を起こすのだと私はこの時実感しました。彼の死からの店の閉店、ママである皐月さんの失踪。加えてこの後、栄二さんがカタギの自分と懇意にしていることを快く思っていなかった彼等の上部団体の粛清に合い、若干二十歳の若さでこの世を去られたのです……
そして、彼の跡を追うように真希さんも若干二十一歳で彼の亡骸の上に置かれた御守り刀で自分の首筋を斬り彼に寄り添うように自決して果てたのです。
実際私は激しく後悔しました。もし、私が彼等と知り合っていなければ、ヒロさんも、真希さんも栄二さんもさらに言えば百合子さんも、死ぬことなど無かったんじゃないかと……
けどそれは後に間違いだと気づかされました。それは、今尚、存命の文香さんと百合子さんの妹紗子さんにこう言われたのです。
自分がいなかったらあの店で働く事は無かったんじゃないかと……




