後日談4-02
運河を使った実働試験は思っていたよりも上手く行った。
積荷に振動を与えず、1頭の牛が今までよりも3倍の荷を運べるし、牛への負担は街道を行くよりも少ないとのことだ。
今回の試験で、多くの人達が運河を使った運送を行うことで、壊れ物を輸送することができるし、荷役日数を軽減しかつ多量の荷を運ぶことが可能であるとのことを知ったことになる。
試験の終了日には、御用商人を始めとして、各国の商業ギルドの人達が資金提供を申し出てくれた。
ありがたい話だが、少し痕が得る必要がありそうだ。
それでも、各国の連中が、自分達の国に運河が作られるのは何時かと執拗に聞いてくるのには困ってしまった。
何といっても大工事には違いない。私の代になってもサーミストまで運河を開通させることは難しいと感じている。
他の王子や王女達も、完成を見ることが出来ないことを残念に思っているようだけど、始めたの僕たちだからね。
この間の公開試験をした場所に記念碑を建てようか、なんて話をしている。
「やはり、アキトさんが作っていると見えてくるというのが、この間の試験でもわかりませんでしたね」
「そうかな? 僕には少し分かったような気もするんだけどね」
僕の言葉に驚いてるのは、サーミストの次期国王であるモンド君だ。
隣のタケルス君とディートル君は、互いに顔を寄せ合って首を傾げている。
「クオーク様もですの。私達も、もしや……、と思える事柄があるんです」
ブリューさんも何か掴んだようだ。果たして僕と同じかどうかは分からないけど、やはり何かが見えたのだろう。
「これは少し問題ですね。僕達は、あの水路から効率的に水を汲む方法について考えていたんです。アキトさんもアトレイムで池から水を汲んでいましたが、少し量が足りません。大規模に行うための方法が他にあるのでは? という課題です」
さすがというか、僕より若くともしっかりと農民の生活を見ることが出来るようだ。
ポンプという考え方は、確かに有効な使い方だ。大型化して、多数のポンプを備え、風車を使った灌漑システムをテーバイ王国は取り入れるらしい。
荒地の王国に必要な水を、何としても確保することがラミア女王の彼岸と聞いたことがある。
王国規模で行うなら、それも良いだろう。
だけど、モンド君やタケルス君はもっと簡易に、大量の水を供給するということなんだろう。
なるほど、運河を作ることで見えてきた課題には違いない。
待てよ? ひょっとして、これをアキトさんは僕達に教えたかったのかも知れないぞ。
運河を作れば見えてくる。……それは、あまりにも広範囲な応用なのではないだろうか?
答えは1つではない。たぶんそれが真相にもっとも近いはずだ。
だとすれば……。直ぐに答えを出すのは早計に違いない。
「どうしました? 急に考え込んでしまったようですが」
俺の顔を心配そうに見ながら、カップにお茶を注ぎ足してくれたのは、シグさんだった。
テーブルを一回りして、皆のカップに注ぐと自分の席に着いた。
彼女腰を下ろすのを見たところで話を始める。
「さっきのモンド君の話で気が付いたんだけど、アキトさんの僕達への期待は、僕達が考えるよりも少し違うんじゃないだろうか。
答えは1つじゃない。いろいろと見えてくる。モンド君の見えた課題も正解だろうし、僕の見えた課題やブリューさんが見えた課題も正解だと思うんだ」
「だったら、最初からそう言えば良いのに……」
僕の妻であるアンが小さな声で呟いている。皆が頷いたのも、その思いがあるんだろうな。
「いや、そうではないんだ。アキトさんはとても一言では言えなかったに違いないと思う。教えてしまえば僕達は、なるほどそうだ、と感じるだけかも知れない。
でも、少し運河が出来たところで試験をするだけでいろいろと課題が見つかって来た。それに、ひょっとしてだけど、アキトさんも考え付かないような課題もあるんじゃないかな。それらを一括りにしたから、あの話になったんじゃないかとね」
「答えは1つではない。それを見つけるのも課題であるという事ね。アキトさんらしい言葉だけど、そうなると私達の能力が試されそうね」
シグさんの言葉にテーブルを囲んだ全員が頷いた。まったくその通りだ。
アキトさんの膨大な知識はアキトさんが暮らしていた場所で得た知識に違いないが、何といっても9年間の教育を受けて、さらに自分の能力に合った教育を受けるという世界だ。それでも足りずに教育を受ける者が多いというのだから、僕にとっては理想世界に思える。
国王達が国民に広く教育の機会を与えたのも、アキトさんの話を聞いてのことだろう。それでも精々数年に満たない教育だし、時間数も限られている。
アキトさん並みの教育を受けるには、この世界でははるかに遠い世界になるんだろうな。
とはいえ、先ずは一歩踏み出している。いずれはそのような教育を国民の全てが受けられるんだろう。
「先ずは、各自が気が付いた点を披露してはどうでしょうか? それだけではないのですから、きちんと記録に残して1つずつ解決していかねばなりません」
議事録作りはモンドさん達の仕事だったな。確かに重要ではある。
僕達の話をディートル君が黒板に要約して書き始めた。なるほど、各自が違った観点で試験の結果を見ているようだ。
ひょっとして、10人いれば10人とも異なっているのかもしれない。
「これだけあるとなると、サーシャや国王、商人達の見えたものも押さえておきたいな」
「僕は、少し疑問というか、不安も出てきました。どうしてこんなに見えてきたんでしょうか?」
タケルス君の呟きに僕も同意する一人となった。
なぜに、これだけ見えてくる。作る前にはこんなにあるとは思わなかった。
「たぶんですが、この世界に運河を作ったのが私達が初めてだから……。が答えではないでしょうか? ある意味、予想することが出来なかった、ともいえるのでは?」
「アテーナイ御祖母様が、試験当日に訪ねて来て、僕にこんなことを言ったんだ。
『婿殿なら小さなものを作って実験する。ミズキはそれを頭の中でする』とね。経験や知識がないことは僕達も認めなくちゃならないけど、試行錯誤は実際に作るよりも先に行っておくというのもこの試験で見えたことなんじゃないか」
「小さく作って確かめる……。中々興味のある話ですね。となると、標高差が100D(30m)にもなるサーミストの港町手前の難工事は、その手が使えそうです」
若いからだろうか? タケルス君が直ぐに適用場所の指摘をしてくれた。
僕一人では何ともしようもないだろうが、多くの仲間を集めれば解決の糸口が開かれる気がしてきた。
「明日からの工事もがんばらねばなりませんね。それに僕達は見えてきた課題を潰す仕事ができました」
「直ぐに課題が解決できるとも思えないけど、先ずは見つけることが出来たことを誇りに思おう。それで、課題の分担だけど……」
僕達は自分の得意分野でそれぞれ名乗りを上げる。
だけど、もう一つ僕の心の奥底に沸いてきたことについてはこの場で話すことがためらわれたことも確かだ。
5つの王国の物流が加速して情報の共有が出来た時、僕達は王国をどのようにすれば良いのだろう。
アキトさんの本当の問い掛けは、今僕の心の奥に沸いてきた、この問いではないだろうか?
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「婿殿。クオーク達の実験は成功じゃったようじゃな」
「はい。中々良くできてましたね。あれならいろいろと利用できそうです。サーシャちゃん達は将来は正規兵の迅速な移動にも使えると言ってましたよ」
アトレイムの岬にある別荘を訪ねてきたのはアテーナイ様だった。珍しいこともあるものだ。アルトさんが一回り工事現場を案内してくれたのだが、俺達を相手にコーヒーを飲んでいるところを見ると、何か俺に聞きたいのだろうか?
「珍しく我の所にクオークが訪ねてきたのじゃ。話を聞いてみると、婿殿が言った言葉がようやく、おぼろげに見えてきたということじゃ」
そういえばそんな話をしたことがあるな。
クオークさんもようやく気付いたということなんだろうか? あの計画を地図を基に行えば自然と三角測量を拡大した時の誤差に気が付くはずだ。
それに気付いた時は自分達の計画を信じろと言ったような気がするな。
となると、『地球は丸い!』と叫ぶのはもうすぐということなんだろう。
思わず、にこりとアテーナイ様に微笑んでしまった。
「それにしても、婿殿の深い思惑には我も感じ入ったぞ。物流の加速は王国の垣根を取り去る。運河の完成はすなわち5つの王国の連合化に他ならないと話してくれた。
とはいえ、他の王子達はそこまで気が付いておらぬようじゃ。目で見た事だけでもたくさんの気付き点がその考えを隠しておるとも言っておったな」
ちょっと待ってくれ。俺はそんな話は一言もしていないぞ。
姉貴がジロリと俺を見ている。ここは早いところ疑惑を解いておかねばなるまい。
姉貴の耳元で、実は……と簡単に説明すると、目を白黒させて俺を見ている。
「はぁ……。アキトの言葉足らずで申し訳ありません」
「よいよい。結果はきちんと出ておる。確かに直ぐに皆に話さなかったことは問題ではあろうが、それに気付く者達が直ぐに続くであろう。トリスタンではできぬであろうが、次の国王には期待が持てるのう」
姉貴が小声で、黙っているように俺に指示している。ここは誤解を与えた状態で行くということなんだろうか?
それにしても……、どんな話をするとそんな誤解が生まれるんだ?
俺はそっちの方が気になって来た。
「アキト。人に教える時には、きちんと教えなさい。曖昧な話では大きな誤解が生まれるわ。まぁ、今回は結果良しということで、私達が黙っていれば良いだけだけど……」
「気を付けるよ。でも、これって、ヒョウタンからコマっていう奴だろうね」
アテーナイ様がニコニコしながら機嫌よく帰った後で、姉貴からお小言を頂いてしまった。
だけど俺の性格からして、そんな大それた話にはならないとおもうんだけどねぇ。
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END