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後日談 4-01 


 いつものように宿舎である馬車を下りると、皆の集まっている焚き火の傍に向かう。

 すれ違った数人の工兵達に軽く手を上げて挨拶すると、相手は恐縮してその場に立ち止って僕に深々と答礼をしてくれた。

 ここは王都ではないし、僕達だってそれほど偉くはない。そんな身分制度の打破を目指して、次の王族達が骨を折っているのは、傍から見ると何をバカなと思いたくもなるだろうな。

 だが、ここに集まった時期国王候補者達はそんな事を気にする者は一人もいない。僕達の王国の将来がどうなるか……。それがどんな世界なのかを僕達は明確に見ることが出来る。

 こうして集まった5人がネウサナトラムの狩猟期に合わせてリオン湖の湖畔にある別荘で5日間に渡って激論をするのだ。年を重ねるにつれて議論の内容が深まってきたのが僕達にも分かる。

 僕達がともすれば本来の議論から逸脱しそうになった時に、僕達の議論の方向修正をしてくれる人がいるお蔭だと皆が認めている。

 ネウサナトラムのハンターであり、虹色真珠の保持者。ザナドウを狩りし、大森林地帯の暴君を狩りし者。肩書はどんどん増えていくな。でも、彼はそんな肩書には無頓着だ。誰もが親しみを込めてアキトさんと呼んでいる。一部の人達はアキトと呼んでる人もいるけど、それは極親しい一部の人間だ。

 彼の業績を知れば、国王さえも玉座を下りて話をするに違いない。


「クオークさん、今朝は早いですね」

「タケルス君も早いんじゃないのかい。それにお茶のカップが出てるところを見ると、やはり僕が最後って事じゃないかな?」

「今日は初めて運河に水を入れる日でしょう。色々と試すことがあり過ぎて、寝てはいられませんでした。たぶん皆もそうじゃないのかな?」


 それが真相だと思うな。

 工事を初めて2年が過ぎた。ようやく長さ200M(30km)横幅40D(12m)の運河が掘削できたのだ。水深は2m前後を予定しているが、土地の高低差が問題だから運河の深さは3mまで掘り下げている。

 運河の高低差を自由に制御するのが閘門と呼ばれるカラクリだ。200Mの運河の両端での高低差は10D(3m)以上もある。運河の途中に閘門を作り、片側から船を端まで通すことが今回の試験のハイライトになるのだ。運河の途中で船が安全にすれ違えるか。それに閘門を通るのにどれほどの時間が掛かるかも今回の試験の1つになる。

 一か月以上掛かって、運河に水をためた今日から試験が始められるのだ。


 タケルス君と天幕でお茶を飲んでいると皆が集まってきた。

 最初の試験は10時からだからまだ2時間程も後だ。それでも、皆の顔が不安と期待で満ちているのが僕にも分かる。


「王達が見に来るそうです。結果だけを知らせるつもりだったんですが」

「商会や御用商人達も見に来ると言ってたよ。既に運河は民衆で一杯だ」

「サーシャちゃん達が警備を理由にやって来るみたいです」


 まったく、お祭りと勘違いしてるような気がするな。ひょっとして屋台もでてるんじゃないだろうか?

 見学の知らせがないのは、アキトさん位だ。でも、あの不思議な乗り物があるからアルト姉さんはやってきそうだな。


「でも、一番見せたい人が来ないのが残念です」

「向こうは、鉄が流れる川を作っているそうだ。全く、想像も出来ないよ。でも、そのおかげで閘門の仕組みを理解できたんだけどね」

「運河と水利の両方が行われてましたね。私達の計画も、運河の水を使って農業の振興が計れれば良いのですが」


 1つの計画が次の計画に繋がる。『運河は余裕を持つんだよ』と教えて貰えなかったら、そんなことは考えもしなかったろう。運河はある意味、大きな池とも考えられる。将来は海に繋げるとしても、運河は淡水だ。運河周辺の畑に十分に水を供給できるんじゃないかな。

 だが、同時に気になることを言っていた。『運河を作ればあることに気が付く。その時に慌てないように』との事だったが、それは僕達への警告だろう。

 毎夜、その日の進捗状況と課題の有り無しを報告し合うのだが、その最後にはいつでも、その警告の意味するところを皆で話し合う。

 ちょっとした問題ではないはずだ。かなり深刻な問題だと思うのだが、まだ僕達にはそれがどのようなものなのかも分からないでいる。


「私達に対して常に疑問を抱いて仕事をせよ。という事を言いたかったのでは?」

「いや、それなら別の言い方もできる筈だ。アキトさんの事だからはっきりと、その危惧が見えてるという事なんだろう。教えるのは簡単だが、僕達にその危惧を見付けさせて、対応を考えさせたかったんだと思う」

「でも、未だに私達には見付けることが出来ませんわ。まだ、その時に至っていないのではないでしょうか?」


 それも考えられる。一応、時をあかしてまた考えてみよう、という事で今まで来たのだが、今日の試験でそれが分かるかどうか、それも僕達の楽しみの一つになっている。

 運河を作り始めて、色々と問題もあったけど、皆で考えて対応してきたことも事実だからな。僕達、4つの王国の次の担い手が集まれば、出来ないことは無いと思う事もしばしばだ。僕一人では不可能だったろう。それぞれ得意不得意がある人間が集まってこそこの運河が作られていくのだ。


「どうじゃ? 試験と聞いてやってきたぞ」

 そう言って、入ってきたのは御祖母様とアルト姉様だ。

「運河の長さがある程度まで達しましたから、今の内に課題を整理する必要が出てきたのです。出来た後でやり直す等出来ませんからね」

「うむ。婿殿並みの念の入れ方じゃ。確かに、出来る範囲で確かめることも必要じゃろう。婿殿ならば、始める前に簡単な物を作って試す事もあるが、この世界でそのような事をするのは婿殿ぐらいじゃ。じゃが、我は作り終えるよりも前に試すことは良い方法じゃと思うぞ。もっとも、ミズキ等は想像の世界でそれをやりおる」


 確か、想定研究とか言ってやり方を教えて貰ったが、どうもうまくやることが出来ない。どうなるかが想像できないって事は、僕達の想像力が足りないんだとは思うんだけど、それに必要なのは膨大な知識だとつい最近気が付いた。

 僕達に出来ないのは、その結果を導き出す知識不足の何物でもない。もっともっと書物を読み、知識を深めねばなるまい。


「それで、どのような試験をするのじゃ?」

「荷物を運ぶ船の形状と、船をどうやって進めるか。閘門の動かし方が、僕達の考えた通りに動かせるか。更に、運河で船がすれ違う際に問題が起きないか……。そんなところです」

「なるほどのう。船にも種類があるのじゃ。運河用と言うのも確かにありそうじゃな。婿殿も悩みながら形にしておった。製鉄所の運河は流速を制御することで運行を管理するようじゃが、クオークの作っておる運河の流速は極めてゆったりとしておる。婿殿の方法は取れんじゃろうな」


 アキトさんは勾配をワザと急にしたんだろうな。閘門も何カ所かあるそうだが、それは荷船の速度制御がそれだけ難しかったに違いない。

 そんな閘門を見せて貰ったことで、僕達の大型閘門の設計が正しいと納得して帰ってきたこともあった。


「だいぶ人が出ておるな。サーシャ等は一角に野戦指揮所を作って警備を始めておる。亀兵隊1個中隊が警備しているから、万全じゃろう」

「国王達も、天幕の下でお茶を飲んでおるが、その内、酒に変わるじゃろう。全く困った者達じゃ」

「でも、始めるのはもう少し後ですよ。まだサーミストからの荷車が届きません。船を運んでいるんですが……」


 娯楽が少ないって事なんだろうな。ちょっとしたイベントにこれだけ多くの人が集まって来る。

 アキトさん達に次の祭りを早く企画して貰った方が良さそうだ。


「クオークさん。モンドさん達がやってきましたよ。大型の荷車が続々とやってきます」

「来たか! いよいよ試験が出来るぞ」

「それが、試験の1つはすでに行われているようですよ。何艘かの船は船に乗せられて、牛が引いています」

「何だと!」


 私はタケルス君の話を聞いて天幕を飛び出して行った。

 皆が運河の遥か南を眺めている。望遠鏡を取り出して焦点を合わせると、遠くに船の甲板上に、3艘の船が横に乗せられた状態で2頭の牛が引いている。

 試験前だが、確かに試験の1つは終わったも同然だ。船を運ぶには大型の荷車を2頭の牛が引くことになるのだが、運河を使うと同じ数の牛で3倍の量を運べるという事になるのだろう。しかも、牛もそれ程苦労して引いているようには思えない。


「流通の革命が起きそうじゃな」

「はい。何としても僕達の世代で完成させたいです」


 僕の後ろで、御祖母様が呟いた。

 僕の小さな呟きが聞こえたのだろうか。肩にそっと手の重みを感じる。

 頑張るのじゃ! という事だろう。僕はただ頷くしかなかったけど……。


 サーミストから運ばれてきた船は12艘にもなる。

 比較試験を行うには、1艘ではなく、4隻連結した状態で行うのだ。船を連結して引けるか。引くための牛はどれほど必要か……。

 形状と引く牛の頭数に関連があるか。連結した状態での操船はどこで行うのか……。


 確かめる事が色々とある。

 1つ1つ確かめて記録を取る。御用商人達も彼らの観点で記録をしてるし、商会からのご婦人方もそれぞれの尺度で記録をしているようだ。

 サーシャ達も、亀兵隊を使って、僕達が予想も付かない方法で詳細な記録を取っている。後で見せて貰いたいものだが、ダメかな?

 商人はその輸送量に感心しているようだし、商会は輸送に振動が伴わない事を、ガラスのカップに水を入れて何個か乗せている。

 サーシャの関心事は何だろうな? 3人でジッと船を眺めているぞ。

 

「アルト姉様。サーシャの関心事は何でしょう? 商人なら理解も出来ますが……」

「我も気になったので聞いてみた。兵站と答えておったぞ。リムの担当分野じゃな」


 兵站と言う言葉はアキトさんに聞いたことがある。

『簡単に言えば、物流システムってことかな。必要な場所に必要な物を必要な時に届ける全体システムなんだけどね』

 軍事用語なんだろうけど、言いたいことは何となく理解は出来る。だけど、運河によってそれが可能になるんだろうか?


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