後日談 3-06
「野犬だと! お前が付いていながら、どういう事だ」
ギルドに付いてカウンターに野犬の牙を出したところに、偶然サラミスさん達が帰ってきた。
サイルト君とルーミィちゃんが懸命に弁明してるけど、すればするほどサラミスさんが怒り出したのが私にも分かる。段々と顔が赤くなってきてるし、サイルト君は顔を青くしている。家では怖いお兄様のようだ。
「こら、そんなに怒らんでも良いだろう。罠猟には野犬は付ものだし、誰も怪我すらしていない。お前がそれだけ弟達を鍛えたんだからな」
面白そうな顔でサラミスさんに注意したのは、壮年の男性と女性だ。女性はエルフのようで年齢が分からない。
「でも、グレイさん。アキト達の頼みなんですよ。万が一が合ったら、アキトに顔向けが出来ないじゃないですか!」
「でも、過保護はいけないわ。たぶんアキトが私達に依頼したのは狩りを教えて、暮らしを立てさせる事よ。どんな狩りにどんな危険があるかは話しただけでは分からないと思うけど?」
「後に残らない傷なら、問題ないにゃ!」
とんでもない事をさらりと言う人は、頭の横から猫耳が伸びていた。
「ここはグレイさんに免じて許してやる。だけど十分に気を付けてくれよ」
サラミスさんの言葉を聞いて、間髪入れずに2人がうんうんと大きく頷いている。よほど怖い存在なんだろうか?
せっかく会ったんだからと、暖炉の傍で話をすることになった。お茶が運ばれ美味しく頂く。普段のお茶よりも数倍美味しい気がする。
「俺はグレイ、こっちはマチルダ。それにミューだ。一応黒のハンターなんだが、いつの間にかアキトには追い抜かれてしまったな」
「アキトさんはここで皆さんに狩りを教えて貰ったんですか?」
「そうなるのかしら? でも自分達で工夫はしていたわよ。でも、マゲリタ狩りのやり方には驚いたわね」
「今でも酒場では時折話題になるな。何ていったってあの大きな光球だ。あれを再現しようとマチルダ達も頑張って練習しているようだが、あまり大きくは出来ないんだよな」
変わった魔導士だったのだろうか? でも、誰からも好かれていたようだ。
私も、そんな存在になれたらどんなに良いだろう。
「今日は、済まなかったな。明日は俺達があの先の森を一度掃除しておくからな」
「サラミス。それはやめといた方が良いぞ。遅かれ早かれ危険な目に合う事は確かだ。お前だって何度死に損なったか思い出してみろ。一度危険な目に合えば、次に備えることが出来る」
「そうにゃ。でないと、貴族のハンターのようになってしまうにゃ!」
「そこまでは酷くならないと思うが、それに近くなってしまうだろうな。頼ることを覚えては上には行けん」
貴族のハンターもいるんだ。なら私達を知っているハンターもいるのだろうか?
「この村にも貴族のハンターが来ることはあるんですか?」
「あまり来ないな。それに、アキト達の一件でそんなハンターをギルドが厳しく監視している。昔のような無茶ぶりはこの頃聞かなくなったことは確かだ」
なら、この村にいる間は私を知る者に合う事は無いと思う。没落した姿を憐れみを持った目で見られると思うと、弟達が可哀想だ。
「遅くなって済まない。これが今日の分け前だ」
サイルト君達が暖炉にやってくると、私に102Lを渡してくれた。小さく頭を下げてバッグに銀貨と銅貨2枚を入れる。
「それで、どうだったんだ?」
「コゼットとバドリネンが1匹ずつ、アリシアちゃんが3匹に矢を当てた」
「ほう、コゼット。帰る前にカウンターに寄ってレベルを見て貰え、レベルが上がってるかも知れないぞ」
「それで、コゼット。斬ったのか? それとも叩いたのか?」
「剣の背で叩きました」
私の答えに、満足したように頷いている。野犬は叩く、と覚えておこう。
あまり話をするとボロが出そうなので、早々に挨拶をして長屋に戻ることにした。言われた通り、レベルの確認をしたら、私と弟が赤2つに上がっていた。アリシアはもう少しのようだ。たぶん冬の間には上がるんじゃないかな。
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この村の冬も寒いけど、帰ってきた当初のモスレム王都から比べれば天国のようだ。石壁に板を立て掛けただけの私達の住処は北風が始終吹き込んでいたし、夜は寒くて3人で震えながら寄り添っていた。
ここには暖かな囲炉裏があるし、毛布だって1人1枚はある。朝の寒さで起きる事があるけど、消えかかった囲炉裏の火に焚き木を足せば直ぐに部屋を暖められる。
それに、もうすぐ春が訪れる。草木の芽吹きで、そんな季節の変わり目を知ることが出来た。
罠猟から、薬草採取に移れば、野犬の危険性もかなり減るんじゃないかな。
恐れていた私達の蓄えが尽きるどころか、罠猟を終えたところで銀貨が16枚に増えていた。ルーミィちゃんは普段の倍以上罠を仕掛けたせいだろうと言っていたが、それだけではないような気もする。罠猟の期間中、あの荒地に他のハンターの姿を見たことが無い。きっと私達に良い狩場を譲ってくれたに違いない。
明日からは、いよいよ薬草採取が始まる。新しいカゴを1つ購入して、アリシアに魔法を2つ買ってあげた。【クリーネ】と【サフロ】だ。生活の便利さと冬の罠猟を考えれば、【メル】と【アクセル】も欲しいところだけど、バドリネンが投槍を欲しがっている。私も弓が欲しいから、夏までの薬草採取の状況を見ながら3人で話し合おう。
周りのハンターの人達も親切だし、アキトさんが、この村を私達に勧めてくれたわけが分かるような気がする。
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夏の初めに、サラミスさんが結婚式を挙げた。
お嫁さんのネコ族のお姉さんは、サラミスさんよりもレベルが上だけれど、私達にいつでも親切にしてくれる。獣のさばき方や料理の仕方も、色々と教えて貰ってる。
そんな2人の新しい新居は、私達の隣の部屋だ。簡単な狩りは私達も誘ってもらえるから、秋には私のレベルが赤の4つにまで上がっていたのに自分でも驚いている。
ある日の夕方。夕食を終えた私達の家の扉を叩く音がする。
バドリネンがいつものように扉を開けると、ルーミィちゃんが立っていた。
「隣に皆、集まってるの。いらっしゃいな」
そんなお誘いに私達はサラミスさんの家に遊びに出掛けた。何時も皆で騒いでいるから、その内ミューさんに怒られそうだが、ミューさんも一緒になって騒いでいるからだいじょうぶかな?
「やってきたな。今狩猟期の話をしてたんだが、アキトから緊急連絡がカンザスに入った。手伝ってくれと言う内容らしい。どうだ、一緒に行ってみるか?」
「でも、私は赤4つですよ?」
「それは、皆が知っている。だが、一介のハンターがそう簡単に、アキトに合えなくなっているのも確かなんだ。この村で元気に暮らしてる事を伝える良いチャンスだと思うんだが……」
グレイさんの言葉に、少し狩猟期行に傾いてしまった。確かに「ありがとう」と伝えたい。でも、弟達だけでは、食事もままならないんじゃないかな。
「姉様、僕も行って礼を言うべきだと思います。だいじょうぶです。アリシアは僕が責任を持って面倒を見ますから」
「私が行ってる間、ここに泊まってあげる。それなら安心でしょう。お土産は期待してるからね」
私の肩をポンと叩いてルーミィちゃんも勧めてくれた。
「是非、一緒にお願いします。でも……、緊急の依頼って何なのでしょうね?」
私の答えに集まった人達は満足そうな顔をしていたが、最後の問いに首をかしげるばかりだ。
「確か、ザナドウを狩猟期の獲物にしたんだよな」
「それは誰もが知っている。うわさではレグナスも狩ったらしい……」
「そんなハンターが何で私達に依頼するにゃ!」
「確か、狩猟期に屋台を出してるって聞いたぞ!」
ひょっとして屋台のお手伝いなんだろうか? でも、そんな手伝いならアキト様の住んでいる村の人達が進んでやってくれるだろう。
「まあ、悩んでいても始まらん。グレイとマチルダ。サラミスとミュー。それにコゼットで良いな。俺から連絡を入れておく。マチルダ、向こうに行ったら、『どういう理由があるのか、何人のハンターが必要か、それと最後に俺達に何をさせたいのか』次からはちゃんと伝えろと言っといてくれ」
アキトさんらしくないな。誰かに頼んだんだろうけど……。それでも、ちょっと情報が必要だよね。
でも、また一つ、アキトさんに親しくなれたような気がする。
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― END ―




