後日談 1-01
「「何じゃと! …それは真か? …でかした。これで我が国も!!」」
王族、あるいは重鎮達が、ある報告を聞いて正に飛び上がるような勢いで事の真偽を確認しています。
これは、何れ起こる事態だと皆が思っていましたが、現実になってみるとそれ程簡単なことではないようです。
「至急、連合王国の会議が必要じゃ。沙汰を出せ。早くするのじゃぞ!」
場合によっては連合王国が瓦解しないとも限りません。
他国よりは1歩先を行ったとはいえ、必ずしもアドバンテージを得た事にはならないからです。
場合によっては連合王国内で内戦が勃発しないとも限りません。
「そうだ。サーシャ殿とミーア殿には、内々で伝えておくべきかもしれん。誰ぞ、密書をエントラムズの作戦本部に届けるのじゃ!」
そして何か手落ちがないか、椅子に座って考え始めました。
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「今度はどこじゃ?」
「アトレイムからの使者です。鯛焼きの箱を持ってきましたが、結構な重さですよ。」
「どれどれ…。」
ミーアちゃんが執務室に持ってきた鯛焼きの箱を、サーシャちゃんがグルカで包みをばらしています。
「これは…。お祖母様からの使者も同じであったな。」
「はい。サレパルの詰め合わせと一緒です。…いったい何が起こっているんでしょうね。」
鯛焼きの箱には鯛焼きの下に金貨が敷き詰められていました。
続けて2件。どちらも明確な使者としての口上を持ってきません。
ただ一言、「今後とも良しなに…」と言ってこの箱を置いて行ったと、本部詰めの亀兵隊の隊員が2人に説明していました。
「たぶん、もう1組が来るじゃろう。遠方じゃから明日かも知れんのう。」
「ひょっとして、テーバイですか?」
サーシャちゃんは黙って頷きました。
ちょっと全体が見えてきたようです。さすが軍略の天才とミズキ姉さんに言われただけの事はありますね。
その時、扉が叩かれました。
入れ!と短じかい声をミーアちゃんが上げると、屈強な隊員が木箱を持って入ってきました。
「今しがた、テーバイからの使者がこれを持参いたしました。」
「口上はあるのか?」
「今後とも良しなに…との事です。」
テーブルの上に載せられた木箱を、ミーアちゃんがグルカでこじ開けました。
中には絹の織物が詰まっています。
そうっと、織物を摘み上げると織物の下には沢山の金貨が敷き詰められていました。
「なるほど…。ミーア。全軍の将を集めるのじゃ。それと、フェルミに使いを出せ。内戦が始まるやも知れぬ。…そうじゃ! アン姉様とミクとミトを緊急招集じゃ。場合によってはミク、ミトが御祖母様の手に落ちているやも知れぬ。その時はリンリンとランランを呼ぶのじゃ!」
サーシャちゃんの命令をミーアちゃんが次々と亀兵隊に伝えます。
直に亀兵隊はガルパスに乗って走り去り、ある者は通信室に走って行きます。
「それで、この騒ぎはどういう事なんですか?」
「アキトじゃよ。たぶん元凶にはアキトが絡んでおる。」
それしかあるまいと自信に溢れた顔をミーアちゃんに向けました。
「お兄ちゃんが? …でもなんで? 覇気なんてまるでお兄ちゃんにはありませんよ。」
そうです。アキトには人の上に立とうなんて気持ちは全くありません。
どちらかというと、そんな事を考えそうな人は…お姉さんのミズキや、アテーナイ様辺りなら、ひょっとしてって感じもしないではありませんが。
「まだ分らんか? テーバイ、御祖母様、アトレイムこの共通項とモスレム、エントラムズそれにサーミストの共通項を比べれば分ると思うが…。」
「ええ~っと、…ひょっとして未婚の王族がいるって事ですか? でも御祖母ちゃんのところには…。」
「アルト姉様じゃ。ひょっとしたらミズキも絡んでおるやも知れんのう。」
「関係する国が私達にこれだけの金額を上納すると言うことは…。」
「たぶん、出来ちゃった! という事になるんじゃろうな。1国ならイザ知らず3カ国の王族が同時にじゃ。」
困った奴じゃなんて言ってますが、一応お兄さん的な存在だった筈ですよね。
それを聞いて「ええ!!!」って感じで、驚いたミーアちゃんでしたが、心を沈めてサーシャちゃんに聞いています。
「それって、内乱どころの騒ぎじゃありませんよ。連合王国の動乱が始まります。」
「10年前なら確かにそうじゃが、今の各国には近衛兵がおるのみじゃ。そこで、我等がどこの王家に味方するかによって勝敗が決まる。」
「御婆ちゃんを応援するんじゃないんですか?」
「我もミーアも、今はエントラムズの国民じゃ。モスレムを応援する訳にはいくまい。それに、これを上手く利用する方が得策じゃ。」
2人はこそこそと内緒話を始めました。
ミズキの再来と噂されるサーシャちゃんと、夜戦では右に出るものなしと言われている勇将の聞こえ高いミーアちゃんです。
いったいどんな作戦を考えてるんでしょうね。
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「フム、すると出産は年を越える事になるのう…。」
「でも、その体で出産は…。いえ、その前に体が壊れてしまうわ!」
「そこじゃ。我もまだ命は惜しい。かといって、この魔具で元の姿を保つのは我の魔法力が足りぬ。このままでは我の命が危うい、それはこの子供にも言えることじゃ。」
「2つの方法があります。1つはユグドラシルで直ぐに母体から子供を取出し、かの地の生体工学で育成する方法。もう1つは、早期に出産して超未熟児をバビロンの科学力で育てる方法です。」
「ユグドラシルは遠すぎる。それにあそこで育てると、ヒレやエラが付きそうじゃ。行くならバビロンじゃろうな。しかし、2、3ヶ月で出産した赤子が育てられるものじゃろうか?」
「バビロンに全てを託す事になりそうじゃな。ミズキよ、よしなに頼むぞ。」
リオン湖の辺の小さな石の家ではそんな相談を数人の女性がしていました。
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「では、長らくお世話になりました。」
「うむ。後は我等に任せるがよい。とりあえずどんな刺客が来るやも知れぬ。南の修道院に身を潜めるのじゃ。話は付いておる。」
何処かのお城の一角でそんな話が聞こえてきます。
そして10人程の娘さんが夜の王都を馬車で離れていきました。
長い道を馬車が進み修道院の玄関に止まります。
すると玄関から数人の修道女が現れました。
「良くいらっしゃいました。此処は神の地。心安らかにお過ごし下さい。」
マリアさんがシグさんの手を取って修道院へと入っていきました。
その後を皆が続きます。
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「女王様お待ち下さい。王国はどうなされるおつもりですか?」
「我は女王を退位する。不義の子を宿した女王ではこの国の国民に示しがつかぬではないか!」
「しかし、その父親はテーバイの英雄ですぞ。誰が謗るのです。そのお子様にはいっそうの支持が国民より得られるのは必定。是非とも玉座に留まり置きください。」
「それはそうであろうが、正妻の顔を潰す事になる。彼女もテーバイで知らぬ者無しの存在じゃ。それを思うと親子でこの王国の玉座に座ることはできぬ。まして、我を引き渡せと迫られたならどうするのじゃ。…ここは、我が王国を去るのが一番じゃ。」
重鎮が止めるのも聞かず、女王様は城を出て行きます。
夜の闇にまみれ、数人の供を連れた女王は東に向かって旅立ちました。
そこは狩猟民族の暮す土地です。
良いんでしょうかね?
「族長の許可は得ている。我等は受けた恩を忘れる種族ではないのだ。」
付き添った屈強な男が言いました。
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「何じゃと!…消えたじゃと?」
「はい。3人とも姿を消しました。」
ミーアちゃんから話を聞いたサーシャちゃんは思わず作戦地図から身を起こしました。
ミーアちゃんがサーシャちゃんの向かいの席に腰を下ろすと、従兵が2人にお茶を運んできます。
優雅にお茶なんか飲み始めましたけど、此処は連合王国の軍団を指揮する部屋なんですよね。サロンと間違えてるんでしょうか?
「ふむ。おもしろくなってきおったな。…で、肝心のアキトは何処じゃ?」
「連合王国から、一番先に姿を消してますね。現在、ユングさん達がバビロンの偵察衛星を使いながら捜索中です。」
「アキトを探すのは骨じゃ。じゃが、遠くには行っておらぬと我は思うぞ。…それで、カラメルとの話は出来たか?」
「はい、可能であるとの返事を貰いました。…でも、こちらの話を聞いていて途中から笑い出しましたよ。」
「彼らの意表を突けばそれで良し。問題はどこに作るのかじゃが、やはりこの兵営の近くが良かろうな。」
「そこは、サーシャちゃんにお任せします。そしてリムちゃんがもうすぐ到着します。」
ガシャガシャと鎧の音を響かせながら、娘さんがサーシャちゃんの執務室に入ってきました。
「何があったのですか? どの王国も浮ついています。他国からの侵略とは思えませんが、連絡を受けて西部戦線より戻って来ました。」
「ちょっとおもしろい事が起っておるのじゃ。傍に寄れ。実は…。」
リムちゃんの耳元でゴニョゴニョって感じで状況を説明しています。
最初は驚いていたリムちゃんでしたが、次第にふんふんとサーシャちゃんの話に聞き入っていました。
「それで、現在の配置はこうなってるんですね。」
「そうじゃ。どの王国にも組する訳には行かぬじゃろうて。だが、先走る王国が無いとも限らぬ。我等は厳戒態勢で状況を見守れば良い。フェルミの歩兵部隊は西部戦線に送ったが、これは王国の揉め事に呼応して西の王国が攻め入るのを防ぐためじゃ。エルと行き違いになったのは申し訳ないことじゃと思うておる。」
「それは良いのですが、肝心のお兄様は?」
「ユング達に任せれば良い。そして、これがその図面じゃ。リムも賛同してくれような?」
「もちろんです。そんな方法があるのですね。是非ともお願いしたいですわ。それと、この中にもう1つ…」
「分っておる。万が一の事があるやも知れぬ。我等も同じ気持ちじゃ。」
遠くを見詰めるように顔を上げて、サーシャちゃんが呟きました。
ミーアちゃんもその言葉に頷いています。
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「どうだ? 唯1人の捜索だ。サーモグラフィで探すのにそれほど時間が掛かるとは思えないんだが?」
「明人様は生物ですから体温を持っています。顔がわれていますから町や村に身を隠すのは困難。それでアクトラス山脈中を詳細に分析しましたが、明人様の生体反応はありませんでした。」
「ふむ…。と言うことは、穴に隠れているという事か?」
「それでも、痕跡は分ります。現在アクトラス山脈に1千個のセンサーをランダムに設置しています。少しでも外に出ればそれらのセンサーで検知できる筈なのですが…。」
秘密組織のアジトのような部屋には大きなスクリーンに連合王国の版図が映し出されています。
そこには、点滅する輝点や小さな文字それに色んな記号が表示されています。
それでも、彼女達の探す獲物は見つからないようです。
「ラミィ。ユグドラシルとバビロンは相変わらず沈黙を守っているのか?」
「此方の質問は受け付けています。ですが明人様のことについては沈黙守っています。」
「知っているのでしょうか?」
「いや、知らないんじゃないかな。そして、彼等もそれが分らないことに驚いているのかも知れない。ある意味、2つの神官達は常に明人を監視の対象としていた筈だ。この不確定な世界の守護者でもあるからな。それが突然消えたんだ。その原因を自ら調べてる最中だと思うぞ」
「とはいえ、明人様は生物です。何時かは食料を求めて村に出てくるでしょう。主要な都市や町村の門にITVを付けて、この施設の電脳で監視するのはどうでしょうか?」
「それも手だな…。地道な方法だが、やってみる価値はあるな。」
1人を指令室残して2人は部屋を出て行きました。
隣の部屋に入ると早速工作機械を動かし始めたようです。
「全く、どこに消えたんだか…。だけど、俺としては早めに出て来たほうが良いと思うぞ。精々美月さんに1発殴られるくらいだろう。でも長引くと1発じゃ済まなくなるんじゃないかな。俺に、明人を探してくれって頼んできた時には半分泣いてたからな。美月さんの半泣き顔は初めて見たぞ。明人も見た事が無いんじゃないかな…。」
ぶつぶつと独り言を言いながらスクリーンを眺めているようです。
ある程度失踪したアキトに同情してるのかも知れませんね。