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#512 ユグドラシルの樹の下で

 

 あくる日、朝食を食べながら庭のテーブル近くに生えている立木の説明をする羽目になった。

 

 「ふ~む。摩訶不思議な話よのう。」

 「あの木がミズキ姉さんの両親なんですか?」


 「俺が体験したのはちょっと自分でも信じられないんだけど、あそこに生えてる木を見る限り真実だと思うよ。」

 「何らかの弾みで歪に入った思念体のミズキが、アキトの近くに現れたのじゃろうな。そして時を経てアキトの誕生に合わせて人の姿になったのじゃろう。正に縁じゃな。」


 「でも、そうしたらミズキ姉さんの本体は植物となりますよ?」

 「元はそうかも知れないけど、今の姉さんは俺達に近い生物だよ。俺達と同じ体形で同じ食べ物を食べ、そして話す。ある意味全く変わらない。」


 「ならば何も心配する必要は無い筈じゃ。アキトの姉で、リムやミーアの姉である事に変わりはない。」

 

 そう言ってくれるのがありがたい。

 皆に距離を置かれたら、この場所を去る事も選択肢の一つではあったが、どうやらそんな事にはならないですむようだ。


 食事を終えて、皆でお茶を飲んでいると客間の扉が開いた。

 俺達が一斉に開いた扉を見ると、両手を伸ばして大きな欠伸をしながらフラフラと歩いてくる姉貴がいた。


 「「起きた!」」

 「お早う! 何か、寝過ぎたみたいで頭が重いわ。」


 そりゃ2月以上寝てたんだから,寝過ぎたのは確かだよな。

 リムちゃんがそんな姉貴をテーブルの席に付けるとディーが熱いお茶のカップを差し出した。


 俺達が見守る中、美味しそうにお茶を飲むと、リビングを出て行った。顔を洗う心算のようだ。

 ディーがスープを温め直して、リムちゃんは黒パンを暖炉で炙っている。


 「また何時もの時間が始まるな。」

 「そうじゃな。」


 そこに姉貴がバタバタと足音を立てて飛び込んできた。


 「あの、タトルーンは?」

 「あれは、長老が姉貴を守る為だって置いているんだ。屈強なカラメル戦士が数人待機しているよ。」


 「それはタトルーンから立ち上る気の強さで判るけど…。」

 「何かあったら大変だって事らしいけど。それに触発されてアテーナイ様も軍を派遣させたようだけど、まだ来てないね。」


 「そんな大それた話じゃないんだけどね。でも、一つお願い。テーブルの傍にある立木は切らないでね。」

 「あぁ、分ってる。あれは俺達にとっても大切な木だ。長老は世界樹だと言ってたぞ。」


 「遥か昔に、この星にもあったはずよ。ユグドラシルの名が残っている位だもの。それは知性体を導くもの。長い年月を自然と一体になって知性体を見守る姿として大樹の形態を取る事が多いのよ。」


 遥か昔、北欧神話のユグドラシルは姉貴と同じ世界から来て、人々を見守っていたのだろう。困った事があれば心象世界で忠告や対応を話してあげたに違いない。

 何時しか大樹より人が離れても、神話の中にその名が残ったんだろう。


 「一つ、質問じゃ。ミズキは神の眷属なのか?」

 「違うわ。意思を感じる事は出来てもその姿を見た事は無いの。」

 

 「赤ちゃんをミーア姉さんに渡したのは?」

 「帰ってくる途中で頼まれたの。」


 何処で、誰に頼まれたんだか。意外と頼んだ者が神なのかも知れない。

 だとしたら、神は1人なのだろうか? それとも沢山の神がいるのだろうか?

 それに答えられるのは姉貴だけのような気がする。

 まぁ、帰ってくれさえすれば、そんな事はどうでも良い。

 俺達は此処でのんびりと暮らすことが今度こそ出来るのだから。


 食事を始めた姉貴を見て家の外に出る。

 一服しようとして庭のテーブルの傍に行くと、長老が待っていた。


 「中々面白い会話じゃったな。我等は神を信じる事は無いが、お主達は存在を感じる事が出来ない存在を考える事が出来るようじゃ。意味が無いと一蹴する者もおるやも知れぬが、確かにその存在がミズキによって確認されたという事じゃな。」

 「そうかもしれませんが、果たしてその存在は神なのでしょうか? 俺は少し違うような気がします。俺達の連続した平行世界。多元宇宙をその外部から見ることが出来る存在であって、その世界の綻びを見つけ、間接的な干渉を長期に渡って行なっている知的生命体のような気がします。」


 「まぁ、そう極端に走る事もあるまい。それが神であるとすれば大概の者が納得する筈じゃ。そして、そんな生命体が沢山いる事も事実じゃろう。ミズキは神の眷属ではないと否定した。つまり神、その眷属、さらにはミズキのような存在、少なくとも3種の知的生命体が存在する事になる。

 その中の1人とその証である世界樹がこの地にある以上、この地は栄えるであろう。それが永続するように我等もリオン湖の基地を拡充せねばなるまい。

 小型のタトルーンはこのままで良いじゃろう。お前達がどこに出かけようとも世界樹を見守る筈じゃ。」


 「恐れ多いような気がしますけど。」

 「気にすることはない。我等一族の独断じゃ。泥棒避け程度に考えればよい。」


 そう言って、姿を消していく。

 ある意味、カラメル族が俺達に1歩近付いた存在になるのかな。

 互いに干渉しない事で此処まで来たらしいが、姉貴については別になるようだ。

 せっかく、此処にいるんだったら少し手伝って貰おうかな。

 例の救助隊構想には丁度良いのかもしれない。


 家に入ると、姉貴の朝食は終ったようだ。

 早速、帰還の報告に出掛けるらしい。


 「アキトは留守番をお願い。アルトさん達と出掛けてくるわ。最後にギルドに寄って来るから昼食までには帰るわね。」


 そう言って3人で出掛けていく。雪はさほど深くないから、遭難する事は無いだろう。でも、昨年は村の中で1人亡くなったらしい。吹雪の時はたとえ村の中でも安心は出来ぬとアテーナイ様が言っていた。


 皆が出掛けたところで、哲也に通信を送ってみる。

 情報端末のメールなら直ぐに返事が来るだろう。

 仮想スクリーンを展開して、タッチスクリーンのように表示されたキーボードを触るとカチャカチャと音がして電文がスクリーンに表示される。


 簡単で良いよな。

 「今何処? 後どれ位?」


 簡単すぎるかな?

 そう思って、画面を見守ると返事が帰って来た。


 「アクトラス山脈に入った。後5日は掛からない筈。」

 

 案外近くまで来ていたな。

 ジェット機を使うとか言っていたが、途中までそれを使ったんだろう。2万kmを一気に飛べるジェット機は少ないからな。

 となれば、哲也達の住処も考えておかねばなるまい。

 ディーと同じような境遇だ。2人で連合王国を旅するのも良いだろうが、故郷ぐらい用意してやってもお節介にはならないだろう。

               ・

               ・


 「全くイヤになるのう。王宮から常時20人の近衛兵を派遣するのはどうかと思うぞ。」

 「でも。3つの門に常時3人ずつ待機してくれますから、村の門番が無くなりました。村人は喜んでますよ。」


 「そして、常時2人が村を移動しながら警備している。土地の広さから言えば王都より警備が上じゃぞ。」


 まぁ、分らなくもない。

 カラメル族が5人の戦士を置くならばと、アテーナイ様の要請にトリスタン様が出した答えが近衛兵20人の派遣だった。

 他国の王族の別荘がある事を思えば、それ位は出しても良いだろうとの事だが、今までも10人程が別荘の警備にいたことを考えると少し多いようにも思える。

 アテーナイ様は林の小道にも警備兵を置きたかったらしいが、それはどうにか辞退することが出来た。そんな事をしたら、誰も遊びに来なくなってしまう。

 

 「ところで、ユング達は此処で暮らすのじゃな?」

 「客間を提供するわ。直ぐに出掛けるかも知れないけど、故郷を作っておけば帰って来る筈だしね。」

 

 「出掛けると言っても来年になるんじゃないかな。旅行記を執筆するような事を言ってたぞ。」

 「あの怪物達の図鑑を作るのか? それは見てみたいものじゃな」


 図鑑ではないと思うけど、確か東方見聞録とか言ってたな。あれはマルコが書いた筈だが、誰も知らないから題名をパクったな。

 それが領民に知られて、東方世界に進出するようになるのだろうか?

 

 元気になった姉貴は、情報端末を使ってミーアちゃんやサーシャちゃんとおしゃべりをしている。もっとも相手の通信機がモールスだから会話と言うよりメールのやり取りだな。

 狩猟期には赤ちゃんを連れてやって来るそうだから今から楽しみにしておこう。


 家を出て庭先のテーブルに着く。

 未だ春は遠い彼方だ。それでも、テーブルの傍にある世界樹は青々とした葉を茂らせている。全く、生態が異なるような気がするぞ。


 それでも、この木に見守られて俺達は此処で暮らしていくのだろう。

 姉貴と俺が望む、慎ましい暮らしとはだいぶ違うような気がするけど、俺はこれで十分な気がする。

 気の合う仲間がいて、毎日互いに一度は笑い声を上げる。

 それは幸せな暮らしでは無いだろうか。


 そんな事を考えていると、リオン湖を渡ってくる人影に気が付いた。

 段々とこちらに近付いてくる。

 ディーが飛び出してこないところを見ると、敵意を持った相手では無さそうだ。

 そして、ようやく誰かが分った。席を立つと擁壁まで歩いて行く。


 「やぁ、ご苦労さん。大変だったろう。」

 「そうでもないさ。色々と土産があるぞ!」


 互いに抱き合って無事を祝う。

 誰かに見られたら嫉妬されそうだけど、コイツは哲也で男だぞ。

 1人増えてるな。そしてこの顔どこかで見た事があるんだが、何処で仲間にしたんだろう。

 まぁ、哲也のことだ。仲間が増えたのは喜ばしことだ。コイツは結構人見知りする奴だからな。


 「中に入ってくれ。皆揃っている。」

 「あぁ、寄らせて貰うよ。」


 3人を連れて扉を開く。


 「姉さん。ユング達が帰って来たよ!」

 バタバタと慌しく席を立って哲也達を迎える準備をしている。


 「さぁ、座って。大変だったでしょう。」

 そう言って姉貴が3人に着席を促がして、早速顛末を聞き始める。

 アルトさんとリムちゃんも目を輝かせてその話を待っているようだ。


 そして、俺は改めて外に出る。

 哲也達の話は後でじっくりと聞こう。今は2人の生還を喜べば良い。

 だって、俺達にはずっとこの暮らしが続くのだから。

 その暮らしぶりは、庭の世界樹とアクトラス山脈、それにリオン湖が見守ってくれるだろう。

 俺達は、俺達の蒔いてきた種がどんな実を結ぶか、此処で見守れば良い。

               ・

               ・


              End

 

 長い間、付き合って下さってありがとうございます。

 フラグが沢山残ってますから、ゆっくりと後日談を追加する心算です。

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