#503 決行!
夜間にディーが周辺を探索する。
ダリル山脈に生息する獣も脅威だが、それより気になるのはネーデル王国の動向だ。実の王女を辺境に左遷して、その部下共々北の砦に留め置くとなれば、砦の様子を探る部隊がいてもおかしくはない。
「砦の北に3つの部隊が扇状に展開しています。これは砦の監視所と考えられますが、南方にも、砦を囲む4つの部隊があります。3つの部隊は約30km後方で約100人程。残りひとつは更に後方30kmで1000人を超えます。」
焚火の傍で、リムちゃんの差し出したメモ用紙に簡単な状況を描いて説明してくれた。
「やはり、反旗を恐れているわ。ほぼ同数の部隊は足止めと見るべきね。」
「後退を嫌ったのはそんな訳か。だけど、集落を含めて砦に篭ったら、この部隊はどう動くかな?」
「たぶん、偵察を放ちつつ、前進してくるじゃろう。あわよくば、砦を落とす事も視野にいれてのう。」
「でも、兵力は均衡してるよ。そこまでするかなぁ?」
「必ずしも、砦を落とすのに砦内の兵力を上回る必要は無いわ。この場合は食料の差が問題になるはずよ。」
確かに、砦への食料輸送は月単位で細々と行われているようだ。となれば、砦の出口を押さえるだけで兵糧攻めが容易に行える事になる。
「じゃが、そろそろ北の大地は雪に覆われる。砦を囲む方も容易ではないぞ。」
「私達と似た天幕があれば過ごせるわ。それぐらいの準備はしている筈。」
「何とかしてやりたいが、余り積極的に参戦するのもな。」
「遠まわしに援助しましょう。…リムちゃん。アテーナイ様に連絡して、ジュリーさんにエルフの里への亡命者がいる事を教えてあげて。早ければ11月の下旬。遅くとも12月の上旬には里の入口に着く筈だと伝えて頂戴。」
リムちゃんはアルトさんと一緒に天幕に入っていった。天幕の中で通信をするようだ。
そして、姉貴がディーの描いた部隊配置図の裏に何やら書き始めた。
数行の文を書き終えるとディーにメモ用紙を折り畳んで渡す。
「これを砦に届けて頂戴。アキトの名前を入れといたから、王女に渡して欲しいと砦の館の警備兵に渡せば良いわ。」
ディーは姉貴に頷いて、イオン噴流をなびかせながら、ダリル山脈を下りて行った。
「何て書いたの?」
「エルフの里の入口の仕掛けと、北への脱出路を掘るようにと書いといたわ。配置図で砦の状況は理解する筈だから、南には向かわないでしょう。それに砦を囲まれたときに抜け穴があれば楽だしね。たぶん」
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11月に入って数日が過ぎるとダリル山脈はすっかり雪に覆われてしまった。
後5日も経てば、このアジトから北の大地に移動する。歪から100km程の所に天幕を張って、その時を待つ事になる。
被害半径は壊滅するのは精々20km以内だろう。その5倍を見ておけば安心だとは思うけど、こればっかりは分らない。衝撃波の伝播が、この何もない台地でどこまで広がるかが見当つかないのだ。
「ネーデル軍が動きました。ゆっくりと砦に向かっています。砦の周辺に展開していた監視所及び集落は全て砦への避難を完了しています。」
「ご苦労様。…アキト、砦の井戸は全て建物の中よね。」
「少なくとも砦内を歩いた時には見当たらなかったな。厳冬期に井戸が凍らないように建屋の中にあるんだと思うよ。」
「ネーデルの軍も問題じゃが、我らはどうやって爆発をやり過ごすのじゃ?」
「地面に穴を掘って、その中で待機する。上に土を被せておけば、衝撃波とその後の強風をやり過ごせる。爆心地に向かって吹く風が収まり次第、東に向けて出発だ。」
「南ではないのですか?」
「南だと、北風に乗ってくるフィッションプロダクトをまともに浴びる可能性がある。大量に浴びれば死んでしまう死の灰だ。」
「毒なのじゃな?」
「毒ではないの。その影響を【サフロナ】で無効化出来るか分らないわ。だから出来るだけ早く、その場所を離れる必要があるの。」
それは、王女達砦の人々にも言える事だ。
だが、堅固な建物に3日程留まった後で北東に向かうのであれば、放射戦被ばくをかなり低減出来るだろう。短半減期核種ほど放射線を強く出す。それは指数関数的に減衰するからな。
俺達は歪み南東部に潜んで、フォールアウトよりも先に東に抜けるのだ。【アクセル】と【ブースト】で身体機能を上げれば何とかなるだろう。
ダリル山の尾根に近いこの場所はだいぶ雪が深くなってきた。
後数日でこのアジトを後にして雪原に向かわねばなるまい。
森に分け入り、丸太を10本以上切り出しておく。雪原に掘った穴の上部を衝撃波が走っていくのだ。頑丈な作りにしておかねば潰されてしまう。
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雪原への移動の前夜、再度ディーが周辺の探索とネーデル軍の動向を探って来た。
数Km離れて砦を囲んでいるようだ。
「後続の部隊を確認しました。部隊規模は300人程でソリを挽いているようです。」
「少し囲みが多くなったわね。でも、砦を攻める事はしないでしょう。互いに黙って対峙している筈よ。」
「200以上の天幕を確認しました。ですが、あの程度の天幕では衝撃波を受けたら吹き飛びます。」
「そして、フォールアウトを全身に浴びる。その影響はやがて現れるわ。」
放射線の怖いところは、その場で即死することが少ない事だ。確かに大量被ばくならば1時間も生存しないだろう。だが、たとえ少しの被ばくでも長時間継続して浴び続ければ、大量被ばくへと発展する。そして、放射線は、目に見えず色も匂いも無い。気が付くすべが無いのだ。
次の日、朝食を終えた俺達はアジトを畳んで、イオンクラフトで歪みの南東50km程のところに着いた。
俺とディーがピッケルを使って硬い凍土に穴を掘り始める。
姉貴達はイオンクラフトで風を避けて天幕を張る。焚火を作っていたからもう少しでお茶を飲む事が出来るだろう。
大地はカチンカチンに凍っている。【アクセル】で身体機能を上げても穴掘りの進捗ははかどらなかった。
「余り進んでおらぬな。後、4日で大丈夫なのか?」
アルトさんがお茶のカップを俺に差し出しながら聞いてきた。
「硬く凍っているからね。まぁ、何とかなるだろう。少なくとも4D(1.2m)ぐらい掘れば大丈夫だよ。」
根拠はまるで無いが、俺の言葉にアルトさんは満足したようだ。
それでも、昼食後には姉貴達も交えてスコップナイフで、俺達を助けてくれた。
夜も、ディーがピッケルで凍土を削る音が規則的に聞こえて来た。
カツン、カツンと耳に響く音だったが、疲れが勝ったようだ。何時の間にか眠りについていた。
「ご苦労さん。」
早朝、黙々とピッケルで穴を掘っていたディーに言葉をかける。
「約1m程です。横にも伸ばすことになりますから、ぎりぎりで間に合いそうです。」
「ところで、エナジーの残量はどれ位?」
「60%弱…ですね。今日は吹雪く前に羽を伸ばして補給します。」
「先があるから無理しないでくれよ。」
「了解です。」
そう言って、穴からディーが出てきた。もう直ぐ皆が起き出すだろう。簡単な食事を準備するつもりらしい。
皆が焚火に集まったところで朝食だ。
アジトで焼いた平べったいパンにコケモモのジャムを乗せて、乾燥野菜で作ったスープを飲む。
たぶん昼食同じだと思うが、厳寒期に向かいつつあるこの雪原では贅沢は言えない。
「後3日だから、ユング達の様子を確認してみるわ。アルトさん達はこれで昼食を作ってくれないかな?」
そう言って、袋から取出したのはトウモロコシの粒だ。遊牧民から手に入れたバターの入れ物も出してきた。という事は、ポップコーンが昼食と言う訳だ。
食事が終わり、お茶を飲んだ後は、俺も一緒になってピッケルを振るう。
1mも掘ると、凍土ではなくなり、乾燥した土が姿を現した。これなら穴掘りが進むぞ。
そして、明日は決行日という14日の昼頃に、どうやら凍った大地に横3m、幅1.5m、深さ1.5mの溝のような穴を掘り終えた。
溝の端は斜路にしてある。そして溝の上には丸太を並べてその上をシートで覆った。
雪原の雪を集めて、シートの上に押し付けると水をかける。そしてまた雪を押し付けていく。
「これで、屋根が出来たわね。日暮れになれば-15℃にもなるんだからたちまち回りの凍土と一体になるわ。」
「出入口はどうするの?」
「この4本の丸太が扉になるわ。アキトとディーで内側から押さえつければ立派な扉よ。」
まぁ、確かに姉貴の言う通りだけどね。
衝撃波は一瞬だ。それをやり過ごせば、次は爆心地に向かって吹く風だが、どれぐらいの強さでどの位の時間吹くかは全く分らない。
風は爆心地から離れているから精々台風ぐらいだと思ってはいるのだが…。
準備が出来たところで姉貴達は平たいパンを焼き出した。少なくとも明日の昼から1日は食事を作っている閑はない。サンドイッチ風にして笊に沢山準備しているようだ。
夕食は、出来立てのパンに干し肉を使ったスープになる。
確か11時20分と言っていたな。朝食を食べてお茶を飲む時間はありそうだ。
次の日、朝食が終るとお茶を多めに作って各自の水筒に満たした。
イオンクラフトのシートを外して、ディーが点検を始める。姉貴達は溝の奥にイオンクラフトから外したシートを持ち込んで広げている。
俺がアンテナを杭を打って取付けて、ケーブルを置くに設置した情報端末に接続する。
早速姉貴が仮想スクリーンに哲也達と科学衛星の映し出した周辺の画像を画面分割をして表示させている。
この画像を元にディーがイオンクラフトを操縦するのだ。
段々と北風が強くなってきた。決行時刻には吹雪きになるに違いない。
タバコを取りだして、一服を始めた。
時計を見ると残り30分を切っている。
「ディー、爆発した後が大変だぞ。…そろそろ始めるか。」
「はい。全て問題ありません。何時でも可能です。」
タバコを形態灰皿に投げ込み、溝の中に入る。シートに座ると、傍に置いてある丸太の扉をディーと一緒に背中で押し付けるようにして出入り口を塞ぐ。
ディーが情報端末の前に陣取った。
俺も、起爆装置をバッグから取り出して膝に置く。
「状況、開始!」
姉貴の指示で、ディーが情報端末を操作すると仮想スクリーンが横に広がり、3つの画面が表示された。
哲也と俺達の場所を上空から映し出した画像が左右に、正面はイオンクラフトの全面に取り付けられたカメラ画像のようだ。
地球の反対側を同時に見られるという事は、科学衛星が2つと言う事だよな。小型衛星を放出したか、休眠状態の衛星を復活させたか、まぁそんな所だろう。
「上昇します。1…3…7…20mで高度を保ちます。北西に向けて飛行させます。」
イオンクラフトが雪原の空を滑るように進んでいく。
段々と速度を上げているみたいだ。
画面に歪までの距離と同時爆破の予定時刻が表示される。
残り15分。
「アキト。電源スイッチオン!」
俺は起爆装置の赤いキースイッチを回した。
表示灯が赤く点灯する。
「起爆装置電源オン。」
俺の報告を聞いて、姉貴が頷くが画面から目を離すことは無い。
「爆発予定時刻まで1分を切りました。このまま進めば予定時刻に歪に到達します。」
「アキト。水銀放出スイッチオン!」
俺は黄色のキースイッチを回した。10秒程経過して黄色の表示灯が点灯する。
「水銀排出完了。カウントダウンを始めてくれ!」
「20秒前、19…18……3…2…1…ゼロ!」
姉貴の声に合わせて緑のキースイッチを回す。
突然明るい光りを感じた。シートを通しても光を感じる事が出来る。
「全員目を閉じて耳を塞げ!」
俺の怒鳴り声に皆が慌てて耳を押さえて目を閉じる。
どうやら核爆発は起きたみたいだな。これからが大変なんだ。
距離は約50km。音速でも2分ほど掛かる筈だ。だが、衝撃波は音速を超える。
一瞬にして押さえ込まれるような暴力的な衝撃を全身で感じる…しかし、直ぐに収まった。
衝撃波はやり過ごせたようだ。次ぎは爆心地の真空地帯に周囲から空気が押し寄せて来る番だ。
その前に低い遠雷のような響きが聞こえてきた。これだけ耳を押さえていても、体が音を感じ取る。そして、大地の震動が届いてきた。
ちょっとした地震だな。それ程強力ではないが、この世界に来て地震を経験したのは初めてだ。アルトさん達は驚いてるだろうな。
ヒューっと風の音がしたかと思うと段々とその音が大きくなり、何時しかゴォーっと言うような音に変わった。
爆心地に向かって吹く風だ。これが弱まり次第此処を離れる事になる。
俺は皆の肩を叩いて、当座の危険が去った事を告げた。
「どうやら、計画通りだ。情報端末からみると哲也の方も爆発したみたいだな。
俺達は、今吹いている風が弱まり次第、東に向かって走る事になる。姉さん【アクセラ】を頼む。【ブースト】が使えればそれも浸かっておいた方が良い。とにかく、早く離れないといけない。」
姉貴は情報端末をバッグに入れると俺達に【アクセラ】を纏めて掛ける。
全員に頭からシーツを被せておく。シーツで体を包んで、離れた場所でそれを捨てることでフォールアウトが体に付く事が少しでも減らせる。
「現在、風速35m。…30m少しずつ低下しています。」
ディーが風の音で風速を計っているようだ。
「風速20mで外に出る。アルトさんはしっかりとリムちゃんの手を握って一緒に走るんだ。」
俺の言葉にアルトさん達が真剣に頷いた。
「外に出たら、このメガネをかけて北を見てごらん。長く見てはダメだ。それと、手袋をしておくこと。今の内に準備をしといてくれ。」
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「風速20m以下になりました。」
ディーの言葉に俺は背中の丸太を退かして外に出る。
まだ南風が強いが、アルトさんが吹き飛ばされる事は無いだろう。
メガネ越しに北を見る。
地上に現れた太陽はもう姿を消したようだ。上空高く土砂を巻き込みながらキノコ雲が出来つつある。規模はだいぶ大きいぞ、成層圏に達するかも知れない。
姉貴達も溝から這い出して北を見ている。ジッと空を見上げている姿は彫像のようだ。
「さぁ、急ぐぞ。これからは時間が勝負だ!」
俺の声に全員が東に向かって駆け出した。
姉貴が先行し、リムちゃん達がそれに続く。ディーは少し離れてアルトさんをカバーしている。そして最後尾は俺になる。
厳冬期が始まる凍った大地は走り辛いがそれでも歩くよりは早く移動出来る。
振り返った北西の空にはゆっくりとクラゲの笠のようにフォールアウトが降りて来ている。
南風も段々と弱くなってきた。後30分もすれば北風に変わるだろう。
何とか北東には吹かないで欲しいと思いながら、皆の後を追い駆ける。




