#501 砦の指揮官
村を出て5日目、俺達はダリル山脈の尾根近くにアジトを作った。
アジトと言っても大岩の張り出した下に天幕を張って、周囲を簡単な柵で囲んだだけだ。
イオンクラフトは直ぐ脇にある空地に着地させてある。周囲にはがトルの小さな群れがいるとディーが言っていたが、俺達のアジトには近づいて来ないようだ。
まぁ、柵は念の為に作ってあるけど、アルトさん達は柵の外側にも、森から蔦を集めてきて簡単な柵を作っている。
灰色ガトルの襲来も冬には考えられると言っていたけど、ちょっと楽しみにしてるような感じだな。あいつは結構手強いぞ。出来るならやって来て欲しくないけどね。
「今夜、ディーと一緒に砦の近くに飛んで。翌朝アキトを下してここに戻るから、アキトは無線機を持って行ってね。」
「改造した携帯無線機を持って行くよ。小型並みの出力だが、ここまで届くのか?」
「直線距離だからね。問題ないと思うわ。指向性アンテナの使い方ぐらい分るでしょ。」
特別に無線機を短波から超短波に電波の波長を変えたようだ。波長1mならば簡単な八木アンテナを作って指向性を高める事が出来る。
簡単なアンテナキットも袋に入れてあるから、これをダリル山脈に向ければ届きそうだな。
「何かあれば直ぐに連絡するのじゃぞ。爆裂球は躊躇わずに使うのじゃ。」
「あぁ、心配いらないよ。」
アルトさんにそう告げる。別に殴り込みに行く訳じゃないからね。穏やかな話し合いに行くんだから。
逆に、ディーを一晩姉貴達から引き離してしまう方が俺としては心配だ。たぶん夜間は【カチート】で対応するんだろうけど、大型獣の中には障壁を破る奴もいるからな。
そして、その夜にお弁当を2つも持たされた俺は、ディーの操縦するイオンクラフトでネーデル王国の来たの守りというべき一大集結地である砦の南に下り立った。
朝方までは操縦席で毛布に包まって寒さを凌ぐ。
翌日、寒さで目が覚めると、美味しそうなスープの匂いが漂ってきた。
「お早うございます。」
「あぁ、お早う。美味そうな匂いだな。」
俺が焚火の傍に座ると早速カップに小さな鍋からスープを入れてくれた。
フーフーしながらスープを飲んでいる間に、黒パンサンドを焚火で温める。
俺が食べているのを見ながらディーはお茶を飲んでいる。
俺が食べ終わると直ぐにお茶を出してくれた。
「後は、大丈夫だ。このまま北に20kmだな。」
「途中に障害はありません。少し前進して停めましたから、後15km前後です。昼過ぎには砦に着ける筈です。」
「姉貴達を宜しく頼んだよ。」
そう言って、カップのお茶を投げ捨てると焚火から立ち上がった。
ディーに手を振ると北に向かって歩き始める。
少し歩いて後ろを振り返ると、ディーが俺をジッと見ていた。片手を上げると手を振って答えてくれる。俺が見えなくなるまで見送ってくれるのかな。
そんなちょっとした心遣いが嬉しくなる。
1時間程歩いて一息入れる。腰の水筒から水を飲み、タバコに火を点けると咥えタバコで歩き出す。
姉貴がいたら大目玉だな。まぁ、一人だから気楽に行こう。
歩き始めて2時間、北に建物らしきものが見えてきた。
双眼鏡で覗くと、町程の大きさがあるぞ。外壁は低いが頑丈そうだ。
南側に楼門があるのが見えたので、門に向かって歩いて行く。
楼門まで1km程に迫ったとき、楼門に人影が見えた。どうやら俺を視認したらしく、ジッと俺を数人でみているのが分る。
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楼門の扉は閉ざされていた。砦の様相をしているから、まぁ、普段から開放する事はないだろう。
ドンドンと扉を叩く。
「誰だ。何用だ?」
「モスレムのハンター、アキトと言います。指揮官殿に火急の知らせを持ってまいりました。」
俺の返答に砦の中が少しざわめいた。
「確認する。しばし待たれよ。」
そう言って門の中が静かになる。どんな人物がこの砦を指揮しているか分らないが、少なくとも兵隊に取り囲まれることは今の所ないようだ。
閑を持て余したので、タバコを吸っていると扉が静かに開き始めた。急いで、携帯灰皿に吸殻を投げ込んで門に向かい合う。
「テーバイ戦の勇士の名は我等も聞き及んでおる。我が指揮官も是非、一目見たいと言っておる故。どうぞ、中へ。ご案内致す。」
門が開くと同時に、俺の前に現れた老将軍が俺を中にいざなう。
「突然にやって来て申し訳ない。どうしても伝えたい事があるので案内を頼みます。」
そう言って、老将軍の後に付いて砦の中に入って行った。
確かに規模が大きい。東西に木造の兵舎があって北に石作りの館がある。俺達が歩いている南の広場だけで野球の試合が2つ同時に出来そうだ。通常の兵員だけでなくイザという時に大部隊を駐屯させる事が可能なように設えているのだろう。
誰がやって来たのかと。俺の姿を遠目に見る兵隊の装備は槍に革鎧だが、革に何かの板を貼り付けている。俺を案内してくれている老将軍は鎖帷子に長剣だな。
所々解れている鎖帷子は歴戦の痕と見るべきだろう。
「ところで火急の用とは、どの様な内容ですかな?」
「出来れば、主だった士官達を交えて一度にお話したい内容です。」
「了解した。」
老将軍は手近な兵を呼び寄せて、何事かを託した。
若い兵は驚いて俺を見たが、直ぐに兵舎の方に走って行った。
そして、正面の館に着く。
玄関扉の両側に控えていた衛兵が老将軍の指図で扉を開く。
薄暗い通路を真っ直ぐに歩き、右側にある扉を開いた。
教室よりやや広い部屋には大きなテーブルが設えてある。その奥にいるのがこの砦の指揮官なのだろう。
「リーゼル様、連れてまいりました。本物の虹色真珠を持つハンターでございます。」
「若いな。…その歳で真珠持ちとは恐れ入る。して、我に火急の用事とは何事じゃ。」
驚いた。キャサリンさん位の女性だぞ。老武将が様を付けて呼ぶからには上位の貴族もしくは王族に違いない。貴族なら頭が固そうだ。
「我が女性で驚いたようじゃな。モスレムとて一軍を率いる女将はおるじゃろう。我も同じじゃ。ネーデルの末娘じゃ。」
王女なのか。しかも率いているのは千人以上。それなりの武芸を持っているという事だな。
「先ずは座るがよい。もうじき士官も集まる筈じゃ。」
俺は、老将軍に勧められた席に着いた。王女とはほぼテーブルを挟んだ反対側になる。
「先ずは、会って頂いた事に感謝します。会って頂けない時はどうしようかと思っていましたから。」
「モスレムのアキトの名は我も聞き及んだ。5千の兵を前に一歩も退かなかったと聞く。それ程の剛の者に会って見たかったのが本音じゃな。」
そう言って小さく笑う。
「レムナス。どうじゃ?」
「正直、相打ちに持ち込めれば末代までの誉れにございます。自然体ですが、隙がございません。未だに、背中の汗が引きませぬぞ。」
「だが、一切武器には手を触れておらぬ。それでもか?」
「長剣を構える前に、片手剣が我の胸を貫くでしょう。聞きしに勝るとはこの事でしょうな。」
それを聞いてますます面白そうに俺を王女様が見詰める。ひょっとして、また何時もの展開になるのか?
扉が開き士官達が入ってくる。ざっと15人というところか。となれば、この砦にはやはり1,500人程の兵隊が駐留している事になる。
大部隊だが、駐留する目的はなんだろう?
士官達は俺をチラリと見ながら席に着く。決められた場所があるみたいで、席順を廻る諍いは起こらなかった。
「さて、士官達が全員揃ったようじゃ。そろそろ、用件とやらを聞かせてもらいたいものじゃな。」
「そうですね。先ずは俺の話を聞いてもらいます。質問はその後で、そしてごはんだんは質問の後という事でお願いします。」
俺の言葉に王女が微笑みながらも頷いてくれた。
「貴様、無礼にも…。」何て声も聞こえてくるが、王女はそれを眼差しで制した。
規律は行き届いているみたいだな。
「俺達は歪を破壊しようとしています。来る11月15日俺達はそれを決行する事になります。問題はその破壊方法です。核爆弾という物を使用します。歪の場所に地上の太陽が出現する事となるでしょう。
ただし、この爆弾は威力が非情に高いため、近くにあるものは全て破壊してしまいます。少なくとも40M(6km)半径は建物も残らないかもしれません。そしてその倍の地域に強烈な風を叩きつけるでしょう。鎧を着た兵隊でも簡単に吹き飛ばされてしまいます。さらに、毒を含んだ塵が舞い落ちるので爆発地点から半径60M(9km)は数十年の間立ち入る事が出来なくなる可能性があります。
俺がお願いしたいのは、俺達が歪を破壊する前に、この砦より数十M(5km以上)南に離れて頂きたいのです。」
「話は以上か?」
王女様の問いに俺は頷いた。
「ふむ。面白い話じゃ。質問は誰でも良いぞ。」
その言葉に士官達が一斉に質問を俺にしてくる。騒がしい事この上ない。
「待て、先ずは1人1問として端の者から訪ねるが良い。」
老将軍が堪らず指示を出す。
「先ずは、何ゆえ月日をきめているのか?」
「この世界に歪は二つ。二つの歪は脈動を繰り返し、およそ56日間で両者ともに極小となる。その最小点を狙って破壊する為だ。」
「そのような破壊を起こす兵器なぞあるはずが無い。大方、我等が軍を引いた隙に、モスレムより軍を派遣する心算ではないのか?」
「モスレムを初めとして隣国は兵力を削減し、余剰兵には荒地を開墾させている。他国を侵略する兵力は無い。そして、俺達が使う爆弾は俺達が作ったものではない。遥かアルマゲドンより前の発掘兵器をカラメル族に修理して貰った。」
「歪は異世界とを結ぶもの。それを破壊するなぞ、一体何のためだ?」
「歪は脈動しつつ少しずつその規模を大きくしている。遥か昔には月は一つであったと言う。それが歪の為に異世界よりもう一つの月が現れたのだ。
万が一、この我等の住む大地に異世界の大地が重なったらこの世界全体が壊れてしまう。それはこの大地だけではなく、空の星までをも巻き込む事態となる。」
俺の言葉に士官達が静まった。
そこに、従兵がお茶を持って入ってきた。王女に、そして俺に後は、順不同のようだ。
早速、グイっと飲み干す。
「どうやら、質問はそれだけか? 確かに火急であり面白き話じゃな。じゃが、我等が南に下がらねばお主はどうする気だったのじゃ。」
「元より、破壊は行ないます。ここにいるのも良いでしょう。それは貴方達の判断で行うべきものです。ですが、その近くの者達には一応、話はしておくべきと考えてやってきた次第です。」
「ふむ。下がって欲しいとは思っているが、別に下がらなくても構わない。ただし危険は知らせておくという訳じゃな。」
俺をジッと見詰めて確かめるように問うてきた。
ある意味、偽善である。自分へのごまかしのようにも思えるが、伝えておくべき事だとは思う。
俺は、ゆっくりと頷いた。
「誰ぞ、他の質問はないか?」
「では、一つ。その破壊にお前達は巻き込まれないのか?我等にその距離まで下がらせるという事は大きな爆発になるのであろう。そうなれば当然お前達も巻き込まれる筈、まさか他人を死地に向かわせるのでは無いだろうな。」
「ユグドラシルより譲られた荷を運ぶカラクリを使います。およそ600M(90km)以上離れた場所から荷を運ぶ事が出来ます。」
「待て、先ほどから、バビロンとユグドラシルの名を使うという事は、その2つの都に行った事があるという事か?」
「はい。サーミストの東に広がる大森林の彼方の地バビロン。この北方にある湖の中の不思議な建築物の地下に広がるユグドラシル。俺達はその両方の都に赴き神官の歓迎を受けています。」
途端に部屋が騒がしくなる。
「これ! 王女様の前じゃ。しかも客人を前にして何故に騒ぐ。」
「ですが、ユグドラシルに至る建物に向かう砂の道は異形の戦士に守られています。我が軍をもってしてもかつて一度建物に辿り着いたのみ、しかもその建物には一切の出入り口が無かったと聞いています。」
王女が俺を流し目で見る。
種明かしをしろ。って事なのかな。
「先ずは誤解を解かねばなるまい。あの湖でユグドラシルの入口を守る者は、異形ではあるが人間だ。かつてユグドラシルに暮らした者。ユグドラシルの危機を回避する為、自らを異形としたのだ。そして、建物に入れなかったのは2つの理由がある。
一つは、入口の文字を読めなかった事。そしてもう一つは、貴方達がかつてユグドラシルの住人であった事だと思う。」
俺の言葉に前よりも一艘騒がしくなった。
「面白い話じゃな。まるであの文字が読めるようじゃのう。…まことか?」
「俺の国の文字です。十分読めますよ。」
「読んでみよ。」
王女様が小さな金属片を俺に投げて寄越す。
金属片を取り上げると、あぁ、これってお婆ちゃんが持ってたぞ。
「こう書いてあります。マカ、ハンニャハラミツタ…。」
有名なお経だ。このお経で仏教の教えが全て含まれると聞いた事がある。
「十分だ…。我は読む事は出来ぬ。だが、その言葉は代々王族に受け継がれている呪いの言葉。王族以外は知るものは無いと思うていたが、まさか、この金属に刻まれた文字がその呪いの言葉であるとはしらなんだ。」
意外と、コンロンの血も入っているのかも知れないな。
だが代々受け継がれてきた言葉と文字は、何時しか乖離してしまったようだ。
「他に問いは無いのか。ならばこの砦の指揮官としての判断じゃ。我等はここを動かぬ。もし動けば王都の思い通りになる。我は幽閉、お前達の半数は首を刎ねられ、兵達はスパリアム軍の前に死兵とされるのが見えておる。
どのような炸裂かここでそれを見守り末代までの語り草にするのも一興じゃろう。」
どの国にもそれなりの課題があるんだな。どうやらこの王女様は左遷されてるらしい。
だが、去る方が被害が多いとなるとちょっと問題だぞ。
「すみません。ちょっと窓際を貸していただけませんか?」
「構わぬぞ。そして、我等はこれからすべき事を考えようぞ。まだ時間はある。被害を少なくする事は出来るじゃろう。」
俺が窓際でアンテナを組み立てていても誰も興味は示さないようだ。今の内にディーの計算結果を確認しておこう。
そして、テーブルでは色々と意見が出ているようだ。これを機会に王都に攻め込もう何ていってる奴もいるけど、それはちょっと無理があるだろう。
雌伏と言う言葉もある位だ。時を待て! と言ってやりたいが、その前に…。