#493 サマルカンド 2nd
荒地に町は作ったけど、物流が問題だよな。
農家が10軒では、町への野菜の供給で手一杯だろう。それでも足りないかもしれない。シグさんがさらに10軒ほど募集するような事を言ってはいたが、穀物までは到底無理だ。トウモロコシの種を渡しておいたから農家ぐらいは自給出来そうだけどね。
魚は、漁師町サラブから荷車で運んでくれるらしい。ちょっとした販路拡大だとデクトスさんが喜んでいた。
肉となると、カナトールから運ぶ事になる。ラッピナ位であれば北西にあるレイデン村のギルドに頼むことが出来る筈だ。やはり、穀物が不足するな…。
「お兄さん、何を悩んでいるの?」
「あぁ、この町の必要な物を何処から手に入れようと考えてたんだ。」
玉ねぎの半分ほどタイルの貼り終えた神殿を見上げながら、物思いにふける俺を心配してリムちゃんが声を掛けてくれた。
もうすぐ、今日の作業も終える。
1日の作業を終えてお茶を飲みながら作業の成果を見るのが、何時の間にか俺達の日課になっていた。
「物流ならデリムさんに任せれば良いと思います。たぶんお兄さんの心配しているのは穀物でしょう。でも、アトレイムの西の荒地では屯田兵が開拓をしている筈です。その生産した穀物の消費先は確定していません。それをこの町に回してもらえば良いんです。」
「そうか! その手があったね。早速、デリムさんに話してみるよ。」
流石は軍のロジスティックをこなしただけの事はある。物流の基礎はしっかりしてるな。どこに集積されている物を、どこにどんな手段で素早く動かすか…、軍では輜重部隊の仕事だが、民間でそれを行なうのは商人だ。
別荘に帰る時に、イオンクラフトで製鉄所の事務所に寄り道して貰う。事務所から別荘へ帰る時にはロイ君にガルパスに乗せてもらおう。
事務所の扉を開けると、皆が驚いて俺の顔を見る。
「やぁ、しばらく。どうだい、町は順調かい。」
「えぇ、戦闘工兵が1小隊残ってくれました。春には青い神殿が姿を現しますよ。」
デリムさんが俺を何時ものテーブルに案内してくれた。
そこには、ヘンケンさんがパイプを咥えて待っている。
「こっちは順調じゃ。反射炉から取り出した鉄は工房に預けて加工しておる。武器は作らん、もっぱら農機具じゃ。そして、アキト殿が残してくれた図面を頼りに線路を作る機械を作ろうとしている。まぁ、来年は無理じゃろうな。」
「よろしくお願いします。連合王国が一つになるためには鉄道がどうしても必要です。」
「任せておけ。ユリシーに頼んで弟子を1人回してもらった。機械と言う物に詳しそうじゃから何とか組み立てて見せるぞい。」
ドワーフ達のネットワークがあるんだろうか。だが、ユリシーさんの弟子なら申し分なさそうだ。
村にいるときは色々と手伝って貰ったからな。図面で物を作る事になれている筈だ。
「ところで、今日の目的は何でしょう? ただ、様子を見に来た訳ではないんでしょう。」
デリムさんの言葉に、お茶を運んで来たシグさんも俺の顔を伺ってるな。
「えぇ、確かに。…実は、町のこれからの事です。町を作り、人々が暮らし始めました。そして町から製鉄所の作業員がやってきます。ここまでは問題ありません。
ですが、町を維持するとなると色々と不足するものが出てきます。例えば主食の穀物それに薪等ですね。
そんな事を考えてたら、リムちゃんにデリムさんに相談すれば済む事だと言われまして、お恥ずかしい話ですが訪ねた次第です。」
「確か、リム様はあの戦のおり輜重部隊を指揮していたとか…。その件は、お任せ下さい。たぶん裏事情も何とかなると思います。」
ん? 今の話に裏事情なんてあるのか。まぁ、請け負ってくれるなら問題ないけど。
「とにかく、父達は諸手を上げて喜んでいます。来春には、農機具を輸出する事ができるとね。交換に石炭そして色々な産物工芸品を手に入れることが出来るでしょう。
更に、南へと航路を延ばす事も出来ますね。農機具は武器以上に相手国に喜ばれます。」
「4つの御用商人達の貿易船に順番に船積みされます。東の貿易港も賑わうでしょう。父王はアトレイムがようやく諸国に並べると言っていました。」
ある意味、アトレイムは辺境と言う訳だな。確かに農業、林業とも見るべき産業がない。かろうじて独立国足りえたのは西に広がる遊牧民との緩衝地帯という地理的要因が大きいと思う。
だが、それは昔の話。例の粒金騒動で国庫は潤っているし、使えない貴族達は放逐された。問題は後継者なんだが、適当な王族がいないからな…。
「アキト様の依頼にも関係するのですが、遊牧民との取引は商会が取り纏めていますよね。出来れば薪の手配は商会で行なって頂きたいのですが。」
「そうですね。確かに適任でしょう。ところで、薪一束の仕入れ値の相場はどれ位になりますか?」
「2G(グル:約4kg)で1Lと言うところです。商人に2Lで売れば小売値は3Lになります。製鉄所の従業員の1日の工賃が20~30Lですから、高い買い物にはならないでしょう。」
たぶん商会だから、遊牧民の取分をもう少し増やすんだろうな。
それでも、商会に利益が入る。そして、少しずつ遊牧民との友好を深める事が出来る。
「そうだ、ヘンケンさん。これをディーから預かってきました。」
そう言って、バッグから数枚の図面を取り出す。
「うむ、確かに預かったぞ。この利益は将来の線路作りに寄与するぞい。」
「何なんですか?」
「風車式の揚水器の図面じゃよ。鉄の鋳物で作るのじゃ。中くりが少し難点じゃが、出来ぬ話ではない。こういう加工技術の積み重ねが、あの蒸気機関になるのじゃろうとワシは思っておる。」
一気に作る事も可能だが、それにはバビロンの工作機械を手に入れねばなるまい。簡単で小型の物はユリシーさんの所に運んできたが、大型の鉄を加工するものは自ら作り上げてこそ応用が広がる。工作機械の基本構造はユリシーさんの所に運んで来た機械で分る筈だ。手本があればその粋まで作り上げるのにそれ程時間は掛からないだろう。
「今の所は順調じゃ。順調すぎて怖い位じゃよ。じゃが、作業員には毎日注意を与えている。何せ相手は熔けた鉄じゃ。ちょっとした不注意が重大な事故を招きかねない。」
ヘンケンさんは意外と保守的だな。石橋を叩くタイプと見た。まぁ、それ位慎重であれば、安心して製鉄所を任せる事が出来る。
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年が明けて、もうすぐ春と言う季節が廻ってきた。
青の神殿は基盤の付近までタイルが貼られている。後10日もすれば全てのタイルが貼り終える。
当初心配した、タイル貼りの不具合は一つもなく、全てキチンと貼られていたから工事が手戻りする事もない。
今日は、ユリシーさんの所からカラクリ時計が届いた。
ギルドの玄関の上にそれを設置する。
どうやら、3時間おきにカラクリが作動するようだ。そしてそれは日中に限られている。
時計の回りに小さな人形が配置されて、定刻になると、音楽に合わせて人形が踊りだす。
最初の時刻にはギルドの前に数百人が集まって見物してたぞ。
踊りが終ると、皆で拍手だ。姉貴やアルトさん、リムちゃんまでが皆と一緒に笑みを浮かべて拍手をしていた。
「これも、商売になりそうですな。早速注文してみましょう。」
そんな事をデリムさんが言ってたけど、俺としては鳩時計の方が輸出には向いていると思うな。
商店街の一角に薪と炭の直営店が出来た。倉庫を2つ程持った中規模の商店だが、運営するのは商会の人達だ。そして、定期的に遊牧民が馬に薪を満載して届けてくれる。その販売金で彼らの生活用具を購入して帰っていく。
貯水池の北西に林を作りたいと言っていたが薪取りするには更に長い年月が掛かるだろう。
「だいぶ出来てきたのじゃ。もうすぐここの生活とも別れねばならんのう。」
夕食を取りながら感慨深げにアルトさんが呟いた。
「そういえば、サーシャちゃんとミーアちゃんのお腹が大きくなってきたとシグさんが言ってたわ。」
「嫁いでから、3年じゃ。もうすぐ母になるのじゃな。」
「お姉さん達に赤ちゃんが生まれるんですね。楽しみです。早く抱っこしてみたい。」
という事は、ミク達も8歳になるんじゃないか。そしてクォークさんとスロットの所が3歳。キャサリンさんの所が4歳で、シャロンさんの所は3歳か。
こっちに3年はいたからな。だいぶ大きくなった筈だ。
瞬く間に10日程が過ぎる。
青の神殿は周囲の足場を撤去して、その全容を現した。
確かに綺麗だ。4つの尖塔を従えてその姿を周囲に誇示している。
石作りの殺風景な広場とそれを取り巻く建物との対比が著しい。
信心の心を持たない者でも、この神殿には頭を垂れるに違いない。
「出来たわ。私達がこの町に出来る最後の仕事が終ったみたいね。」
「あぁ、アテーナイ様に連絡も入れてある。明日には未来の大神官と見習い神官がこの地を訪れる筈だ。」
「引渡しが終り次第、この地を離れるのじゃな。」
「そうなるね。俺達の住処はリオン湖の辺。ここに来るのはそれ程ないと思うけど、別荘に来た時には寄ってみようよ。」
将来、発展する可能性は窮めて高い。第2の王都になるだけの潜在的地盤はあるんだが、それは製鉄所と貿易港それに屯田兵達の相互の発展が必要だ。後は彼らに期待しよう。
別荘に帰ると、俺は修道院へと向かった。
修道院への近道は果樹園を通る。まだ春浅い時期だから新芽が少し膨らんだだけだな。肥料の効果が出るのは今年かな。
玄関の扉を叩き、マリアさんに面会を申し出る。
応対に出て来た修道女が直ぐにマリアさんを呼んでくれた。
「今日は。どんな御用でしょうか?」
「前にお話した件です。もし、あの子を外に出すのでしたら、この手紙を持ってモスレムの王都でうどん店を開いているグルトさんを訪ねてください。
俺達と一緒にうどんを作ったハンターです。性格は温厚で人気もありますから、決してぞんざいに扱われる事は無いと思います。」
手紙の上には、モスレム王都、うどん2号店店主グルト様と書いてある。
モスレムに言って、この手紙を見せれば直ぐに場所が分かるだろう。
マリアさんは両手でその手紙を受取った。
「ありがとうございます。」
その声後に俺は修道院を後にした。
後は、あの子の考え次第。うどん店の店員になるも良し、王都で他の職業に就くも良し…。どんな職業に就こうとも、グルトさんが身元を引き受けてくれる筈だ。
別荘に戻ると、夕食の席に製鉄所の事務所の面々が揃っていた。
「遅かったね。皆もう来てるのよ。」
姉貴の叱責を受けると直ぐに席に着く。
どうやら、俺達の送別会を兼ねているようだ。
「これで、全員そろいましたな。では乾杯の前に…。
3年前に我等はここに集いました。そして、あるとんでもない事業を聞かされたのです。それは流れ出る鉄の川を作るという聞いた事もないものでした。
しかし、3年後に私達は現実の光景としてその流れを目にしたのです。
その完成に尽力してくれた皆さん、乾杯!!」
「「乾杯!」」
そして、宴が始まる。
デリムさん、この日の為に材料を準備してくれたようだ。
魚は元々新鮮だけど、肉は獣だけでなくクルキュルまでが揃っている。
「アキト殿。線路作りが始まったら、訪ねてほしい。連続して鍛造すると言うのは原理は理解で来ても納得する事が出来ぬ。」
「良いですよ。その時は連絡してください。この別荘は俺達が引き上げれば通信部隊がやってきます。俺達と距離は離れていても連絡は可能です。」
ロイ君とフェイ君もだいぶ成長したぞ。14歳ぐらいになったようだ。そして、殻らに聞いた面白い計画は、何と宅急便だった。
使い走りをする内に、町や王都間で似たような仕事があるのではないかと考えたらしい。確かにそれの最たるものは宅急便だ。
まさか、彼らがそれを考えるとは思わなかったな。
ガルパスと大型の魔法の袋を使えば意外と簡単に出来るかもしれない。通信網と関連する町に拠点を作れば出来上がる筈だ。
先ずは、王都間で試したら、と助言をしたら嬉しそうに頷いていた。
意外とデリムさんより彼らの方が進んでいるかも知れないぞ。シグさんと相談もしていたから、商会と商人達の仲立ちをするような形で運営するかも知れないな。
ついでにロゴマークを考えてあげた。ガルパスが荷物を咥えて駆けていく姿だ。ちょっと俺達の世界の宅急便に似たロゴだが、この世界では問題ないだろう。
そして、つぎの日、俺達はイオンクラフトに荷物を積み込み、サマルカンドの神殿前に下り立った。
ラケス達、戦闘工兵は早々に立ち去ったようだ。
昨日まで、あったターフや炊飯車の姿も無い。
1時間程待つと、ガラガラと音を立てて2台の馬車が広場へと入ってきた。
そして俺達の傍に止まると、下りてきた人達が青い神殿を仰ぎ見る。
声も出ないようだ。
「完成しましたな。絵では見ましたが、実物は全く異なります。遥かに優美でかつ創玄です。」
「どうぞ中にお入り下さい。」
姉貴達が大神官達を案内していく。
残ったのはアテーナイ様と俺だけだ。
「綺麗じゃのう。建物を見て綺麗と思ったことは一度も無いが、これは別じゃ。まるでこの町が連合王国の町ではないようにも思える。」
「だいぶ、資金を使いました。殺風景な町ですから、一つぐらい、誇れる物があっても良いように思えます。姉貴も、満足でしょう。」
「新しい産業都市であると同時に宗教都市としても有名になるぞ。 誰も、その2つが融合するとは思わなんだろう。建築家が大勢訪れるじゃろう。そして、自分の才能に悲観するじゃろうなぁ。」
そこまで、考える?
まぁ、斬新な建築ではあるが、普通はこんな建築を考える方がおかしいと思うぞ。
ある意味、ここは中世のヨーロッパだ。そこにイスラム様式の建築を取り込んだんだからな。
まぁ、姉貴の事だから、資金が十分にあればアルハンブラ宮殿位は作ろうとするだろうがここで俺達の資金は殆ど尽きたから、村に帰ったら頑張って依頼をこなさなければならない。
蟻とキリギリスの寓話もあるくらいだ。稼げる時に稼がないと村の冬は長いからな。