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#492 サマルカンド



 俺達を乗せたイオンクラフトは、モスクの前にある大きな広場に着陸した。荷台から飛び下りてモスクを見上げると、丸太で組まれた足場に覆われているが、檻の中に入っているように見えるモスクは特徴的なタマネギ型の帽子を被っているようにも見える。


 「あそこのターフが作業員の休憩所なの。」

 そう言って姉貴が指差した場所には、大型のターフが数枚風になびいていた。近くにある炊飯車の煙突からは煙が出ている。お茶を沸かしているのかな?


 ぞろぞろとターフの所に行くと、見知った顔に出会う。

 「アキト殿、お久しぶりです。」

 「ラケスじゃないか。エイオスと交代したのか?」

 「エイオス様はエントラムズに戻りました。私の小隊と交代です。」


 町作りの最後までは、エイオスがいることは出来なかったのだろう。たぶん、去るに当たって屈強なトラ族で構成されたラケスの部隊を残してくれたんだな。

 ラケスとはカリスト戦で戦った仲だし、クリャリンスクにも同行してくれた。

 知ってる人間が手伝ってくれるのはありがたい話だ。


 「こちらにどうぞ。今、お茶を運びます。」

 そう言ってターフの中のベンチに俺達を案内してくれた。


 お茶を飲んでいる俺達の回りに各分隊の隊長が集まってベンチに腰を下ろした。

 それを見た姉貴が立ち上がって、今日の作業を説明する。


 「今日からいよいよモスクの外壁を張ります。そして、張り終えた場所に隙間が出来ますから、そこへ漆喰を塗りこんで行きます。

 第1、第2分隊はタイル張り。そして第3分隊は漆喰塗りを行なってください。第4分隊は大変でもタイルや接着剤、それに漆喰の分配をお願いします。明日は担当を1分隊ずらして工事を行ないます。

 小隊司令部とアキトは施工部分を点検してください。木ハンマーで叩けば音で判断出来ます。ちゃんと貼り付けてあれば鈍い音ですし、乾いた澄んだ音ならキチンと張っていないになります。それは再度張り直しを行ないます。」

 

 そこで言葉を切ると、バッグからタイルを取り出した。5×10cmの角の丸い長方形で、厚さは5mm程だ。

 

 「タイルの張り方ですが、こんな形に張ります。モスクの白い壁に水平の線がありますから、それを基準にしてください。」

 

 姉貴の言う張り方は2枚を横に張り、次の2枚は縦に張るという形だ。そして次の段はタイル1枚をずらして貼り付ける。何かレンガの積み方みたいだな。

 でも、姉貴が皆に見せたタイルは青というより蒼だな。

 これが全面に張られたモスクが荒野にポツンと浮かぶ姿は人々からどのように思われるのだろうか。

 信心の余り無い者達も、思わず手を合わせるんじゃないだろうか。そんな不思議な風格がまだ完成されていない今でも俺の心に触れる。


 ピィー!っとラケスが笛を吹くと男達が立ち上がり、俺達の前に整列する。

 分隊長が急いで自分の隊の前に駆けて行く。


 「良いか。今日からいよいよ最後の仕上げだ。手抜き等したら末代までもその名をそしられる事になるぞ。そして、綺麗に仕上げれば俺達の名は、この神殿ある限り讃えられるだろう。そして、それが出来るのは連合王国の中で俺達戦闘工兵だけだ。良いか、丁寧にそして丁寧にだ。…始め!」


 たちまち男達が竹篭に入れた資材を持って足場を上って行った。

 残った1分隊は、沢山の籠やバケツを持って足場の下に移動する。

 上から下りてくる籠に必要な資材を直ぐに入れる為だな。3人程が漆喰にお湯を入れて練り始めた。傍には沢山の樽が置いてある。その混合割合は傍にある三脚に板を張って書き付けてあるようだ。


 大型天幕から、手押し車でタイルが運ばれていく。

 20人が一斉に張り始めるのだ。そしてその貼り付ける面積は膨大だ。果たしてどれ位掛かるかな。


 「アキト殿。これを使ってください。昼からで良いでしょう。」

 ラケスが長さ50cm位の細い柄の先に小さな木製のハンマーが付いた物を渡してくれた。


 「面白い検査方法だな。」

 「石畳の検査方法を取り入れました。浮いた石版を叩けば直ぐに分かるそうですよ。ミズキ殿に言ったら、そうだねって笑いながら頷いてくれました。」


 俺も聞いた事がある。確か打診検査とか言ってたな。叩いた反響で色んな欠陥が分るらしい。専門家はボルトを叩くだけで締め付けまで分ると聞いた事があるぞ。

 

 「ちょっと町を一回りしてきて良いかな? 屯田兵の人達が来て以来、この町には来てないんだ。どんな感じになったか見てみたいんだ。」

 「良いわよ。でも、お昼にはここに戻って来てね。私達は、ダリム山脈まで薪を取りに出掛けるわ。」

 

 ちょっと申し訳ない気がするけど、気になるのも事実だ。

 アルトさんに姉貴とリムちゃんをお願いすると、任せとけ!って胸を張って答えてた。

 まぁ、ディーもいるから問題は無いだろう。


 そんな姉貴達と分かれて、広場から東の通りに歩いて行く。

 200mも歩いて行くと南北に伸びる通りとの交差点に出た。

 確か北に伸びる通りが姉貴の言うキャラバンサライ、隊商宿になる訳だな。

 

 通りを北に歩いて行くと、酒場や食堂がある。適当に間が開いているのは将来お店が出来るのだろう。小さな通りを挟んでその先には、なるほどキャラバンサライだな。馬小屋と宿屋が3軒程並んでいるが営業しているのは1軒だ。

 その先には普通の宿屋が出来るみたいで、現在建設の真っ最中だ。

 とりあえずは、荷馬車を引いた商人達が利用出来る状態にはなっているな。


 今度は南へと足を伸ばす。

 南側は庶民の居住区になっている。

 長屋や共同井戸と小さな広場、そして小さな家が並んでいた。

 男達は製鉄所に出掛けたのだろう。通りに人影はなく、共同井戸に数人のご夫人達が洗濯をしているのどかな場所だった。

 広場には数本の果樹が植えられていたが、日陰を作るのはだいぶ先になりそうだな。


 モスクの広場に戻るとモスクの北に行ってみる。

 モスクの裏手には石作りの館がある。2階建ての立派な作りだが、4人の神官見習いと大神官の後継者達が住む場所だからこんなものだろう。それに1階の一部はこの町の学校としても使われる。

 この館の地下からモスクの地下納骨堂に向かう通路があると姉貴が行っていた。

 今は静かだけど、来年の春には学校が始まるらしい。そしたら、賑やかな子供達のこえがこの辺りに聞こえて来る筈だ。


 モスクを回るように西に向かうとそこは官庁街と言う事になるのかな。

 大きな役所と町の大きさに相応しいギルドの建物があった。

 役所の公館みたいな建物が併設されているから意外と大きく見えるんだな。

 役所に入ると大きなホールがある。その奥にカウンターがあり、数人のご夫人が仕事をしている。

 シグさんの話では貿易港の管理もここで行なうらしい。

 その為に、密貿易を取り締まる部隊もこの役所に所属するという事だ。

 

 ギルドはどこも同じ作りだな。王都のギルドには見劣りするけど町のギルドとしては破格の石作りだ。まぁ、平屋だけどね。

 カウンターだって3つもあるけど、今はお姉さんが1人だけだな。

 「お早うございます。ハンターとお見受けしますが、御用は何でしょう?」

 「いや、御用と言うわけではないんだ。新しく町が出来たと聞いたから、ちょっと寄ってみたんだけど、立派だねぇ。」


 そう言ってカウンターに近付いた。

 「まだ出来たばかりですからね。私もマスターと一緒に王都か派遣されたんです。どんな町かと心配だったんですが、立派な町で驚きました。分神殿はもう見ましたか? まだ完成していないと聞きましたが王都の分神殿よりも立派ですよ。」


 自分の事のように誇らしく俺に伝えてくれた。

 こんな人が住むなら良い町になりそうだな。

 最後に、依頼掲示板を覗いてみる。

 採取依頼が殆どだが、薪の採取まであるぞ。討伐依頼は今のところ無いようだ。

 

 モスクの南の大きな広場から南に通りが延びている。この通りは騒がしい商業区域と住民の区画を隔てる緩衝地帯だ。あまりみるべきものは無いと思う。

 モスクより西に伸びる通りに沿って商業区域が広がる。

 モスクの広場に面して御用商人達の分店があり、貯水池広場への通りにそって中小の商人の店が並ぶ筈だ。数軒の店は開いているようで買い物客が出入している。


 そして、貯水池前の広場に出た。

 運動会が出来そうな広場は、俺のいる東面は商店街だ。間口が6m程のお店がずらりと並ぶらしいが生憎と現在建設中だ。それでも、2、3軒のお店が営業しているらしい。ここは物流の要になる場所だから、遠方からやってくる商人達や、作業員、運送業者等を目当てに、食堂と酒場が早くも開店したとデリムさんが言っていた。


 広場を横切ると貯水池に面して太い柱が2列に数本並んでいる。その柱を利用して天幕用の布を使ったターフが結ばれている。

 このターフの下は自由に売り買い出来る市場になると姉貴が言っていた。

 町の中で商売するには、営業税と言う物が掛かるらしいが、この下で商う限りは無税にすると言っていた。

 住人のちょっとした小遣い稼ぎや、遊牧民の直接交易、農家の直販なんかも行なわれるんだろうな。屋台もこの場所でなら自由に営業出来るらしい。


 ここから北には用水路と街道への道が伸びている。途中に2箇所閘門があるが、それは一度みているからな。

 そんな事を思い浮かべながら、貯水池の辺にあるベンチに腰を下ろして一服を楽しむ。

 

 直径200m程の池だが、その周りには広葉樹の苗が植えられている。

 10年も経てば良い木蔭を提供してくれるだろう。

 池の西には農家の屋根が連なって見える。あれから増えて、現在は11軒になったそうだ。池の水を灌漑用に汲み上げる風車が2つ回っている。

 故障もせずに動いているからありがたい。あれを改良して標準化すれば灌漑用の風車として普及するんじゃないかな。

 

 目の前を小船が滑るように南へと流れて行った。

 池に流れは無い筈だよな…。そう思って、池の傍まで歩いて行く。

 

 池の手前に用水路が伸びていた。

 先程の小船はこの用水路を下ってきたようだ。左手を見ると、少し先のほうに巧妙な堰がある。


 こんどは南へと歩き出した。

 船溜りに向かって、用水路の貯水池側に水を流す堰が50m程に渡って続いていた。

 勢い良く流れてきた用水はここで水量が減るから少しずつ減速する事になる。

 水の性質を上手く使った荷船のブレーキだな。

 流石は工兵の隊長だったことはある。こんな工事はお手の物らしい。

 てっきり用水路をそのまま水車用に流している物だと思っていたが、水を引く用水路と水車用の用水路は貯水地を介して別に作ったらしい。

 

 荷船から鉄鉱石を荷揚げしているのは、ちょっとした門型クレーンだ。用水路の両側に太い丸太を2本ずつ立て、その上に横梁を2本渡す。梁の上にレールを引いて小さなトロッコが用水路を跨いで動く構造だ。トロッコに積まれた滑車を使って鉄鉱石を入れた箱が船から持ち上げられ、隣のトロッコに積み替えられる。

 トロッコには太いロープが2本結び付けられており、丘を下って製鉄所に下って行く事になる。

 荷を下ろした船も、最後には用水路から斜路を使って荷車に積まれ、出発点であるカナトール国境を流れる川まで運ばれる事になるのだ。

 

 南の方からぞろぞろと人が流れてきた。確かあっちにはケーブルカーがあったんだよな。

 交代勤務の引継ぎが終って夜勤者が帰って来たんだろう。

 そんな彼らに道を開けて、俺もモスクの工事現場に戻る事にした。

                ・

                ・


 「あら、戻ってきたのね。だいぶ出来てきたでしょう。」

 「あぁ、この町は良い町になるよ。」

 

 俺の言葉に姉貴は嬉しそうに笑みを浮かべる。そして、はい!って俺に渡してくれたのは鋸だった。

 

 「ダリム山脈から適当に木を伐採してきたから、薪に加工する手伝いをしてね。ラケスさん達も頑張ってるから。」


 イオンクラフトの向こう側で数人の男達が一生懸命鋸を挽いたり、斧を振るっている。

 ラケスは小隊長なんだよな。

 そんな事を考えながら、ラケスの所に行くと俺も彼らの中に入って鋸を使い始める。


 ディー1人で俺の3倍の速度で丸太を輪切りにしているのを見ると、ちょっと自分が情けなくなるけど、まぁ、これはしょうがないだろう。

 アルトさんやリムちゃんまでも小さな枝を纏めて束にしている。


 「これが毎日の日課なんですよ。何せ、世帯だけでも200を超えています。食堂や、商人達にも供給しませんと飯が食べられませんからね。」

 「だが、これから冬だよな。更に薪の需要は増えると思うな。」


 「少しずつ備蓄は増えています。後一月程でこの冬を越す薪は出来るでしょう。ここはカナトールのように雪に埋もれる事はありません。それ程冬の需要は多くは無さそうです。」


 確かにそうだが、それでも薪の定期的な補給は必要だろう。

 今は俺達や、戦闘工兵がいるから何とか供給できるが、将来的には困った問題になりそうだ。元々、アトレイムには森林が少ない。カナトールから買い込んでいたと聞いたからな。

 

 そして、昼食は炊飯車で拵えたスープと黒パンだ。

 朝から煮込んだ海鮮スープは良い味が出ている。この炊飯車を作った者は表彰ものだぞ。

 1台で100人以上の人達にスープやシチューを供給出来るようで、俺達にスープを配った後は、家作りの大工さん達の所へと移動して行った。

 

 「炊飯車は俺達とは別の部隊が運営しているんだ。1台を女性5人で動かしている。2台で1分隊なんだが、ここにはその1班が残ってくれているんだ。」


 直接戦闘に加わらないからな。俺のシェラカップに、スープを入れてくれたおばさんも恰幅の良い人だった。

 てっきり、作業員の家族のアルバイトだと思っていたが、兵隊だったんだな。

 

 そして、リムちゃんが配ってくれたお茶を飲みながら一服を終えると、いよいよタイル貼りの検査が始まる。

 身軽な動きで丸太足場を上って玉ねぎ型の屋根に上る。

 その頂上付近に青いタイルが貼ってあった。几帳面な貼り方だな。そんなタイルを木のハンマーで軽く叩く。コンコンと硬い音がするのはキチンと貼り付けられているタイルだ。

 足場を移動しながら周囲のタイルを叩いていく。

 問題なく貼り付けられている。接着剤はウミウシの体液だから長くこのタイルはこの場所に貼られているだろう。

 数百年の時が経過しても、青のモスクは健在に違いない。

 俺達が検査を終えた後を、漆喰でタイルの目地が埋められていく。その後は漆喰で汚れたタイルを別の者が綺麗に洗い流しているようだ。

 夕方近くで作業を終えた俺達の目に映ったのは、夕暮れの太陽を反射するタイルの輝きだった。

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