#483 ラミア女王の来訪
熱い夏の3日間で、第1回美人コンテストがエントラムズの練兵場で行われた。
残念ながら、風車作りに忙しく招待を断る事になったが結果としてはそれで良かったと思う。
リムちゃんが、「皆、美人だったよ!」と言っていたけど、アルトさんは「我が出れば一番じゃ!」と言っていたし、姉貴も残念そうな顔をしていたな。
そんな会場の審査員席なんて針のムシロ以外の何ものでもない。国王達がその後どうなったかは、その内シグさんが教えてくれるだろう。
まぁ、一般審査員の年頃の青年20人のその後が楽しみだ。
優勝者と準優勝者には新しい町に家がプレゼントされるらしい。庶民には破格だが、シグさんに言わせると、金貨1枚には満たないと言っていた。
姉貴がコンテストに残った美女達の銀板写真を撮ってきたから、後で見せて貰おう。何でも、記念に残るものと言う事で、各自に送るらしい。
そんなコンテストに審査員として参加したラミア女王が、岬の別荘に俺を訪ねて来ている。
姉貴達は町作りに忙しいと言って朝早くから出掛けたので、リビングには俺と同行してきたアテーナイ様を含めた3人がテーブルを囲んでいた。
「久しぶりに楽しませて頂きましたわ。次は、このアトレイムになるのでしょうね。」
「そうなるじゃろう。じゃが、婿殿。次は我も出場出来る物になるのじゃろうな?」
恨まれてるのか? アテーナイ様の目は威圧が篭っている。
「腹案はあるのですが、その前に製鉄所を何とかしたいものです。」
「話には聞きましたが、現物を見る間では信じられませんでした。工房の製鉄炉の大きなものを想像していたのですが、実物はかなり変わっていました。」
「連続で鉄を作りますからあのような形になります。鉄製品の値段が変化しますよ。」
「農具が安くなる事は良い事じゃ。他国も喜んで購入しよう。」
「荒地の開墾では農具が幾らあっても足りません。武器を潰して作った鍬もそう何度も修理は出来ませんから…。」
「工房での修理は限界がありますよ。でも、そんな鉄も再利用出来ますよ。何せ鉄を熔かす温度まで加熱しますからね。」
「無駄を出さぬという事じゃな。工房の連中が喜ぶじゃろう。納屋にそんなガラクタが積まれているからのう。」
重さで購入する事になるだろう。鉄鉱石よりは遥かに純度の高い鉄だ。
デリムさんに教えようかな。廃品回収業が出来そうだぞ。
「アキト様。教えて頂いた脅威のお話ですが…、テーバイにも1つ見付けました。正確には遊牧民の版図です。彼等に仔細を説明して破壊しましたが、それで危機は去ったのでしょうか?」
「とりあえずは問題無い。と言う事になるでしょう。レイガル族は版図に侵入した生物の対応に追われているようです。サル達もレイガル族のトンネルで移動しているようですから、魔物の襲来はしばらく心配ないと思います。ですが、監視は必要でしょう。穴が1つとは限りません。」
「分りました。サーシャ様から新たに通信機を3台受け取りましたので、哨戒部隊を作ります。」
「テーバイは連合王国とは距離がある。ネイリイ砦が近くとは言え心配じゃのう。」
「それだけでも安心できます。出来れば、このまま連合王国に加えさせて頂きたかったのですが…。」
そう言って、ラミア女王は俺を見た。
確かに軍事だけでなく国全体が連合王国に含まれれば、いろいろと融通がつく筈だ。
女王としても、これからの発展は、小さな国では不可能と考えたのだろう。
「ここに来た目的は、俺からの推薦を得たい。と言う事ですか?」
女王は真っ直ぐに俺を見ると、小さく頷いた。
アテーナイ様も同行しているという事は、ある程度王族達の間でネゴが出来ていると考えられる。
「申し訳ありませんが、今の段階でのテーバイを連合王国へ組み入れるお話なら賛成出来ません。」
ラミア女王が驚いて口を開ける。そしてアテーナイ様の笑みが消えた。
「婿殿。何故じゃ?」
アテーナイ様の叱責が俺に向けられるが、気にせずに温いお茶を一口飲んだ。
「理由は簡単です。今直ぐにテーバイを連合王国に組み入れるならば、連合王国はテーバイが主導する国家になりますよ。」
「何じゃと?」
「連合王国を構成する国家は貴族社会がつい最近まで継続していました。少しずつその弊害を取り除いていますが、まだ十分に官僚組織が育っていません。実験的な施政をカナトールで行っていますが、それを各国が取入れるのはまだ先の話です。
テーバイは違います。女王を頂点に官僚組織が民間主導の形で定着し、一丸となって国作りをした実績を持っています。例え、それが人材の不足を補う一時的なものであっても、今は十分に機能している筈です。ラミア女王が外遊出来るまでにね。
この状態で、各国の官僚組織を合体させたとすれば、経験豊富なテーバイ官僚が頭角を現すのは必然です。
必ずしもそれが悪いとは思いません。ですが、旧来の王国でそれなりの地位にいた者達から妬みを受ける事になります。そして…。」
「内乱…じゃな。内乱を鎮めた後にはテーバイ官僚だけが残るのか…。」
そう言ってアテーナイ様がラミア女王を力なく見詰める。
「かと言って、テーバイ王国の全官僚を追いやって、連合王国の官僚をその地位に着けるのも問題です。この場合はテーバイで内乱が起こるでしょう。」
「時期を待て…。という事ですか?」
ラミア女王の言葉に俺は頷いた。
「少なくとも連合王国の官僚組織が機能し始めるまでは待つ方が良いでしょう。そして、将来に向けて使えそうな者を選択してテーバイで修行させるのも手かも知れません。」
「テーバイを模範とし、官僚が何たるかを学ばせるのじゃな?」
「はい。ゆっくりと統治方式を変えれば良いと思っていましたが、先を急ぐのであればそのような手立ても有効です。ですが、王族達には国内の平穏と繁栄の義務が現状ではあるのですから、結果を急ぎすぎてはいけません。」
「婿殿の方が王族達よりも王の資質を良く知っておる。確かにそうじゃのう。」
「ですが、それではテーバイの連合王国入りがだいぶ先になってしまいます。」
「現段階では、交易と通行を制限しています。これを撤廃すればテーバイの発展が可能でしょう。そして、その撤廃に併せて人事交流を図ってはどうでしょうか?
ネイリイの関所は、テーバイの自冶を確率するために不用意な連合王国からの干渉を避ける目的でしたから、テーバイが安定しているなら関所の廃止は可能でしょう。」
「名目上は取り込めないが、少しずつ連合に組み入れるのじゃな。」
「現状で出来るのはそこまでかと…。但し、商人達が押し寄せますから、何らかの予防措置が必要です。例えば、特産品については王族達がその売買に鑑札を発行するというように。」
「出来れば、ネイリイとジャブローの間にもうひとつ村があれば良いのですが。」
「水ですか…。姉貴達の町を見たでしょう。まだ水は入っていませんが、西に風車が見えたはずです。あれは貯水池から水を汲み上げて畑に流す揚水機が組み込まれています。
ジャブローの池から風車で水を汲み上げ用水路で西に送る事は可能ですよ。運河として利用しないのであれば工事費もテーバイの産業の利益で可能でしょう。そして数千人の町にする事が出来ると思います。」
「ふむ。絹の売買を鑑札にする事で工事費の一部は供出出来そうじゃな。」
「それなりに国庫も潤っています。金貨100枚程で可能でしょうか?」
「半分以上、お釣りが来ると思いますよ。」
作るのは、水道だ。水車用の用水路でもなく、船を浮かべる運河でもない。土管を使えば安上がりに出来そうだ。土管だと水が浸透するから、防水処理が必要だがコークス作りで処理しきれない程のタールが集まってる。あれで土管の内外に塗布すれば途中の水漏れは防止出来るだろう。
揚水は風車で大きな水車を回せば良いだろう。圧縮ポンプを使う手もあるがジャブローの泉で回る水車は何となく風情があるぞ。
一旦、3m程の高さに作った水槽に水車の水を受けて、そこから土管を使って新しい町に送れば良いだろう。
場合によっては中継用の風車を作ることも出来る。最後に、貯水槽で受けて風車で揚水すれば水道として使用出来る。
メモ用紙に簡単な絵を描いて計画を説明すると、2人が食い入るように絵を見詰める。
この世界では、川の流れを一部引き込んで簡単な用水路を使用してはいるが、人工的に流れを作るという事はしていない。
そういう意味では貯水池の西に作った風車がこの世界始めての揚水装置になるようだ。
「飲料水には使えますが、農業に使うには足りませんね。」
「そうでもありませんよ。水は常に流れますが、使う時間は限られています。如何に使わない時に水を蓄えるかで、かなりの余裕が生まれます。」
「貯水池を作るという事じゃな。」
「はい。飲まないという事であれば、貯水池に生活排水を流す事も可能です。風呂の排水だけでも十分な灌漑用水になるでしょう。それに余分な水を併せればかなりな水量になる筈です。」
揚水装置で汲み上げる貯水槽から溢れ出た水を外側の土手で集め、それを低い場所に作った貯水池に流す。各家庭からの排水も同じように溝を使って流せばかなり大きな池が出来るだろう。
周辺に雑木でも植えれば景観上も問題ないし、葦を植えれば水質を浄化出来る。魚だって飼えそうだ。
「流石に水田は無理ですが、乾燥に強い作物なら十分に育てられます。」
「アキト様のところにテーバイから何人か派遣してもよろしいですか? 水道作りの方法を学ばせようと思います。」
「来年まではたぶんここにいますから、それ位の期間であれば一緒に学ぶ事は可能だと思います。」
ようやく、2人の顔に微笑がさしてきた。一時は険悪な顔になっていたからな。
「ところで、婿殿はテーバイを連合王国に組み入れる時期は何時と考えておるのじゃ?」
アテーナイ様が俺達に熱いお茶を注ぎながら何気なく聞いてきた。
「王子達が国王となった時。…その段階であれば連合国として迎え入れても問題は無いかと。それまでは、同盟国として将来の統一化を互いに人事交流を通して統治方法を近づけるのが得策です。気になる王国もありますし…。」
「サーミストじゃな。確かに気にはなる。あそこは4つの貴族から国王を順にだすからのう。」
「その為に王子達が運河を作っているんですが、クォークさん達にはその理由までは理解していないでしょうね。」
「たぶんのう。運河による物流の促進は貴族であると同時に商人でもあるサーミスト貴族達への緩やかな権益の削減じゃ。貴族でいるよりも商人として立ち回るほうが名を残せるし、家を発展させる事も出来る。そして、他国の貴族の持つ権益が無くなれば自らも放棄せざる得ないじゃろう。しがみ付けば商売に支障をきたす。名前だけの貴族であるほうが遥かに自由じゃ。」
「連合王国とて、まだ不安定という事ですか。それなら仕方ありませんね。ですが、同盟と人事交流はアキト様は賛成して頂けるのですね。」
「もちろんです。」
そう言って俺は頭を下げる。
「まぁ、来た甲斐はあったという事か。それで、何時から町を作るのじゃ?」
「少なくとも、水を引く事から始めねばなりません。帰って直ぐに数名の技術者を派遣する心算です。製鉄所の北の町が出来上がる頃にようやく町作りと言う事になるでしょうね。」
「それも、王達の会議で話すが良かろう。軍縮で大量の兵員があちこちの荒地を耕しておる。彼らを使えば新たな町の建設も容易じゃろう。」
確かに数千人規模だからな。
荒地を耕すと簡単に言うけれど、作物が実る為の用件を満たさないような土地さえも彼らは耕しているのだ。将来の耕作が可能な場所はかぎられているからな。
そして、数年経って思うように作物が作れない場合は深刻だ。人口の流動が起る。盗賊となるものもいるだろう。
目先の利益に捕らわれると、とんでもないしっぺ返しを受けるぞ。
「そういえば、あの二人組みはその後どうしているのじゃ?」
アテーナイ様の言葉にラミア女王は首を傾げる。
「俺の親友が二人で遠出をしているんです。目的は歪の同時破壊。こちらの準備は殆ど出来たんですが、哲也の方は苦労しているようです。この間の連絡では二人で1万を相手に戦っていました。」
「婿殿の親友であれば、そこそこの腕とは思うが…。大丈夫なのか?」
「俺より遥かに腕が上です。二人ともディー並みですから早々不覚は取らないと思います。哲也達の報告でサル達について少し分かってきました。そしてククルカンについてもです。」
簡単にラミア女王に状況を話す。
歪による、他の世界との重合。それを回避するために歪を破壊する。しかし、その結果により魔気の流入が無くなる可能性が高い。将来は高位魔法が使用できなくなる可能性が高い。
「確かに、問題ですね。遠い将来を考えて今処理すると言う決断は中々出来ませんが、私は賛成です。」
「それで、二人はククルカンの住人と戦っておるのか?」
「たぶん。というのは、どうやら魔法による人体改造を受けているようです。おぞましい改造だと言っていました。その改造を行なっている存在がいます。その存在は歪から訪れた者達である公算が極めて濃厚です。そして、彼らが使う魔法は俺達が使う魔法よりも数段上だと言っていました。
将来、俺達が戦わずに済むようにとの配慮だと思っています。」
「問題じゃな。そのような存在が魔物襲来のような形で我等が王国に害をもたらすとなると簡単に王国は壊滅するぞ。」
「遥か海の向うの出来事です。数百年は直接対峙する事は無いでしょう。そして俺達よりも魔法に依存しているなら戦の方法は幾らでもあります。」
やつ等と直接戦う事があるのだろうか。
哲也の事だから、数を減らす事が戦の主眼になっているのだろう。
そして、魔気が十分でなくなれば自然消滅的に種族の数を減らすに違いない。
数百年あれば科学技術を数段引き上げる事も可能だ。
魔法対科学…。そんな戦が数百年後に勃発しそうだな。