#481 意外な話
エントラムズ王都のパロン家の門は早朝だというのに門番が2人立っていた。
バジュラを門の前に停めると、直ぐに門を開いてくれる。顔見知りだからかな。
「お早うございます。朝早くからご苦労様です。」
そう言って、バジュラを下りて門を潜る際に、門番に挨拶すると、頭を下げて恐縮している。
「お早うございます。…奥方様がお待ちしています。どうぞ中に、ガルパスは館の馬小屋に我等が連れて行きます。」
門からさほど離れていない玄関に歩くと、扉を軽く叩く。
直ぐに扉が開いて、侍女が姿を現した。
「お早うございます。アキト様ですね。どうぞこちらに。」
侍女にの挨拶に軽く頭を下げて、俺も挨拶を返した。そして、侍女に従って、リビングへと歩いて行く。
「お越しになられました。」
侍女が扉を小さく叩いて部屋の中に声を掛ける。
中から小さく答えが返ってくると、扉を開いてくれた。軽く侍女に頭を下げると部屋の中に足を踏み入れる。
「さぁ、どうぞ。お待ちしておりましたのよ。」
朝の挨拶もそこそこに、サンドラさんは席を立って俺をテーブルの席に案内してくれた。
改めてテーブルの面々を見ると、アテーナイ様とカイザーさん、それに何故かタケルス君が座っている。
「疲れたでしょう。」
そう言って、お茶をサンドラさんが自ら入れてくれた。確かに、別荘から一気に走ってきたから喉が渇いている。とは言え猫舌だから少しは待たないといけないな。カップは陶器製で始めて見るものだ。もう十分に白い肌を持っている。そして、側面に青いバラの絵柄が描いてあった。青いバラってあったんだな。
「私にお話があるとか…。」
飲むか飲まないか迷っている俺に、微笑ながらカイザーさんが問い掛けてきた。
「えぇ、実は…、新たに作る町の神殿についてお許しを願いたくてやってきました。モスレム王宮に連絡したところ、こちらに滞在中との事でしたので、大至急やって来た次第です。先ずはこれを見てください。」
バックから数枚の絵を取出して、テーブル越しにカイザーさんの前に置いた。
姉貴の描いた町の図面と神殿等をバビロンに送ってプリントして貰ったものだ。バビロンの神官も興味を持ったのか、手の込んだ3D画まで、ディーが運んできた。
カイザーさんは興味深かげに数枚の絵を手にして、1枚ずつじっくりと眺め始めた。その後ろに腰を浮かせたサンドラさん達が覗き込む。タケルス君は席を立ってカイザーさんの背中越しに見ているぞ。
「神殿を中心とした町ですか…。若い頃にはそのような町に憧れた事がありました。」
そんな事を言いながら、次の絵を眺める。
「円形の神殿は、王国内にはありませんが、問題はありません。中に祠を4つ置いて4神を祭るのですね。東西南北とせずに、その中間の角度で神像を安置すれば正面となる神はおりません。これも、要らぬ神官達の不平を是正出来ますから大丈夫ですよ。」
そして、次の絵に移った時だ。カイザーさんの手が止まった。そして、傍でみているサンドラさん達の目が見開いている。
「これを…これを作られるのですか?」
カイザーさんの声が震えている。そして、サンドラさん達の目は、3Dの青のモスクから俺の顔に向かってるんだが、ちょっと怖い目付だぞ。
「俺達の国にある礼拝所を参考に姉貴が描いたようです。荒地にはそれなりの建物がいるだろう。物々しくなく、誰もが安らぎを覚える建物にしたいと姉貴は考えたようです。」
「何て綺麗なんでしょう。そして祈りの場にふさわしい風格もありますわ。」
「そうじゃのう…。我もこのような建物は初めてじゃ。モスレムの神殿が質素に見えるぞ。」
サンドラさんとアテーナイ様がカイザーさんの持つ絵を両側から眺めながら頷いている。
「神殿自体に何ら問題はありません。…しかし、とんでもない問題が発生します。この神殿に誰を派遣するかと言う事です。各神殿の神官が名乗りを上げて収拾がつかなくなります。」
そう言い切った、カイザーさんは自分がこの神殿の神官になりたそうな素振りだ。
「サンドラ様の仰る通り、幽玄の中に優美さがあります。誰もが望む神殿でしょう。
ですが、町の神殿は分神殿止まり、ましてや新しい町の神殿は作りこそ立派ですが、その中に祭っているの祠です。この場合は若い修行を終えたばかりの神官が派遣されるのですが、その数は普通一人です。」
「要するに、立派過ぎる。と言う事じゃな。」
アテーナイ様の言葉に、カイザーさんが頷いた。
「でも、この神殿の絵を見た後で、質素に作れとは言えませんね。私は、資材を叩いてもこの神殿を見たいですわ。」
「我も、同じじゃ。老い先短いこの身ならば、このような神殿の地下に埋葬されたいものじゃ。」
「それは私も同じです。ですが神官達をなだめる術が見出せません。」
多神教の弊害かな。4神は同格だから、各神殿が名乗りを上げると言う事か。でも、分神殿は神官一人と言うなら、ネウサナトラムの分神殿はどうやって決めたんだろう?
「ネウサナトラムは水じゃったな。ならば次の分神殿は風の神殿になる筈ではないのか?」
「通常なら各神殿が順番に神官を派遣します。ですが、それは通常の分神殿の話です。これ程の神殿となると、分神殿とは考えられません。将来的には巡礼者の訪れも視野に置くべきでしょう。」
4人で頭を抱える。そんな俺達にタケルス君が新しいお茶を入れてくれた。意外と気配りが出来るな。サーシャちゃんとは良い夫婦になれるぞ。
そんな事を考えながらタバコに火を点ける。ここでは遠慮しないで良いと、サンドラさんに言われてるから大丈夫だ。
「僕から、提案して良いですか?」
その言葉に、一瞬にして全員の視線がタケルス君に集まったので、目を白黒させてるぞ。
早く言え…と、無言の圧力がタケルス君を襲う。
「修行を終えた神官を派遣する事で問題が起きるなら、この地を修行の場にすれば各神殿から神官を1人ずつ派遣出来るのではないでしょうか? そして、彼等を指導する神官を派遣すれば良いでしょう。その神官は、カイザー様の後継者が僕には相応しいと思うのですが?」
「半人前を集めて一人なら、前例に並ぶと言う事じゃな。…ところで、カイザー。後継者の選出は終えておるのか?」
「終了しております。現在は諸国を廻りながら修行中です。」
「タケルスの案はどうじゃ?」
「大神官の後継者であれば新米神官の指導も可能です。その指導に各神殿の神官が注文をつけることは考えられません。そして、大神官の後継者をここに置く事は可能です。むしろその方が私としても安心です。」
アテーナイ様達は感心したようにタケルス君を見てるぞ。
ある意味、発想の転換だな。これは将来が楽しみだ。
「じゃが、この神殿を作るのは容易ではあるまい。婿殿資金は大丈夫なのか?」
「一応、姉貴の趣味で作るようなものですから、俺達の蓄えを使おうと思っています。」
「なら、我等も資金調達を手伝おうぞ。但し、条件が1つある。…この祠の下に納骨堂を作るのじゃ。そうじゃな。広さは、20D(6m)四方で高さは10D(3m)もあれば良いじゃろう。棚を正面と左右に作るが良い。3方が1D(30cm)の木箱が100個以上収められるのが条件じゃ。」
「それって、納骨の権利を売る事で資金を得ると言う事ですか?」
「そうじゃ。誰も来ない王墓よりも余程賑やかで良い。祈りをささげてくれる者も多そうじゃ。」
とんでもない商売を考えたようだ。
とりあえず、「帰って姉貴と相談します。」と言って、お茶を濁す。
「この絵は頂いて宜しいですか?」
「えぇ、どうぞ。」
「待て、更に50枚程作ってくれぬか。この絵で良い。」
アテーナイ様達は本気だな。まぁ分らなくも無いから、きちんと姉貴に報告しよう。
「分りました。準備出来次第、連絡を入れます。」
「ところで、製鉄所の建設は進んでおるのか?」
「はい。危うく従業員を忘れるところでしたが、今の所は順調です。来年の終わりか、再来年の初めには稼動出来そうです。」
「従業員は来年の春には町に向かうじゃろう。それまでに宿舎を作っておくが良い。」
「ありがとうございます。」
とりあえず、500人の従業員を確保する事が出来た。屯田兵の1つを丸ごと移動する事で王族達は調整したようだ。
それでも足りないとは思うが、噂を聞いてやって来る者達もいるだろう。先ずは半数確保出来れば稼動試験は可能だ。
「1つ教えてくれませんか? 僕たちも運河を作っています。ですが、アキトさんが作っているようなレンガではありません。あのような構造にした理由を教えてくれませんか?」
「元々は、用水路で横幅が狭かったんだ。流れが速い水路は土砂の蓄積が早いから全てレンガで作ったんだ。そして作る直前に、鉄鉱石の運搬に利用出来ると思って幅を広げた。お蔭で大量のレンガを消費しているよ。」
「土砂の蓄積は考慮すべき事なのですか?」
「あぁ、絶対だ。だけど運河の流れは殆どない筈だから、閘門前後で対策をすればいいだろう。それでも護岸はしっかり作るべきだね。」
「ところで王子達の運河どんな感じじゃ?」
「まだまだですよ。何せ運河の幅が25D(7.5m)、深さは12D(3.6m)もあります。現在、形になっているのがようやく100M(15km)ですね。先は遥かに遠くですが、見学者は増えてきましたよ。」
単なる興味本位もあるだろうが、先を見越す商人達は気が気ではあるまい。船1隻で運ぶ荷の量は10倍以上になる筈だ。運送費が格段に安くなるから、商売のやり方を変える者達も出て来るだろう。当然、新しい職種も増える。結果的に社会構造が変化する事になるのだ。
そして、結構深いな。ある程度は土砂の堆積を考えているのだろう。運河を進む船の喫水はそれ程深くないはずだから、定期的に土砂を掃う浚渫船を考えれば良い筈だ。
それは王子達の次の世代の仕事になるのかな。
「用水路で荷を運ぶ船を見せて貰いましたが、あれはちょっと特殊ですね。僕達の運河では余り利用出来ない気がします。」
「重い鉄鉱石を運ぶのに特化した船だからね。そして流れを利用して運べるから牛で船を曳く事も無いんじゃないか、と考えてる。
だけど、運河の船は流れが殆んど無いから、牛等で岸の道から曳く事になる。あまり大きい船だと、牛が苦労するよ。そして曳く牛も2頭が限度だと思う。」
「それは、僕達も十分考えました。最初に作った閘門を利用して40M(6km)に水を入れて何隻かの試作した船で試してみました。
横幅8D(2.4m)、長さ25D(7.5m)の平底船が使えます。牛1頭で荷車の3倍、2頭で10倍近くの荷が運べますよ。しかも、街道を行く荷車より早く進めます。」
嬉しそうに教えてくれたけど、水運の利点はそれだけではない。船は振動しないし、車軸が折れる事も無い。そして、道の良し悪しに関係が無いから運送時刻に大きな違いが生じない。
たぶん、将来的には物流を時間で管理出来るようになるだろう。これも、商売になるのだが、最初に気付くのは誰だろうな。
「ところで、アキト様。例の話ですが、今年の夏に計画しております。ちゃんとアキト様達の御席は用意しますから、是非、来てくださいな。」
「例の話とは?」
アテーナイ様が怪訝な顔をして、サンドラさんを見る。
「第1会美人コンテストですよ。アキト様から商会に依頼を受けたのです。」
その答えに、全員が俺を見る。
何でそんな事を思い付いた、と言うような目だな。だが、俺に依頼したのは国王達であって俺は企画の手助けしかしていないぞ。
「まぁ、平和になってきた事ですし、たまには変わった大会も良いんじゃないかと…。」
「それは良い。で、参加資格は?」
獲物を見るような目でアテーナイ様に睨まれた。
「ちょっと待ってくださいな。」
そう言って、サンドラさんが席を立つと、部屋の隅の小さな書き物机から紙を取り出して来た。
「これがポスターと言うものです。これを各国のギルドを通して知らせようと思っています。」
そう言って、テーブルにポスターを広げる。
来たれ、世界の美人達!
大きくそう書かれた下には参加資格とコンテストの日程が書かれている。
村や町で一番である事をギルドが証明すれば旅費も大会委員会が負担するようだ。
そして、後援者の一覧は各国の王族の名が連ねてあり、御用商人や商会も入っているぞ。俺達の名は無かったから、闇夜に1人歩きは出来そうだ。
「いよいよじゃな。我も参加したかったが、我が君に止められてのう。残念じゃ。」
アテーナイ様の場合には、美人コンテストよりも武闘大会の方が似合ってるぞ。
それに、歳を考えないのかな。まぁ、幾つになっても自分が一番美人だと女性は思ってるらしいから、黙っていよう。
「確かに、平和でなければ出来ない催しですな。私も応援したいと思いますが、修道女は参加出来るのですか?」
「審査には水着姿もあるのですよ。教義次第と言う事になります。」
余りというか、修道女が美人コンテストに出たと言う話は聞いた事が無いぞ。
「教義的には問題がありません。どんな姿になろうとも神に使える事に変わりはありませんからね。本人の自覚が重要です。」
という事で、修道女にも参加資格が与えられた。
別荘の隣の修道院からも参加する人が出てくるのかな。それに、このポスターだと村や町で小さな大会が開かれる事になる。
東の猟師町サラブでも開かれるだろうから、製鉄所の建設もその日はお休みにしなければなるまい。




