#480 青い神殿
岬を利用して作られた別荘のテラスからの眺望は中々だ。
双眼鏡で覗くと、東の入り江で漁をする小船の姿も良く見えるし、西は果樹園で働く修道女の姿や入港している大型商船の姿も見える。流石に製鉄所は建物だけで働く作業員の姿までは見えない。
そして今日は、大型商船から沢山の荷を積んだ荷車の列が北に向かって進んでいるのが見えた。
荷車の数は20台以上だな。という事は、北西に展開している屯田兵の駐屯地に向かっているのだろう。その荷の殆どは石炭の筈だ。
何といっても、レンガ作りは燃料の石炭を沢山消費する。まぁ、作る数も問題なんだけどね。
用水路の工事は1日約30m程の速度で製鉄所に近付いている。そして、その距離に使用するレンガの数は約5千個。最初は2つの窯で焼いていたが現在は5つに増えているそうだ。
なるべく土砂を運ばないようにと、レンガ作りにしたのだが、これ程大量に作らなくてはならないとは思わなかったぞ。
部屋に戻ると姉貴が情報端末を使って町作りの計画を立てていた。
アルトさんは、リムちゃんとシグさんを引き連れてエントラムズの商会に昨日出発したから数日は帰って来ないだろう。
自分で暖炉のポットでお茶を入れるとカップを持って姉貴の前に置く。姉貴のカップにもお茶を注いで、席に着いた。
「どうもありがとう。…だいぶ出来てきたわよ。このお絵かきソフトみたいな機能は使えるわね。」
そう言って、一旦作業を中断して町の図面を壁に投影すると席を立った。
お茶のカップを片手に、壁際に移動すると、バッグから持ち出したクロスボーのボルトを指示棒代わりに使って俺に説明をしてくれる。
「やはり、町作りには思想がいるのよ。この町は、荒地のオアシスをイメージする事にしたの。それだから、名前はサマルカンドにしたわ。」
何となく熱そうな名前だぞ。確か、中近東にあった都市だと思うけど、良いのかな、勝手に昔の都市の名前を使っちゃって…。
「ある意味、交易都市だからこの町と似た位置付けよね。と言う事を頭におけば、町の姿が見えてくるの…。」
そう言って、ボルトの先で町の作りを教えてくれた。
町の中心には円形の建物がある。それに付随して北に大きな建物があるが、これは神殿になるそうだ。中には4つの祠を安置すると言っていたが、モスレム王都の神殿並みの大きさだぞ。更に神殿の前にはグランドより広そうな広場がある。この広場を中心に東西南北に大通りが作られる。
西の大通りは用水路の調整池の東の広場に繋がり、全体が商業地区となるそうだ。そして、東の大通りの南北は居住区となる。工房は商業地区の南に作られるらしい。
「モスクの北東区域は住宅街、そして南東部はキャラバンサライになる予定よ。」
そう言って姉貴はニコニコしてるけど、モスクじゃなくて神殿だぞ。そしてキャラバンサライって隊商宿って言う意味だよな。宿屋や酒場にすると言う事かな。
だが、モスクか…。確かタイルを張り合わせた綺麗な建物があったぞ。ひょっとしてあれを狙ってるのか?
「たぶん、姉貴が危惧してるのは、青いタイルが無い事なんじゃない?」
「それよ。それが手に入れば完璧な仕上がりになるんだけどなぁ…。」
やはり…。まぁ、何とかならない事も無い。タイルは陶器の一種だと思ってる。陶器の釉薬で青を作れば良いんだからね。後は、あの玉ねぎ型の屋根をどう作るかだ。連合王国であんな屋根は見た事がない。
「ネウサナトラムでタイルモドキは出来る筈だ。問題は玉ねぎ型の天井の作り方だけど、バビロンにこの世界の材料で作る方法を問い合わせれば良い。そして鐘楼も作らないとバランスが悪いよ。」
「うん。ありがとう。」
俺にそう言うと、早速図面を作り始めた。
まぁ、1つ位イスラム建築があっても良いかな。だけど、青のモスクを姉貴が作ろうとしていたとは思わなかったぞ。
「問題は、町作りの資金だよ。製鉄所の建設も来年には追加の株を発行しなければならないみたいだ。となると、町作りの資金は別に調達する必要がある。」
「それななんだけど…、私達の資金を使って良いかな?」
確かに俺達は資金を持っている。そして、それを使っていない事も確かだ。
「無くなれば、ギルドに行けば良い。俺は賛成だ。だけど、リムちゃんの嫁入りの資金は残しといて。少なくともミーアちゃんと同じ位には持たせてやりたい。」
「それは判ってるわ。一応、アテーナイ様に概略の金額は聞いているから、そのお金と、リムちゃんの預かり金は手を付けないでおくわ。それでも、金貨で50枚近くあるのよ。」
どこでそんなに稼いでいたんだろう? だが、それでも足りないような気がするぞ。
何とか神殿と井戸が数箇所位じゃないか。
待てよ…。何も、町を全て作らなくても良いんじゃないかな?
裕福な商人達は自分達で商店を立てるだろうし、新たな工房は国からの援助もあると、ユリシーさんから聞いた事がある。それに新たな住民だって、タダで家が手に入るとは思っていまい。
要するに、宅地分譲をすれば良いんだ。買えない場合は賃貸の長屋を作れば良いだろう。ネウサナトラムでも、長屋の評判は結構良かったぞ。
「後の資金は住む人達に出して貰おう。まさか、タダで家が手に入るとは思わない筈だ。」
「それだと、どれだけ集まるか心配だね。でも、農家の人は今年には調整池の西を耕し始めるんでしょう。」
「あぁ、そうだね。農家の人達には少しは協力しないといけないかも知れないね。」
たぶん、小さな小屋のような家を作る事になるだろう。
天幕で暮すなんて聞いたけど、結構この地も冬は冷える。雪もたまには降るそうだ。もっとも積もる事は無いらしい。
「そうだ。まだザナドウの牙で作った魔石が残っていたね。あれも使ったら?」
「リムちゃんに3個あげるから、残りは2個。1個は売っても大丈夫だね。」
たぶん、金貨50枚位にはなるんじゃないかな。少しは出回ってるから、値が下がってるかも知れないけど、それでも建設資金として役立ってくれる筈だ。
姉貴が町の図面を描き始めたので、俺は通信機でネウサナトラムの会社宛に連絡を入れる。電報みたいにモスレムの通信司令部が伝言を伝えてくれるのだ。
内容はもちろん青いタイルだ。縦横30cm厚さ銅貨3枚の板を1万枚を発注しておく。次の窯を焚く時に試作品を作って送ってくれるだろう。値段は金貨10枚としておいたが、…これだと1個10Lだよな。やってくれるかどうかは交渉になるかな。
「そうだ! 神殿の絵と内部の配置図が欲しいな。1度、カイザーさんに断わった方が良さそうだ。」
「分かった。ディーが帰ってきたら頼んでおくわ。」
「ちょっと出掛けて来る。」
姉貴にそう言って席を立つ。
近くに良い相談相手がいるじゃないか。ディオンさんにちょっと聞いてみよう。
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別荘から、修道院はそれ程離れていない。
ちゃんとした道もあるんだが、俺はテラスから西に下りる小道を選んだ。果樹園の若葉が綺麗だし、あのヒヨコがどうなったのかも気になるな。
果樹園に下りていくと、修道女達が忙しそうに働いている。
俺の来園を知ると、小さく頭を下げる。修道女達は無言の行の最中みたいだな。
果樹園は海に向かった斜面に作られているから、修道院へは坂を上る形になる。果樹の間に作られた小道を進んでいくと、鳥の鳴き声が聞こえる。
コケー…って感じに鳴いてるな。コケコッコではないのが気になるが、見習い修道女が引き連れているのは紛れもないニワトリだ。
「今日は。だいぶ大きくなったね。」
「はい。もう卵を産むんですよ。1日に10個以上も。」
そう言って嬉しそうに俺を見上げる。
雌鳥はこのまま飼っていても良いけど、雄鶏はそろそろ出荷しなければなるまい。ちょっと可哀相だけどね。
片手を上げて分かれると、修道院を目指す。
修道院は立派な石作りだ。修道女も最初はマリアさん達だけだったのが、あれから数名増えたとディオンさんが言っていたな。
玄関の扉を叩くと、修道服のフードを深く被った修道女が扉を開けてくれた。
「アキトです。ディオンさんに会いに来ました。」
俺に頭を下げると、後に続くよう、手で合図を送ってくれる。
修道院の通路を歩き、2階の通路の突き当たりにある扉を叩く。
そして扉を開くと、俺を中に入れた。
背中で、カタンと小さく扉の閉まる音がする。
「おや? アキト様ですか。さぁ、どうぞお座り下さい。」
「静けさを破って申し訳ありません。ちょっとディオンさんにご相談がありまして…。」
俺達はディオンさんの執務用の机に近いテーブルに着いた。
「何でしょう?」
「実は…。」
製鉄所で働く人が住まう町を作る話を始めた。問題は、姉貴の町作りだ。小さな神殿の中に祠を4つ作り、その神殿を中心として、約1万人近い人が住む町が出来る。
「モスレム王都にある神殿は祭る神毎に4つあります。それを1つの中に収めて宜しいのでしょうか。俺達は王国のしきたりを知りません。後々問題が出るようでは困ります。」
「アキト様の国ではそのような事があるのですか?」
「はい。俺達の国はある意味自然崇拝の文化がありますから、1つの建物に千体近い仏像をおく場合もあります。」
小さく扉が開く音がして、茶器をトレイに乗せた修道女が入ってきた。
俺とディオンさんにお茶を入れて去っていった。
「どうぞ。そして、タバコも宜しいですよ。」
いくら俺でも修道院ではタバコは吸えない。軽く頭を下げてお茶を頂く。
「しかし、千体ですか。だいぶ神の数が多いですな。」
「はぁ…。800万とも言われてます。例えば、太陽も神ですし、山にも神がいます。泉や川、海にもいますし、このカップにだって神は宿ると言われています。粗末に扱う事は出来ません。」
「ほほう、面白い例えですな。それではアキト殿はどの神に祈るのです?」
「全ての神は同格であると、俺は考えています。ですから、特定の神に対して祈るという事はありません。
村では朝起きると、顔を洗ってアクトラス山脈とリオン湖に手を合わせていました。そして、新年にはこの修道院に参拝してます。」
「なるほど、多神教と言う言葉は聞きましたが、そのような考え方になるのですね。私達の祈る対象である土の神は他の3神と同格です。ですから、1つの屋根の下に祭っても問題はありません。さらにアキト殿は大きな神殿の中に祠を作ると言っていましたね。それは1つの都市の中に4つの神殿を作るのと変わりません。問題はありませんよ。」
「もう1つお聞かせ下さい。神殿に装飾を施す事は可能ですか?」
「神殿に花を捧げるのと変わりません。どんな神殿を考えておられるのですかな?」
俺は、正直に玉ねぎ型の屋根を持つ神殿と、それを取り巻く4つの鐘楼の話をした。
「神殿の屋根と壁は青いタイルで装飾する心算です。タイルは、そうですね。陶器と同じようなものです。」
「この修道院の北に出来るのですか。楽しみが出来ました。」
そう言って俺を優しい目で見詰める。
「今日は、ありがとうございました。カイザーさんに確認しようと思ったのですが、門前払いをされそうなので。」
「是非、そうしてください。たぶん、カイザー殿も私と同じ事を言うと思いますよ。ですが、それで神官達は納得します。」
俺は、深く頭を下げると修道院を後にした。
大きな問題は無いという事か。とは言ってもあの形だからな。カイザーさんが問題なし!と言ってくれれば良いんだが。