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#474 狩った獲物は皆で食べる

 


 サラブの東に広がる森は数km四方の森が幾つか連なったような森だ。

 ディーの生体探知機能で、パンジーの群れの所在は分っているから楽なものだ。

 それでも、まだ見た事もないネイブルの襲撃に備えて、辺りの気の流れを探る。


 森を1つ抜けて、小さな荒地の広場を過ぎて次の森に入る。

 下草は余りないから、遠方まで見通す事が出来るが、まだパンジーもネイブルの姿もない。角の短いラッピナのような獣をたまに見掛けるだけだ。


 「そろそろパンジーがいた場所になるのじゃが…。」

 「どうやら、移動したみたいですね。」

 狩猟部隊の指揮官であるサーシャちゃんが、皆を立ち止まらせて考え始めた。

 森を闇雲に歩いても、獲物にめぐり合う確率は低い。


 その時、リムちゃんがバッグから移動式の通信機を取出した。しきりにランプが点滅しているぞ。

 レシーバーを方耳に押し付け、電鍵を叩き始める。


 「お姉さんからです。『南東2M(3km)に群れを発見』との事です。」

 サーシャちゃんがバッグからコンパスを取出して方向を確認する。

 「なら、こっちじゃな。やはり偵察にあの乗り物は威力がある。」


 そう言いながら俺達に腕を伸ばして進行方向を示した。

 いるのが分っているから、今度の行軍の士気は高い。

 目標手前数百mのところで、サーシャちゃんはディーを一人先行させて部隊を横に展開した。

 

 先行したディーの歩みが止まり、俺達に片手で行軍停止の合図をすると身を屈める。

 ミーアちゃんが施政を低くしてディーの所に行くと、小型の双眼鏡を取出して前方を観察している。ディーと何事か話をしているようだが…。


 「お姉さんの連絡通りです。森を抜けた先の荒地に30匹程群れています。距離は約1M(150m),リスティンより小型で足が長いですから、見るからに俊敏そうな姿です。そして、問題が1つ。パンジーの群れの東の森にネイブルが潜んでいます。ディー姉さんの話では、25匹と言う事です。望遠鏡で確認しましたが、私には姿が見えませんでした。」

 ミーアちゃんが戻ってくると、俺達を集めて状況報告をしてくれた。


 「ふむ…、どうするのじゃ?」

 「こうするのじゃ。」

 アテーナイ様の質問にサーシャちゃんが地面に棒を立てながら作戦を教えてくれる。


 「先ずは、ネイブルの駆逐じゃ。これは、アキトとディーに頼む。こう回り込んで、爆裂球を鼻先に投げれば…。」

 そんな事をしたら、パンジーは逃げ出すし、ネイブルは俺達に向かってくるぞ。


 「良いか。爆裂球を投げる前にネイブルに姿を見せるのじゃぞ。」

 俺達を囮にするつもりだな。

 「そして、このパンジーじゃが…、臆病だと聞いたぞ。ならばお婆ちゃんとアルト姉様がこのように両側に立てば、この森に逃げ込むじゃろう。このようにロープを張れば転倒した所を狩る事が出来るのじゃ。」


 サーシャちゃんとリムちゃん、それにシグさんで狩るのか。

 「それですと、クロスボーでは対処出来ませんね。弓を持ってきて良かったですわ。」

 シグさんの言葉にサーシャちゃんとリムちゃんもバッグから袋を取出して装備を交換し始めた。


 「我等はクロスボーを使うとして、婿殿はどうするのじゃ?」

 「そうですね。敏捷で凶暴そうな奴ですから、これにします。」


 そう言って、途中で作った杖を見せる。刃物を振り回すよりは自然に使えるからな。

 銃刀法が前の世界にあったから、どうしても刃物を振り回すのに罪悪感が抜けきれない。

 「では、狩りの始まりじゃ。アキト宜しくな。」

 俺のそう言ってくれたのは、少しは俺達の事を気にしてくれるのかな?

 そんなサーシャちゃんの頭をガシガシと強く撫でて、ディーの所に向かう。


 肩膝を立てて前方を監視しているディーの隣に座ると、素早くサーシャちゃんの作戦を伝えた。

 「了解です。私達のターゲットは前方の森に潜んでいます。マスターの準備が出来たら私に合図を送って下さい。私からリムちゃんに伝えます。」

 

 そう言って静かに立ちあがると、森の中を音も立てずに走っていく。

 俺も、反対方向にゆっくりと歩いて、そこから大回りに森を迂回して走る。


 森を流れる気の乱れからネイブルの位置が概略分る。その探知距離は200mも無いが、相手に気付かれずに位置が分るのは有難い。あの訓練で少しは能力が向上したように思える。

 

 ネイブルの群れの真横に位置して、その先の森を双眼鏡で覗くと、ディーの姿があった。無造作に立木の傍に立って、戦闘用ブーメランを手に持っている。

 もう片方の手にはしっかりと爆裂球が握られていた。


 双眼鏡を使わなくともディーの姿が確認出来る距離までゆっくりと歩く。そしてバッグから爆裂球を取出した。そして【ブースト】を自らに掛ける。


 片手を上げて俺の準備が完了したことをディーに知らせる。

 しばらくディーを見ていると戦闘用ブーメランを地面に突刺して、片手を俺に向かって上げる。もう片方の手は爆裂球を握って投擲体制に入っている。

 ディーに頷くと、ネイブルの群れに向かって俺も爆裂球を投げる体勢に入った。そしてディーを見ながら大きく頷く。

 

 振り下ろすディーの腕に合わせて、爆裂球をネイブルの気配がある場所に投擲すると、少し遅れた炸裂音に合わせて「ウォォ!」っと大声を上げながら駆け出した。


 20mも駆けたところで、俺に向かってくるネイブルを初めて目にする。

 少し大きめのダックスフントのようだな。短い足の割には駆ける速度は速い。そして唸り声を上げた口は…、確かに前歯が1枚の歯になっている。そして短く鋭い牙が1枚歯の両側に付いていた。


 犬のようにキャンキャンとけたたましく吠え出して俺を囲もうとしている。なるべく動き回りながら、パンジーの背後に回り込む。

 そして、近付いて飛び掛かろうと、一瞬動きを止めたネイブル目掛けて杖を振り下ろしていった。

 ゴキっと鈍い音を立てながら横に2mも飛んで行った。意外と重さが無いみたいだな。

 数匹を倒すと、一目散に森の奥へと逃げて行った。

 無理に追い掛ける事も無い。何匹かはパンジーの方に逃げ出したようだけど、あっちにはアテーナイ様達がいる。

 温い奴じゃ。なんて言いながら瞬殺しているだろう。


 「マスター。ネイブルは逃走したようです。獲物はどうしましょうか?」

 「ガトルと同じで牙を回収してくれ。死体はそのままで良いと思う。」


 ディーが牙を回収する間、杖を仕舞って袋から大きな背負い籠と鉈を取出す。

 俺のもう1つの仕事である、薪の調達をしなければならない。

 何せ、製鉄所の辺りには雑草位が生えているだけだからな。燃やすものが無ければ焼肉パーティは不可能だ。


 集めた薪を特大の袋に薪を詰め込んで、さらに籠を背負いながら薪取りつつ皆の所へと歩いて行く。


 「どうじゃ。中々の獲物じゃろう。」

 俺が来たのを知ってサーシャちゃんが自慢気に胸を張っている。なんか反らし過ぎているからミーアちゃんが心配そうに見ているぞ。


 確かに20匹以上はいるみたいだ。少しは逃がしたようだが、種の保存を考えれば適量だと思う。

 

 そして、頭上には姉貴がイオンクラフトを移動してきた。

 2匹ずつ獲物を小脇に抱えて、ディーがイオンクラフトの荷台へと運んでいる。


 「サーシャは楽しめたようじゃが、我は詰まらぬぞ。小さなネイブルを2匹やっつけて、パンジーを1匹倒しただけじゃ。」

 アルトさんは、俺にそう言って文句を言っているが、それはサーシャちゃんに伝えるべきだろう。


 「まぁまぁ、次もあるよ。まだまだ狩りは終らないしね。」

 「そうじゃ。次は我等が獲物を待ち伏せればよい。」

 

 俺の言葉にアテーナイ様も同意する。どこにいるのかと首をまわすと、焚火の傍に座ってパイプを楽しんでいる。

 お茶を飲んでひとやすみするのかな?

 そんな事を考えていると、イオンクラフトは方向を変えて、荒地に着地した。姉貴が直ぐに飛下りてこっちに走ってくる。


 そんな訳で、焚火の周りに陣取ってお茶の時間だ。ディーがその間に次の群れを探しに出掛けた。

 「ところで、参加人数は何人位なの?」

 思い出したように姉貴が俺に聞いてきた。


 「言い出したのは、そうだな…300人以上かな。でも500人はいないぞ。」

 「かなり曖昧じゃな。」

 俺の答えにアテーナイ様が笑い声をあげる。


 「日によって変動しますから。作業員の管理はキャラちゃん達に任せています。かなりシブチンですよ。決して無駄を出す事はありません。」

 流石は商人の娘って感じだ。将来嫁に行く時には、嫁ぎ先の商家を繁栄させるんじゃないかな。


 「ふむ。婿殿はその半面じゃからのう。まぁ、多めに狩れば良かろう。隣の港やサラブの町も引き取ってくれるじゃろう。」

 ダメじゃない。って感じで姉貴にも睨まれてしまった。

 そんな所に、ディーが帰って来る。早速、サーシャちゃん達がディーの周りに集まって協議が始まる。

 俺は、タバコに火を付けて次の狩りが始まるのをのんびり待つ事にした。

               ・

               ・


アルトさん達の狩りを眺めながら、ひたすら薪を取っては特大の袋に入れていく。

確かこれで背負い籠5個分は入っている筈だ。

さらに2籠を集めたところで、どうやら狩は終わりのようだ。


 ディーが羽を広げて獲物をイオンクラフトへと運んでいるのを皆が見上げているけど、どの顔も満足そうだな。

 一足先に、姉貴とディーで獲物を運ぶという事だから、俺の集めた薪も持って行って貰う。


 西の空に飛立ったイオンクラフトを手を振って見送りながら、俺達は迎えに来るのを学校のグラウンド2個分程の森の中の空地で待つ事にした。

 焚火を作ってお茶を沸かすと、リムちゃんが皆のカップに注いでくれる。


 「婿殿には退屈じゃったようじゃな。じゃが、狩は役割分担が大切じゃ。そして一番外側を受け持つ婿殿の役をこなせる者は多くは無い。」

 「そんなものですか?…退屈ですし、俺も少しは狩りに参加したかったですよ。」


 「獲物に向かって矢を射るのは簡単じゃ。じゃが、狩を遠巻きにして、乱入しようとする肉食獣の牽制は、誰にも出来る事ではない。

 皆の注意が獲物に向いている時に周囲に気配りが出来るまでは、結構修行がいるのじゃぞ。婿殿は自然に行っておるがのう。

 冷静であれとは、良く聞く言葉じゃが、獲物を狩る瞬間はそれが中々出来ぬのじゃ。

 それが出来るのは、よほど狩りに慣れた老練のハンターと婿殿位じゃぞ。

 サーシャめ、それが判るようになったか。我も歳を取ったものじゃ。」


 そう言いながら、パイプをのんびりと吸っている。

 確かに、全員が狩りに専念したら危ないよな。ある意味、人間は狩る者であり、そして狩られる者でもある。いくらディーがいるとは言え、やはり狩りの状況を後ろで見ている者は必要なんだろうな。

 アテーナイ様が言うような者に俺がなっているとは思えないけど、確かに周囲の確認をしていたのは確かだ。


 そんな事をアテーナイ様と話していると、イオンクラフトが俺達を迎えに帰って来た。

 早速荷台に乗り込む。

 森をたちまち飛び越えて別荘のテラスに着地した。


 リムちゃんが飛び下りると、リビングに走っていく。そして、侍女2人を連れて来た。

 そうだよな。サラブの町では余り肉は食べられないって言ってたからね。彼女達も食べたいだろうし、良く気が付いたと感心してしまう。


 3人が荷台に乗り込む。ジーナさん達はスカートだけど気にしないで乗り込んで来たぞ。

 ディーが後を振り返ったので、全員乗った事を告げる。

 そして、イオンクラフトは本日の焼肉パーティの会場に向かって飛んで行った。

               ・

               ・


 「帰って来たな。すっかり準備は出来たぞ。まぁ、そこに座れ!」

 ヘンケンさんは、もう酒が入ってるみたいだ。

 石で縁取られた焚火にはパンジーの肉が太い鉄の針金に刺して砂地にしっかりと埋め込まれている。

 たぶん塩味だけだろうけど、もうすぐ日が暮れる砂浜でバーベキューなんてこの世界ではめったに無い出来事なんだろう。

 全員がはしゃぎながら肉が焼けるのをひたすら酒を飲みながら待っている。

 俺にも、早速カップが配られる。受取ったカップを一口飲むと、ちょっと甘口の蜂蜜酒だな。葡萄酒もあるらしいがその内、ここにも回って来るだろう。


 そして、肉が焼けると途端にドンチャン騒ぎが始まる。

 静かに食べようなんて考える奴は誰もいない。

 アルトさんが焼き肉の串を片手に、もう一方にカップを持って立ち上がると、ソプラノでカチューシャを歌い始めた。

 直ぐに嬢ちゃん達がその歌に加わる。


 「あの歌は、聞いた事があるぞ。カリストの戦場で亀兵隊達が歌いながら敵に突っ込んで行った。どこで覚えたんじゃ?」

 「そこで歌っていたのが彼女達です。あれ依頼気にいったのか、こんな集まりでは歌ってるんですよ」

 「ふむ、不思議な歌じゃな。意味は判らんが、さぁ、やるぞ!と思わせる歌じゃ。」

 そんな事を呟きながらヘンケンさんは肉を齧る。


 「あっ!いたいた。アキト出番だよ。日も暮れたし、ぴったりのシチエーションだわ。はい。これね。」

 何時もの事で、姉貴が何を言いたいのかは渡されたもので判断するしかないか。

 今俺が持っているのは…棒?しかも両方にボロ布が針金で硬く巻かれている。クンクンと匂いを嗅いで見ると、これは原油だ。

 「大丈夫よ。学園祭の時は評判だったんだよ。」

 「ファイヤーダンスをしろと…。」


 俺の言葉に姉貴が頷いた。

 参ったな。そこに、アルトさんが大きな袋を持ってやってきた。

 「持ってきたぞ。何を入れるのじゃ?」

 

 そう言って俺を見上げる。

 仕方ないか、でもちゃんと出来るかな?

 そう思いながら、服を脱いで袋に投げ込んで行く。


 「ちょっと、預かってくれないか。このダンスは服を着てると出来ないんだ。」

 「へんなダンスじゃな。」


 そんな事を言いながらも俺の服と装備で膨らんだ袋にどっかりと腰を下ろして俺の仕度を見ている。

 したくといっても、短パン1つなんだけどね。


 そして、姉貴の簡単な挨拶の後に、ディーがタンタンと軽快なリズムを木箱とあり合わせの棒をスティック代わりにして刻み始めた。


 焼肉用の焚火の先、渚から10m程の所にぴょんと飛び込んで俺のダンスが始まる。

 簡単な足捌きを行なって1m程の棒の片方に焚火の火を点ける。

 それをリズムに合わせてクルクル回すのだが、棒術の練習を応用したら結構様になるようだ。

 棒のもう片端にも手で炎を掴んで火を点ける。

 それを見ている一同からほう…という溜息がもれる。瞬間的にやるならそれ程熱くない。恐る恐るやると熱いのだ。

 リズムに合わせて体を火で清めるのも同じ理屈。火を止めなければ問題ない。

 両端に火の点いた棒をリズムに合わせて激しく回す。星空に投げると落ちてきた棒を受け取りながら回し続ける。


 そんな10分程度の俺の演技を食べる事も忘れたように皆が見てくれた。

 戻って来た俺にアルトさんが袋を渡してくれた。

 

 「どこも、火傷は無いのじゃな。あのよう火を操れば火の神殿が放っておかぬような気もするが…、別に日の神殿の加護を受けておる訳ではないのじゃな?」

 「火の神殿は関係ないよ。俺の国の遥か南の国のダンスらしい。男だけがやるんだ。」

 「ふむ、風習という訳じゃな。変わったダンスじゃが面白かったぞ。」

 

 アルトさんは気に入ったようだ。

 そんな俺のダンスを真似ようとして、アチチと言いながら転げまわっている連中を見ながら焼き肉を齧る。

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