#473 肉を求めて
アルトさんがサーシャちゃんに通信機で連絡を入れた次の日の昼下がり、別荘にはサーシャちゃんとミーアちゃん、それに何故かアテーナイ様がやって来た。
綿の上下に、革のベストのお揃いだ。
背中にクロスボーを担いで、グルカを装備ベルトのバッグの上に取り付けている。アテーナイ様は長剣だったような気がするけど、何故かお揃いの装備だぞ。
リビングでくつろいでいた俺達の所にやって来て、空いた席に座り込んだ。
挨拶もそこそこに嬢ちゃん達のおしゃべりが始まる。
姉貴とアテーナイ様はそんな光景に微笑んでいた。
「わざわざアテーナイ様がお越し頂かなくとも…。」
「まぁ;婿殿。そう邪険にせずとも良い。我が君がスマトル戦記を纏めているのは知っておるな。それなりに出来たようじゃが、纏める過程で国境紛争とテーバイ戦も纏める事を決意したらしい。我からの聞き取りで大筋は理解したようじゃが、参加者から更に話を聞くと言ってのう。エントラムズに2人で滞在していたのじゃ。
我が君は忙しくしておるが、我は閑じゃ。サーシャから話を聞いての、我も馳せ参じたのじゃ。」
そんな事なら、確かに閑に違いない。
のんびり離れで2人で暮らしていると思っていたが、シュタイン様の趣味が災いしたという事か。
「でも、獲物は小型のパンジーですよ。俺としてはアテーナイ様に来て頂ければ安心して嬢ちゃん達を狩りに向かわせる事が出来るので嬉しい限りですけど…。」
俺の社交辞令に「そうじゃろう、そうじゃろう。」って嬉しそうに頷いてくれた。
悪い人ではないんだけど、何か始めようとするとどっからか情報を仕入れてくるな。そういえば情報収集に特化した部隊をモスレム王家は持っていたな。まさかその部隊を使っている訳じゃないよな。
「ところで、どんな狩をするのじゃ。」
「今、ディーが偵察に行ってるわ。もうじき帰ってくるから、その結果を基に相談しましょ。」
「お兄さんも参加するんでしょう?」
ミーアちゃんの問いに、「勿論!」と答えようとした時、横槍が入った。
「残念だけど、アキトはお留守番かな。浜辺で焼肉パーティの準備があるし、製鉄所建設の作業員にも知らせなくちゃならないでしょ。」
姉貴の答えに、ミーアちゃんは残念そうだ。それでも「頑張って下さい!」って励ましてくれた。
「確かに準備は必要じゃのう。準備といえば、獲物の運搬はどうするのじゃ?」
「イオンクラフトを使います。私とディーで乗れば、森の上からでも獲物を引き上げられます。」
「連絡は無線機で良いな。…となれば、我等は狩りに専念出来るのじゃ。」
また一段と賑やかになってきたぞ。
「お待たせしました!」
大きな声でリビングに入って来たのは、シグさんだった。
アルトさんが「こっちじゃ!」と言ってテーブルの空いた席指差している。
「誘って頂いて、有難うございます。後で姉に話したら悔しがりそうですけどね。」
「ブリューさん達は忙しそうですし…私達は、作業員の要望を叶えるという崇高な使命があります。」
姉貴はそう言ってるけど、その崇高な使命を託されたのは俺だぞ。
まぁ、ここで言い出しても言い負かされるのは目に見えているから何も言わないけど…。勝つ戦だけをしろ。と言ったのは誰だか知らないけど至言だよな。
「ちょっと出掛けて来るね。」
そう言って、席を立ったが、誰も気にも留めないのはどうかと思うぞ。
まぁ、久しぶりにぜんいんが揃ったからはしゃいでいるのかも知れないな。それに、何となく女子会の乗りだから、俺がいなくても大丈夫だろう。
それより、準備だ。先ずはデリムさんと調整だな。
バジュラに乗って製鉄所の事務棟に真っ直ぐに向かった。
途中の果樹園の中ではのんびりと集団で散歩しているニワトリが見える。修道女見習いの小さな女の子がその後ろに付いていた。
まぁ、2日程アルトさん達に追い駆けられていないから、ストレスも少しは無くなるだろう。
「何で追い駆けるの?」ってリムちゃんに聞いたら、「抱っこしたい。」という話だった。それなら小屋に戻ったところで抱っこすれば良いだろうと思うのだが、アルトさん達はその場で抱っこしたいらしい。
「何ですと!…アテーナイ様がおいでとは。」
事務所にいたデリムさんは俺の言葉を聞くと飛び上がらんばかりに驚いた。
「えぇ、明日の狩に同行するようです。」
「とは言え、娘さん方が一緒ではそれ程、狩る事は出来ますまい。肉は私達で調達しなければなりませんね。」
「そうでもないですよ。あぁ見えても姉貴や嬢ちゃん達は狩りの名人。ネウサナトラム村の狩猟期では2年連続で1番を記録しています。」
「なら問題ない。ワシの部隊が場所を作る。焼き串は針金の太い奴で代用が聞くじゃろう。デリムは飲み物と野菜の調達じゃ。アキト殿は薪の調達をすれば良い。」
ヘンケンさんの言葉に俺達が頷く。
「では、それで準備しましょう。」
「確かに、その役割なら私も依存はありません。取っておきの葡萄酒を準備しましょう。」
俺達3人はガッチリと手を取り合って、同時に頷いた。
そして、急いで事務所を飛び出すと、バジュラに乗って別荘に取って返す。
リビングに駆け込むと、テーブルの回りに皆が立ってなにやら騒いでいる。
「だから、こっちに追い込めば一網打尽なのじゃ。」
「でも、ここが抜け穴になるわよ。素早いって言ってたから、2人程度では取り逃がしちゃうかも!」
「でしたら、ここに網を張って…。」
どうやら、ディーの持ってきた情報を地図に落とし込んで、作戦会議の真っ最中のようだ。
普段も、こんなに真面目に熱中してくれると良いんだけどね。
そんな中からリムちゃんを見つけた。
みんなの中に体を潜り込ませて議論に参加しているリムちゃんの肩をトントンと叩く。
なぁに?って感じ出、俺に振り向いたリムちゃんにお願いする。
「あのさ、特大の魔法の袋を持ってるよね。貸してくれないかな?」
「うん。ちょっと待ってね。」
そう言って、リビングを出て行く。
たぶん中の荷物を部屋に置いてくるんだろうな。なにせ風呂桶がスッポリ入って余りある収納が出来る。色々と入れているんだろう。
しばらくすると、戻ってきて俺に「ハイ!」って貸してくれた。
これで薪を運べば盛大なキャンプファイヤーだって出来るぞ。
「ありがと。明後日には返すからね。」
俺の言葉にリムちゃんは小さく頷くと、再びテーブルの女性達の中に頭を潜り込ませて行く。
俺にはあの真似は出来ないな。セクハラじゃ!って天誅を喰らう恐れが多分にあるぞ。
さて、後は…。
姉貴達の騒ぎを放っておいて、サラブの町に歩いて行く。
町までの途中は植林されているが、まだまだ小さいな。それでも雑木だから果樹よりは育ちが早い。後10年もすれば、少しは見られるだろうし薪取りも出来るだろう。
そんな事を考えながら歩いて行くとサラブの町の通りに入った。
入り口の門番も見慣れた男だ。軽く挨拶をして通りを進んでいく。
雑貨屋に入ると、鉈を1本購入する。
ちょっとナマクラだから、小さな砥石も買い込んだ。
「教えて欲しいんだけど、何で東の森で薪を取らないの?」
「あの森は、ネイブルという小型の野犬が出るんです。毎年噛まれて大怪我を負う人がいるんですよ。ですから、森に深くは入りません。となると薪の量は限界があるんです。」
俺の渡した代金を数えながら店主が答えてくれた。
ネイブルか…。嬢ちゃん達は大丈夫かな?
鉈をバッグに入れると、急いで別荘に帰った。
リビングに入ると、姉貴達は作戦が決まったのかのんびりとお茶を飲んでいる。
「おや?…婿殿、顔色が優れぬぞ。何かあったのか?」
「実は、サラブの町で聞いてきたんですが、サラブの東の森にはネイブルが出るそうです。それで町人は余り森に行かないようです。」
直ぐに姉貴が図鑑でネーブルを調べ始めた。それを嬢ちゃん達が背中から覗き込んでる。
「これね…。」
「アトレイムにはまだおったのか。それならば早めに根絶やしにせねばなるまい。」
どんな奴だ?と姉貴達のテーブルに向かおうとした時、アテーナイ様に引き止められた。
「我が教えてやろう。ネイブルはガトルより二回り程小さい。じゃが驚くべきはその身体機能と歯じゃ。
ガトルに【アクセル】を掛けた姿を思い浮かべると良い。それが奴等の身体機能じゃ。そして歯じゃが、全ての歯が連なり1枚の刃のようになっておる。ネイブルの歯で髭が剃れる。とは昔のハンターの笑い話じゃったな。そしてもう1つ、やつ等は群れる。地の匂いに敏感なのじゃ。」
それって、陸生のピラニアじゃないのか?
だとすると、姉貴達の狩りが心配だな。
そんな俺の心配を他所に、また姉貴達がテーブルに集まりだして議論を始める。すかさず、アテーナイ様もその中に加わった。
わいわいと騒いでいる姉貴達から離れてテラスへと向かった。
暑い夏の昼下がりだが、海から吹いてくる風でテラスは意外と涼しいのだ。日除けのターフみたいな天蓋の下でのんびりとタバコを楽しんでると、ジーナさんが冷たいお茶を運んでくれた。
「ありがとう。姉貴達はまだ騒いでる?」
「今は、お茶を飲んでます。静かですよ。」
どうにか結論が出たのかな?…とは言えちょっと心配だよな。
ゆっくりとお茶を味わってリビングに入ると、皆にジロっと睨まれた。
「あぁ、良いところに来たわね。アキトも狩りに連れてく事にしたわ。ディーと一緒にネーブル対策ね。イオンクラフトは私が操縦するから、狩った獲物はディーに運んで貰うわ。」
「ひょっとして、みんなの周りを俺とディーで守れって?」
「そうじゃ。狩りは我等が、そして我等の背後はアキト達が守るのじゃ。」
アルトさんが自信を持って言い切ったけど、それって欠席裁判?
「まぁ、構わないけど。でも俺にも仕事があるんだ。薪の調達だ。」
「我等の後ろで十分薪は集められるじゃろう。問題ないぞ。」
サーシャちゃんも断言したな。そして、姉貴達も同意したのか頷いている。
「まぁ、婿殿。女子を守るのは男の務めじゃと思うぞ。婿殿ならネイブルに遅れを取る事も無かろう。」
俺に断わる事が出来る訳もなく、言い包められるように俺の役割が決まってしまった。
とりあえずは薪が取れれば良いか。でないと石炭で焼肉を作る事になってしまうからな。
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次の日の朝早く。全員がハンター装備でイオンクラフトの前に並んだ。
ジーナさんにしっかりとお弁当を作ってもらい、それぞれの腰のバッグに収まっている。
「それでは出発します。森の手前で下ろしますから全員荷台に乗車してください。」
姉貴の指示で俺達は荷台に乗る。
全員が乗り込んだ事を確認して姉貴に準備完了を告げた。
「出発ー!」
姉貴の声と共にイオンクラフトが上昇する。そしてゆっくりと東に進んで行った。
久しぶりの狩りに皆の顔が輝いてるぞ。根っからの肉食系女子だからな。
「もう少しじゃな。」
アテーナイ様が下を覗き込んで呟く。
そして、ゆっくりとイオンクラフトが降下し始めた。
ガクンという軽い着地のショックが伝わると、一斉に荷台を下りる。
「リムちゃん無線機は持ってるよね。」
姉貴の声にリムちゃんはバッグを確認して、姉貴にピースサインを出す。どこで覚えたんだ?
イオンクラフトが上空に上っていくと、リムちゃんとミーアちゃんが俺達に【アクセル】を掛けていく。
そしてサーシャちゃんが素早く指示を出した。
先頭はディー、その後ろの左右にアルトさんとアテーナイ様。リムちゃんがその後ろに続きミーアちゃんとシグさんが左右に並ぶ。最後は大きな籠を背負った俺だ。




