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#470 プロジェクトXの始まり

 


 「港の人達も、何が出来るのかとしきりに聞いてきますよ。」

 「今は、閑散とした港ですからね。それでも道は整備されていますから少しは住民も増えてるんじゃないですか?」

 

 まだ、製鉄所の建設は始まらない。その前に作業員の宿舎や事務所等の建設が急ピッチで進められている。

 更に課題も出てきた。水の確保は飲料水だけで、毎日のように馬車で輸送しなければならないだろう。他の生活用水は【フーター】で確保する事になる。


 そんな初期の課題に対処する為に、デリムさんとシグさん、それにコニーちゃんが集まって俺と協議をしている。

 事務所が出来上がれば、そちらで出来るのだが、まだしばらくは掛かりそうだ。


 「レンガ用の粘土は、昨日までに馬車30台分を運びました。レンガの焼成窯は2基が10日程で出来上がります。日干しレンガの生産は順調です。」

 「しかし、用水路をレンガで作るとなると、膨大な量が必要ですよ。」


 「あぁ、だが上手い具合にレンガ用の粘土を彫っている場所はここだ。掘り尽した穴を利用して貯水池を作る。結構大きな貯水池だから灌漑用にも使える筈だ。そして、粘土が確認された場所は沢山ある。用水路の道筋にある所から優先して掘って貰いたい。」


 「その用水路ですが、ヘンケンがこの場所から先行して始めています。幅を5D(1,5m)、深さを6D(1.8m)として作っています。もう直ぐ水門が国境の河に2つ完成するそうです。」

 「早くレンガを作る事が出来ると良いですね。工房から購入すると高く付くと妹達が嘆いてましたよ。」


 「レンガが焼けるまで、溝掘りを先行させましょうか。」

 「それしかないか…。だが、今作っている水門は用水路の要だ。技術的な練習の場でもある。少なくとも堰と水門が完成してからと言う事で良いと思う。」

 そう、コニーちゃんの提案に答えた。

 

 「後は、木材ですね。宿舎等の木材はカナトール経由で購入しましたが、砂地に打つ杭は松材ですから、西方の王国からの輸入となります。後1月程掛かると親父から連絡がありました。」

 「そうなれば、用水路を作る部隊の一部を振り分ける事になる。その時にヘンケンさんと調整だ。それと、シグさん。冶金に秀でた工房を丸ごと移籍する事が出来るか調整しといてくれないか。3月も経つと、色んな道具を作らねばならない。今はまだ王都に頼んでいるけど、現地で調整しながら加工したいんだ。」


 俺の依頼を聞いて頷いたという事は、納得してくれたのかな。

 まぁ工程表は作ったものの、その通りには行かないし、新たに組み入れなければならない作業もある。

 これが本業じゃないんだから仕方がないと思ってはみるものの、集まってくれた人達が期待しているのは良く分る心算だ。意外と、全体調整って難しいよな。


 「やっておるな。アキト、今日の分は予定の場所に運んでおいたぞ。だいぶ溜まってきたから、明日の搬入分を保管する場所を新たに設ける必要がある。」

 ディーとアルトさんがバビロンから耐火煉瓦を運搬している。

 1日1往復だし、耐火煉瓦の比重は通常のレンガの3割り増し以上ある。積載量が2tだから一度に運べる量は3千個程度。炉を2つ作るからまだまだ輸送は継続しなければならないな。


 「それは、私の方で準備しておきましょう。雨や夜露に濡れる事が無いようにシートを被せておけば良いですね。」

 「お願いします。」

 

 デリムさんの申し出をありがたく受ける。デリムさんは自分の店の従業員を数人連れてきている。彼らは製鉄所の建設予定地に天幕を張って作業の段取りをしてくれているから、確かに適任だな。


 「それと、頼まれていたものじゃ。と言って渡してくれたぞ。」

 アルトさんがそう言って、袋から色々と取り出した。

 

 「ありがとう。王国では別のやり方があるだろうけど、俺にはこっちの方が役に立つ。」

「何に使用するものですか?」

シグさんが興味ありげにテーブルの上を見ている。


 「これかい。水平にトランシットそれに棒尺だよ。用水路の勾配をこれで計測するんだ。炉を作る時にも役立つからね。」

 「地図を作るための測量道具ですか。…これを使って炉を作るんですか?」


 「そうです。配置が問題になりますから。地形から地図を作る逆の手順で図面から物の位置を決めるんです。」

 「2組あるという事は、用水建設と製鉄所用という事ですね?」

 デリムさんの質問に頷く事で答えると、使い方を教える為にヘンケンさんに連絡を取って貰う。デリムさんは、弟達に伝えると言ってくれた。


 「しかし、漆喰を使うのではなく、石灰石と粘土を使うとは驚きました。確かに水を通しません。」

 「まぁ、セメントと言う代物です。あれも設備があれば大量生産出来ますが、現在は面倒でも、あのやり方を踏襲してください。そして吸い込まないように必ずマスクと手袋をさせてください。意外と毒性が高いんです。」


 石灰石を焼いて粉にして粘土の粉末と混ぜる。それは強アルカリ性だ。手袋をウミウシの体液に浸して防水対策を行ない、口と鼻を布で覆っているが完全ではない。

 作業員を交代させて、且つ休ませなければ後々問題が出そうだ。


 食事は馬車を改造したキッチン車を3台作って、作業員の移動に合わせて食事を提供している。この運営は商会がやってくれた。

 サーシャちゃん達が見学に来た時に、目聡くその馬車を見つけて商会に発注したと、コニーちゃんが教えてくれた。


 「どんな所でも、商売って出来ますね。」

 そんな事を言ってデリムさんを微笑ませている。

 まぁ、キッチン車は軍用がベースだから、それで良いんじゃないかな。


 「さて、こんな所ですか…。後はありますか?」

 「製鉄所は、という条件が付きますね。実は、先般のチーズの話を親父達に話した所、是非にとの事です。これは商会側も同じでしょう。

 そこで、商会と親父達が会合を持って正式にアキトさんに教えを請う事になりました。

 商会が生産を管理し、親父達がそれを流通させる。

 出来れば、現在の販売量の10倍は欲しいという事ですが、…出来ますか?」


 やはり、チーズの美味さは評判を呼んだか。

 連合王国の国民の栄養事情を考えても望ましい事ではある。だが、安くチーズを供給した場合、遊牧民の塩の入手が滞る恐れがある。それは避けたいものだ。


 「教えましょう。でもその前に、何故遊牧民はチーズを持っているかを考えた事がありますか?」

 「いえ、知りません。遊牧民は家畜を放牧して生活しています。食料は家畜を解体して得ている筈、私もそれが不思議でなりませんでした。」


 デリルさんが答えてくれた。他の者達も頷いている事から、同じ考えなんだろうな。


 「彼らの主食は、デリルさんの言う通りです。ですが、そんな食事を取っていると長生きする事は出来ません。肉食だけではダメなんです。それを補う為に食べるのが乳製品。チーズ、バターと言う事になります。さらにチーズは圧縮されていますから日持ちもします。冬の貴重な食料にもなるんです。ですから、彼らとの取引は塩を使って行なっています。塩も彼らの貴重な食料の1つですからね。」


 「確かに、塩は我等に必要なものです。アキトさんが危惧しているのは、我々のチーズの生産により彼らへの塩の供給が止まる事ですか?」

 デリムさんの問いに俺は頷いた。

 遊牧民と諍いを起こす事は避けねばならない。騎馬民族は、強大な軍事国家となり得るのだ。

 そして、無闇に恐れるのも問題だ。彼らも元を正せばバビロンの民と言えるだろう。故郷を同じくする人々の争い程、空しいものはないと思う。

 出来れば、友好的に互いの文化を協調しながら交流を続けたいものだ。


 「でも、チーズを得る為の塩の値段は小さ過ぎます。私達は補完する為に綿織物を上乗せして渡しています。例え、チーズを100個以上生産出来ても交易を停止する事はありません。」

 「ならば、問題はない。遊牧民は牛の乳でチーズを作っている。出来れば牛ではなくヤギが良いんだけど、毛が長くて乳を沢山出せるヤギって聞いた事があるかい?」


 「ヤギの手配は、少ないですが例はあります。子供が生まれても乳の出ない母親がいるのは事実です。そんな母親の為に村にヤギを送った事があります。まぁ、ずっとではありませんから、1年位の契約ですけどね。」

 「王都ではそんな話は聞きませんが?」


 「噂を気にしているのですよ。親戚等を頼って寒村で乳離れするまで育てるんです。」


 なるほど、牛乳の需要は無いと聞いたが、実際的には知らない所で需要があった訳だ。

 「そのヤギを手に入れられませんか?」

 「輸入品ですから直ぐには…。そうですね。西の王国からですから、3月もあれば数十匹は可能です。」

 

 「では、お願いします。後は世話と生産を頼む事になりますが、商会で手配出来ますか?」

 「もちろん、問題ありませんわ。」

 

 シグさんが即答した。という事は、事前にデリムさんと打合せをしていたな。

 ヤギが来るまでに、簡単なメモを作っておけば良いか。

 うまく行くかどうかは判らないけど、場合によっては遊牧民に教えを請う事になるかもしれない。

               ・

               ・


 そして、20日程経つとレンガの生産が始まった。

 3日程、石炭で焼かれたレンガは交互に窯から取り出される。一度に焼けるレンガは500個程だから、更に窯を増やすとデリムさんが言っていた。

 窯から取り出されたレンガは直ぐに荷馬車に積まれて、用水路の工事現場へと運ばれる。

 勾配の緩やかな水路は100mで数cm程度の勾配らしい。ヘンケンさんは流速が低いのは水量でカバーする考えのようだ。レンガを積む前の水路の横幅は2mを越えているぞ。このまま運河としても使えそうだな。

 

 ヘンケンさんにその事を相談してみると、意外と乗り気だな。

 閘門の作り方を説明すると、直ぐに理解してくれた。


 「カナトール経由で鉄鉱石を運ぶと聞いてな。少し水路の横幅を広げたのじゃ。取水場の堰まで馬車で運べば後は船で運べる。ただし、帰りの船は荷馬車で運ぶ事になる。それ程多くは詰めぬぞ。」

 「ちょっと試してみたい船があるんです。試作してみますから、試してみましょう。」


 これは、メイクさんに頼まねばならない。

 考えたのはコンテナ船だ。規定の大きさの箱に鉄鉱石を詰めて運搬すれば荷馬車や船への積み下ろしが容易になる。

 バラ積みの方が運べる量は多いだろうが、製鉄所の規模は小さなものだ。

 流通の利便性をここでは重視した方が良いだろう。


 その足で、サラブの町へとバジュラを走らせる。3時間程走ると町の中にそのまま入った。

 ガルパスが珍しいのか、ジロジロと見られるけどここは気にしないでおこう。

 かつて知ったる足取りでメイクさんの仕事場に海側から回り込む。


 「アキトじゃないか。久しいな。」

 仕事場の奥から俺を見咎めたメイクさんが出迎えてくれた。

 バジュラを下りて、メイクさんの仕事場にある事務所に入った。


 「何じゃ?まだ初夏には少し早いぞ。」

 「実は…。」


 船を何艘か作って欲しいと打ち明けた。

 用水路で使用するから横幅は5D(1.5m)程度。長さは15D(4.5m)の平底船だ。

 「何を積むんだ?」

 「鉄鉱石を入れた1.5D(45cm)位の木箱です。」


 それを聞いた途端に難しい顔付になる。

 「問題は転覆をどう防ぐかだな。平底船の安定は悪いぞ。だが軽くて、鉄鉱石の箱を20個は詰める船だな。弟子達が船作りをしているから俺の方は暇だ。考えてみよう。」


 餅屋は餅屋、メイクさんに頭を下げると別荘に引き上げる事にした。

 姉貴達もサーシャちゃん達の所からもうすぐ帰って来る筈だ。


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